中学生1年生の頃の露出の思い出

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中学生になって以来行かなくなっていた、山の上にある野鳥公園が荒れているという噂を聞きました。しかし具体的にどうなっているかは伝わってこなくて、興味を持った私はお散歩のついでに久しぶりに行ってみることにしました。

中学生になった今でもキツい山道だったけど、いつの間にか道が舗装されて車が通れるようになっていました。以前は舗装されていない急斜面で、さらに水の跡ででこぼこして本当に歩きづらい道だったので少しだけ行きやすくなりました。ただ、見た目はスッキリした反面、道路の脇にはいろいろなゴミが捨てられていたりして、以前より悪い印象を受けました。

色々気にしながら公園の外周を歩いて入口まで行く途中で、変な部分を見つけました。柵はいわゆるフェンスで太い針金が編まれたようなメッシュのものなのですが、それが丸く切り取られている部分がありました。

この公園は確かに開放時間が決まってたりしますが、管理人がいるわけでもないし出入りも自由です。それなのにわざわざ切る理由は閉鎖されてる時間に入るくらいしか思いつきません。「侵入してイタズラするような人がいるのかな?」漠然とそう思いました。

入口の扉も傷ついたり錆びたりはしていたけれど、前に来たときからの月日を考えるればそんなものかと思う程度でした。公園に入って地面の様子などを見ると確かに傷んではいるけど言われる程でもなくて、それよりも木とか雑草がかなり伸びていて管理されてないと言うか、ほとんど人が入っていないんじゃないかと感じました。ですが、少し歩くとひと目で分かる大きな異変がありました。

公園の入口から緩やかに曲がる坂を下ると長テーブルが3つ並んだ屋根付きの大きな休憩所があるのですが、壁に大きな穴が開けられてスプレーで落書きされています。屋根の下に入ると、長テーブルの上には火で燃やされたような跡までありました。びっくりするような状況ですが、真っ昼間で明るいし人の気配もないので怖いとは感じませんでした。

それよりも思い出の公園がどうなってしまったのかが気になって、とりあえず1周してみることにしました。大きな休憩所の奥は公園と言っても雑木林の中に歩道と途中に休憩所が作られているような場所で、15分ほどで1周できます。結果的に破壊行為がされていたのは入り口の大きな休憩所だけで、その人たちはその先までは行ってなさそうでした。

ほっとしつつ、その代わりにまた別のものを見つけました。

それは小さな休憩所だったのですが、遠目にも何だかごちゃついているように見えました。近づいていくとまずは白いものが散乱しているのが目についてきます。それは丸められたティッシュで、土で汚れたものが雨で濡れて地面に貼り付いていました。そのティッシュの量は休憩所に近づくほどに増えていくようでした。

「これは、もしかして…」そう思いながら休憩所に入ると、テーブルやイスの上に本が散乱していました。それは少女ヌードの本やエッチな投稿雑誌などで、埃っぽくなっていますが屋根に守られていたおかげで普通に読める状態でした。見た感じ置かれてしばらく経っていそうだし、公園には誰もいないのを見てきているので、好奇心を止められずに手を伸ばしました。

どちらも私にとっては初めて触れるもので、読みだしたら手が止まりませんでした。

少女ヌードの本には私と同じかもう少し幼い女の子の写真がたくさん載っていました。女の子はフルヌードで無毛のワレメを晒しながら笑顔で写っています。それも屋内だけでなく、木漏れ日の中や川のほとりなどを歩いているシーンもありました。それは自然の中でのきれいな写真で、女の子が羞恥の表情を浮かべていることもなければ、いやらしさも全く感じないものでした。

それでも私はその裏側がどうなのかって考えてしまいました。

写真に写っているのはこの女の子だけだとしても、その場には大人がたくさんいるはずです。「絶対に恥ずかしいはずなのに、私だったら笑顔でいられるかな?」と女の子の気持ちを考えてみたり、「もし私のヌードが本になって身近な人の目に触れたら…」そんな想像がやめられませんでした。そして、この公園を全裸で歩き回ったらどんな気分になるんだろうと…

そんな気持ちを振り払うように手に取ったもう1冊の本で、私は「野外露出」という単語を知ることになりました。

それは素人投稿雑誌で画質は悪いけど、かえってそれが生々しく、添えられた文章もドキッとするものでした。プレイ内容も投稿者の年齢も色々でその全てが興味深く、何より素人の女性がそんなことをしているのが信じられないような気持ちでした。

その中でも野外露出の特集記事に惹きつけられました。夜の道路で全裸の女性がヘッドライトに照らされていたり、人気のない河川敷や広場で全裸に首輪姿でリードを引かれている写真もありました。衝撃的だったのは繁華街を全裸で駆け抜けている写真で、その後ろには歩行者が写り込んでいました。

ハダカで外を歩き回りたいという私の願望は人に見られないことが前提で、それを人前で実現している人たちがいると知って、自分が人前でハダカを晒す想像が止まらなくなっていました。

