中年教師たちに弄ばれた私のだらしない高校時代

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私は男の人にだらしのない高◯生活でした。

一年生で、校舎の陰で交換日記を渡しあう教頭先生にメロメロでした。

土曜日がくると教頭先生も午前で学校を終わって私を求めました、ラブホテルでセーラー服を脱がせて吸いつきました。

前回それを告白しました。

先生が精子溜まってるって可哀想なほどに、そしてすぐには妊娠しないと教え込まれて、私は膣のなかに精子をドクドク放たれてダメダメにされました。

私でお仕事頑張ってください、母よりも歳上の中年にそんなことになってました。

そして高◯二年で私は、男性の先生たちの人気の的にされて、知らない先生までもが気持ちいいことを求めるかのように順番に。

背がまだ150ない私は胸ばかり発育して、ブラはF70からG70を買い与えられてました。

母親もそうでした、乳輪が拡がって乳首も私は恥ずかしい大きさでした。

谷本さんも教頭先生も嬉しくて燃えて、前に書きました。

顔は今は磯山さやかさんとかアダルトの白石茉莉奈さんって、当時はあべ静江さんって言われました。

そんな私は男子たちに、上級生にも呼ばれて、太股、太股ってスカートをめくられて、窓際ではカーテンのなかで胸を揉まれました。

教頭先生にメロメロのなか私は、先生に近い斉藤先生にも交換日記にされました。

三年生の体育の斉藤先生は私がまだ知らない人でした。

教頭先生よりも少し下の56歳で、柔道部顧問の大きい巨漢にお腹もでした。

教頭先生が忙しい土曜日の私に、斉藤先生が相談しようかって車に乗せました。

私の腰を抱いて運んで先生もラブホテルでした。

私のはち切れた制服の胸と太股、お尻は斉藤先生も、

「○○(私の名字)のことずっと思ってた、ノートじゃなくてほんとうに守らして」

「相談は、相談は、あ、あ」

「ドキドキするんだよ○○は、ああもう乳でかい」

「相談して、ダメ、あ、ああぁ」

もうベッドの上で揉んで撫でまわしました。

セーラー服をはだけさせると私の大きいブラは斉藤先生も嬉しくなってもうオトナの勢いでした。

揉んで埋まってブラをめくると、

「あああ、乳輪でかい、あああ、やらしい体」

「だってえ、やあぁ、ああぁ」

もうたまりませんでした、斉藤先生も私の大きい乳輪と乳首は揉んで埋まってしゃぶりつきました。

「もうお父さんでええ、お父さんお父さんって抱きつけ、ああもう若い、ちゅちゅ、れろれろ」

「あむぅ、ああぁ、ダメ先生え、ああぁ、ああぁ」

先生もオトナは口づけは舌を入れて、そんな口づけは私は連動してました。

私は乳首とクリトリス、膣のなかにも繋がってました。

もう私はドキドキしてどっちも勃起させました。

パンティを脱がされると大きいクリトリスでした、舐め転がされるともうこの人にもダメダメでした。

「ああもう○○、やらして」

「ああん、やらしいこと言ってるう」

「ええから、○○のことずっとドキドキしてた、学校に内緒でやらして」

「ああん、はあん」

やらしい言葉で斉藤先生もぺニスを挿れました。

私と裸になって先生も気持ちいいナマでした。

ぼってりした大きいお腹で挿れたぺニスは体育の人の凄い硬さでした。

先生は深い速いストロークになって、

「あああ、気持ちええわ、あああ、ちっちゃいわ、美也子お、もう美也子お」

「あああ、先生挿いってるう、あああ、あああ」

「あイク」

「おっきい、んあああ」

精子は私のお腹の上にでした。

私は先生の裸にしがみついてドキドキして、だって教頭先生よりも斉藤先生が、サイズもカリも柔道の体育の人の大きい造りでした。

なかで硬くてドキドキして、そんなの私は泣きました。

「ハァハァ、高◯生気持ちええわ、たまらんわ、もう先生のことお父さんでええな?ええな?」

「ああん、はい、はい、もうお父さん、もうお父さん、ああん、ああん」

ごめんなさい私は、大きい斉藤先生にもお父さんでした、こっちの方がおっきい人って思ってもうメロメロでした。

その日はまだ2回、クリトリスを舐め転がされてイクイクにされて、大きいぺニスで痙攣にされました。

もう斉藤先生とも逢いました、もう日曜日はこの人でした。

朝に先生の駅前で車に乗せられて私は、もう教頭先生よりも大きい斉藤先生の方にメロメロで甘えんぼでした。

先生は私が食べたいものはケーキもアイスも買い与えてくれて、私はそんなことで体を許して失態でした。

教頭先生が忙しいと土曜日に制服のままで斉藤先生に乗りました。

先生はズボンのなかに手を入れて自分を触ってました、入室したらすぐにナマのぺニスで私を頂きました。

大好きだからええやろって、2度目のベッドインからはもう膣のなかで精子になりました。

「ハァハァ、いっぱい溜まってた、もう美也子に逢って出さんと、お父さんダメ、頑張れん」

「ああん、そんなこと言ったら嫌、嫌、いっぱい逢うからお父さん、お父さん」

オトナは気持ちいい営みをするものだって、それで大変なお仕事も頑張れるんだって、私はそう思い込んでました。

思い込んで膣のなかに中年の精子でした。

「あああ、高◯生、あああ、気持ちええ、きつい、あああ」

「イクイク、あはあは」

口づけられて舐め転がされてのぺニスは私がイクイク痙攣でした。

