スカートの中のブルマを無防備に見せる同級生

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※過激な表現はありません。性に目覚めた頃の、忘れられない想い出です。

目の前には、制服のスカート姿でM字に脚を開いて座っている女の子。中にブルマを穿いているとはいえ、スカートの中は丸見えになっている。

これは、小学6年生の時に何度も見た光景。

彼女の名前は絵梨。5年生から同じクラスで、割と仲のいい女の子でした。とはいえ彼女は活発で、男女問わず誰とでも仲良くなれる明るい性格。特別な仲だったいう訳ではありません。顔もボーイッシュで可愛く、まだ胸はなくスレンダーでしたが、脚がとてもきれいな女の子でした。

そんな絵梨のスカートの中を初めてはっきりと見たのは、とある日の放課後でした。普段から絵梨は、時折スカートの中が見えていることがありました。なので、実はそれまでにも何度か絵梨のスカートの中を目にした事はあったのですが、当時はまだ純真だったので、これは見てはいけないものだ、という意識が強く、スカートの中が見えてもすぐに目を逸らしていました。

今思えばですが、見てはいけないものだ、という正義感よりも、恥ずかしくて見られなかった、とか、他の同級生にスカートの中を見てる事を気付かれたくなかった、という気持ちの方が強かったかもしれません。

その日、放課後に何をしていたかはよく覚えていません。というより、特に何もすることがなかったのだと思います。自分の席にボーッと座っていました。すると、絵梨を含む何人かが目線の先3メートルくらいの床に座り込んで話しているのが目に入りました。さらに、絵梨が座っている位置が、ちょうど真正面になっていました。

絵梨は、スカートでM字に脚を開いて座っていました。

その時、何もする事がなかったということ。位置的に、見ている事に気付かれる可能性が低い距離感だったこと。そして、普段から時折絵梨のスカートの中が見えていた事によって、見てはいけないものだ、とは思いつつも、他の女の子よりは絵梨のスカートの中を見る事への抵抗感が少なくなっていたこと。

色々なタイミングが重なって、その時初めて、絵梨のスカートの中を意識的に見てしまいました。

その時の心境は、今でもよく覚えています。

頭の中に浮かんでいたのは「絵梨、恥ずかしくないのかな」とか「ブルマだから見ても別になんとも思わないけど」という言葉でした。しかし、これは本心ではありません。自分が女の子のスカートの中を見ている、という罪悪感と恥ずかしさとドキドキを正当化するための、自分自身への言い訳でした。

あくまでたまたま目に入っただけで、エッチな目で見ているわけではない、と自分自身に必死に言い聞かせることで、ようやく彼女のスカートの中を見る事が出来るくらいに当時は純真でした。

そしてなにより、そうやって自分を必死で正当化してでも目が離せないくらい、絵梨が脚を開く姿はエッチなものでした。

普段は絵梨の膝の高さくらいまでを覆っているスカートの中が、脚を開いている事で丸見えになっています。普段は見る事のない、傷一つない絵梨のスレンダーな、でも女の子らしい肉感をまとった太ももの、普段は見える事のない内側の部分。そしてその内側に見える、脚を開かないと見える事のない部分のブルマが容赦なく目線を釘付けにします。

スカートは絵梨の太ももの上から両脚の外側を覆う形になり、その視覚効果で丸見えになっているブルマは「スカートの中の下着」としてますます刺激的なものになっていました。

少しだけ話が逸れますが、時間を遡って、小学校4年生の時。その頃初めて、オナニーという行為を覚えました。正確に言えば、女の人の事を考えながら自分の下半身に触れる事で気持ち良くなる、という事実を知りました。その行為が何を意味するのかは、まだ全然理解していませんでした。

自分がしている行為がオナニーといわれるものである事や、射精、という単語すら知りませんでした。また、当時の純真さと正義感から、そのために同級生のエッチな姿を探そうとした事は一度もありませんでした。

ただ、同級生の事を考えながらした事が無い訳ではありません。小学校、特に高学年という環境は、色々なことがアンバランスな状況にあります。特に30年以上前は、今より(といっても、今のことはよく知りませんが)そのバランスの崩れ方が顕著でした。

男子の「性」ではない、純粋なエロへの興味の目覚め。発育がはやい女子の、身体の成長。そして、そんな女子への環境の配慮のなさと、女子自身の知識の追いついていなさ。例えば通っていた小学校では、結局6年生の終わりまで体育の着替えは男女同室で行われていましたし、身体の成長のはやい一部の女子はそれを気にすることなく着替えていました。

そんな環境の中で一足先に「性」に目覚めていたその当時、アンバランスな世界で不意に目に入ってくる色々な景色は十分すぎるくらいに刺激が強いものでした。思わず目が離せなくなった事もありましたし、結果的に、目に焼きついたその姿を思い出してその夜一人布団の中で気持ちよくなってしまう事もありました。

