とある猥褻犯の贖罪

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懺悔しよう。

3X年生きてきて、今痛感している。

俺は煩悩の塊だ。

「おいおい、お前、大丈夫か?」

でかい声と共にバァンと背中を張られた衝撃が、俺の真摯な告解を一瞬でぶち壊した。

もちろんそんなことするヤツは1人しかいない。

俺の背中を張ったヤツ…呆れた顔で覗き込んできたのは、悪魔の使いの俺の同僚だ。

「…ってえなっ!俺は今ナーバスになってんだ、ちょっとほっといてくれ!」

俺はイライラしながら怒鳴り返した。

言ってる通り甚だ情緒不安定である。

「だってお前、さっきから何本タバコ吸ってんの?呼んでも反応しないし。普段吸わないくせに気分悪くなるぞ」

今俺たちは街中の喫煙所に立っている。

同僚が言う通り、俺は普段は滅多に吸わない。

吸う時は相当ストレスを感じている時だったりする。

そして今吸ってるのが7本目。

まるでチェーンスモーカーの見本だ。

お察しの通りここはあの街、前回予告の前の勤務地だ。

新幹線からホテルに向かう途中で停留中…要は行きたくなくて抵抗している。

俺は青い空を見上げ、絶望感と一緒に煙とため息を吐き出した。

そろそろ他の喫煙者の迷惑になりそうだ。クソ暑いのに30分も路上にいるから汗だくだし。

しょうがない、行くか…。

ところで今更なんだが、3人娘が合流すると会話がややこしくなる為、俺たちにも呼称を付けることになった。

同僚は同僚とか悪魔の使いでいいじゃないかと言ったんだが本人が猛反対。

俺にも付けろと言ってきたんで、俺はエイトマンからエイト、同僚はジャングル大帝からレオとする。1960年代縛りだ。念の為言っておくが暗喩な意味はないしアニオタでもない。

で、俺が何をゴネてるのかというと、予約した個室居酒屋で待ち合わせだと思っていたところ、なんと3時間前に待ち合わせて美術館に行くことになっていた。

もちろんレオの仕業だ。そして当然のように俺は駅に着いてから知らされ激怒している。

今現在11時。

嵐の中でもみくちゃにされている小船のような心境がダダ漏れ状態なんである。

30代半ばの男が気持ち悪いとか言ってくれるな。

誰が1番そう思ってるかって、自分が1番気持ち悪いと思ってるんだ。

ボストンバッグ一つが漬物石のように重く感じるが、ホテルに向かって歩き出す。

これはきっと、吸いすぎで酸欠に違いない。

「フリスクはさ、そんなバリバリ噛んで食うもんじゃなかったと思うんだよね」

と言うのはレオ。言われたのはもちろん俺。

ホテルにチェックインしてとりあえず昼飯を食べ

、汗だくだった俺たちは各々の部屋でシャワーを浴びて着替えた。そしてなぜかレオは俺の部屋でくつろいでいる。

歯磨きしてもまだタバコの臭いが残ってると言ってフリスクをくれたんだが…それを一粒ずつ口に放り込んでいたら無意識で噛んでは次、を繰り返していたようだ。

俺はレオに返事をせず、フリスクのケースをキャビネットの上に置いた。持ってると口に入れてしまう。

着いてから美術館のことを言ってきたことについてはまだ怒っている。

「いや悪かったって。ごめんってば。機嫌直して?」

「…お前は俺の彼氏か!大体いちいち俺の部屋に来て居座るな!」

「え、だってエイトほっとくと異常行動するし」

「俺は実験体のマウスじゃねえ」

「まーそうカリカリしなくても大丈夫だって」

「お前みたいに楽観的にできてないんだよ!」

「何を心配してるんだかねえ」

なんでもお見通しみたいな顔でニヤニヤされると余計ムカつくんだが。

他人事だと思ってこの野郎、と睨みつけると手でどうどう、と宥めるしぐさをしてきた。

そのうち殴ってやる。

さてそろそろ目についているのではないかと思うので言及しておく。ここに至るまでの諸々の問題についての俺の心中は、正直言って何も進んでいない。浮気した恋人の件も連絡ないんで放置、リッちゃんについてはまだ会うことになった状況に適応できていない。目下対応を検討中、主に感情面で心の整理中だ。ということで複雑な心中についてはちょっと脇へ置いておく。

