中国駐在中に美人ママをセフレ化した

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中国上海に駐在し間もない頃、古北というところにある高級クラブに同僚といった。

私は中国に以前滞在したことがあって、言葉はある程度できたが、こういう店にはあまりなれていなかった。

中国のクラブは、女性がずらっと並び、指名する仕組みで結構気恥ずかしい。一応指名したが、私が一番惹かれたのはママさんだった。日本語は上手くもないが、明るくて話しやすく、日本人好みの背が低くて少しふっくらした体型だった。

隣に座ると、ワンピースのミニスカートから突き出た太ももが白くて綺麗だった。既婚だが、単身で上海に来ていて、家族は上海から電車で2時間くらいの蘇州にいるらしい。週末だけ家に帰っていて、単身ここにいるという。

去り際に、艶っぽい笑顔を向けながら、私の股間を握っていった。後ろから見ると、お尻がとてもいい形をしていた。キュッとしまっているというより、

帰り際に連絡先を交換したら、エレベーターまで手を引いて連れて行ってくれた。

「最近寂しいの。心に隙間があるみたい」

「じゃあまた来るよ」

「必ず来てね」

こんな会話をしてその日は帰った。

3日後、私は今度は一人で行った。ただ、彼女と連絡し、同伴し、一緒に火鍋を食べてから行った。彼女は店に着いてから上機嫌でボトルを空けたが、一切お金を取らなかった。ただ遅くなったので、私は一緒にいた女の子に伝達し、家に帰った。家に着くと、彼女からメールが来ていて、

「なぜ帰ったの」

と悲しそうなトーンで書いてあった。私は戻ることにした。私の家族はまだ来ていなかった。一時的に単身だったから、気楽に店に戻った。今思うと、こうしなかったら私と彼女はそれきりだったろう。戻ると、彼女はますます上機嫌で、私たちは朝まで飲んだ。そして、当たり前のように手を繋ぎながら、彼女の家に帰った。

私と彼女は別々にシャワーを浴び、ベッドインした。私はなるだけ彼女の体を丁寧に愛撫した。彼女はベッドでは明らかに奥手だった。クラブのママだから、慣れているのかと思いきや、タオルで身体を常に隠したがるくらいウブで、とても可愛いかった。クンニをすると、

「真巧……(上手いわ…)」

と言いながら、二回もいってくれた。ただ、ゴムをつけ、入れようと頑張ったが、ぜんぜん入らなかった。いい歳をして、緊張したのだろう。彼女は優しく笑っていたが、とうとうできなかった。

自分でも情け無いと思ったが、また会うことになった。食事して、彼女の部屋に行き、また一緒にベッドに入った。今度は上手くいった。終わってから、

「こんなに気持ちいいのは初めて。ダンナとは下半身も見ないの、お互いに」

「綺麗なカラダなのにもったいないよ」

私は言いながら、内心垂涎していた。実際、彼女は清潔な体で、他の男とはほとんど寝た経験もなかった。そのくせ割と従順で、素直だった。

そこから、私と彼女のセックス三昧の日々が始まった。

私は週に2回くらい、仕事が終わると彼女の部屋に行き、2時間で3回くらいやって、家に戻る生活を繰り返した。互いに不倫だったので、デートもせずひたすらやった。彼女は股関節が柔らかく、正常位すると奥までズッポリ入り、征服感があっただけでなく、色々な体位が楽しめ、私は彼女に色々な恥ずかしいかっこうになって男を受け入れることを教えた。

彼女はフェラの経験はなかったが、私は耳や乳首、足の指など、全身リップを彼女に教えた。

正常位の際は、下から口で乳首に奉仕をさせた。

また特に、アナル舐めを丁寧に教えた。最初はわざと遠慮がちに足を開いて舐めてもらうだけだったが、だんだんあたかも当然のように、フェラとセットでやらせた。

まずは舌でサオを舐めさせ、唾液をまぶしながら亀頭の上で舌を旋回させ、次に玉を舐めさせる。その後、脚を持ち上げ、毛だらけのケツにキスをさせた。彼女は自分で顔を押し付け、ネットリとディープキスをしてくれた。

立ったまま仁王立ちフェラさせ、そのあと片足を上げて、股をくぐらせて下からご奉仕させた。そのあと、激しくセックスしながら、

「在胯下的服務太好了(マタの下でいい仕事してたな)」

というと、彼女は悲鳴をあげていっていた。

また上海のサウナでよくやってもらえる四つん這いでケツを舐める技を彼女におしえた。彼女はサウナ嬢の技とも知らず素直に私のけつの穴に唇で吸い付き、首をひねって下からちん○も舐めてくれた。その際も、硬くなったモノで彼女をつきながら、

「以後毎天zuo(これから毎日やれよ)」

と言うと、やはり感じて淫らに叫んでいた。

彼女は生粋のMで、視姦と言葉責めが大好物だった。だから私はよく彼女を上から

「このビッチ人妻め…」

と蔑んだ目で見ながら下半身を硬くすると、

「好硬…我不行了………(硬いわ…いっちゃう………)」

と言いながらアクメした。

バックで後ろから腕や髪を引っ張り、豊満な白いケツを遠慮なく叩いた。

「一輩子当我奴隷(一生俺の奴隷になれ)」

「因為工作圧力大,成発泄的工具(仕事で溜まっているからすっきりさせる道具になれ)」

など言い、彼女は喜んだが、内心私は更に、

「為了工作,譲多少男人玩弄這個屁股?在里辺接受多少男的手指?這個騒貨物!(このケツを仕事のためにどれほどの男に弄ばさせた?どれだけの男の指を中に受け入れた?この売女め)」

と言いながらケツをスパンキングした。私は他の日本人から、彼女が店では結構過激なサービスをしており、カラオケしながらケツを触りまくったとか、ミニスカに手を入れさせて長時間楽しませてもらったという話を聞いてしまい、それを根に持ちながら、彼女とのセックスのダシに使い、ますます激しく責め立てた。

また彼女は店では何度も金持ちから愛人になるよう口説かれていたようだ。一切寝たりはしなかったようですが、店ではやはり妖艶な夜の女で、客との危険な駆け引きに興じ、客を翻弄し、時には客にオモチャのように扱われていたみたいで、私はこれに激しい嫉妬を覚えながら、彼女のこの両面性みたいなものを、魅力に感じてもいた。

そしてとうとう、私は彼女に生で入れることに成功した。きっかけは食事して帰り、いちゃついていると服を着たままやりたくなったので、そのまま◯したということだが、それからはほとんど生になった。体位も融通がきくし、カリや亀頭を上手く使えるので、彼女も潮吹きを覚え、ますます互いに気持ちの良いセックスができた。安全日には、彼女は妖しく微笑みながら、

「今天里辺可以(今日は中でいいわよ)」

と言うので、私は

「好的,太太,ni真是個表子(いいけど、奥さんマジビッチだな)」

と言いながら勢いよく中出しし、終わったら必ず

「清理一下(掃除しろ)」

と言いながら口に精子だらけのアレを突っ込み、大きくさせて、また激しく犯○した。

私は、

「回国以前,幾天在里辺給精子(帰国前は何日も連続で中出ししてやる)」

と宣言しましたが、流石に実行はしなかった。

人生で、あんなに激しくセックスした日々はなく、いい思い出である。

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