絵梨の姿も、この時期特有のそんなアンバランスさを含んでいました。

今の環境の事は良く分かりませんが、おそらく今のこのくらいの歳の女の子は、スカートの中に見せパン的なものを身に付けているのだと思います。その見せパンに当たるものが、当時のブルマでした。

学校では、1年から6年まで女子はみんな制服のスカートの中にブルマを身に付けていました。実は、女子のスカートの中が見える事自体はそこまで珍しい事ではありませんでした。

当たり前のことですが、学校では女子は一日中スカートで行動しています。そしてその行動の中には、スカートの中が見えてしまう可能性が非常に高いものも含まれていました。

例えば、床の雑巾掛けなどは顕著なパターンです。少し高いところに登って展示物を貼ったりする事もありますし、もっと言えばそのような「しなければいけない事」でなくても、ジャングルジムで遊んだり、ブランコに乗ったりする時も女子はスカートで行動します。結果的に、女子のスカートの中が目に入る事は割と頻繁にありました。

1日学校にいれば一回は目の当たりにするくらいの頻度だったと思います。

そして、そうやって見えてしまってもいいように、女子はスカートの中にブルマを身に付けていたのです。実際、そんな感じで見えるスカートの中を正直そこまで深く気にした事はありませんでした。

一方で、女子達に「スカートの中が見えるのは恥ずかしい事だ」という感情が段々と芽生えてきます。それは男子の目線だったり、自分の身体の成長による変化だったり、女子達の中での共通認識だったりから来るものだと思いますが、学年が上がるにつれ、不用意にスカートの中が見えないように意識する女子はどんどん増えていきました。

高いところに登る必要がある時にはスカートを手で押さえたり、床に座る時には膝を寝かせて座ったり、スカートの中が見えてしまう行動はそもそも避けたり、です。

もちろん全て完璧に出来ていた訳ではありませんでしたが、6年生ともなるとみんな「やむを得ず見えてしまった時のためにスカートの中にブルマを身に付けている」という意識の下に色々な行動をしていました。

ただ1人、絵梨を除いては。

冒頭で「普段から絵梨は、時折スカートの中が見えていることがあった」と書きましたが、これは「普段から絵梨は、時折不用意にスカートの中が見えていることがあった」という意味になります。女の子が意識していればスカートの中が見えずに済むような、しかもほとんど全員の女子がそれを意識するようなシチュエーション。

そんなシチュエーションでも、絵梨のスカートの中は見えるような行動を取る事がありました。

その最たるものが、「スカートで脚を開いて床に座る」行為だったのです。

今思えば、この出来事の前から絵梨のスカートの中の事は気にはなっていたんだと思います。

前半に「普段から時折絵梨のスカートの中が見えていた事によって、他の女の子よりは絵梨のスカートの中を見る事への抵抗感が少なくなっていた」と書きました。それ自体は事実ですが、逆に言えばそれは、見える度それを意識していたから絵梨な事を「時折スカートの中が見えている女の子と認識した」という事でもあります。

普段から絵梨が不用意にスカートで脚を開いていた事で下がったハードル。その結果、生まれて初めてした「女の子のスカートの中を見る」という行為。そこで見た絵梨のスカートの中には、皮肉にも「何故女の子はスカートの中を見せないように座らなければならないのか」という、その理由の全てが詰まっていました。

自分に対してありとあらゆる言い訳をしながら、無防備にスカートで脚を開く絵梨を見続けました。

目の前に広がる、あまりにもエッチな光景。そして、それを意識的に見続けているという背徳感。そもそも何もする事なく自分の席に座っていたのですから、絵梨のスカートの中を見ている事そのものへの言い訳はしようがありません。今している行為は「絵梨のスカートの中を見ている」以外に何もないのです。出来るのは、それを見続ける為の苦しい言い訳だけです。

「絵梨、恥ずかしくないのかな」「ブルマだから見ても別になんとも思わないけど」。嘘です。なんとも思ってないのなら、数分間も見続けている必要はないし、「恥ずかしくないのかな」と思うのは、絵梨の恥ずかしい姿を見ているという自覚があるからです。

時間としては、ほんの数分間。しかし、恥ずかしさと背徳感で永遠にも思えた時間でした。やがて絵梨達のグループは解散し、下校の時間がやってきてそれぞれに家に帰りました。

後はもう、お察しの通りです。頭の中は、無防備にスカートで脚を開く絵梨の姿でいっぱいです。オナニーという言葉を知らなくても、右手は下半身に伸びていきます。背徳感と恥ずかしさにまみれながら、ほどなくしてなす術なく強烈な快感が身体中を襲いました。それは、それまでで一番気持ちのいいオナニーでした。

これが、初めて絵梨のスカートの中を見た時の話です。

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