もう何十年も前、小学校6年生のときの話です。
私の祖母は中国の出身で、小学生の時は夏休みになんかになると、祖母の中国の実家へと遊びに行っていました。
中国と聞くと、ド派手な建物やとにかく人が多い様子を想像されるかもしれませんが、祖母の地元は内陸の農村部で、山や川などの自然に囲まれた、人の少ない寂れた田舎でした。
私は中国語はさっぱり分からないし、そもそも子供が殆ど居なかったので、私はよく弟と2人だけで川遊びをしたり、また近くの山で虫取りや探検をして過ごしていました。
ある時、弟が街へ出かけていったので、私1人だけになった日がありました。
家に居ても何もないし、天気が良かったので私は1人で山を散策して遊んでいましたが、何度も弟と行った山だったので、目新しいものもなく退屈でした。
暇を持て余した私は、普段行かない山の雑木林に行くことにしました。
その雑木林は山の中腹にあり、人の手が一切加わっておらず、鬱蒼とした場所です。
祖母からはそこで遊ばないように言いつけられていましたが、とにかく暇だったし、バレることはないだろうと考えました。
さっそく雑木林へ行ってみると、昼間だというのに薄暗くて、やはり気味が悪い所でした。
しかし他にすることもないので、私は雑木林の探検をしました。
背の高い木々が生い茂っている中を進んでいくうち、ふと奥の方からガッタンガッタンと何か機械のような音がするのに気が付きました。
奥に何かあるのかな?と思った私は、好奇心のままにどんどん足を進めました。
しばらく歩くと、雑木林を抜けてひらけた場所へと辿りつきました。
そこには学校のような、横に長い白壁の建物が1つと、高い塀に囲まれた、工場のような建物が3つありました。
ガッタンガッタンという音は、どうやらこの工場のような建物から発せられているようでした。
辺りからは薬品のような鼻をツンとつく臭いがしていて、居心地が悪かったのを覚えています。
ここは何の建物なのか、何をしている場所なのか。
色々と気になりましたが、たちこめる変な臭いに耐えられず、私はすぐにその場を離れようとしました。
その時です。
学校のような建物の、観音開きの扉が開いたのが見えました。
別に悪いことをしている訳ではありませんが、私は見つかったらまずいと反射的に思い、近くの木の陰に隠れました。
見つからないように、そっと顔だけ出して様子を伺うと、建物から人が出てくるのが見えました。
出てきたのは、裸の子供でした。
しかも1人だけじゃなく30人ほどの子供たちがワラワラと続けて出てきました。
全員なぜか服を一切身につけておらず、完全に素っ裸でした。
子供たちは中国語でワーワー話しながら、建物の近くの庭にムシロのようなものを敷き始めました。
なんなんだ?なにをしているんだ?
訳の分からない状況でしたが、動いたりしたら見つかってしまうと考え、私はとにかく息を押し殺して子供たちの様子を伺っていました。
よく見て気付いたのですが、子供たちは全員が女の子のようでした。
髪が短く切り揃えられていて最初は男の子のように見えましたが、中には胸が膨らんでいる子もいたし、陰部は女の子のそれでした。
子供たちはムシロを一面に敷くと、スッポンポンのままそこに寝転び始めました。
私はその光景から目を離せないでいました。
30人ほどの裸の体がムシロの上に並ぶというのは、かなり異様なものでした。
パッと見ただけでは人には見えません。まるで、収穫された野菜か何かが転がっているみたいで、一種のおかしさすらありました。
子供たちは時々仰向けになったりうつ伏せになったりして、日光浴をしているようでした。
くつろいでいるのか、私は何を言っているのかは分かりませんが、キャッキャと談笑をしていたと思います。
しかし数分が経った頃でしょうか、1人の子供がこちらを指差してきたのです。
え?見つかった?
