中◯2年の時にいじめられてたのを助けた人が今の嫁

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中◯2年の、ある土曜日の放課後。

教室で1人の女生徒が男女5人ぐらいに、言葉のいじめを受けていた。

3年生の教室だから中にいるのも3年生。

廊下から野次馬やっていたら、1人の男生徒が

「何見ているんだ!」

と来たから、

「あの、あの迎えに来ました」

と訳のわからない事を言い出す俺。

廊下から覗いていたけど、3年生に見つかるまで3分ぐらいだったと思う。

ちょっと引く3年生、見ると真面目そうな人たちばかりだった。

(後で分かったけど、生徒会の役員とかもいた)

男子生徒に

「何だお前、ふざけるな!」

と言われたので、

「今のいじめですよね。テープに録音しました。だから先輩方もうやめてください」

今考えるとこれって脅しだよね。

カバンからアイワの小さなラジカセを見せて言った。

立ち竦むいじめグループ。

いじめられている女生徒の手を引いて、速足で廊下、昇降口、学校から出た。

いじめていた連中は追ってこなかった。

(その後、関係する3年生にボコボコにされるんだけどね)

「家まで、送ります」

「俺くん、ていうのね。ありがとう」

彼女はずっと泣きっぱなしだった。

この後、再び出会うまでに15年以上の年月が流れるんだけど。

<横道を先に>

(実はなんにも録音されていない)テープを自分が持っていると思い込んだ3年生が、同学年の悪い連中を焚き付けて、週末の土曜日にテープの奪還を図るため、自分を脅してきた。

