連載投稿を初めさせて頂いてから1年が過ぎたこのストーリーは、読者の皆様のご支援もあり記念すべき第30話を迎える事が出来ました。
これまでダラダラと続く私の作品を忍耐強くお読みいただきまして感謝の念に耐えません。本当にありがとうございます。
そんな記念すべき今回のストーリーもベッドの上から始まります。ベッドはベッドでも、今回は残念ながら病院のベッドとなっております。さらには、私が患者として横たわってるという情けない状況です・・・。
時代は平成2年。未だバブル景気に浮かれる日本という国の北東北にある小さな臨港都市が舞台となります。その街にある工業大学の4年生だった私が教育実習を受けていた時、その時実習生の世話係だった舞衣先生とふとした事で深い仲になってしまいました。
ただ、この舞衣先生とは私の姉の結婚により義理の兄妹になってしまうことからお互いからの卒業試験を行いましたが、その直後私の彼女であるマコトの姉が救急搬送された病院に駆けつけた私の脳裏に、昔彼女だったあおいが交通事故に遭い搬送された病院のでの出来事がフラッシュバックし倒れて気を失ってしまいます。
そんな動転する私の記憶の中に、既に亡くなってしまっているはずのそのあおいが姿を見せていました。どうやら私は、誰からも卒業できず落第してしまったのでしょうか?
今回はそんな病室から始まります。それでは・・・・
「マコちゃん・・・アキちゃんは大丈夫?」
ベッドの上で目を覚ました私は、開口一番救急車で先に搬送されていたアキの容体について尋ねました。私は今の今まで自分のことしか考えられず気が動転していましたが、この時やっと周りが見えるまでに回復したようです。
「あっ、エンちゃん。具合・・・どう?今、看護婦さん呼ぶね・・・・」
とりあえずマコトは私の質問に答える前にインターホンで看護婦さんを呼んでいます。
「あっ、処置室の風谷です。今が覚めました・・・・。」
「は〜い。今伺います・・・・」
ん?なんだ?この匂い・・・?
この時私はものすごい違和感を感じていました。
アルコールの匂いはまだしも、いろんな薬剤や薬の匂い・・・・・。とにかく普段気が付かない病院のそんな匂いが鼻に付きます。
そんなインターホン越しのやりとりの時、私はその匂いである事に気づきました。それはそこにいるマコトが生理中である事に・・・・。私はこの時、なんで自分の鼻がそんなに敏感なのか不思議でした。
そんなことなんて知らないマコトが、先ほどの私の疑問について答えます。
「うん。今、なんか病室調整付かないみたいで、とりあえずお姉ちゃんはあそこ・・・・」
私はそういうマコトに促されるように病室の窓側を見ました。すると、そこには頭と左手が包帯グルグル巻になったアキラが横になっていて、点滴を受けている右手で力なく私に手を振っていました。
「あっ、すぐそばにいたんだ・・・。でも、結構怪我しちゃったんだね・・・・」
この時妊娠中だったアキラは、今後婦人科対応となるのか外科対応になるのかが決まらず私と同じこの処置室に置かれていたようです。
そういう私は病院で準備した寝巻きを着ており、やはり左手首に点滴が刺さっていました。そんな私を見下ろしながら、ベッドの手すりに寄りかかるようにしてマコトが先ほどの質問に答えます。
「うん・・・。ちょうど夕飯運んでいた時お盆持ったまま倒れちゃって・・・・その時、流し台の引き出しの取手に頭ぶつけて・・・しかも割れた茶碗で手も怪我しちゃって・・・・」
ベッドのそばに立っていたマコトは、そう言いながらそばにあった丸椅子に腰掛けました。
そこで私はそういうマコトを手招きして小声で尋ねました。
「アキちゃんのお腹の赤ちゃん・・・・大丈夫?」
私は過去に下宿の娘であるふたばが流産してしまったということもあり、ちょっと心配なところもありました。
「うん・・・検査の結果、赤ちゃんのほうは異常ないって。でも・・・・」
「えっ?・・・・赤ちゃんのほう、は・・・ってことは・・・ぶつけた頭の方は?」
「うん。もうちょっと詳しく検査してみないと分かんないって・・・その原因も含めて。」
「そうだよね・・・・あの状況って結構な修羅場だったみたいだね・・・あの台所。」
「ごめんね〜。大変だったでしょ?あのアパート・・・・。でも、エンちゃんに見てもらいたかったな・・・・あのロクベコ・・・」
その時、先ほどマコトが呼んだ看護婦さんが引き戸を開けて入ってきました。
「あっ・・・・・。あの・・あの・・」
この時、私自身がアワアワしてるのが分かりました。しかし、この看護婦さん・・・何処かで見覚えがあるような・・・でもそれが思い出せません。
「風谷さん・・・お目覚めですね。今回、風谷さんの担当になります後藤田と申します。わたし、風谷さんの担当2度目なんですよ。覚えてません?」
「いや・・・・でも、何処かで・・・」
「そうですよね。1年以上前ですもんね・・・・」
そう言いながら、その看護婦さんが検温をしています。そこで私の目に入った目元のホクロを見て思い出しました。
「あっ、あの・・・前にバイト先で倒れて担ぎ込まれたところの病院で・・・・」
「はい・・・正解。その時オンナもののパジャマ着てた風谷さんのことは今でもはっきり覚えてるよ・・・」
「すいません・・・・。あの時ちょっと・・・いろいろありまして・・・・」
「エンちゃん・・・・その時なぜかこだま先輩のパジャマ着てて、夏帆先輩に看病してもらっていた・・・・あの病院?」
そう言うマコトは当時まだ高校2年生でした。しかもそのマコトが北海道へ渡る直前の話です。
その時私は、体調を崩したままガソリンスタンドのアルバイトに出て、2トンのローリー車へ登ろうとしたところで倒れてしまって病院へ担ぎ込まれていました。
そして、たまたま給油に来ていて倒れた瞬間を目撃したバスガイドの夏帆が、ガイドの女子寮で比較的体の大きいこだま先輩からパジャマを拝借して病院に駆け付けて、この看護婦さんと一緒に着替えさせてくれたという経緯があります。
その時私のアソコにカテーテルを刺したのがこの看護婦さんということになります。・・・・・ということは、私の全てを見てしまっているということに・・・・。更にはその時付き添っていた夏帆に私のモノについて感想を伝えていました。
あんまり立派じゃなくってよかった・・・・と。
それはカテーテルを挿入するときモノが大きいと大変ということの裏返して・・・・ということは私のモノが小さいという事になります。すごくバツが悪いです。
「うん・・・そうだよね。いろいろよね・・・・綺麗なバスガイドさんが入れ替わり立ち替わりだったもんね〜。」
今度は白衣の後藤田さんが私を横目に見ながら意地悪そうにそう言いました。
「ちょっと誤解してません?」
「あっ、ごめんなさい。それって余計な詮索よね。」
「なんか、その時看病してくれた女の子の同僚が面白がっちゃって・・・・ひっきりなしに病室出入りしていて・・・」
「あっ・・・・もしかして・・・あなたって、その時のセーラー服・・・・・?」
するとその後藤田さんが何かを思い出したかのように、私のそばにいたマコトを指差しながら言葉に詰まっています。
「はい・・・・。その時2年生でした。それでその時バスガイドになろうって決めたんです。」
「・・・ってことは・・・・あなた今・・・・バスガイドさん・・・なの?」
「はい。お陰様で。まだまだ新人ですけど・・・・。」
「へえ〜、その時から続いていたのね・・・・。しかし、あの時みんなで食べたシュークリーム美味しかったな・・・・」
「でも・・・・あの私・・・そのシュークリームの後、旭川に転校しちゃって・・・」
「旭川?」
「はい。・・・・それで卒業してから内地に戻ってきました。」
「ん?・・・・内地?」
「北海道の人は本州のことを内地って呼んでいます。わたしも良く考えないで使ってますが・・・」
「それで、その・・・内地から出て行っちゃったその間・・・・どうしてたの?」
「一度も逢っていません。手紙は何度かやり取りしましたが・・・・」
そこで話をする二人の間に沈黙が・・・
「い・・いや・・・・良く続いたね。普通だったら・・・・自然消滅の流れ・・・・。」
この時話をしていた後藤田さんの表情が呆気に囚われていたのが分かりました。
「そ・・・そうですよね・・・・僕はその期間、帰ってくれるのを信じてとにかく待ちました。ひたすら我慢しました。」
これは今まで誰にも言っていなかった私の心中です。
「エンちゃん・・・・。」
その時私を見るマコトの目がウルウルしています。・・・・・凄く照れます。そこで私は話題を戻しました。
「そんな後藤田さんはどうしてこの病院に?」
「ここって、その病院の系列で・・・・。いろいろあって最近こっちに異動してきたの。」
その白衣の後藤田さんはその後特段変わった様子もなくそう答えました。
ん?・・・いろいろ?
その看護婦という職業柄いろんな体験をしていると思いますし、いろいろってヤツもたくさんあるのでしょう・・・・そんないろいろの一つの出来事として私の粗チンも披露してしまっていますが・・・・そんなことは覚えてもいないと思います。
なにせ・・・あんまり大きくないモノです。もし覚えていたとしても忘れて欲しいところですが・・・。
「あ・・・そうなんですね。」
少し動揺する私は冷静を装いながらそう答えました。でも、私の頭の中がすごく混乱しています。それは、会話をしていて気づきましたが・・・・この後藤田さんの放つ体臭がとてもいい匂いである事に・・・・・。
「短い間ですけど、よろしくお願いします。あと、ちょっとお薬入れますね。」
そう言いながら後藤田さんが点滴のパイプに注射器で薬を入れています。この時私の口の中にとことなく薬の味が広がって来ていました。
「それって・・・・」
「うん。気持ちが落ち着くお薬ってところです。・・・・。精神的にちょっと不安定だからってことで、先生から指示が出ていて・・・」
「そうなんですね。よろしくお願いします。」
「何かあったらすぐに呼んでくださいね・・・・」
その後、脈拍や体温など一通り調べた後藤田さんがそう言いながら病室を出て行きました。すると、そばにいたマコトが膨れっ面になっています。
「マコちゃん・・・・どうかした?」
そんなマコトに対して、私は自然にそう尋ねました。
「エンちゃん・・・・。制服フェチは分かるけど、何かいい匂いでもしたの?それに・・・・・目がエロかった。どうせヤラシイことでも考えてたんでしょ?」
「いや・・・・そんなことないよ。制服姿だったらマコちゃんに敵わないから・・・・」
「うん・・・・それでよろしい・・・・ん?じゃ、もしそうじゃなかったら?」
「えっ?・・・・それって、ハダカってこと?」
「エンちゃん・・・・・ヤッパリ頭ぶつけた?で、でも・・・・もしそうだったら?」
「ヤッパリマコちゃんに敵わないと思う・・・・最近のマコちゃんは見てないけど・・・・」
「前はピチピチの現役高校生だったもんね。しかも2年生・・・・」
そこまで話したマコトが私の耳元で囁きます。
「・・・・・その半分脱がせたセーラー服に白い液体飛ばしたのって誰だったかな?」
「ごめん・・・・もう、それは時効ってことで・・・・」
そこでほっぺの腫れが引いたマコトが、先ほど言いかけた「ロクベコ」というものの話を再開しました。
「今日エンちゃんに電話したのは、私が創ったロクベコを見て欲しかったからなの。」
「ん・・・?ロクベコ?」
「わたしが命名したの。赤黒ハチロクの赤ベコ・・・通称ロクベコ。」
「あっ・・・・ゴメン。それ、勝手に見ちゃった・・・。なんかマコちゃんが一生懸命になって絵付けしたのが分かったよ・・・」
「ちょっと恥ずかしい・・・わたしにもっと絵心ってものがあればよかったんだけど・・・・」
「ううん・・・・すごく伝わったよマコちゃんの想い・・・。特に背中の交通安全・・・」
「あっ、それもすごく恥ずかしい・・・・そこに何かの模様でも書こうと思ったんだけど、思いついたのがそれしかなくって・・・。事故処理の後だったからかな・・・・?」
「うん・・・・それは無理もないよ。でも、なんか嬉しかった。僕って最近その交通安全っていうことをちょっと忘れちゃっていたから・・・」
その事故処理とは、先日マコトが東北南部を周遊するという仕事で乗務したバスが高速道路上で発生した追突事故に遭遇し、その怪我人を救護したというものでした。
それは全国ニュースでも放映され、それによってその時救護に携わった人たちに後日県警本部から感謝状が渡されるとも聞いています。
そんな時、アキラのそばにいたアキラの彼氏である織田から声が掛かりました。
「ドカ・・・腹減らねえか?オレ・・・あそこのショッピングモールに行って弁当でも買ってこようと思うんだけど・・・」
「そういえば、わたしも腹ペコだった・・・織田さん、わたしも一緒に行きます。でも、こんな時間までやってますか?」
「いいってば・・・マコちゃんはせっかくゆっくりドカと話できるんだし・・・・オレ、そんな野暮じゃないから・・・。あと、今行けば値下げになってるかも。」
「織田さん、すいません。じゃ、わたしの分もお願いできますか?」
「はいよ・・・合点承知。でも、残り物しかないと思うから種類はオレの一存ということで・・・」