そう思った私は、突発的に木の陰から出てしまいました。
まずいと思ったのも束の間。
子供たちは私の姿を確認すると、ギャーギャーと寝転がったまま騒ぎ始めました。
突然のことに私は動けないでいると、立ち上がってこちらに近づいてくる子が1人いました。
「〜〜〜〜?」
中国語で何か話しかけてきましたが、いかんせんさっぱり分からないので、私は黙ったままその子を見ていました。
年の頃は私と同じ、12歳くらいの女の子だったと思います。
裸の体を隠すこともせず、満足に食事をとっていないのか、あばらが浮き出るほどガリガリに痩せ細っていました。
性徴が遅れているのか、胸の膨らみもほとんどなく、ある種の痛々しさすら感じました。
すると女の子は私の不躾な視線に気づいたのか、両手で胸をサッと隠し、急に怒ったような顔になりました。
「〜〜〜〜!」
とにかく語気を荒げて何か言っているのは確かなのですが、やっぱり全く分かりません。
気づくと、他の子たちも私を取り囲むようにして近づいてきました。
低学年くらいの子や、中学生くらいの子もいたりと、みんな歳はバラバラなようでしたが、折れそうなくらい痩せていることは共通していました。
「〜〜〜」「〜〜〜〜〜」「〜〜」
みな口々に何か話し始めました。
どうしよう。どうしよう。
私は動転して何も考えれないでいると、さっき怒らせてしまった女の子が突然腕を掴んできました。
逃げないとやばい!
そう考えた私は、咄嗟に女の子のむき出しの胸を思いっきり触りました。
肌の生々しい体温と、突起した乳首の感触がしました。
女の子は呆気に取られた表情で、腕を掴む力が一瞬弱まりました。
私はその一瞬の隙を突いて、一目散に雑木林へ向かって駆け出しました。
「〜〜〜!!」
後ろからさっきの女の子の悲鳴のような声と、タッタッタと凄い勢いで追いかけてくる音が聞こえてきました。
私はとにかく必死に必死に走りました。
体力はもう限界に近かったですが、捕まったら絶対にやばいと思い無我夢中で雑木林を駆けました。
しばらく走って、ようやく雑木林から抜けました。
雑木林を抜けると、そこは山の中腹にある川でした。
来た道を戻ってきたつもりでしたが、とにかく必死だったから道を間違えてしまったんでしょう。
川には釣りをしているお爺さんがいました。
必死の形相で走って来た私を訝しんでいるようでした。
私はそのお爺さんを見てホッとして、途端にへたりこんでしまいました。
後ろを見てみても、もう女の子は追ってはきていないようです。
私は体に熱と疲れを帯びたまま、大人しく家へと歩いて帰りました。
家へと帰る道も、もしかしたらあの子がまだ追ってきてるんじゃないかと怖くてたまりませんでした。
その晩の夕食のとき、私はその日見たことを全て祖母に話しました。
雑木林の奥の謎の建物のこと。そこにいたたくさんの裸の子供のこと。
祖母は雑木林に行った私のことを最初は咎めましたが、何も怪我がなくて良かったと安心すると、私の質問に答えてくれました。
あの建物は蚕を育て、その蚕がつくった繭から生糸をとる、いわば製糸工場というやつなのだそうです。
この辺りは産業の細い貧乏な地域で、特に山を跨いだ向こうの村はどの家も食うや食わずの貧乏農家ばかりなので、小さい女の子は学校には行かず、家計を助けるために製糸工場に女工として奉公に出るのがかつての慣習だったとのことです。
その慣習は年々衰退しているものの、今でも貧しい家は娘をそこに出すというのが残っているようなのです。
祖母自身は比較的裕福な家の生まれだったので、そのようなことはなかったらしいですが、祖母の友達には子供時代を製糸工場で過ごした人が何人もいるそうです。
私があそこで見た子供たちも、奉公に出された女工だったのでしょう。
なぜ素っ裸で外にいたのかということについては、祖母もはっきりしたことは分からないが、おそらく日本語でいう『虫干し』だろうとのことでした。
蚕というのは非常に繊細な生き物で、悪いバイ菌や虱なんかにすぐにやられてしまうそうで、蚕を取り扱う女工を身体を隅々まで満遍なく日光に当てて殺菌殺虫をする『虫干し』をすることで、蚕が病気になることを防いでいたのではないかとのことでした。
祖母自身、その『虫干し』の話を何度か友達から聞いたことがあるようで、みんなでスッポンポンになって外に出るということがあったそうです。
知っている限りのことを話してくれた祖母は、最後にもうあの辺りに近づくのはやめなさいと言いました。
あそこで働いてる子供はまともな教育を受けていないだろうし、今度会ったら何をされるか分かったものじゃない、と。
それ以来、私はちゃんと祖母の言いつけを守り、あの雑木林へ行くことは二度とありませんでした。
弟に誘われても、山に行くことさえ避けるようになりました。
この出来事の数ヶ月後、祖母が病死してからは中国に行く機会すらなく、今ではあそこがどうなっているのかすら分かりません。
もう無くなっているのでしょうか。
もしかしたら、ということも・・・