拒否すると、胸倉掴んで殴られて蹴られて、制服も汚れるし、顔は殴られて腫れるし動かなくなった自分を見て怖くなった連中は逃げて行った。

その後自宅に帰り、その様子を見た母親真っ青。

父親に連絡して病院に行く、肋骨にヒビが入り、顔は打撲で済んだ。

連絡が病院から警察経由で学校に行き、大騒ぎになった。

関係した3年生は全員親と共に謝罪しにきたが、某公務員の父親だけは来なかったな。

それと、いじめられていた嫁さんは、母親しか来なかった。

のちに話してくれたけど、嫁さんは妹、姉は秀才で美人、両親の自慢の娘だったらしい。

それに比べて平凡で愛嬌のある嫁は、随分家庭内でも差別されていたとの事だった。

父親は大手会社の転勤族で、トラブルに巻き込まれたくない事と出世が全ての人だった。

その後、嫁さんは父親の転勤で半年もしないうちに引っ越していってしまった。

今なら携帯とかメールとかで連絡は取れるから縁も切れる事もなかったと思うけどね。

母親とともにお礼に来た嫁さんとは、その後なんとなく疎遠になった。

田舎というか地方は、何の事件もないと◯学生1人が怪我しただけで何年も話題になるからね。

でも、引っ越し前にうちに来てくれて、お別れとお礼とヨックモックのお菓子を持って来てくれた。

恥ずかしかったけど、うちでは嫁さんを歓待してくれた。

嫁さんの自宅に送る時に、家庭内での差別の事を言われた

「俺くんの家って、皆暖かいね。私も俺くんみたいな家に生まれたかった」

最後に別れるとき握手した嫁さんの手は柔らかくて、小さかった事を覚えている。

「元気で、元気で過ごして生きてください」

今思うとなぜもっとマシな事を言えなかったのかと後悔している。

家に帰り、夕飯時に父親と祖父が飲みながら

「俺にしては良い出来の娘だな。もう結婚しちまえワハハ」

と冷やかすし。

もちろん彼女いない歴=年齢だったから、夜寝ると嫁さんと結婚する妄想でなかなか寝付けなかった。

でも嫁さんは年上だし、何か神聖なものに思えたんだな。

頭が悪かった俺は、Fラン高校から推薦でFラン大学へ進学。

嫁さんとは年賀状のやり取りだけという、細い糸のような関係だけで繋がっていたが、やがてそれも大学を卒業するころに無くなった。

引っ越しが多くて、彼女自身の進学とか就職があったためらしい。

大学で知り合った彼女と結婚を前提にお付き合いをしたし、実家にも連れていった事もあった。

しかし家族への受けはあまり良くなくて、特にめっきり弱った祖父は俺が連れてきた彼女が嫁さんじゃなかった事にガックリしていた、と後で母親から聞かされた。

大学で知り合った彼女は綺麗で、俺には高嶺の花だと、周囲の皆から言われて釣り合いを考えろとかお前は保険だとか散々言われた。

卒業後、自分は地元に帰り、彼女は希望していた都会の会社に就職し遠距離恋愛になった。

週末には5時間もかけて彼女に会いにいったんだけどね。

それも、毎週が2週に1回、月1回になり、11月に彼女から別れを告げられた。

職場の上司に告白されて、結婚を前提に付き合いたいからもう別れましょうというものだった。

大学同期の友人に連絡してその話をすると、クリスマスには8人が俺の地元に来てくれた。

慰めとかもあったが、彼女がなぜ自分と付き合ったか、その理由が分かった。

大学入学して間もなく、先輩から告白されて付き合いを始めていたという。

先輩からすれば、彼女は3番目4番目ぐらいの女だった。

それでも、彼女は彼氏がいないと自分のプライドが保てないとの自己満足のために俺と付き合いをしたというものだった。

中学からずっと純情な田舎者だったんだな。

その後、傷心のまま仕事場と自宅との往復と、それだけじゃ時間が余ってしまうからと、地元ボランティアとかでなんとか結婚相手を探して回るが、ボランティアに来ているのは、小◯生◯学生と爺さん婆さん。

ボランティアの対象が俺の祖父も入っているから、その見守りも兼ねていたけどね。

そんな中、PCで中学のOB掲示板というのがあるのを見つけた。

ネットはROM専だったので、同じ学年のや奴がいないかなとか、あの先生はまだ元気なのか、とか、週末に中学の友達がやってくると掲示板を肴に駄弁ったりしていた。

するとある日、中学でいじめられていたという女性の書き込みを見つけた。

その内容からすぐに嫁だと分かった。

でももう嫁もいい年だし、結婚しているのだろうなと思い、嫁の書き込みを見ていた。

嫁の書き込みは同級生への声掛けが何回かあったが、嫁へのレスは無かった。

そしてこれを最後にもうここには来ませんという書き込みを見つけた。

自分が返事をしていいものかどうか悩んだ。

出会いからおかしい行動だったがこの時もおかしかった。

なぜか、同級生を装った書き込みをしたんだ。

当時、あの騒ぎは色々な意味で結構な盛り上がりを見せたんで、その掲示板を同年代が見ていれば分かると思ったから、あくまで、遠巻きの外野の一人です、という感じで大変だったねとか、当たり障りのない程度の内容の書き込みをした。