斉藤先生の大きい脈打ちのドクドクで留目をさされました。

土曜日の教頭先生の方もラブホテルへ直行にして私を膣のなかに精子にして、でも私は日曜日の斉藤先生の方がドキドキして逢って虜でした。

「小さい女の子がつかまるからもう、いっぱい突いたったもう、泣いてイクイクって可愛いもう、たまらんもう、ええ子や、ええ子や、ん?ん?」

「だってえ、怖いもん、凄いもん、もうもう、お父さん」

「何がや?チンポか?ん?ん?」

「ああん、恥ずかしい、はい」

「そかそか、よしよし、いっぱい要るか?ん?ん?」

「ああんもう、はい」

逢えば私はドキドキして痙攣して、斉藤先生も気の済むまで揉んで埋まって精子を放出しました。

夕方までベッドから私を帰しませんでした。

週末ごとに二人の中年が頂いて口止めして、もう二人にはありがたい子でした。

ぺニスを挿れたらまだ高◯生の気持ちいい子でした。

夏休みに入っちゃう寸前にはもう一人が交換日記を言ってきました。

教頭先生、斉藤先生と仲間の先生でした、また中年でした。

原田先生も三年生を教えてて私とは関わりが無かったのにでした。

先生も私の母親よりもずっと上の54歳、斉藤先生と同じ大きい体格にお腹もぼってりでした。

口元までもみあげ、濃い髭で、陰で男子たちに黒ひげジャンボって呼ばれてました。

「お父さんいないんだ?先生独身だからお父さんいけるぞ、どこかお部屋で相談しようか」

「あそれ、あ誰から、ほんとに相談だけですか、あ先生、あ」

原田先生には校舎の裏で腰を抱かれての耳元でした。

歯が抜けてだらしないシャツにお腹もぼってり、先生は汚いオヤジでした。

でも交換日記、相談って言われると私はもうドキドキしました。

原田先生も相談だけって言って土曜日に制服の私を車に乗せて、

「お部屋行こうか、ちょっとだけ、ほんとに相談だけ」

「お部屋は、あ先生、車でいいです、あ先生、あ」

「誰もおらん、先生に甘えちゃえ、お父さんって甘えちゃえ、甘えてつかまっちゃえ、ほらほら」

「いいです、あ先生、あ、ああぁ」

レストランのあと山の方へ運転して停めて原田先生の方は車のなかで、私の助手席を倒して胸と太股、お尻を揉んで撫でまわしました。

口づけて制服のなかを揉んで、

「お部屋行こ、ああんもう乳でかい、れろれろ」

「れろ、あああ、はい、あああ」

パンティのなかは私が勃起して動いてました。

先生が指で転がしてなぞるともうダメダメでした。

もうベッドで裸にされても構わない私でした。

原田先生は女の子のクリトリスが大好きな人でした、私は裸にされて舐め転がされてやめてもらえませんでした。

ベッドの上で開いてイクイクにされて、でもまだまだ先生の舌でした。

「内緒でこれ、挿れてええか、ゴム持ってないからこのまま、挿れてええか、ええな」

「ああん、はい、はい」

「あああ、気持ちええ、あああ、高◯生」

「挿いってるう、イクイク、んあああ、んあああ」

原田先生のは、長くてバナナみたいに反ってるものでした。

私はなかでカリの当たりが違って泣いてイクイク痙攣でした。

「あイク」

「イクイク、あはあは」

先生も始めの精子は私のお腹の上でした。

でも私が泣いてしがみつくと先生も次からは膣のなかに出したい出したいになってそれにしました。

原田先生はモテないから彼女もいないから独身って、こんなチャンスは無いって具合で、回数を求めて絶倫でした。

私は立て続けの先生に体が立てなくなって、原田先生にはつかまって意識がやっとでした。

「もうお父さんでええ、学校に内緒で逢うで、ええな、ん?ん?」

「ああんもう、はいはい、あはあは」

「お母さんにも内緒やええな、(夜)9時に美也子から電話やええな、ん?返事は?」

「はい、はい、あはあは」

高◯二年の夏休みの私は3人と交換日記に、そして先生たちは順番のように私を車に乗せて朝からラブホテルでお父さんになりました。

お父さんは守ってやるって言って私を揉んで埋まって精子を放出しました。

自分の娘よりもずっと若い膣のなかに出して、乳房に挟ませて出して、開けた口のなかにも、誰もが嬉しくて精子をドクドク、もう燃え盛りました。

フェラチオも、タマ舐め、尿道も私に教え込んで自分の好みに躾ました。

教頭先生は私にビキニを着せて揉んで、尿道は悶えました。

私が三年生の春に定年退職されて連絡が途絶えてしまいました。

土曜日は教頭先生から入れ替わるように大きい斉藤先生が私を頂いて、日曜日は奥さんのいない絶倫の原田先生の番でした。

交換日記、相談のことは何度も教頭先生に尋ねました、でも先生には言ってないって否定されて、私が今思うと他の二人に喋ってないはずはありません。

教頭先生は私に肉便器って口にしてました、今思うと先生は近い二人に私を廻したのです。

高◯生の私はまだオトナの知識が無いままに発育した体を頂かれました。

妊娠とか病院にはなりませんでしたけど危ない行為でした。

3、40代の若い先生方にも誘われました。

男子にも上級生にも揉まれるだけでついていきませんでした。

お父さんがいないからって歳の離れた中年ばかり、こんな私ごめんなさい。

そしてまだ、三年生の受験勉強の冬にもう一人、中年の先生とありました。

それは次回にいたします。

長々とごめんなさい。

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