そう言いながら病室を出ようとした織田に隣のベッドの上から声が掛かります。
「ノブ〜。出来れば、わたしサンドイッチ・・・。」
そう言われた織田の顔がみるみる赤くなります。
「アキ・・・・ちょっと恥ずかしいんだけど・・・・その呼び方。」
「えっ、お姉ちゃんって・・・・織田さんからアキって呼ばれてんの?」
そう言われたアキラはベッドに横になったままあちらを向いてしまいました。
「知らない・・・・」
そのベッドからそんな言葉が聞こえたような・・・・。あっちもこっちも照れてるようです。全く初々しいというか・・・・。
「ほれ・・・弁当買いに行くんじゃないんですか?お願いしますよ・・・・ノブ兄さん。」
私は顔を赤くしているそんなオトコにそう声を掛けました。
「いや〜、今日はパパって呼ばれたり兄さんって呼ばれたり忙しいな・・・。全く、一人何役やればいいのか・・・・」
「織田・・・・分かると思うけど、それって一人一役でいいんだぞ・・・」
「あっ・・そうだった。んじゃっ・・・・」
そう言いながら織田が弁当を買いに廊下へ消えました。
するとそれを見送ったマコトが横になっている私の顔に自分の顔を近づけ小声で尋ねます。
「ノブ・・・・って?」
「うん。織田の下の名前が信之って言うんだ・・・・だから・・・。」
「えっ?織田信長?」
「そうだよね・・・・洒落みたいな名前でしょ?織田信之って。」
「でも、織田さんって・・・・知らない人が見れば、どこにでもいるようなチャラチャラした若者って感じだけどいい人だよね。お姉ちゃんがこの人だったらって決めたのも分かる気がする。」
「えっ?織田のヤツが口説き落としたんじゃないの?」
「最初はそんな感じだったんだけど・・・・付き合って行くうちにお姉ちゃんがベタ惚れしちゃって・・・」
「でも織田ってヤツは、先も見通せてそこまでのプロセスなんかをキチンと持ってるオトコだから、僕から見ても間違いはないと思うよ。」
この時の私の頭の中には、織田とペアになって実験を行った後のレポート作成手法が浮かんでいました。
出席番号が前後だった織田と私は何かとペアになることが多く、その独特なやり方に面食らったものです。
その織田というオトコのレポートのまとめ方は一種独特で、最初に最適解を見出してからそこに到達する手法についてまとめるというやり方でした。しかも作業を実行部隊の私と指揮取りまとめの織田の二人で分担して進めていたため作業自体が効率化されて、他の学生が四苦八苦している時にはそのレポートを提出しているということをこなして来ました。
コレって先が読めないとできないやり方で、一歩間違えばとんでもない結果になってしまうところですが・・・・。この織田というオトコはそれをハズしたことがないんです。
これは何をどうやってまとめるか。また、それを評価する教授達がどこに注視するのかが分からないとできない離れ業です。しかも、そのレポートが的を得ていると言うことで、織田・風谷のペアは教授陣の中で結構目立った存在となっていました。
でもそんな経緯なんかちっとも知らないマコトは、小さい頃から一緒に育った妹目線で感想を言っています。
「わたしのウチってお父さんいなかったでしょ?お母さんは常に働いていて、わたしはお姉ちゃんに育てられたようなものなの・・・・。だからお姉ちゃんには幸せになってほしい・・・」
「うん。そうだよね。でも、すでにフライングしちゃっているけど・・・・。今、お腹4ヶ月だっけ?」
「うん・・・もうすぐ5ヶ月。まだお腹全然目立たないけど・・・」
でも、織田というオトコは先は見通せてもアキラの酒癖までは見通せなかったようです。
マコトの姉であるアキラは、アルコールが入ると途端に淫らになってしまうのです。具体的に言うならば、とにかく服を脱いで迫まるという性癖の持ち主なのでした。
以前、バスガイドの夏帆と宿泊したホテルで偶然一緒に宿泊した織田が、翌朝抜け殻のようになっているのを見たこともありましたし、姉妹の住むアパートでマコトのお母さんも含めてお酒を飲んだ際にも服を脱いで織田に迫っていたこともありました。しかもその時、アキラも妹のマコト同様に無毛症であることを確認したという経緯もあります。
そんなこんなで妊娠中のアキラですが、ヤッパリ身重のカラダ・・・心配です。
「もう少しで安定期に入るから、少し安静が必要かな?」
私は以前、妊娠5ヶ月を過ぎるとある程度安定するという話を聞いていました。
「うん・・・・。でも、お姉ちゃんって倒れたのコレが最初じゃないの。今まで何度かあったみたいで・・・・妊娠前から・・・・。だからすごく心配で・・・。」
「それって体質的なもの?」
「多分。それで今回キチンと調べてもらおうと思って・・・。ただの貧血だとしてもそれはそれで凄く心配。」
「妹のマコちゃんはそんなことあるの?」
「わたしは至って健康体なの。同じ姉妹なのに体質が全く違って・・・・」
「姉妹でもそんなに違うことってあるんだ・・・」
「それじゃ、アキちゃん・・・キチンと検査受けなきゃ・・・・」
「それ、さっきお姉ちゃんと話していて・・・何かの機会だからここで検査してもらおうということになって・・・。」
「それじゃ会社なんて休むことになる?」
「うん。明日会社の人に相談するって言ってた・・・・」
「そうだよね・・・・もう、一人の身体じゃないんだから・・・・・。」
そうです。もう、アキラのお腹に宿っているもう一つの命も大切にしなければなりません。でも、肝心のその父親となる織田のヤツにそんな実感はあるのでしょうか?
でも、そんなことを期待するのは無理かもしれません。このオトコも私と同じどこにでもいる単なる大学生です。結婚して初めてその責任の重さが分かるのだと思います。
そんなことはさておき、私たちは先ほど「ノブ」と呼ばれていた織田の買ってきた半額弁当を食べていました。
「ドカ・・・オレってお前の好み分かるんだぜ・・・・。お前が学食で食うモノのルーティン知ってるから・・・・」
そういう織田が私に差し出したのは、まるで小学生向けに作ったようなバラエティー弁当でした。
「えっ?エンちゃんって食べ物に関してはそんななの?クルマに関してはあんなに拘りがあるのに・・・」
「マコちゃん。コイツにはカレーとハンバーグとスパゲッティーさえ食わせときゃ文句言わないから・・・・」
「織田・・・・そんな、小学生じゃあるまいし・・・・」
私がそう言いながらハンバーグを口に運んだ時、隣のベッドからか細い声が・・・・
「ノブ〜。コレ、ストロー刺さんない・・・」
「あっ、ごめん。片手じゃ無理だった・・・・」
そう言いながら弁当を食い終えた織田が隣のベッドに行きました。
「飲ませて・・・・」
「仕方ないな・・・・」
なんて小声も聞こえてきます。
「エンちゃん・・・・食べさせてあげよっか?」
隣の仲睦まじい様子を見ていたマコトが意地悪半分にそう尋ねました。
「い・・・いいよ。僕は片手に点滴刺さっているだけだし・・・」
「もし・・・何かの拍子に両手使えなくなっちゃったら色々と大変だよね。」
「そうだよね・・・・食べ物は犬のようにしてでも食べられるけど、アッチの方が・・・・」
「エンちゃん。ここは病院。下ネタ厳禁!。」
「マコちゃん。なんか勘違いしてる?僕が言いたかったのは・・・・そのオシッコのほう・・・」
「ご・・・ごめん。なんか勘違いしちゃった・・・・。でも、その・・・1年以上してないよね・・・・だから・・・・。」
「そうだよね。でも、ここは病院だから・・・・退院してから・・・その・・・ゆっくりと・・・」
「でも・・・夜中にこっそり出してあげよっか?さっきの後藤田さんみたいな白衣の格好で・・・」
「ちょっとまった!・・・。でも・・・・マコちゃんのナース姿・・・う〜ん。ちょっと見てみたいかも・・・。でも、やっとマコちゃんの元に戻ってきたということでちゃんとしたところでシたいと思う・・・」
「あれ?戻ってきたのはわたしの方だと思うんだけど・・・・」
「だって・・・僕ってなんか迷い犬みたいでさ・・・・アッチにフラフラ・・・コッチにフラフラしちゃって、なんか帰り道忘れちゃった犬のようだったから・・・今、マコちゃんへの帰り道が見えてきたから・・・・今、キチンと帰らないとその道忘れそうだから・・・・」
「うん・・・・もういい・・・はい・・・よしよし・・・・」
この時、訳の分からないことを言っているのは自分でも分かります。でも、最後にわたしはまるで飼い犬のように頭を撫でられていました。
「マコちゃん・・・。僕ってイヌじゃないんだから・・・・・」
「でも・・・帰り道探していたんでしょ?」
「う〜ん・・・・そりゃそうなんだけど・・・・。」
すごく癒されます。こんな他愛もない会話で・・・でも、この時その心地よい声がまるで子守唄にでも感じられて来てものすごい睡魔が・・・・この時思わずガクッと船を漕いでしまいました。
「エンちゃん・・・やっぱり眠いよね。さっきのクスリが効いてきたんだね・・・・」
「でも・・・もう少しだけマコちゃんと話したい・・・・・」
そこで私の記憶が途絶えてしまいます。
次に私は変な夢を見ていました。それは見た瞬間、夢だと分かるものです。でも・・・・その夢の中の私はすごく焦っていました。
それは小学生の時飼っていた犬がいなくなってしまい、それを探している小学生の自分です。
当時飼っていた犬は顔だけが白い赤毛の犬で、どこから見ても柴犬でした。ただ、耳が垂れていることを除いては・・・・そんな残念な雑種犬・・・。
私の実家というのは建設業を営んでいたこともあり、重機を置くヤードを確保した500坪を超える広い庭があり、その中に主屋とガレージが並んで建っていました。その庭は塀で囲われていて、そこで飼っていたその犬は決して敷地から外へ出なかったため半分放し飼い状態でした。
しかし・・・・その犬が突然姿を消してしまったのです。
私は必死に探しました。でも、小学生の足ではその範囲も限られます。その夢の中で疲れ果てて挫けそうになって道路に座り込んだ瞬間、私がいつの間にか探されている側の赤犬になっていました。
膝くらいの目線で見るそれはいつも通っていた小学校のようです。そしてどういう訳か私は女の子のお尻の匂いを嗅いで回っています。
・・・・違う・・・・違う・・・・この娘も・・・・
私は一体どんな匂いを求めているのか、誰を探しているのかさえ分かりません。
キャーキャー言って逃げ惑う女の子が去った後、今度は下校時間の小学校で見たこともない小学生に身体中を撫で回され、しまいにはマジックで眉毛なんて描かれたうえコッペパンなんかもらって食べていました。
どういう訳か誰かを探すように小学校付近を徘徊しているようです。
そんな中、一人で歩いている女の子のお尻の匂いを嗅いだ時でした。
「あっ・・・・・これだ。探していたのはこの匂い・・・・」
すると、そのかも誰かも知らない小学生の女の子が私振り返っての前のしゃがんで私に尋ねました。
「おうち分かんなくなっちゃの?ウチ来る?」
そして私は、その女の子に引き寄せられるようについて行って牛乳なんかも飲んでいました。
この小学生・・・恐らく低学年かと思います。でもどこか懐かしいその笑顔・・・・それにその匂い・・・どういう訳かその笑顔とその匂いに心が癒されます。
その家の玄関脇にはなぜか新品の犬小屋があって、しかも私はいつの間にかどことなく懐かしい匂いのするその場所に鎖で繋がれています。その後そこから動くことができませんでしたが、餌もキチンともらえてどことなく居心地のいい気分になっている自分がそこにいました。
犬になった私はそんな犬小屋で考えていました。
「いったい自分はどこから来て、なんでここにいるのか・・・・・。」
そんな時、門の外から従姉妹の芽衣子姉さんが歩いて来たのが分かりました。でも、その芽衣子姉さんが高校の制服なんか着ています。しかも、ものすごく若い様子です。
その芽衣子姉さんが犬になってしまった私に「ただいま・・・まーくん」とひと声かけて玄関に入って行きました。
そして一晩明けた翌朝、今度は中学校のジャージ姿の理央が「行ってきます・・・エンちゃん」と声をかけて学校に行きました。
その時、「あれ?なんだ?これっていつの記憶だ?そもそもなんで自分って犬なんだ?」なんて改めて疑問を感じ始めています。
そして日中、次に現れたのがどういう訳か麻美子姉さんをレイプしたその犯人でした。私は玄関に入るその危険なオトコの存在を姉さんに知らせるために必死に叫び続けます。
でも・・・その叫びも虚しく、そのオトコが家に入った瞬間から何かが壊れる音や叩く音なんて聞こえてきました。そして最後には姉さんのうめき声なんても聞こえています。
そしてそれがしばらく続いた後、その玄関から出てきたのは満足そうな顔をしながらズボンのチャックを上げているオトコの姿でした。
もちろんそんな男に対して私は身体中の力を込めて叫びます。でも、鎖で繋がれていてそのオトコを噛んでやることもできません。すると門から出て行ったはずのそのオトコが引き返して来て「うるせえぞ・・・」と言いながら私の脇腹を蹴って出て行きました。
でも・・・その時の痛みはなぜか脇腹ではなく、あの時姉さんをレイプした後に犯人が私を殴った頬の痛みでした。これって、何かの戒めなのでしょうか?