このチャンスを逃すともう嫁との縁が切れてしまうという事と、もし嫁が結婚していて、あまり異性からの書き込みはよくないでは?というような変な考え。

振られて以降、恋愛にかなり臆病になっていたから。

嫁は、掲示板への書き込みを喜んだみたいで、公な掲示板にも関わらず、結構当時の心境みたいな事も書き込んでいた。

こちらは全てに臆病だったので、相変わらず当たり障りのない内容で、たまにこちらの様子なども書き込んでいた。

そして、掲示板に書き込んで半年が過ぎた正月明けにひとつの転機が訪れた。

いつものように(といっても毎日ではなく週末程度の書き込み)があり、嫁から俺の地元に来たい、俺に会いたいという書き込みをしてきた。

週末その書き込みを友人と2人で見ていた俺は、そこでまた悩んだが、掲示板にフリメを貼って、

「こちらに連絡してください」

と書き込んで、友人と2人で待った。

ある程度時間が経った夜中0時頃、フリメを見ると受信されていた。

それも、俺が掲示板に書き込んですぐだった。

そこで素性を明かして、今までの非礼を詫びて電話番号を聞いた。

嫁の住所尋ねると、俺のいるところから途中新幹線が必要な場所だった。

嫁は親元を離れて1人住まいだった。

またそこに複雑な理由があったんだけどね。

すぐに会いたい、やおら立ち上がる自分を友人が止めた

「アルコールが抜けたらば、2人で行こう。いや3人だ」

友人は彼女がいるので、俺をダシにして土日に長距離ドライブを楽しみたかったらしい。

帰りは新幹線でも何でも勝手に帰ればいいから、行く時だけは一緒に行く事にした。

片道の高速代を俺が持つという事で、翌朝出かけると夕方前には、嫁の住む街に着いた。

ここからは別行動という訳で、市内の入り口駅ターミナル、で友人達と別れると嫁との待ち合わせ場所に向かった。

冬の夕方は、街の正月飾りも忘れたような祭りの後の佇まいを見せていた。

嫁の待つ駅まではそれほどの時間はかからなかった。

改札を抜けると、そこにベージュのコートを着て、ほんの少しやつれたような、それでも中学時代の目元と、泣き笑いの顔を見せて嫁は立っていた。

「すみません、来ちゃいました」

俺は頭を下げると、嫁は

「ごめんね、また迷惑かけちゃったみたいで」

と泣き笑い。

2人は嫁の住むマンションへと向かった。

長いようなので、結論だけ先に。

今、子供が3人います。

祖父は亡くなりましたが、嫁が来てくれて、それまで弱っていたのが元気になり、医者から半年と言われた寿命を10年延ばしました。

じつは嫁さん、バツイチになりかけだったんだ。

それも父親の仕事上の付き合いでの見合い結婚だって言うんだ。

父親仕事の取引先社長のボンボン、だけど、婚約後の付き合いで、相当な事をボンボンの母親とかボンボンの姉とかに言われたらしい。

姉にはもう婿さんがいて、婿さんが跡をやるのであとはボンボンに適当な嫁をあてがえば良しというところだったらしい。

でも、言葉の暴力とか、他に女がいて、その女に子供が出来たので手を出される前に婚約解消されたとかだった。

しかし、地元実力者という立場を持つボンボンの父親が、嫁さん側が勝手に婚約解消したという形にして、全てを嫁さんのせいにしたんだ。

嫁さんを守るべき父親は、使い物にならなかった娘を許さずに家から出してしまった。

その後、大学時代の友人を頼って嫁さんは現在の町に来て、正社員として働いていたんだ。

中高生の頃から好きが高じて、大学でも同じ事を勉強しているうちにその分野での資格を身に付けたので、経済的には1人ぐらいでも大丈夫だったとの事だった。

マンションへ行く途中、晩御飯の食材を買うためにスーパーに寄った。

かごを自分が持って次から次から食材をかごに入れる嫁さんの横顔が綻(ほころ)んでいた。

結婚したらこんな風に買い物をして、子供がいれば、子供の手を繋ぎながら、なんていう想像をしていた。

マンションに着き、食事の用意をして、早めの夕食もアルコールが入れば色々な話になった挙句が先に書いたような、事があったんだ。

俺も、大学から卒業後の振られた話などをして、傷を舐め合ったのかもしれないな。

食事が終わり、嫁さんが片づけを済ませて2人でソファーに座ると自然と肩に手を回す俺、体を預けてくる嫁さん、TVを消してダウンライトだけにすると、少し暗くなった部屋で聞こえるのは、嫁さんの息遣い軽くキスをすると小さな声で