次に手に取った雑誌には女子高生の写真もたくさんありました。露出は公園でスカートを捲って下着を晒すくらいのソフトなものですが、セックスは大人の女性と遜色なく複数の男性に囲まれて同時に受け入れているものもありました。そんなに年の離れていない子がしていると思うと、正直それがうらやましくてたまらなくて女の子を自分に置き換えて想像することがやめられませんでした。

夢中で読んでいるうちに夕方になったことに気づいて慌てて公園を出ました。読んでいたと気付かれないように本は戻して、何もなかったように歩いて帰りました。一度にこれだけのものを見てしまうと色々と頭の整理がつけられなくて、の胸を締め付けられる感じや、ぼーっとする感覚は寝る時になってもまだ抜けませんでした。

それからもあの本のことが忘れられずにいて、毎日のようにその内容を思い出していました。

そんなある日、ゴミ箱に父のカミソリが捨てられているのを見つけました。これはチャンスだと、拾い上げてポケットに入れると自分の部屋に行きました。

部屋まで向かう間、思い浮かべていたのはキレイだった少女ヌードの女の子の姿です。私は割と早く陰毛が生えてきたほうで、既に陰毛も生え揃っていました。これを剃り落として少女ヌードの女の子と同じようなワレメにしたいと思っていました。

恐る恐るカミソリを動かすと少しずつ毛が剃れてワレメが見えてきました。それが嬉しくて夢中で剃っているときれいな無毛のワレメが出来上がりました。

毛のなくなった股間を見ていると、私も全裸で外を歩きたいと思うようになりました。日曜日だったのでお昼ごはんを食べ終わると、すぐに野鳥公園へ向かいました。あれから半月ほど経っていたはずですが、公園は特に変わった様子はありませんでした。大きな休憩所は荒らされたままだったし、小さな休憩所にはあの時の本が残っていました。

本が残っていたことが嬉しくて、まずは本を読んでやっぱりドキドキしました。それから服を全部脱いで少女ヌードの女の子と見比べました。木漏れ日の中で見る無毛のワレメはその女の子と同じでとても満足しました。

でもそれだけでは満足できなくて、このまま公園を歩きたいと思いました。誰かに見られる可能性も考えたけど、ここに人が入ってくることはないと確信していたのでダカで歩きたいとう好奇心を止めることはできませんでした。

少女ヌードの女の子のように素足で、手にも何も持たずに歩きたい気持ちと同時に、投稿誌の女性のようにハダカでいるのを強制されたいという気持ちの両方があって、脱いだ服も靴も全部まとめてくずかごの中に入れました。

空のカゴに服を入れたというだけのことで、深くて少し大変だけど何の問題もなく取り出すことはできます。それでも外で服を捨ててしまうという行為が心に強く響いていました。

ハダカになるまでは何の抵抗もなくできたのに、歩いて服から離れようとすると急に緊張しました。

誰も見ていないとわかっていても何となく手で胸や股間を隠してしまいます。なので「私は少女ヌードの女の子なんだ」と、レンズを向けられるのを想像して周囲にハダカを見せるように意識して笑顔を作りながら歩き始めました。

歩き始めると全身で雑木林を感じるているような気がしました。足の裏からは裸足で踏みしめる地面の冷たさや、土の硬さや小石の痛さを感じました。肌には木漏れ日の暑さや吹いてくる風の感触、そしていろいろな匂いも感じます。それがハダカで歩いているからだと感じて楽しいという気持ちが芽生えてきました。

それでも1周15分って普段なら全然意識しないくらいの短い歩道がとても長い道のりに思えて、楽しいんですけどなかなか前に進んで行かないもどかしさや緊張を感じていました。

それが少しずつ変わってきたのが半分に差し掛かった頃です。遊歩道の半分の地点には小さな池があって、周りを一周できるように道ができています。これまでの雑木林の中の道と比べてぐっと視界が広がるし、陽の光も入って明るくなるので、もし誰かいれば私のことをはっきりと見ることができると思いました。

そして半分歩いてきたということは、今がいちばん服から離れた状態ということです。全裸から逃げられない状態でこれだけ開けた場所にいるということに、緊張感と高揚感の両方を感じていました。

そんな楽しい気持ちのままに好奇心でアソコに軽く触れてみると、ぬるっとした感触と甘い痺れを感じました。その瞬間、全裸歩行で感じている私は決して少女ヌードの女の子ではないんだと思い知らされました。でもそれは全然嫌な気はしなくて、私の意識は少女ヌードの女の子から全裸歩行で感じる素人女性に切り替わっていました。

それならと、池の周りにある柵に腰掛けてガバっと思いっきり足を開いて指でアソコを開きながら中を撫でました。

木漏れ日の下で全裸でするオナニーはとても気持ちよくて、ここで絶頂して私が野外露出好きな女子中学生だと証明したいという気持ちになっていました。

これまでの緊張や心配はなんだったのかと思うくらいに気持ちが変わって、「全裸でオナニーする私を誰かに見つけて欲しい、この淫らな姿を見てもらいたい!」とまで思って、抑えることもなく好きなだけ声を出しながら夢中でオナニーをしました。