そして次に玄関から出てきたのは、レイプされてしまった姉さんを抱き抱えるようにしてどこかへ行く母さんの後ろ姿でした。私の頭の中に、私が高校3年生の時に起きたその忌々しい事件の記憶が鮮明に甦ります。
その事件当日、私は今は亡きあおいを修理の終わったCBX400のタンデムシートに乗せて海に行っていました。結局、波浪の関係で海水浴は叶いませんでしたが、その代わりそのあおいとラブホに立ち寄っていました。
「そのラブホに寄らず早く帰って来ればこんなことになっていなかったかも・・・・・。こんなことにならなければ大学だって地元に行けたし、あおいだって事故に巻き込まれなかったかもしれない・・・・」
私の胸の奥に、今さら悔やんでも悔やみ切れない思いが込み上げて来ました。そんな時です。
日が暮れた直後の玄関前に散歩用リードを持ったふたばが現れました。
「おい・・・オマエ、散歩だよ。」
そう言うふたばはいつものとおりノーブラに白いタンクトップ姿で、乳首のポッチも健在でした。更にはその大きな足に水色の高級サンダルが履かれています。そんなふたばが私の首輪にそのリードを繋ぎ頭を2〜3度撫でると歩き始めました。
犬の自分が見上げるその185センチのふたばは巨大でした。でも、どこか心がホッとするそんなふたばと一緒に歩く街並みはどこか見たことのあるような懐かしい街並みでしたが、今となってはそこがどこなのかは分かりません。
無言で歩き続けるふたば。それを見上げるようにして歩く犬になってしまった自分。でも、そんなふたばの姿はどこか寂しそうです。
そしてどこかの公園でベンチに座ったふたばが、足元にいる犬の私に向かって前屈みになって私に尋ねました。
「なあ、オマエ・・・・どこから来ていったい何かしたいんだ?帰るところ忘れちゃったのか?あおいが迷い犬を学校から連れてきたって言うから家に置いてやってはいるけど・・・・。」
この時、このファンタジーの世界ではあおいがふたばの妹か何かになっているようでした。まっ、夢の中なんでなんでもありです。
その時、犬の私はふたばの大きな乳房の谷間をぼんやり見つめていました。そんな中、突然ふたばの口から聞こえた名前・・・・・
えっ・・・・?あおい・・・・?それって、小学校でコッペパンをくれたあの小学生?言われてみれば・・・・
「なあ、ふたば・・・・おいちゃん(あおいのこと)が僕を連れ帰ったということは、僕は一生おいちゃんから卒業できないってことなのかな・・・?でも、結局僕ってどこに帰ればいいんだろうか?」
私は心の中でふたばに問いかけました。
「そんなの決まってんじゃん・・・・。それって本人次第。ヒト(他人)に聞くもんじゃない。」
「えっ?」
ふたばが私の心の声にそう答えています。イヌと人間・・・本来言葉なんて通じっこありません。ましてや心の声なんて・・・・。
でも、ここは夢の中です。ファンタジーです。なんでもありです。そこで再び質問してみました。
「僕って・・・・なんで犬なんかになっちゃったんだろう?」
そう尋ねられたふたばは大きくため息をつきました。
「それもアンタの心の中にあるんじゃない?多分ね・・・・フラフラしてる自分を戒めたいんじゃない?自問自答ってヤツ。アンタ・・・案外責任感強いから、自分のやってきた悪事をそろそろ許せなくなってきたんじゃない?」
「ちょっと、悪事って・・・・人聞きの悪い・・・・。でも、自問自答か・・・・。うん、そうだよね。恐らくアッチにフラフラ・・・こっちにフラフラ・・・いい匂い求めてフラフラ嗅ぎ回ってる自分に対して疑問を持ち始めてるのかも・・・・・これでいいのか?って。」
「それと・・・」
「ん?あと何かあったっけ?」
「うん。アンタ・・・あおいに対して罪悪感感じてるんでしょ?」
「え?・・・・・・そりゃ、何かあるごとに感じてるよ。」
「まっ、そこまで分かれば解決の糸口見えてきたんじゃない?」
「うん。ありがとう・・・ふたば。」
そしてそんなふたばに曳かれて帰った家を見て愕然としました。これは同級生のアベちゃんの家ではありませんか。
と言うことは、迷い犬になっていた私を連れ帰って鎖に繋いだ張本人は、やはりアベちゃんの妹であるあのあおいと言うことになります。
その夜、星空を見上げながら考えました。なんでこうなってしまったのか・・・・。あまりにもフラフラしている私を見かねたあおいが自分の家に連れ帰ったと言うことなんでしょうか?そう思ったその時です。
二人の女性がそれぞれ赤ちゃんを抱き抱えて私の方へ歩いて来ました。
それはなぜか夏帆と舞衣さんです。そしてそれぞれ「可愛いでしょ?」とその赤ちゃんを私に見せると玄関から中に入って行きます。
「なんで・・・なんでその二人に赤ちゃん?」
玄関に入るその二人の後ろ姿を見ながら私はパニックになっています。もう、どこまでが夢でどこからが現実なのかも分からないくらいに・・・・。
この時気づきました。もうここにいちゃいけないことに。自分には帰らなければならないところがあることに。そしてなんとしてでもそこに戻らなければならないことに・・・・。
そこで今、鎖繋がれている首輪から必死になって頭を抜こうとしてもがいていました。その時です。
「どかちゃん・・・」
私がその声の主を見上げるとそこにいたのは中学校の制服姿のあおいでした。
それは私3年前私が地元を離れるその日の前日、持ち主が行方不明となり当分動かす予定のなくなったハチロクのバッテリー端子を外していた時、そのガレージに不意に現れたあおいの姿そのものでした。
その真新しい制服にその少し不安げな笑顔・・・・何もかもその時と同じです。
「どかちゃん・・・・散歩しよ。」
どかちゃん・・・・懐かしい響きです。今までそう呼んでくれたのは恐らくあおいだけ・・・。
あおいはついさっきふたばがそうしたように首輪にリードを付け、コレまたふたばと同じ道路を歩いています。
そしてこれまた先ほどふたばの座ったベンチに腰をかけ、前屈みになってあおいが私に尋ねました。
「どう?大学ってところ楽しい?」
そう言って私を見下ろすあおいの表情は後ろの街路灯により影になってよく見えません。
「うん。僕の知らないことがたくさん詰まっているところみたいで・・・。あと、今教育実習なんていう未知の世界に首突っ込んでる。」
「ふ〜ん。そうなんだ。なんか・・・・楽しそうで安心した。」
「でも・・・・ずっとおいちゃんに謝りたかったことがあって・・・」
「ん?・・・なに?」
「ごめん・・・・ずっと待たせたままにしちゃって・・・。それで最後の最後まで顔も見せる事ができなくって・・・」
するとそれを聞いたあおいは何かを考えたように遠くを見て息を吸い込みました。
「うん。全くだよ・・・もう!・・・でも、いいの。どかちゃんが行っちゃった後泣くだけ泣いたら逆に自分が強くなってような気がして来て・・・・どかちゃんに認められるような女の子になろうって決めたの。」
「もうそれからはいっぱいいろんなことやったよ。バレエだってスイミングたって・・・。あとお料理も・・・・」
「おいちゃん・・・・そんなに頑張ってたのに・・・・」
「でもね・・・・わたし・・・・進路っていうか、行き先が決まりそうなの。それでどかちゃんから一旦卒業・・・・」
その時、生暖かい雫が私の鼻先に落ちてきました。
これはあおいの涙でしょうか?
「えっ?進路・・・・?一旦卒業・・・?卒業するのって僕の方じゃ・・・・」
「だって・・・・もうまる2年だよ。もうそろそろわたしどかちゃんから卒業しないと・・・。どかちゃんが進路決めるようにわたしだって行き先決めないとダメなの!でも、それも決まりそうだから・・・・」
「えっ?2年・・・・その行き先って・・・」
「うん・・・・。わたし、ずっと・・・・・どかちゃんに逢えるの楽しみに待ってたんだよ。だから嬉しいの・・・・しばらく会えないと思うけど・・・」
「えっ?しばらくって?おいちゃん、逢いたくなったら僕の方から逢いに行ってもいい?」
「ダメ・・・・。どかちゃんがわたしに逢いに来たら大変なことになっちゃう・・・。でも待ってて・・・そのまま決まればわたしのほうから逢いに行けるから・・・・・そしてずっとそばにいるから・・・・」
「えっ?ずっとそばにって?それって・・・・・」
「それは、ひ・み・つ。それに、どかちゃん待ってられるよね。何せわたしを4年も待たせようとしたんだから・・・これからどかちゃんもちゃんとおウチに帰るんだよ・・・いい?」
「ラジャー。」
私はそのあおいの言った言葉の意味なんてちっとも分からないまま、まるでお手でもするかのように右手をあげてそう答えます。
そして何かを言おうと再びあおいのを見上げました。すると今の今までここにいたはずのあおいの姿がありません。しかも、ついさっきまで私の首輪に繋いであったリードも消えて無くなっていました。
「おいちゃん・・・・おいちゃん・・・・」
私はその持てる嗅覚を駆使してあおいの存在を探しますが、気がついた時にはその残り香すら無くなっていました。
その時私はものすごい喪失感に駆られていて、その場所からとにかく離れたい感覚に襲われています。
そして私は知らない街をとにかく必死に走りました。どこに向かっていいか分からないまま・・・・。
もう、それからどれだけ走ったか分かりません。一晩中走り続けて、もう体中ヘトヘトです。
そんな時、どこか見覚えのある門構えを見つけました。そのとき嗅いだ匂いも自分の家に間違いありません。
もしかしたらあのガレージにあおいがいるかも知れません。あの日ひょっこり現れたように・・・
でも、敷地に入って私が目にしたのは広い敷地の中にはポツンとガレージだけが建っている風景でした。確かにガレージの隣に母屋が建っていたはずなのに・・・・。その光景は、あの忌々しいレイプ事件後取り壊された実家の跡地です。
自分が居なくなってしまってそんな時間が経ってしまったのでしょうか?まるで浦島太郎・・・・?。
その時、瞬時に思いました。そんなところにあおいが来るはずもないことに。そして、もう自分には帰るべきところがないことに・・・・。
その時私は踵を返すかのように必死になって駆け出していました。どこでもいいからとにかくここから離れたくって・・・。
そしてその時です。「キキキ〜・・・・ドンッ」
家の門から飛び出した瞬間、走ってきた車に撥ねられてしまった自分が宙を舞っていました。そしてまるで2年前、あおいが亡くなった後自暴自棄になってCBXを走らせた高速道路で転倒した時と同じように・・・・・・地面に叩きつけられて、アスファルトと夜空が交互に見える中、路上でもんどり打ちながら考えていました。
「あっ・・・・もう、どうなってもいい・・・」
そこでもんどりを打つ自分の体がさらに強く揺すられていて、誰かに名前を呼ばれているような感覚の中目が覚めました。そこに見えたのはまたしても見覚えのない天井の蛍光灯と心配そうなマコトの顔です。
「エンちゃん・・・・エンちゃん・・・どうしたの?なんか凄くうなされてた。それに凄い汗・・・・なんか悪い夢でも見たの?」
「うん・・・。迷い犬になった僕が必死になって飼い主を探している夢・・・・・。」
「それで、無事飼い主・・・・見つかったの?」
「ううん・・・・帰るべきところすらなくなってた・・・。」
「エンちゃん・・・もう大丈夫だよ。帰る家ならここにある・・・お帰りエンちゃん。長旅ご苦労様。」
「マコちゃん・・・・マコちゃんのところに帰っていいの?」
「なに言ってんの・・・・いいに決まってるじゃない。」
「だいいち、わたしだってエンちゃんのところに帰ってきた身だし・・・・」
そこで私はマコトに抱きついて大泣きしてしまいました。周りも気にせず・・・・。今考えれば、それがどこまで夢でどこまで現実だったのか分かりません。ただその時はただただ子供のように泣きじゃくって、終いには泣き疲れて眠ってしまったようです。
それからどれ位時間が経ったのでしょうか?。私は誰かにカラダの汗を拭いてもらっていました。でも・・・・・なぜかその自分のカラダがまるで金縛りにでもあったかのように全く動きません。
そしてその部屋の匂いから、寝ている間に別の部屋に移されていることを感じ取っていました。しかも比較的狭い部屋のような気がします。ということは、ここは個室なんでしょうか?
カラダが動かない中薄らと見える「その誰か」は白衣を着ているようでした。ということは、担当の後藤田さんなんでしょうか?