「俺くん、長かったね、会いたかった」

嗚咽を漏らす嫁さん。

なんでその時、したのかわからないけど、

「新幹線の最終は何時?」

「多分あと1時間半ぐらいだけどどうして?」

「行こう、今からうちに行こう、今じゃなきゃだめなんだ」

「俺の嫁さんになってください。もう一人にはしないから、家族になりたいから。明日じゃダメなんだ」

「だけど、仕事とかあるから今すぐには…」

「だから、今からうちに来て家族に改めて紹介するから、それから気が進まなくて嫌だけど嫁さんのご両親にもあいさつに行くから」

その晩、無理やり嫁さんを連れてうちに戻った決断が、今までの全てのマイナスを逆転するべき行動だったのは誰に感謝すればいいのやら。

日本には八百万の神様がいるからそのすべてと俺の先祖にも感謝するべきだった。

家に女性を連れて帰る事を連絡する俺。

友達にもその事を連絡すると、今夜はこちらで泊まり明日地元に帰るという友人。

その晩遅くに自宅に到着すると、俺両親と祖父に挨拶をする嫁さん。

祖父と父親大盛り上がり。

だが、ケジメという事でその晩は客間で寝る嫁さん。

俺が鼻息を荒くするも、変なところに几帳面な家族だった。

翌朝起きると、台所で朝食の支度をする母親と嫁さん。

祖父、父、茶の間からその様子を見てニヤニヤ。

一番遅く起きた俺に父親が

「早く孫見せろ」

祖父が

「ひ孫見せろ」

母親が

「もうそろそろお婆ちゃんって言われても良いわよね」

その日の夕方、帰ると話していた嫁さんに俺が

「明日、仕事を休んで嫁さんの実家に行こう。だから今晩もう一晩泊まっていってほしい」

これって下心ミエミエだよね。

嫁さんも俺もいい年だったから、勢いのあるうちにやる事をやらなくちゃと思ったし。

俺家族にはその事を話して

「がんばれ」

とか

「式はどうする?」

とかまだ先の話ばかりだった。

そして翌朝早く、嫁さんが俺を起こしにきた。

「俺くん、私の部屋がなくなっちゃたかもしれないよ」

泣きながら俺に抱き着く嫁さんを抱えながら茶の間に行くと、TVでは日本が終わったようなニュースが流れていた。

例の関西の地震があり、朝早くには嫁さん自宅に連絡が取れてお互いの無事を確認。

なぜ嫁さんは住まいから遠く離れた場所にいるのかは、あとで説明に行くとした。

しかしその後、しばらくは電話での連絡は繋がらなかった。

嫁さんはその後、関西以外に住む両親の親戚に両親の無事と自身の無事を知らせた。

皆なぜ嫁さんが地震から避難できたかは後で知る事になり、俺が命の恩人という事になっている。

色々書いたり思い出しているうちに◯学生時代を思い出したりして、嫁さんを呼んでだんだん変な雰囲気になるし、昨夜は嫁さんに

「4人目作る気?私は構わないよ」

と言われました。

地震に関していうと、直接の被害を受けた地域ではなかった。

朝早くの、速報だけだったので、阪神地域のどこで何が起きたかみたいな詳しい事は、後から分かった事だった。

電話は朝のうちはかかったんだけど、その後は不通になってしまい、会社関係とか友人とかの安否は分からず仕舞いになって、着の身着のままというのは今回の地震の被害者に近いものがあると思った。

俺と嫁さんはニュースを見ながら、父親はラジカセでNHKのニュースを聞いていた母親は嫁さんに

「ご両親の無事が分かったんだからもう、ずっとここにいなさい。今からもう嫁さんはここの娘。あなたのお母さん、いい?わかった!?だから、安心していいからね」

母親も涙声で嫁さん声をかけた。

俺の母親に抱き着いてお礼をいう嫁さん。

背中をポンポンと優しくの母親。

俺も泣きそうになってしまった。

こんなとき男って情けないね。

とりあえず俺と父親は仕事に、嫁さんは母親と大型店舗に買い物に行った。

着る物とか化粧品とか身の回りのものを買わないといけないし。

この日の夕方、父親が鏡台を抱えて持ってきたのには、絶対父親の血を引いているとガッカリ半分、驚き半分だった。

家具屋の幼馴染に話をしたら、タダで持たせてくれたというのだ。

カリモクって書いてあったから、結構すると思うけどな。

色々あって、嫁さんの実家には2週間後に行った。

嫁さんの母親とは中学時代に会っているが、父親と会うのは初めてだった。

うちの父親はダメダメかもしれないが、家族への愛情は十分にあったと思う。

だが、嫁さんの父親は愛情の欠片さえないような人だった。

まだ、定年前だったからかもしれないけどね。

エリートかもしれないけど、もう少し娘に優しくしてやっても罰は当たらないと思った。

40代後半です引っ越しまで半年かかり、入籍まで1年を越した。

交通の遮断とか、建物に入れないとか、これは仕方のない事だった。

結婚式は全てが落ち着いた入籍後に行った。

でも、嫁さんの父親は来てはくれなかった。

母親と嫁さんの姉夫婦と親戚と友人、俺の方も同じような感じでアクセスのいいホテルで行った。

嫁さんの母親は、うちの両親に申し訳ないと随分頭を下げていたな。

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