エッチな家庭で育った私

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初めまして。瀬那、19歳です。

150cmのEカップ、スレンダー体型です。

私はエッチなことが当たり前の日常で育ってしまい、今も普段から街で露出などのエッチなことをしないとダメな身体になってしまいました。

初めての投稿なので、まずは生い立ちを書きたいと思います。

7歳の頃に両親が離婚し(原因は父の浮気です)、一人っ子だった私は母親と暮らしていました。12歳で母が再婚し、義理父と義理兄2人(2歳上、5歳上)と暮らし始めました。

義理父も義理兄もとても優しく良い人でカッコよくて、すぐに仲良くなりました。家族一緒にご飯を食べたり出かけたりするのはこんなに楽しいんだ、と初めて知りました。家族団欒を味わっていた矢先、私が14歳の時に母が急逝しました。失意のどん底にいましたが、みんなが支えると言ってくれて、一人じゃなくて良かったと本当に思いました。

背は小さかったですが胸が一気に成長し、14歳でCカップになっていたと思います。義理父も義理兄も、だんだんと遊んでいる時などじゃれながら胸やおしりを触ってくることが多々ありました。性の知識も乏しく、家族だと思っていたので私は特に気にもとめていませんでした。

母が亡くなってからは、私が家事をすることも多くなりました。ある夜、義理父が仕事から帰ってきて、「いつも家事を頑張ってくれて有難う。これ、瀬那に似合いそうだから…付けたら、家事が楽しくなると思って!」と、紙袋を差し出しました。中を見てみると、フリフリの、メイドさんが付けるような可愛いエプロンが入っていました。

5歳上の義理兄が「可愛い、本当に瀬那に似合うと思うよ!」と言い、2歳上の兄が「エッチなアニメに出てきそうなエプロンじゃん!父さんセンスいいなぁ!瀬那、試しに裸でつけてみて!」と言いました。

さすがに家族で女は私だけだし、3人の前で裸は…と思い「いやだよぉ」と言いましたが、5歳上の義理兄まで「いや、瀬那は可愛いし、スタイルも良いから本当に裸でエプロン似合うんじゃないかな」なんて、まじめに言ってきます。義理父に困った顔を向けると、義理父も困った顔をしながら「う〜ん…でも、2人の言う通りだな!瀬那、全部脱いでみなさい。それとも、父さんの買ってきたエプロンが付けられないかな?」と、叱責ではなく悲しそうに言います。私は、みんなを悲しませたらいけないと思い、別室でなら…と、裸にエプロンを了承しました。

別室で裸になり、エプロンを身に付けます。鏡に全身を映すと、性知識が乏しい自分でもエッチだとわかる姿がありました。リボンを首と腰で結ぶもので、全体を縁取るフリルが可愛くもいやらしくもあります。胸の部分の横幅が狭く、胸が横から半分露わになり、薄手の生地の為に、乳首がぷくっと浮き出ています。前は、ちょっとでも動いたら大事なところが見えてしまいそうです。そして何より、後ろは背中やおしりが丸見えです。

恐る恐るみんなのいる部屋に入ると、全員が息をのむのがわかりました。ほんの3、4秒の沈黙でしたが耐えきれずに「変かなぁ…?」と聞くと、口々に「可愛いっ!」「似合う!」「えろい…!」なんて声が返ってきました。恥ずかしかったですが、3人に揃って言われると悪い気はせず、本当にこの格好が似合うんだと思えてきます。2歳上の義理兄が近付き、「瀬那本当に可愛いよ、乳首も立っちゃって♡」と言いながら胸を揉み、「これから家事する時はさぁ、いつも裸にエプロンにしてよ!」と言いました。5歳上の兄が後ろからお尻を触り「それは良いアイデアだな」と言い、義理父が全身を見ながら「そうだな、家に帰ってこんな可愛い娘がいたら仕事の疲れも吹き飛ぶな」と、全員一致で裸にエプロンをすることが決まってしまいした。

この日から、家庭内でのエッチな色々が始まりました。家事をする時は裸にエプロン。家事以外の普段着は義理兄それぞれが買ってきたナースやミニスカポリス等のコスプレや、スケスケのランジェリーやマイクロビキニなどを着せられていました。外出の際には身体のシルエットが出るワンピースやミニスカートに、ノーパンノーブラを強要されました。

毎日3人に胸やおしりを揉まれていたからか、16歳で胸はDカップになりました。それまで挿入はされなかったものの、触られたら感じるようになり、敏感な身体になってしまいました。

今では刺激が欲しくなり、自分でエッチな服を選ぶようになってしまいました。長くなってしまったので、今回はこのへんで…こんな話でも需要があれば、また書いてみようと思います。

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