「風谷さん・・・・風谷さん・・・・。う〜ん、やっぱりおクスリが強かったのね。目を覚さないのも無理がないか・・・」
私の胸を優しく叩きながらそう囁くその声はやはり後藤田さんのものでした。
でも違うんです。その問いかけはしっかり聞こえています。ただ・・・・・金縛り中なんです。
するとその後藤田さんは私のカラダを吹き終えた後、しばらく何かを考えてから改めて私のアレをアルコールで湿らせた脱脂綿みたいなモノで拭き始めました。今、鼻の効く私はそのアルコールの匂いが鼻に付いて苦痛なくらいです。
でも、私もオトコです。その刺激に正直に、自分のアレがカチカチになっている感覚が伝わって来ました。
「・・・・・うん。やっぱり・・・・こうだよね・・・・・。これなら大丈夫そう・・・・」
後藤田さんはそう独り言を呟きながら丁寧に拭き続けています。でも、今の私にはそれが独り言なのか心の声なのか分かりません。ついさっき、犬から生還したばかりなもんで・・・・
しかし・・・・気になります。何がやっぱりなのか?何がこうなのか・・・・・?。
すると私のアレの先端から物凄い快感が伝わって来て思わず腰のあたりがビクッと反応しています。
するとそれは何か温かいものに包まれていて、どういうわけか私の先端部のカリの付け根をヌメヌメと刺激しています。
分かりました。今、私のアレが後藤田さんの口の中に・・・・・・ん?それってフェラ・・・・?なんで?
誰に言われたのかは忘れましたが、私のアレは過去に先っぽが肉厚だとかキノコの山・・・なんて言われたことがあります。もしかしてそれを確かめている・・・・・・?
以前、私は入院した病院でその後藤田さんが私のアレに尿道カテーテル処置をしてくれた経緯があります。その時から気になっていたんでしょうか?でも・・・・気になります。何が大丈夫かって。
そして、私がそんな事を考えているなんて関係なしに私の腰の上で後藤田さんの頭が上下に動いています。
でもそのぎこちない動きと口の中の様子から見るとコレに慣れていない様子が感じ取れます。でも・・・
「うっ・・・・・」
その時私の先端部から我慢汁が排出されたのを感じていました。
すると一旦私から離れた後藤田さんがベッドの脇で何かゴソゴソしたかと思うと今度はベッドに膝をついて上がってきて私を跨ぎました。
「チクッとしますよ・・・・我慢してくださいね・・・・。」
そんな事を言ったかと思うと私のアレが何かヌメっとしたものに触れて擦られた感じが伝わって来ました。それは、私のモノの先端が何かに入れられようとする瞬間、それを拒否するかのように弾かれてしまっている感じです。
「う〜ん・・・・初めてだとうまくいかないものね・・・・・」
ん?初めて?後藤田さん・・・ダメだって・・・初めてをこんな形で、しかもこんなオトコに・・・・
そう思った次の瞬間、ヌメっと物凄い熱いものに入れられた感覚となり、最後に人の体重を感じていました。
「あ・・・・良かった。思ったほど痛くない・・・・。」
そう呟くとその後藤田さんが私の頬を両手で抑えてキスをしています。その時、ムワっとしたその体臭とチラッと見えた目元のホクロで確信しました。
やはり後藤田さんだ・・・・。でも、今日ここに来てから変な夢ばかりみています。多分、これも僕にとっては都合のいい妄想・・・・
「これは夢だ・・・・・。さっき見た僕が犬になってしまった変な夢の続き・・・・。夕飯の後、マコトが変なことを言っていたことが引き金になってみているスケべな夢・・・・だとしたら夢精しちゃって格好悪いな・・・・・」
なんて思っていました。でも・・・・その夢の感覚が凄くリアルです。
体重のかかり具合といい、その締まり具合やそのヌメヌメ・・・・さらに体温といい、舌の感覚といい、その匂いといい・・・・これは夢のレベルを超越しています。
でも、これが夢でも現実でもどっちでもいいんです。どうせ金縛り中なんですから・・・・・。
「んっ・・・んっ・・・・んっ・・・・・あっ・・・・・あっ・・・・・・」
この時、私の腰の上からそんな声が聞こえているのと同時に私のアレにもの凄い快感を感じています。そして、ベッドのギシギシ音も加わる中、その動きが上下から前後に変わりました。
「はあ・・・・はあ・・・・うっ・・・・うっ・・・・」
今度はそういう息遣いの元、その繋がった部分がグリグリと押し付けられています。
その間、廊下から誰かが走っている音、そしてその先のアラーム音も聞こえていました。何か緊迫感があってバタバタしている廊下と扉一枚隔てたこんなところでこんなことが行われています。当然、その異常な行為に興奮を覚えています。
すると、私のモノの先端部が次第に何かに触れるようになって来て、終いにはその根元がギュッと締め付けられる中先端部が何かに吸われているような感覚となって来ました。
そんな時私のアレが限界近くまで達していました。でも、一足早く私の腰の上でグリグリしていたカラダに限界が訪れたようです。
「ん・・ん・・・んんんんっ・・・・・」
この時、私の上で動きを止めたそのカラダが息を切らせているのが分かります。でもこの時私はというと俗にいう「寸止め」状態でした。
「はあ・・・・・・・」
そして次に大きなため息を吐くと、そのカラダが私のほうに倒れてきてキスをして来ました。その瞬間です。
私の入っている何かがキュッと締まって私のアレを扱くような動きとなりました。
「うっ・・・ううっ・・・・・」
すると私の腰が意に反して痙攣でも起こしたかのようにビクビクしながら射精を始めてしまいました。この時の感覚ときたら、もう・・・・全身鳥肌です。
「あ・・・・・熱い・・・・」
今度は私と繋がっている後藤田さんがそう呟きながら白衣のカラダを起こしてゆっくりと私のカラダから離れました。
「あちゃ〜・・・こんなに出るんだ・・・・。あっ、痛くないと思ったけどちょっと血も出ちゃってる・・・・」
そう呟きながら後藤田さんは濡れタオルのようなもので私の股間と自分の股間の後処理をして、最後にアルコール消毒までしています。
そして全ての処理が終わると再びキスをしてきて恐ろしい事を言い残し病室を後にしました。
「わたしの初めてを奪ったなんてお父さんに知れたら・・・・殺されちゃうぞ。」
そのあと・・・・記憶が混乱する中迎えた朝方、私は病室の引き戸が開いて部屋の空気が動く気配を感じ取っていました。
「風谷さん・・・・おはようございます。検温の時間です。ご気分はいかがですか?」
そう声がかかると同時に部屋の出入り口を仕切っているカーテンが開きました。そこから覗く爽やかな笑顔は担当看護婦の後藤田さんです。
改めて見るその後藤田さんは色白で穏やかな表情の反面、眼光が鋭いというかその目力が結構特徴的です。言ってみれば、睨まれたらすくんでしまうような・・・・そんな感じです。
凄く照れ臭いです。こんな爽やかな後藤田さんをオカズにした超リアルな夢を見た後なんですから。
「あっ・・・おはようございます。大分落ち着きました。でも・・・・夜中に金縛りに遭ったような感じで・・・・」
私は平静を装いそう答えました。
「そうなんですね。何かあったらそのボタン押して・・・・あっ、金縛りじゃ押せないですね。ごめんなさい。」
「でも、なんかカラダが軽い感じです。」
次に私がそう言いながら起きあがろうとした時です。
「イタッ・・・・ん?なんだこれ?」
その時、私の腰のあたりにある何か硬いものが手に刺さっているのを見つけました。それを手に取るとそれは誰かのネームプレートのようで、外れた安全ピンが私の左手小指の付け根に刺さっています。
そして私がそれを外して手に取り、その名前を見ると「後藤田」と記されていました。
「あっ・・・・・。ごめんなさい。今、手当しますね・・・・ちょっと血が滲んで・・・・」
「いや・・・それくらいなんでもないんで・・・」
私がそのように丁重に手当てを辞退すると、後藤田さんは私の左手を手に取って口に含みました。
その口の中の体温は、夢の中で交わしたキスと同じ温度でその時の記憶が蘇ります。
「あっ・・・すいません。わたしったら・・・・つい・・・」
「こちらこそ・・・・すいません。なんか凄く癒されました。」
この時私のアレが不用意にもカチカチになっていました。全く朝から不謹慎な・・・・
「あれ?でもなんで後藤田さんの名札がここに?」
「えっ?・・・・ど・・どうしてなんでしょうか?夜、点滴外しにきた時でしょうか?」
「あっ、そう言えば・・・いつの間にか点滴が・・・」
「ごめんなさい。わたしったらいつの間にか名札無くしちゃって・・・・。こんなところにあったんですね。」
「よかったです。それじゃ・・・・」
私はそのプラスチック製の名札を渡そうと後藤田さんの顔を見上げると、その表情がみるみる真っ赤になってきました。
「後藤田さん?どうかしました?」
「い・・・・いえ・・・・。そ・・・その・・・わたしの名札がずっと風谷さんのそばにあったんですね。すごく暖かい・・・」
「ん?まっ、そういうことになりますね。あっ、そういえば・・・夜中になんですが、カラダ拭いてくれたんですね。ありがとうございました。」
その時、どういう訳かその後藤田さんがビクッとなったのを私は見逃しませんでした。
「そ・・・そうなんです。なんかうなされてて、汗びっしょりでしたので・・・・」
「ありがとうございます。なんかよく覚えていないんですよね・・・・変な夢ばかり見ていて・・・・・。」
「どおりで・・・キャッ!」
この時後藤田さんはなぜか自分のお尻を抑えてびっくりしたような格好をしていました。まるで、後ろから指浣腸でもされたかのように・・・・
「ど・・・どうかしましたか?」
「い・・・いや、なんでもないんですけど・・・ちょっと・・。あっ、その変な夢って?」
その時私は、こんなお尻を抑えた状況をどこかで何度も見たような感じを受けていましたが・・・・どうも思い出せませんでした。
「聴いてください。僕が犬になっちゃったんです。その夢の中で・・・・。それで、最後にクルマに撥ねられちゃうんです。とんでもない夢ですよね。」
「それでですね・・・あんなにうなされて・・・・」
「えっ?その時そばにいたのって・・・・僕の彼女じゃ・・・・・」
「この病院って完全看護なんですよ。ですので、昨晩は風谷さんが眠られた後、一度お引き取りいただいています。」
そう言いながら後藤田さんが血圧を測っていました。
「う〜ん・・・・。血圧が凄く高いですね。ちょっと深呼吸しましょうか?」
この時、その後藤田さんのいい香りを嗅ぎながら、その見えそうで見えない胸の谷間を見ていました。しかも血圧を測る腕の指先がその胸の膨らみに触れています。
当然そんな私は平常心でいられるはずもありません。しかも、夢の中での記憶がどうもうまく噛み合っていないと来ています。
そんな私は血圧測定されながら後藤田さんに言われたとおり深呼吸していましたが、その時私は混乱していました。夢の途中で抱きついて泣いていたのは覚えています。でも・・・・その抱き付いていたのはいったい誰だったのか・・・・
その後一通りの検測を終えると「今日の日中退院になるようですよ・・・・この後先生から話があるようですので・・・」などと言い残し、その後藤田さんが部屋を出て行きました。
その時私は、改めて昨日からの状況を整理していました。でも・・・・ヤッパリ思い出せないことが多くどうも状況整理ができません。でも・・・・先ほど後藤田さんがビックリしてお尻を押さえた状況について思い出したことがありました。
それはふたばとのセックスの後私が胎内に放出したモノが逆流した時、そのふたばが今の後藤田さんと同じようなリアクションをしていたことに・・・・。その時は「今・・・アンタのモノが逆流して出てきたんだけど・・・」なんて怖い目で睨まれていましたが・・・。
そして差し込む朝日をぼんやりと見ながらそんな妄想をしているうち、私はまたしても眠ってしまいました。薬の影響でしょうか?とにかく眠くて仕方がありません。
そして・・・・次に目を覚ました時に私の横にいたのは意外にも私の義父さんでした。その義父さんはメモを取りながら読んでいたターボチャージャーの技術解説書をパタンと閉じるとその口を開きました。
「まどかくん・・・・おはよう。やっとお目覚めだね。昨日の夜、マコト君から連絡もらってね・・・・僕たちさっき到着したんだ。今、母さんが先生から話聞いているところだから声かけてくるね。」
義父はそう言い残し部屋を出て行こうとしました。
「義父さんちょっと・・・・」
私は、先日壊してしまった麻美子姉さんのブルドッグ(無茶な運転をしてタービンブローさせてしまったシティーターボⅡ)のお詫びをしようとしました。
「なんだい?もしかして・・・・・あのシティーのことかい?」
その時義父さんはニコニコしながら振り返りました。
「うん・・・・。麻美子姉さんから注意事項聞いてたのに・・・・フルブースト掛けちゃって・・・」
「まっ・・・・それは想定内だから良いんだ。」
義父さんはそう言いながら私のところに戻って来て、中腰になって耳元で囁きました。