すると、その瞬間はあっという間に訪れました。深い絶頂を迎えた私は膝を震わせて立っていることができずに地面に座り込みました。全身に汗をかき、ふとももまで愛液で濡らしていて、外から見ても随分といやらしい姿になっていたと思います。

気持ちが落ち着くとこの姿を見られたいような、見られたくないような気持ちで遊歩道の残りを歩き始めました。

遊歩道の途中から大きな休憩所へ向かう分かれ道があります。このまま遊歩道を歩くと同じような道を歩いて服を置いた休憩所に繋がっています。大きな休憩所へ向かう道は舗装されていて、大きく開かれているので雰囲気が違ってきます。

楽しく森を歩くのとは違った感じになる予感がして、冒険するつもりで大きな休憩所へ向かいました。

同じ公園の中でも人工物の多い場所を歩くと自然の中のハダカとは違った感じがしました。それに、入口に近づくということは人が来るかもしれない方へ近づいていくということです。これまでとは違った緊張感の中、道の先に人がいないことを確認しながら少しずつ進んで大きな休憩所に入ると、廃墟のように荒れたその場所にハダカでいることを初めて少し怖いと感じました。

いままで気づいていなかったけど休憩所の隅には倉庫のようになっている部屋があり、扉のノブが壊されてよく見ると少し開いているようでした。

扉に近づいて倉庫の中を覗いてみると、床に布のようなものが落ちているのが見えました。拾い上げてみるとそれは引き裂かれたワンピースで、その下にはブラとパンツ、ストッキングが落ちていました。

さらに地面を見回すと随分前に捨てられたのか、使用済みで乾燥したコンドームが大量に落ちていて、服の持ち主がどうなったのかを想像してゾクッとしました。これを全部使うようなことをされて、そのまま着衣を置いてハダカで連れ出されたのでしょうか…?

今ここに立っている私が全裸になっているということは、着衣を奪われた女性と同じ姿になっているということです。このとき頭に思い浮かんだのは、こんなことをする人たちの前でひとり全裸で立っている私の姿でした。

「きっと、私なんてひとたまりもなく犯されちゃうんだろうな…」そう思いながら投稿雑誌で多くの男性に囲まれていた女性の姿を思い浮かべました。

プレイとしての多人数とレイプでは全く違うと思うけど、どうやって犯されるのかを想像して壁に手をついておしりを突き出したり、膝をついて喉まで指を突っ込んでみたりして、それから長テーブルに移動してその上に寝ころびました。天井を見ていると私を取り囲む男の人たちの姿が思い浮かんで、命令されるのを想像しながら足を開きました。

目をつぶると犯される想像がもっとリアルになってきました。私を取り囲む男性たちはトイレに並ぶように列を作り次々に私に挿入してゆきます。そうして3人目の人が終わるところまで想像して目を開くと、アソコはじっとりと濡れてテーブルに水たまりができていました。

これだけでもとても興奮したけど、倉庫で見かけたコンドームはぱっと数えられないくらいにたくさんで、それだけの人数に犯されて必死で受け止めるのを想像すると怖いのにどうしても考えるのを止められませんでした。

こんないやらしい想像をする自分に罰を与えたくなって、もっと危険なことを自分に命令しました。それは襲われた女性と同じように全裸で公園の外まで出て行くということです。

公園の中なら安全と思ってるからここまでのことができているわけで、外でできることではありません。だけど「こんなエッチなことをしてる私なんて見られてしまえばいいんだ!」そんな気持ちになっていました。

一歩進むごとに「これ以上近づいたら危ない。」そんな気持ちは大きくなるけど、それよりも外の世界に近づくドキドキと自分に罰を与えたい気持ちのほうが強かったです。

入口の近くになると繁みと柵の向こう側にちらっと公園の外周道路が見えるようになってきます。するといよいよ外の世界に近づくことを意識して、少しずつ膝が震え始めました。恥ずかしい、怖い、いろいろな気持ちを飲み込んで扉の外へ出ていきました。これまでより一段と強くなる緊張感に耐え、フェンスに身体を押し付けてから公園の中へ戻りました。

やりきったという達成感と、興奮を胸にまた公園の中を歩いていると少しずつ自分がハダカで歩くのに慣れてきているのを感じていました。くずかごに入れておいた服を着ても、どこか今までの自分とは変わっているように感じていて。それでも何事もなかったように平気な顔で家に帰りました。。

それからまた半月後くらいにまた行くと、荒らされた場所は簡易的に修理されていました。ゴミなどもきれいに片付けられて本がなくなったのは残念だったけど、思い出の公園がきれいに戻ったのは嬉しくて少し複雑な気持ちでした。

これが中学1年生の頃の印象的な野外露出の思い出です。

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