母と私が、初めて、秋葉原の電気街に行きました。
もう40年前の話です。
母は、美脚でしたので、ミニのデニムのスカートを履いて、
季節は、春だったと思います。
白のブラウスを着て、その上に、軽いジャンパーを着ていました。
母と私は、もう40年前でしたので、今のおたく族と言うのか、
本当の電気街で、どこの電気屋さんに入るか迷っていました。
目的は、オープントースターを買いに行きました。
そして、オープントースターを買い、駅に向かうのですが、
駅がどっちにあるのか、わからなくなり、裏の路地に入ってしまい、
そこで、母は、スカウトされたのです。
ヌードモデルのスカウトでした。
40代ぐらいのおじさんが母に近寄ってきて、
「奥さん、きれいな足をしていますね、私、こういう物です」
と、名刺を渡されました。
名刺を見ると、何とか、プロダクションと書いてあり、
母は、驚いていました。
もしかして、「芸能プロダクション?」と思っていました。
でも、母は、「こういうのは、興味ありません」と名刺を返すと
おじさんは、指をさして、「あのー、私は、そのスタジオで撮影をするモデルさんを探しているのです」
母は「何のモデル?」
おじさんは、「ヌードモデルです」と言うと
母は、「えー私の裸をモデルに?」
おじさんは、「はい」
母は、「バカ、言わないでください」と言い、
私と母に逃げて行きました。
そして、数年後、私と母が、又、秋葉原へ行くと、
今度は、違う人が、母に、ヌードモデルのスカウトしにきました。
母、一度やってみようと思いスタジオに連れて行かれました。
私も、母の後を追いかけて行きました。
母が、スタジオの中に入ると、男3人がいまして、
そのおじさんが、「どうか、脱いで、裸を見せてください」と言うと、
母は、「お金、いくらくれるの?」と聞くと
おじさんは、100万円を見せました。
母は、「こんなにくれるの?」と言い
母は、デニムのミニスカートを脱いで、白のパンティーを脱いで、
そして、お尻を見せました、
おじさんたちは、「おー可愛いお尻している」と言い
そして、上を脱いで、全裸になりました。
おじさんたちは、一斉におちんちんが勃起しており、「きれいな体をしている、オッパイの大きさも良いし、乳首も茶色で良い乳首しているし、スタイル抜群で良いじゃないか」と言い
そのスタジオは、一般向けのヌード撮影会の場所でした。
その日に、母の顔写真と、プロフィールの看板を出すと、応募者が多数いました。
そして、撮影の日になり、母が、全裸にガウンを着て出てきました。
母が、ガウンを脱ぐと、「おー」という声、
全裸の母は、丸い台の上に乗って、男5人が、母を囲みます。
M字開脚で座ると、一斉に、母のおまんこを撮影し、四つん這いになると、お尻の穴を撮影しており、オッパイが垂れ下がり、それを撮影していると男たち
カメラを持って、母に、注文していました。
「乳房をつかんで、オッパイを揉むポーズしてくいださい、」
「大きく、足を広げてください、」
「髪をかきあげて、色っぽいポーズ」をと
注文していました。
シャッター音が鳴り続けいました。
再び、M字開脚をして、おまんこを見せる母、レンズが母の股間にシャッター音
「すごい」という声でした。
M字開脚で座ると、一斉に、母の股間を撮影し、四つん這いになると、お尻の穴を撮影しており、オッパイが垂れ下がり、それを撮影していると男たち、そこへ、何故だか、父が現れて、目をさましました。
私は、これも夢だったのかと、思いながら、パンツに手をやると、
おちんちんのところだけ、ゴアゴアでした。
夢を見ながら、精子を出していたのです。
そして、20代になった時も、母が、ヌードモデルになっている夢をみました。
母が、全裸になって丸い台の上に座り、男5人が、囲んで、20代の男や、40代、60代もいました。
カメラを持って、母に、注文していました。
「乳房をつかんで、オッパイを揉むポーズしてくいださい、」
「大きく、足を広げてください、」
「髪をかきあげて、色っぽいポーズ」をと
注文していました。
シャッター音が鳴り続けいました。
興奮しながら、カメラを持って、いる男たち