「麻美子くんがなかなか限界まで踏んでくれないんで・・・・麻美子くんってエンジンと会話のできるヒトなんだよね。だからエンジンを壊さない・・・・ってことで限界点が分からなかったんだよね。」
「えっ?」
「マドカ君・・・貴重なデータありがとう。キミがどれだけ焦って運転したかはデータロガーがしっかり記録してたから・・・相当な緊急事態だったんでしょ?」
その時義父さんは「それがどうした」みたいな顔をしながら立ち上がりました。
「えっ?それって・・・・」
「うん・・・。アレってプロトタイプだったんだ。それで、市街地走行のストップアンドゴーの良いデータまでは取れてたんだけど、どうも高負荷時のデータが不足しててね。」
「それで僕に預けた・・・・ってこと?」
・・・・ということは、初めから私に限界までアクセル踏ませて限界点のデータを取るのが目的だった?その時、私は肩の力が少し抜けました。そんな義父はハナシを続けます。
「うん。だから気に病むことないよ。データ取り終わるまでアルトいじってたから全然OK」
「あのアルトって・・・・義父さんの暇つぶし?そう言えば・・・・あのアルトも・・・・」
「あっ・・・ゴメン。あのアルトマフラー製作が間に合わなくって・・・急拵えのヤツで・・・・」
「うん。サイレンサーから後ろが吹っ飛びました。」
「それじゃ・・・アレ(ターボラグを無くすシステムで、今でいうアンチラグシステムと呼ばれるヤツ)、使ったってこと?」
「はい・・・やっちゃいました。」
「まっ、やると思ったけど・・・・。それでどうだった?」
「はい。ブーストアップのEP71は無理でしたがシルビアはチギリました。」
「楽しかった?」
「もちろん。」
「アレ・・・もう少し失火のタイミングを細かく制御したかったんだけど、あのクルマの構造上アレが限界だったんだよね・・・。」
そこまで話したところで義父さんが病室を出て行きました。
残された私は、その時改めて自分が今どのような状況か確認していました。やはり昨夜の処置室とは違う個室となっていて、さらに実家に帰った時着るパジャマを着ていました。恐らく、駆けつけた母さんによって着替えさせられたのでしょう。
そして今まで入院というといつも決まって尿管カテーテルが刺さっていましたが、今回に限りそのようなものは刺さっていませんでした。それに安心しながらそばに置いてあった冷め切った朝食を食べ終え、食器を返そうとお盆をもって廊下に出て返却用のワゴンを探していました。
しかも、食べた物が冷えていたこともあって急にすごい尿意に襲われれています。
そんな中、接地感のない足取りでフラフラとトイレを探していると背後から聞き覚えのある声が・・・
「風谷さん・・・何かお探しモノですか?」
「あっ、後藤田さん・・・。あの・・トイレなんですが・・・・あとコレ(食器)」
「それでしたら・・・・」
そう言われた私は、食器を片手に持った後藤田さんにナースステーション脇にある男子トイレまで案内してもらいましたた。
「あ・・ありがとうございます。」
「わたし・・・これで夜勤あがりなんです。お話しするの・・・これが最後になっちゃいますね。」
「えっ?そうなんですね。本当にありがとうございました。凄く癒されました。」
「いや・・・お礼なんて。こちらこそ・・・・」
「え?僕って何かしましたっけ?」
「い・・・いや、なんでもありません。でも、しばらく通院するんですようになると思いますのでその時お会いできれば・・・」
「そうですね。その時はまた・・・・」
そこまで話をしてカラダの向きを変えようとした時です。
「・・・・・・・・わたし・・・・シュークリームが好きなんです。」
その後藤田さんが蚊の泣くような小さな声でそう言いました。
「えっ?」
「前に入院してた時言ってましたよね。人生の節目にはシュークリームが登場するって・・・・」
「あれ・・・覚えていてくれたんですね。」
「はい・・・その時病室の皆さんと食べたシュークリームが凄く美味しかったので・・・・わたしもそれ以来、何かあるごとに食べてます。」
「はい分かりました。うんと美味しいシュークリームお持ちします。」
「やった・・・楽しみです。それじゃお大事に・・・」
そういいながら後藤田さんが廊下の角を曲がって行きました。
「ん?・・・・どう言う事だろう?」
そんな事を思いつつその案内されたトイレで用を足そうとしてパンツから自分のアレを引っ張り出した瞬間、自分のパンツの中から放出された栗の花とアルコールの混じった匂いが鼻を突きました。
ヤッパリ夢精をしてしまっていたようです。でも・・・・栗の花は分かりますが、このアルコールの匂いって?便器の殺菌で使ったアルコール?
そしてそんな違和感の中、用を足し終えた時違和感が・・・・。履いているパンツがパリパリではありません。しかも出したはずの液体の所在がわかりません。もしかして、ヤッパリ夢じゃない・・・・?まさか・・・そんなはずは・・・・
私がそんな疑問に頭を傾げていた時、薄い引き戸を隔てた廊下から聞き覚えのある話し声が聞こえて来ました。
「あっ・・・母さん。」
トイレから出たところで母さんの後ろ姿にそう声を掛けるとその本人が振り返りました。その時、母さんの隣には義父さんとマコトの姿があります。
こうして見るとマコトの身長の低さが際立ちます。義父さんが170、母さんが155・・・・・その隣のマコトは148cmの身長です。そこで振り返っていた母さんが口を開きました。
「全く、アンタって・・・本当に手間のかかる子だね〜。前に麻美子のところでお世話になった先生のところで治ったと思ったんだけど・・・・。でも、しっかりしてよ。これから先、アンタのソレ(精神的に不安定なところ)とアンタはしばらく付き合うことになるはずだから・・・。」
「母さんゴメン・・・・。心配かけて・・・・。」
「でも・・・・アンタのソレ(あおいの呪縛ともいうんでしょうか?)って深いんだね。」
すると今まで母さんの後ろに隠れていて気づかなかった女の子が母さんの足元から現れて母さんに向かって叫びました。
「ママ・・・イジメちゃダメ!」
「えっ?ママ・・・・って?」
すると母さんがその娘を抱き抱えました。その娘は2歳児くらいでしょうか?でも、どこかで見たことのあるような顔の作りをしています。それは、どことなく母さんに似た雰囲気でした。
「あっ・・・まーくんは久しぶりだったね。この娘はのどか。アンタの妹だよ。大きくなったでしょ?でも、まあ、こうやって見ると本当にお兄ちゃんそっくりだね・・・・・。全くこの人の遺伝子はどこに行ったことやら・・・・。」
そう言いながら、母さんが義父さんを横目に見ながら意味ありげに微笑んでいます。私は小さい頃から亡き父さんにそっくりと言われ続けて来ましたが、最近では母さんに似ていると言われることもしばしばです。本当はどちらなのかは私自身も分かりませんが・・・。
そもそも私は、姉さんのレイプ事件以降ほとんど実家には帰っていません。近所様の噂で私は自殺したことになっていたので、ハチロクのエンジン載せ替えの時もこっそり帰っていました。でも、その時ののどかはまだ赤ちゃんだったんですが・・・
「お久しぶりです。まどか兄さんです・・・」
私は中腰になってその小さな妹にそう挨拶しました。するとその挨拶された妹が大きく息を吸って・・・
「のどかでしゅっ。」
年の差18歳のその小さな妹がそう答えました。
でも、私からみればその小さな幼児は麻美子姉さんの小さい頃そっくりに見えます。まっ、女の子というのもあるんですが・・・。
「あの〜、立ち話もなんですし・・・・談話室でも・・・・最上階の談話室から海が見えるんですよ。」
その時母さんの後ろにいたマコトがそう提案しました。そしてその談話室に向かう途中のことです。
「あっ、ここお姉ちゃんの病室・・・・。お姉ちゃんにも声掛けますので先に行ってください・・・・」
そう言うマコトに釣られるように私もその「工藤晶」と名札の掛かったその部屋を覗いた時です。
「ゲゲッ・・・・あ、あれは・・・・」
なんと、そこでアキラと話をしていたのは、先日パンク修理したクラウンのオッサン本人でした。
「マコちゃん・・・・あの男の人って?」
「うん。お姉ちゃんの会社の人だと思う。確か専務・・・・だったかな?」
あのオッサンとは・・・・私が教育実習でお世話になっている高校の1年6組の委員長である由香ちゃんのパパでした。でも、パパと言っても親子ではない・・・スポンサーのほうです。
すると部屋を覗いたマコトがアキラに呼ばれました。ついでに私も・・・・。
アキラは妹のマコトをその専務という人に紹介しています。ついでに私もカレシということで・・・ちなみに、そのオッサンはパンク修理をしたのがこの私であることに全く気づいていません。
私はそんな話をうわ言のように聞きながらそのオッサンを観察していました。その手で委員長の胸を揉んで・・・・その指であの委員長のアソコを・・・・。その口で委員長のカラダ中を・・・・・。そしてその股間のモノであの委員長の処女を奪った・・・・。
そんなことを考えていたら自分の股間が反応してしまいました。これではこの外道のオッサンと同じになってしまいます。その時私はそのオッサンの薄い頭頂部を見て気を紛らわせました。
でも・・・前にマコトから姉のアキラは自動車販売店(ようはディーラー)に勤めていて受付を担当していると聞いていました。そうであればパンクの時自分の務める会社に連絡すればよかったとのではないかと思ったんですが・・・・・やはりお忍びです。会社に知られると面倒だったのでしょう。だから近くの兵藤タイヤを呼んだと・・・・。
「あっ、君は大学生かい?」
そのオッサンは、話をうわの空で聞いていた私に対して急にそう尋ねました。
「えっ?は・・はい。一応4年生で土木のほうやってます。」
「就職は?」
「予想外に内定はたくさんもらってますが・・・・本命はこれからです。」
「それじゃ・・・なに?これからって言うと、公務員?もしかして警察?」
「一応公務員の方です。親が受けろってうるさいもんで・・・・。あと、今教育実習中です。」
「いや〜、もったいないね・・・。アンタ、土木って言うと・・・・大手ゼネコン辺りから引っ張りダコ状態じゃないの?」
「はい・・・・。そのゼネコンから何社も内定は出ているんですが・・・・」
「恐らく公務員試験の日にぶつけるような研修旅行なんて組まれてると思うけど・・・・アンタ、それどうすんの?」
「はい。確かに大手ゼネコンからそんな通知来ていましたけど、その会社の内定は丁重にお断りしました。」
この時代どうしても人材の欲しかった大手ゼネコンの中には、公務員試験を受けさせないような日程で研修旅行が組むケースが多々ありました。
まっ、研修といってもその中身は本当の意味での社会勉強というか、キャバレーに連れて行かれて高級ウイスキーの呑み方教わったり風俗に誘われたり・・・・。
結局のところ、お小遣いやお土産まで付いた単なる観光旅行なんですが・・・・以前、そんな旅行で童貞をを卒業したという先輩の武勇伝なんかも聞いていました。もちろんそのソープ代も会社持ちでした。
・・・・令和になった現代では全く信じられないハナシです。
そんな美味しいことをいとも簡単に断ってしまった私に対して、そのオッサンが説教じみた口調で話を続けます。
「いや〜本当にもったいない。アンタ知ってる?公務員なんてその大手ゼネコンの半分だよ・・・その給料が。多分初めてのボーナスなんて4分の1くらいじゃないかな?卒業してからゼネコンに行った友達と給料の話なんてできなくなっちゃうよ?それでもいいの?」
そのオッサンはどこからそんな話聞いていたのかいらない心配をしています。もしかすると自分が事情通であることを自慢したかっただけかもしれませんが・・・・でも悔しいことに、翌年それが嘘ではないことを思い知らされることになります・・・。
「はい。もともと私の実家も建設業してましたんでそんな内情は知っています(でも、細かい給料の話なんては知りませんでした。)。でも、そう遠くない将来に日本という国がガラリと変わるかもしれないと母親から聞かせられています。そうもなれば、食いっぱぐれのない公務員しかないって・・・・」
「ふ〜ん・・・・。なんかそんな無責任なこと言う経済学者もいるけど、ソレ信じ込んじゃってるんだね。アンタ・・・・この日本っていう国の勢いを知らないのか?GDPとかいう難しい話はさておいて、日本の円は世界最強なの!この時代、公務員なんてつまらな職業目指すなんて本当に残念だ・・・」
「あっ、お褒めいただきましてありがとうございます。私の名前がその世界最強のソレなので・・・」
そう返されたその専務というオッサンは事情が飲み込めず唖然としています。
「あっ・・・そうだった。エンちゃんって世界最強なんだ・・・・」
「マコちゃん・・・そんな褒めたって何にも出ないよ。」
「あっ・・・アンタ、名前がエンって言うのか?・・・・変わった名前だね。」
「はい。円って書いてマドカと呼びます。知らない人はまず女の子を想像しますが・・・・」
するとその専務と呼ばれているオッサンが、腕時計を見ながら咳払いをして立ち上がりました。
「それじゃ今日から火曜日まで3日間の有給休暇・・・・と言うことで処理するから。あと受付は他の女の娘で対応させるようにするからしっかり検査受けるように。そして休み挟んだ木曜日から出社と言うことで・・・・それじゃ。」
そう言いながら病室を出て行きました。
「へえ〜お姉ちゃんの会社の上司って立派な人なんだね・・・・。大人って感じで威圧感がなんか凄い。」
マコトはそう言いながらそんなことを言っています。でも・・・そのオッサンは、カネにものを言わせて女子高生の若い肉体を貪っていました。人って見かけによらないモノです。
「なんかさ〜、あの専務ってどう言うわけか羽振りが良くって・・・前に社内で不倫騒ぎ起こした時、手切金として新車買ってあげたって話聞いたことあるの・・・・。どうも不動産株の投資してるみたいで・・・・」
そう言いながらベッドの上のアキラがベッドから車椅子にカラダを移していました。
「不動産ですか・・・・。そんなに儲かるんですか?」
私は車椅子にカラダを移すアキラを手助けしながらそう尋ねました。
「なんかね・・・最初は民営化された通信会社の株がバカ上がりしてそれで儲けたんだって。そしてその儲けたお金で不動産買ったり売ったり・・・。そして今はそれを売り買いする不動産会社の株を転がしてるって・・・・。これ、私の同期のメカニックから聞いた話なんだけど・・・。」
そう言いながらアキラがため息をつきました。ちなみに、その株価がバカ上がりした通信会社に織田の内定が決まっていました。全く皮肉なハナシです。
「うん・・・前にお母さんが言ってたけど、最終的にお金持ってる人が勝ちなんだって・・・。そうするとああいう人が勝ちってことになるのかな・・・?」
そう言いながらマコトもため息をついています。
「まっ、お金は嘘を付かないからそう言うことになるんじゃない?」
今度は、何かを諦めたかのようにアキラがそう言いました。
「いや・・・それは違うと思う。お金自体は嘘をつかないけど、それを持った人に嘘を吐かせることは出来ると思う・・・。それに、その持ってるお金って所詮株式証券っていうあぶく銭でしょ?そのあぶくって、弾けたらただの紙切れになっちゃうンダよ」
「エンちゃん・・・なんか哲学的。なんかエンちゃん・・・人が変わった?」
「いや・・・・散々道に迷ったからかな?でも、今は帰り道見つけたからすごく心が落ち着いている感じがする。それで・・・危険な匂いに敏感になっちゃったのかな?」
「じゃ嗅いでみる?私の危険な匂い・・・・」
そう言いながら、そのマコトが自ら着ている服の胸元のボタンを外す仕草をしました。
「えっ?・・・こんなところで?」
確かに危険な香りがすると思います。それを嗅いだら股間のアレが黙っていないと思いますが・・・
「マコト・・・やめなさいよ。エンちゃん困ってるじゃない。」
「アキちゃん・・・僕って今、いろんな匂いに敏感で・・・・」
「その匂いっていうのは・・・・単なる匂いでなくって、雰囲気とか・・・情勢とかってヤツ?」
さすが社会人です。私が押す車椅子に座ったアキラが振り返るようにそう尋ねました。
「今は単なる匂いしか嗅げないけど・・・・いつかはその他のいろんな匂いを嗅ぎ分けられるような人間になりたいと思ってる。」
「エンちゃん・・・なんか、ヒトが変わっちゃった?。どっかに頭でもぶつけた?あっ、ぶつけたのはお姉ちゃんだったか・・・」
そう言いながらマコトは笑顔を見せています。
「マコト・・・・。これから社会人として生きていくにはその・・・雰囲気とか察する・・・・そういう能力が必要になるの。わたしってこんなだから会社で・・・・ちょっと厳しくってさ・・・。」
この時アキラが妹に切々と語った「雰囲気を察する・・・」と言うのは、今でいう「空気を読む」と言うことかと思います。見えないソレを読むと言うのは、社会人になって間もないアキラとっては難儀なことだったのかもしれません。
後で聞いた話によると、アキラの入社した会社にはそもそも女子社員が少なく、若く可愛いアキラが男子社員からチヤホヤされるのを気に入らないその他の女子社員から疎外されていたと言うことでした。織田との結婚を急いだ理由がこれだったのは分かりませんが、理由の一つだったのかもしれません。
「お姉ちゃん。わたしは大丈夫。そもそもその見えない雰囲気を読むなんてわたしには到底無理。だからバスガイドって職業選んだの・・・・。だって、バス乗ってお客さん前にしたら頼れる人なんていないんだよ。」
「そりゃそうだよね。お客さんってバスガイドの言葉の一言一句に耳傾けるから緊張もするよね・・・」
「だから・・・そんなわたしはいつも自分を信じることにしてるの・・・・」
「自分を信じるって・・・・でも、社会人なんだから自分一人だけって訳には行かないでしょ?」
「うん・・・それで、ことがある度このあと自分を含めたみんなが一番良くなる方向について悩むことにしてるの。これってわたしが中学生だった頃から一緒。」
マコトは自分の姉に向かってそう言い切りました。これって、吹奏楽部の顧問で当時その特待生としてマコトを向かい入れた小林先生(舞衣さん)にも聞いたことがあります。
吹奏楽部初の特待生として入学し、なんでも器用にこなしてしまうマコトを疎む上級生に対して、初心者を含めた1年生の実力を向上させてその上級生に実力を認めさせたって。
マコトってこういう娘なんです。ソレって私自分に欠けている部分でもありますので、そんなマコトに私は惹かれているんでしょうか?。
「マコトってさ・・・・ものごとに対する熱量が違うんだよね。わたしなんてそんなの無理。もう・・・自分のことだけで精一杯で・・・」
談話室に向かう車椅子に座って私に押される車椅子から見上げるように姉のアキラは自分の妹であるマコトにそう答えました。僕も同じです。何かあるたび、自分のことで精一杯・・・・これまでソレを普通だと思っていました。でも・・・・ここにいるマコトはそうではないようです。
「お姉ちゃん・・・。ソレって人生損してない?・・・同じことするにもみんな巻き込んじゃったほうが楽しいでしょ?」
う〜ん・・・・。マコトの言っていることも分かるような気がしますが・・・・でも、こればっかりはなかなか・・・。
「マコト。やっぱりお姉ちゃんには無理・・・。でも、自分の幸せのために織田さんを巻き込んじゃってるけど・・・。」
「うん。そうだよ。みんな幸せになることだったらいっぱい巻き込んじゃおうよ・・・」
「うん。マコトには敵わないけど・・・・お姉ちゃんなりに頑張ってみるね。」
そういう姉妹の会話が続く中、談話室へ向かうエレベーターが到着するのを待ていました。
その時、エレベーターホール脇の窓から見覚えのあるベンツが駐車場に入ってくるのが見えました。そのベンツとは、以前銭湯の駐車場でふたばに高級サンダルをくれたあの会長のベンツです。
こんな田舎町にそんな大型ベンツなんて滅多にありませんので一瞬でソレと分かりました。
すると建物の角に停まったそのベンツの助手席に若い女性が乗り込んで行きます。
えっ?後藤田・・・・さん?
その女性とはまさしくあの後藤田さんでした。もちろん普段着でしたがその背格好からバッチリ分かります。
でも・・・・なんでベンツなんかに?しかも、あの会長のベンツ・・・・・
「あっ・・・・そういえばあの会長のボディーガード・・・・。」
「どうしたの?何かあった?」
事情の知らないマコトが私の隣で不思議そうな顔をしています。
「ううん・・・・ちょっと。あの担当の看護婦さんが見えたもんで・・・・」
私はそう誤魔化しながら考えていました。あのベンツ・・・・その後藤田という名字・・・・もしかして・・・・。
そうです。あの後藤田さんとあの会長付き運転手は同じ名字です。ということは親娘なんでしょうか?。
でも、なんでその会長のベンツで病院に迎えに来たのかは分かりませんが・・・。
そんな疑問が晴れない中、母さんたちの待つ談話室に到着しました。
「初めまして・・・。わたしはマドカの母親です。」
私の母さんが座っていたソファーから立ち上がると初対面のアキラにそう挨拶しました。
「それで、これが父親・・・・まっ、義理だけどね。それと・・・・・」
すると窓にへばり付くようにして外を眺めていたのどかがパタパタと走って来ます。
「のどかでしゅ!」
そしてその2歳児は大きな声でそう自己紹介しました。
「ちょっと・・・かわいい。えっ?この娘って?」
その時車椅子のアキラが驚いた顔をしています。
「あっ、ごめんね。この娘はマドカの妹なの・・・・。歳は離れてるけど。」
そう言いながら母さんがのどかを抱き抱えました。
「初めまして・・・マコトの姉の工藤晶です。マコトと違ってこんな地味なオンナですけどよろしくお願いします。」
アキラは何処となく恥ずかしそうに自己紹介しました。
「そんな・・・地味だなんて。でも・・・マコトさんってちょっと派手目よね。さすがガイドさんって感じ。でも、お姉さんも決して地味じゃないよ・・・・・。でも、お姉さんの方は髪・・・・真っ直ぐなんだね。」
「はい。わたしは母親に似て真っ直ぐなんですが・・・・・マコトのほうは父親の遺伝で癖っ毛なんです。」
「あっ・・・・それってパーマじゃないんだ・・・でも、ちょうどいいくらいのナチュラルパーマね。」
「お母さん・・・・それって天パってことです!それで中学校の時教育指導の先生に目・・・付けられて・・・・。お姉ちゃんが学校に来て説明してくれても、血の繋がった姉がコレですから・・・・なかなか天然っていうのが信じてもらえなくって苦労しました。」
「それじゃ・・・・まーくんと同じだ。」
「えっ?エンちゃんも・・・・癖っ毛?」
「うん・・・・。今じゃ髪短くして分かんないけど・・・・・」
「ウチもみんな髪真っ直ぐなんだけど・・・・この子だけおばあちゃんの血を引いで癖っ毛なんだよね・・・・」
この時私はどんな反応をして良いのか分かりませんでした。もしかして、私とマコトが結婚して生まれた子供の髪がものすごいことになってしまったら・・・・・そんなことはそうなってからでしか分かりません。
そんな時、母さんがアキラとマコトの顔を交互に見ながら何かを思い出したかのように首を傾げています。
「あれ?そういえば・・・・・マコトさんって確か早坂だったよね?お姉さんは工藤?・・・ん?」
「お母さん・・・。わたしってそんな派手ですか?癖っ毛でちょっと茶髪ですけど・・・・。」
そう言われたマコトは、今尋ねられたことではなく一つ前の話題の疑問を持ち出し自分の髪の色を確かめてながらさらに話を続けます。
「わたしはお母さんの再婚で早坂の籍に入りましたが、お姉ちゃんはそのまま旧籍に残りました。」
「ふ〜ん、そうなんだ。マドカど一緒だね。風谷っていう名字もマドカとマドカのお姉ちゃんだけになっちゃって・・・。マコトさん。風谷の名字いっぱい増やしてね。」
そんな会話の途中、母さんがマコトに向かって満面の笑顔で突然そんな事を伝えました。
「イヤダ〜お母さん・・・ちょっと早すぎます!まだ挨拶も済んでないのに・・・・」
当然そんな事を言われたマコトが柄にもなく動揺しています。まっ、当然といえば当然ですが・・・・
その後その談話室で、今までどこかへ姿を潜めていた織田も含めて楽しいひと時を過ごしました。この時分かったのは、私がこれから退院するということと、しばらく心療内科に通院すること。また、アキラは火曜日まで検査入院して、その後については検査結果によるものということでした。
そのアキラは、会社に結婚どころか妊娠していることも報告していませんでした。そのことから織田の存在が面倒くさい事に事になるので談話室に追い出していたようです。
その後マコトはアキラと一緒に病室に戻り、私は当直明けの心療内科医に概ねの説明を受けました。その後、母さんが退院の手続きをしている最中、私がお世話になったナースステーションを覗いてその人数を確認していました。これは、後日持参するシュークリームの数を確認するためです。
「あっ、風谷さん・・・・?もしかして千鶴・・・・・探してた?」
数を8まで数えたところで、後ろから急に声をかけられました。
「えっ・・・・千鶴・・・って?」
「あっ・・・わたしはこだまって言います。千鶴・・・いや、風谷さんの担当だった後藤田の同期です。」
ん?こだま・・・・?この顔立ち・・・その体格・・・どこかで見た感じの雰囲気です。そしてペンとか色んなものが刺さっている胸ポケットの名札には小玉と記されていました。
「あの・・・・こだまさんって名字だったんですね。もしかして小玉さんのお姉さんってバスガイドだったりします?」
「えっ、なんで知ってるの?」
「だって・・・その・・・お姉さんにそっくりです。」
「えっ、お姉ちゃんの知り合い?」
「それは・・・・前に入院した時、ちょっとお見舞いに来てもらったことがあって・・・。」
「えっ・・・・それって、あなただったの?前にそんな話聞いてて・・・・お姉ちゃん、あの時貸したパジャマ・・・未だに宝物のようにしてるんだよ。」
「宝物って・・・・」
「お姉ちゃん凄く後悔してた・・・・。その時、なんか彼女と揉めてた男の人を無理にでもぶん盗っちゃえば良かったって・・・・。だって未だにカレシ出来ないんだもん。」
「すいません。事情はよく分かりませんが・・・・謝ります。」
「ううん・・・そんなことはどうでも良いの。もしかして・・・・風谷さんって、千鶴・・・・狙ってる?」
「い・・・いや・・・。そりゃ、魅力的だな・・・っては思いますけど。」
「忠告してあげる。」
「忠告・・・・というと?」
「うん。千鶴に近づくオトコはみんな消されちゃうの。」
「消されるって・・・?そんな物騒な・・・。」
「どうやら千鶴のお父さんって凄腕のスナイパーらしくって・・・・」
「そんなスナイパーって・・・・ゴルゴじゃあるまいし・・・えっ?」
私はその時思い出しました。銭湯で出会った会長という人が呼んでいた後藤田という人物。それはまさしく長編コミックでお馴染みのゴルゴそのものでした。
と、言う事は・・・やはりさっきのあのベンツの運転手は後藤田さんの父親という事になります。・・・なぜか私の背中に悪寒が走ります。
この時、早朝その後藤田さんが言い残した「お父さんに知れたら・・・・」のフレーズが頭の中をリフレインしていました。でも、あれは夢の中の出来事で私の妄想・・・・と言うことにしておきましょう。
でも・・・この時私は貧血を起こしたかのように頭がクラクラしていました。
「風谷さん?・・・風谷さん?どうかしました?」
「えっ?すいません。ちょっと考え事していて・・・」
「顔色悪いようですが・・・先生お呼びしますか?」
「だ・・・大丈夫です。そ、そのスナイパーって?」
「千鶴のお父さんって、昔・・・警視庁で要人警護やってたみたいで・・・・」
「エ・・・SP・・・ですか?」
「うん・・・。どういう訳か今ではコッチで大きな会社の重役の運転手やってるみたいなんだけど・・・・陰でスナイパーやってるって噂なの。」
「で・・・でもですよ・・・その近づいたオトコが消されちゃうって・・・」
「これ・・・同期からのハナシなんだけど、前の病院で優しく対応してくれたことで勘違いしちゃった若い患者さんがいて、退院した後千鶴に付き纏うようになっちゃって・・」
「それって・・・・ストーカー・・?」
「うん。そのとおり。それで困り果てた千鶴がお父さんに相談したんだって。」
「そうしたら?」
「次の日、その待ち伏せしていたオトコがベンツに押し込まれて連れ去られるのを見たって・・・。」
「それって・・・・拉致?」
「うん。それからそのオトコはピタッと姿を現さなくなったって。しかも、その後同じように別のオトコガ近付いたことがあったんだけど・・・・ある日を境にこれもまた・・・・」
「姿を消した・・・・と。」
「うん。」
「そ・・それって、消されたってこと?」
「うん。それでその時そのオトコが狙撃されたか、重り付けられて海に沈められたって噂になって・・・・。」
「でも・・・・あの姿見たら絶対スナイパーだって思っちゃうよね。」
「えっ、風谷さん・・・・千鶴のお父さん見たことあるの?」
「うん。たまたまなんだけど・・・その風格はゴルゴそのものだった・・・」
「いや・・・・わたしが聞いてたのはシティーハンターの方だったんだけど・・・・」
この時も私の背筋に悪寒が走ります。自分にとってはゴルゴでも、もっこりでもどちらでも構わないのですが・・・
「でも、自分は狙撃対象外だよな・・・・。」なんて自分に言い聞かせていました。
その後、・・・マコトをアキラの元に残して下宿へ戻って来ました。
私の道案内の元、アルトを義父さんが運転して母さんが乗ってきたレガシイを運転して2台連ねてとなっています。
なお、アキラの母親は旭川から明日の朝到着すると連絡がありましたので明日以降は安心なのですが・・・・。とりあえず今は妹にそばにいてもらいましょう。
そしてこの時、下宿に帰ってから自分の部屋のドアを開けた瞬間視界に入ったのは、昨日押し入れの奥から引っ張り出して壁にかけていたマコトのセーラー服です。
この時一緒に来ていた母さんは母屋に寄っていて下宿のおばさんと話をしているようでしたが、不意に私の背後に気配を感じました。
「う〜ん・・・・。なかなかいい趣味してるね。もしかして・・・これってマコトくんのかい?」
私が振り返ったところに立っていたのは義父さんでした。
「うん。旭川に転校する前・・・・2年間しか着てないヤツ・・・・。」
「あれ?マコトくんって吹奏楽部だったんだね・・・スカートに楽器の跡がついてる・・・・・」
私もそれについては気づいていました。そこは何かの後に擦られたようになっていて、そこだけ窓から差し込む陽の明かりで光沢が出ていることに・・・。
「もしかして・・・・ユーフォかい?」
「えっ?義父さんってユーフォニューム・・・知ってんの?」
「知ってるも何も・・・・だって、ボクって大学でブラバンやってたんだもん。」
意外でした。この義父が吹奏楽をやっていたなんて
「もしかしてそのユーフォ・・・吹いてたの?」
「うん。でも・・・・人が居なかったからトロンボーンと掛け持ち。演奏会で、ユーフォ吹いたりボーン吹いたり忙しいこともしばしばで・・・・」
そこまで話をした時、廊下をドスドス走ってくる音が近づいて来ました。
「なに?アンタ・・・・病院でぶっ倒れたんだって?」
この時、部屋の入り口から半分身を乗り出すようにしていた義父に割り込むようにふたばも身を乗り出していて、その二人のカラダが密着しています。
しかも、義父さんがふたばを見ようとしたその鼻先5センチにふたばの胸の谷間がありました。
「うん・・・・ちょっと、まず紹介させて・・・・これ、僕の義父さん。」
私は、突然現れたふたばに初対面の義父を紹介しました。
「あっ・・・失礼しました。ここの下宿の娘でふたばと申します。まどかさんにはいつも・・・・え?・・・え?・・・キャッ・・・・・」
この時急に振り返った義父に驚いたふたばがバランスを失い、体勢を戻そうと義父にしがみつきました。でも・・・さすがに義父にその185センチの身体を支える体力はないようです。
ドスン・・・・メリメリ・・・・
古い下宿の廊下の板張りが抜けるような音がする中二人はまるで正常位のような体制で倒れ込んで、勢い余った義父さんの顔がふたばの胸に押し付けられるようになっていました。しかも、倒れる時ふたばの背中を押さえるようにした義父さんの右手が背中の後ろに挟まって身動きが取れません。
その時私はどうすることもできませんでしたが、その挟まっている右手を背中から引っ張り出すことだけは出来ました。
「コ・・・これは失礼・・・・。やっとこれで自己紹介ができます。僕がマドカくんの父親です。」
そこでやっとのこと上半身を起こした義父が自己紹介をしています。
「いやいや・・・これは事故です。お父さん気にしないでください・・・」
そんなやりとりの後二人が立ち上がりましたが・・・・その立ち上がった義父さんが私の耳元で囁きました。
「これだけでもコッチに来た甲斐があった・・・・」と。
この後綺麗に片付けられた部屋の中央にあるこたつはこの季節になってようやくその布団が撤去され、そのすっきりとしたテーブルに3人が座っています。そして、今の今まではしゃいでいたのどかが電池が切れたかのようにベッドで寝息をたたていました。
「ねえ・・・まーくん。これからのことなんだけど・・・・」
3人でのどかのその平和そうな寝顔を眺めている・・・・そんな静寂を破るように母さんがそう会話を切り出しました。
「ん?これ・・・から・・・っていうと?」
「これからまーくんはいづれどこかに就職すると思うの・・・・。母さんとしては公務員になって欲しいんだけど・・・・。でも、どこに就職したとしても、常にまーくんのそばについていてくれる人が必要なのね。」
「えっ?常に?・・・・ついてくれる人?」
「うん・・・・。さっき、病院の先生に言われたんだけど、やっぱり常に一緒にいてくれる人が居た方が安心だって。どうも精神的に不安定になると昨日のようになるかも・・・・って。」
「それで・・・・・?」
「だから・・・・アンタ、あのマコトさんと結婚しなさい。ハナシ聞いたら、北海道からアンタに逢うためにわざわざ戻って来たっていうじゃない?母さんもう決めたから・・・・先方とはナシ付けるから・・・・。アンタ、それで良いよね?」
この時私は、この突拍子もない私の選択肢を全く考慮しない母さんの提案にどう答えて良いのか分かりません。すると斜向かいの義父さんが助け舟を出すようなそぶりで口を開きました。
「うん。僕もそれが良いと思う。ましてや土木方面に就職なんてしちゃうと彼女どころじゃなくなるかもしれないし・・・・」
この時私の斜向かいで話を聞いていた義父もそんな不安なことを言いながら頷いています。コレって助け船じゃないような・・・でも、背中を押してくれているような感じでもあります。
「えっ?義父さんまで・・・・でも、急にそんなハナシ付けるって?自分的に近々北海道に言って挨拶する予定してたから・・・・・それはそれからでも・・・そんな余計な・・・・」
「じゃさ・・・明日、せっかくマコトさんのお母さんがコッチ来るから、その時挨拶するって事で・・・・」
「母さん。ちょっと・・・・気が早いっていうか・・・・。」
その時母さんが何かを思い出したように壁に掛けてあったカレンダーを見上げました。
「コウちゃん・・・ちょっとそのカレンダー見て・・・」
「うん。」
そう言いながら義父さんは立ち上がって壁に掛けたあったカレンダーと睨めっこを始めました。
「う〜ん・・・。明日は・・・友引だね。」
父さんがそう答えた瞬間でした。
「うん・・・・日も良いし、明日で決定!。」
その時の母さんは全て解決したかのような爽やかな表情をしていました。
「ん?・・・コウ・・ちゃん?」
私は初めて聞くその名前に頭を傾げました。
「あっ・・・ごめんね。アンタに義父さんの名前教えていなかった・・・・。名前は孝(たかし)。親孝行の孝の字でたかし。だからコウちゃん。」
「あっ・・・・それって、円(まどか)って書いてエンちゃんって呼ばれるのと一緒・・・・。でも、名前はいいんだけど・・・」
「アンタ・・・名前はいいんだけど・・・なんて言ってるとバチ当たるよ。」
「でもさ・・・・さっきのハナシ、そんな一方的に決めちゃっていいの・・・・・?。マコちゃんのお母さんの都合ってものもあるでしょ?これって縁結び的なハナシなんだから・・・・それこそバチ当たりな・・・」
でも・・・もうこうなってしまうと母さんの勢いは止まりません。
「アンタ・・・そうは言うけど、よく考えてみて?早かれ遅かれそうなるんだとすれば・・・・早い方がいいって。善は急げって言うでしょ?それに・・・・マコトさんってあんなに可愛いんだから、誰かに取られちゃう前にモノにしろって。アンタ・・・オトコでしょ?」
もう、母さんのマシンガンは止まりません。
「ちょっと・・・モノにしろって、それ母親のセリフじゃないような・・・・」
「でも考えてみて?マコトさんって仕事でいろんな男の人に見られたり会話するんだよ・・・・絶対見染めるヤツが現れるって・・・・早いうちにツバ付けとかないと・・・・」
「母さんちょっと・・・・そりゃそうなんだけど・・・マコちゃんってモノじゃないんだから・・・・」
いつもこうです。母さんのこんな強引なやり方・・・・。でも悔しいことに、今までこの母さんのやり方で間違ったことがありません。決断が早いって言うか・・・・こんな調子で景気が怪しくなる前に自分の会社も畳んでしまっていました。
「それでさ・・・・まーくん。アンタ、今でもバイトしてるの?」
すると今度は今までと違った低いトーンで母さんが私にそう尋ねました。
「なんで知ってんの?」
「アンタのバイト先って経理関係がしっかりしてて、税務申告もきちんとしてるの。今年の春に所得証明書取ったら、アンタの所得が全部出てきてさ。」
「えっ?お見通しってこと?」
「うん。・・・・・学校から送られてくる成績表からすると両立してるようだからいいけど・・・・。」
「だって・・・こっち来る時、やれること全部やろうって決めたから・・・学校サボったりしないし・・・学費もったいないし・・・」
自分で言うのも何ですが、元々真面目だった私は必須でない科目も可能な限り受講していました。それは土曜日にも及んでいます。・・・・・でも、ドイツ語と教育課程の教育心理がちょっと苦手なところですが・・・・
ちなみに同じく大学に通う織田は最低限の講義しか受けていません。そのうえ面倒くさい教職課程なんて興味すら示していませんでした。本来、大学生というモノはそうやって効率よく単位を取得して卒業すれば良いとは知っていました。
でも・・・私はそれが出来なかったのです。要は要領が悪いとも言えますが、教員になろうと決めている訳でもないのに土曜日まで講義を受けに大学へ行っています。
まっ・・・これが無駄かどうかは今後の人生の中で考えていこうなどと思いつつ、時間を割いてやっていたガソリンスタンドのアルバイトでした。
そんなことはどうでも良い母さんは興味本位丸出しで私を問い質します。
「で・・・それでいくら貯めたの?結構もらってるみたいなんだけど・・・・」
「それは・・・・ちょっとは貯めているけど・・・・」
そこまで答えると、母さんは思っても見ない提案をして来ました。
「それじゃさ、これからマコトさん誘ってファッションリングで良いから指輪買っておいで。」
「ファッションリングって・・・もしかして指輪ってヤツ?」
「それ以外何があるの?ボルトに噛ませるワッシャーじゃないの!。もちろん薬指にハメるヤツだよ!。」
「そ・・・・それって、こ・・・・婚約・・・・?」
「うん。だから・・・それ以外何があるっていうの?」
「ちょっと・・・早くない?しかもこんな急に・・・・」
「早いも何も・・・・さっき言ったでしょ?善は急げって。正式なヤツは後でも良いとして・・・・とりあえず優良物件抑えておきなさい。」
「優良物件って・・・・・不動産でもあるまいし・・・・」
私がため息混じりにそう呟いた時、今ほど急にマコトとの結婚を言い出したばかりの母さんがコレまたとんでもないことを言い出しました。
「でもさ・・・・結局結婚ってアンタが就職した後の話よね・・・・。マコトさんも最初の1年間は寮にいなくちゃならないっていうし・・・学生のうちに一緒にさせるわけにもいかないし・・・・。」
「そんなの当たり前じゃん・・・・。今、マコちゃんが仕事辞めて一緒になっても・・・その生活ってどうすんの?それに僕って今教育実習の真っ最中だよ。」
「あっ・・・・教育実習で思い出した!麻美子が結婚するっていう小林くんのお姉さんがその高校で先生やってるんでしょ?」
「うん。そうだけど?それで・・・?」
この時私の脳裏に悪い何かが過ります。
「母さんさ・・・さっき心療内科の先生に、とりあえずこの後1ヶ月は特に経過観察が必要だから誰かに見ていて欲しいって言われたの。」
「誰かって?この下宿でも誰かしらいるからそれでも良いんじゃ・・・・」
「それじゃダメなの。夜とか一人になった時何かの拍子に発作的にそうなっちゃうかの知れないってこと。アンタ、前に入院した時芽衣ちゃんのアパートで3ヶ月も経過観察してもらったの忘れたの?」
そうです。私が高速道路でバイク転倒事故を起こした時、精神状態の経過観察のため当時看護婦をしていた麻衣子姉さんのアパートに3ヶ月も居候していました。その時、一緒に住んでいた麻美子姉さんとの3人での生活は今でもはっきりと覚えています。
「いっそのこと母さんがコッチ経過観察することも考えたけど・・・・その小林くんのお姉さんに診てて貰えば・・・・」
「ちょっと母さん・・・・それって一緒に住むってこと?」
「うん。別々にいたんじゃ経過観察にならないでしょ?」
「そんな・・・迷惑でしょ?それも・・・・オトコとオンナ・・・・だよ?」
「でも、麻美子と小林くんが結婚したら義兄妹になるんだよ。兄妹だったら別に一緒に住んだところで・・・。しかも、アンタにはフィアンセがいるんだよ。変な気になるわけないでしょ!」
母さんは私とその舞衣さんの関係を全く知りません。このままではせっかく卒業まで漕ぎ着けた舞衣さんのところへ逆戻りです。でも・・・・
「母さんが今から事情を説明するから・・・・アンタ小林さんの電話番号知らない?」
そう尋ねられた私は、いつも持ち歩いているリュックから高校で配布された平成2年度教育実習要領と書かれた冊子を取り出し、その名簿を母さんに見せました。
「あれ?この住所・・・・字(あざ)までこの下宿と一緒?それで番地が違うだけ?」
そうです。私の住む下宿と真衣さんのアパートは目と鼻の先・・・・ゆっくり歩いても2〜3分の距離でした。
「うん。すぐそこ。」
「じゃ、都合が良い・・・これから・・・」
そんな母さんは真衣さんのアパートに押しかけようとしています。
「ちょっと・・・先方の都合ってものが・・・・」
「それじゃ、とりあえず電話して・・・・」
そこまで話したところで母さんが玄関のピンク電話前まで移動して財布の中にあったありったけの10円玉をその投入口に入れ始めました。
その時私はその電話が長期戦になることを覚悟していましたが、そんな覚悟なんてちっとも感じていない母さんが先ほどの名簿を見ながら電話のダイヤルを回しています。
「ジー・・・ジー・・・・」
私はそんなダイヤルの音を聞きながら、急に電話したところでどうせ留守だろうと思っていたんですが・・・・
そんな中、意外にもピンク色した電話から「ガチャッ」と10円玉が落ちる音が聞こえました。
私の予想に反してその電話が繋がったようです。
「あっ、もしもし・・・急に電話して申し訳ありません。小林さんの弟さんが交際しております風谷麻美子の母親です。それで麻美子の弟のまどかについてなんですが、あの・・・折り入って話がありまして・・・」
なんていう結構長いやり取りをしていた母さんが用件を伝え受話器を電話に置いた後、電話脇にある下駄箱前に乱雑に脱ぎ捨てられた下宿生の靴を並べている時でした。
「あの・・・・風谷先生のお母さん・・・です・・か?」
という何ともか細い声が・・・・。
私が自分の部屋に入ろうとそのドアを開けた時そんな声が聞こえました。それで偶然出くわした母さんが驚いています。
「えっ・・・・・・あ、あの・・・小林・・さん?早いわね・・・・。それに風谷先生って・・・・?」
「はい。初めまして・・・良一の姉の舞衣と申します。あの・・・麻美子さんに弟が何かとお世話になりまして・・・・。あと、実習生も先生って呼んでいますので・・・・」
「えっ?あの子・・・・先生って呼ばれてんの?」
そこまで話をしたところで私が部屋まで案内しようと二人に声をかけようとしました。でも・・・
「いや、そんなことはどうでもいいんだけど、小林さんって・・・こっ、こんなに綺麗で・・・なんでそんなにスタイル・・・・いいの?」
「あっ・・・今、ちょうど美容院から戻ったところだったものですから・・・・」
普段どんなことにも物怖じしない母さんが驚いた様子で固まっています。同性から見てもその舞衣さんが綺麗・・・ということになります。
そんな舞衣さんは美容院帰りということもありメイクがバッチリ施されていて、髪がナチュラルにうねっていてどこかオシャレな格好をしていました。多分、その本人は気づいていないと思いますが、それを目の当たりにした母さんがそのモデルのようなスタイルに息を呑んでいます。
「ここじゃなんなんで・・・・」
と、私がその二人を自室である103号室に招き入れるとそこでテレビを見ていた義父さんも舞衣さんを見上げて唖然としています。
「ちょっ・・・・ちょっと・・・コウちゃん・・・ヨダレ・・・ヨダレ。」
部屋に入った途端口を開けたまま呆気に囚われている義父さんに母さんが向かってそう問いかけました。
「う・・・うん。このお嬢さんが・・・・・小林さんのところのお嬢さん?学校の先生で、それでもってバリバリのジムカーナ仕様のEP71乗ってる・・・?」
「はいそうです。わたしがその小林車体の娘です。よろしくお願いします。」
舞衣さんはそう改めて自己紹介するとお辞儀をしました。そこでフワッと舞衣さんの匂いが鼻につきます。
・・・・うん・・・この匂い・・・・。
私はまるで犬にでもなったかのように無意識にその匂いを嗅いでしまっています。
この瞬間私の脳裏に舞衣さんの乱れたアノ姿が浮かんで、股間のモノに血液が充填されていくのを感じていました。そんな時気を紛らわすのに役に立つのはおっさんの頭頂部です。でも・・・・ここにいる義父の頭頂部は薄いどころがフサフサでした。
まっ、母さんよりひとまわり年下でまだ30代というのもありますが・・・・。
そんな頭頂部を見られていることなんてちっとも思わない義父さんが、舞衣さんに家具調テーブルに座るよう誘導しながら話を続けます。
「いや・・・小林車体って今すごいことになってて、取材受けてる理央君なんてますます綺麗になちゃって・・・。それに娘さんが加わったりしたらそれこそ話題になっちゃうと思う・・・・」
「あっ・・・わたしは取材受けないので・・・」
「う〜ん。もったいない。絶対いいと思うのに・・・・・」
そんな義父さんと舞衣さんのやり取りの後、今度は狭い部屋の中央にある家具調コタツに両親と舞衣さんが、そしてのどかが寝息を立てているベッドの上に私が座った状態で、改めて母さんが事の顛末を舞衣さんに説明しました。
すると意外にも舞衣さんはすんなり話を受け入れてくれたようです。
「良いですよ・・・・。年下の男の子を預かるくらい少しも面倒じゃありません。しかも、わたし年下に少しも興味もありませんので・・・ただの居候ということで・・・。」
この時私は舞衣さんが私と一緒に生活するために嘘を吐いたと思いました。でも、その舞衣さんの口調が冷淡というか・・・・私の知っている舞衣さんの口調と違っています。
そして舞衣さんがそんな口調で私の思いもしないことを話し始めました。
「実は明日から一人居候させる予定だったんですが・・・・・決してアパートが広いわけではありませんので狭くても良いのなら・・・・」
「えっ?・・・・・もう一人?」
その時です。私の部屋の外から誰かが砂利を蹴り走り去っていく足音が聞こえました。
「ちょっと待って・・・・・」
それに続いてふたばのドスの効いた声も重なります。
「ん?変質者でも出たの?でも、ココって下宿人みんな男だったよね。」
そう言いながら母さんが立ち上がって窓から外を見て首を傾げました。
「あっ・・・それと、さっきこの下宿を見て回ってる変質者みたいな人がいました。風谷先生のアルトを見ながら、何かメモしてたみたいなんですが・・・・」
その時舞衣さんもそんなことを言って私の不安に拍車を掛けます。
もしかして・・・・誰かが私を調査している・・・・・?物凄く嫌な予感がします。もしかして、私があのゴルゴに拉致されて海に沈められてしまうのでしょうか?でも・・・・そうなればあのあおいに逢いに行けるかも・・・・。
そんなバカなことも頭を過りましたがとりあえず冷静を装い・・・
「ん?・・・・ち、ちょっと心当たりないんですが・・・」
なんて当たり前の答えしか返せませんでした。でも、内心すごく動揺しています。
その動揺する中、この話題が早く思って終わることを願った瞬間この話題を舞衣さんが蒸し返しました。
「わたしが声かけようとした時もその怪しい人がサッと居なくなったんですけど・・・・」
それを聞いた母さんの表情がますます曇ります。
「アンタ・・・もしかして・・・なんかやったの?ひき逃げは無いとしても・・・・交通違反で逃げた・・・・とか」
「いや・・・・役所の身辺調査かも・・・・」
「たかが公務員試験で身辺調査もないと思うけど・・・・」
「そうだよね・・・それに、まだ1次試験前だし・・・・」
「そういえば・・・警察官採用試験で身辺調査があるっていうのは麻美子の時初めて聞いたけど・・・・」
「いや・・この下宿で車買った下宿生がいて、その車庫証明の調査かも・・・・」
「う・・・・・ん・・・・・」
母さんと義父さんのそんなやりとりを呆気に囚われながら聴いていました。ここにいる全員はソッチ方面を気にしていますが・・・・多分違います。
でも、この時それが何の調査かはここにいる全員の知るところではありませんでした。
「あれ?風谷先生すごい汗・・・」
そう言って舞衣さんはベットの上の私を見上げますが・・・・その舞衣さんの良い匂いも私の動揺に拍車をかけます。
もう・・・・頭がクラクラです。
そんなこんなで、私は今後心療内科に通院しながら麻美子姉さんの結婚相手のお姉さんである舞衣さんとしばらく一緒に生活することになってしまいました。
まっ、身を隠すのにも好都合というのもありますが、コレって世間的には単なる共同生活ということになるんでしょうか?でも、もう一人の同居人が誰なのかすごく気になります。
ということで、結局舞衣さんから卒業できなかった私はもう一度舞さんの元へ返されてしまう運命となってしまうのでした。
今回のストーリはここまでとなります。今回、4万3千字近いこの物語に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
本作では、当時の私の心の迷いを「迷いイヌ」という形で表現させて戴きました。ファンタジーの世界が全くもって苦手とする私の最大限の表現です。
あと、一つご報告があります。それは、10年前に放映されたアニメを最近動画サイトでたまたま観たのですが、その中にマコトを見つけてしまいました。
それは某アニメ制作会社のお仕事シリーズの一つとして制作されたアニメですが、その中の主人公が当時私が抱いていたマコトのイメージそのものなのです。
その主人公は、そのアニメの作中老舗旅館の孫娘で中居として活躍している女子高生となりますが、その赤毛の癖っ毛といい背格好といい性格もマコトそっくりで驚きました。あっ・・余計な情報ですね。
そんなこんなで前作から時間が空いてしまいましたが、この後の作品についてもよろしくお願いいたします。
まことまどか