俺は今回、彼女に会うのであればやらなければいけないことを最優先にするつもりで考えている。

まずあの時の狼藉をリッちゃんに詫びる。もちろん殴られる覚悟で来た。

ただ、いつどうやって話すか、内容が内容だけにそれが難しかった。

俺の独りよがりで持ち出して逆に迷惑になるわけにはいかないし、慎重を期せねばならない。

飲み会を想定して何通りも脳内シュミレーションしていたんだが、予定外の美術館は考える余裕が全くなかった。これが激怒の理由である。

その上俺は会うことになってから不埒な妄想に悩まされている。

そんな場合じゃないというのに俺というヤツは…。

大体当たってると思うから内容はご想像に任せる。

俺は自分が1番信用できない。

「またなんか悩んでんの?脳筋のくせにホント悩むの好きだよねー」

「悩むのに好きも嫌いもあるかっ!」

脳筋なのは認めるがお前に言われたくない。

レオがいると懺悔もできん。

早く出てけという目つきで睨んだが、満面の笑顔で手を振ってきた。

俺はお前のファンの女か!相手をするのが馬鹿らしくなってきた俺は窓の外に目をやり、意外と見える遠くの緑を眺め、しばらくぼんやり呆けていた。

声をかけられて気がつくと、もう移動時間になっている。ノープランになってしまった。…だがなんとかするしかない。

美術館はなかなか大きくて格調高かった。

住んでる時は全く機会がなかったので初めて入る。

入り口のガラスの向こうに華やかな色が見えた。

数人の女性客だ。

涼しげなパステルカラーを基調に、ふわふわとなびく透ける生地。小さくキラキラ光る装飾。

まるで花屋で見かける、可愛いらしいアレンジの花束のようだな、と思わずその連れ立って歩く女性たちに見入る。どこかで見たような、と思って気がついた。

マキちゃん、ミホちゃん、リッちゃんの3人が、美術館のエントランスホールにやってきたのだ。

女は化けると言うがホントに化けている。

高校生と20代前半ではこんなに違うのかと俺は目を見張った。

「マキちゃん久しぶりー!」

早くもレオが手を上げながら近づいていく。

「お久しぶりですー!エイトさんもー!」

「ホントに久しぶりだね、元気だった?」

俺は一応全員面識あるからまとめて言ってみる。

口々に挨拶してミホちゃんとリッちゃんをレオに紹介すると、ものの5分で仲良くなった。

3人は似て非なる涼しげだけど女らしいワンピース姿だ。リッちゃんを意識しすぎて首から上を見ることができない。

「3人揃うと花束みたいで華やかだねえ、可愛いな」

「みんな綺麗になってるから驚いたよ」

腐っても営業職、俺たちが褒めるとキャアッと声を上げ、手を合わせあって喜んでいる。

「せっかく美術館に行くなら合わせようかって相談したんです!」

「やっぱりウチのお兄ちゃんとは違うわあ。自然に褒めてくれるよねー!」

「ウチの兄もよ、貶すばっかり」

そんなに喜んでもらえると褒め甲斐がある。

マキちゃんとミホちゃんは兄がいて、リッちゃんは妹がいると聞いたような記憶がある。兄ボロカスだな。

相変わらずリッちゃんはあまり話さず笑っている。内向的な性格はあまり変わりないようだ。

「それはさ〜、身内だからね、照れだよ照れ!そういえばさ…」

レオが話しながら2人をさりげなく入場口へ誘導していく。

相変わらず上手いなと眺めつつ、俺はリッちゃんを促して後に続いた。

俺はレオのような機転が効く性格ではないので、リッちゃん1人に集中することにする。…あえてそうしなくても意識はしてしまうが、気を配る方へ、だ。

美術館は、会話が弾まない取り合わせには非常に有り難かった。

美術品の話をちょこちょこしながら、あとは仕草で意思疎通が成立する。

明るい中で見る大人のリッちゃんは、やっぱり猫を思わせる大きな目が印象的で可愛い。

おっとりした雰囲気と動作は変わっていないが、顔つきからあどけなさが抜け、全体に肉付きが華奢でしなやかな感じになっている。

地味目だけど品良く可愛いという感じか。

肩下の長さのボブはカラーリングもしていない。

「エイトさん、いつ、帰られるんですか?」

突然リッちゃんが投げかけてきた。

今まで二言三言しか話さなかったのに、急に訊かれて俺はビクついた。

見回すとレオ達はだいぶ先に離れている。

「明後日の土曜日に予定してるよ」

俺の贖罪の話は歩きながらは無理だ。

そもそも俺は再会してから、まだリッちゃんとまともに目が合わせられないでいた。焦点をぼかしてごまかしていたのだ。罵ってくれていい。ヘタレの自覚はある。

リッちゃんは訊いてきてからずっと目を伏せている。俺はチャンスとばかりに顔を観察した。夏なのに肌は白く、あまり化粧っ気はないけど濡れたようなピンクの唇が目を惹く。

「あの、私…」

リッちゃんが言いかけたところで、出口に着いてしまった。

「リッちゃんたち出てきた!」

マキちゃんの声が聞こえてきて、リッちゃんは口を閉じてしまった。

伏せ気味にしていた目が急に俺を見た。まともに目が合って俺は慄いた。

まつげが濃くて黒目がちな大きな瞳が、少し縋るような視線でじっと俺を見ている。

「後で、また」

俺はそれだけ言うのが精一杯だった。

リッちゃんが頷いたのを目の端で確認しつつ、マキちゃんたちに俺は営業スマイルを向けた。

美術館を出て話しながらゆっくり歩き、到着した個室居酒屋は、よくあるキツキツの個室ではなくて、後ろを人が楽々通れる広めの部屋に掘り炬燵、さらに木製の背もたれ座椅子完備の快適な仕様だった。

美術館のエスコートと入れ替えて、今度は俺が両手に花だ。ノリのいい2人はいきなりハイテンションで会わなかった年月を感じさせない。

「へえ、ミホちゃんは年の離れた兄貴が2人もいるんだ?」

「そうでーす!どっちもダメ兄貴なんですけど〜」

マキちゃんが敏感に乗って来る。

「はいはい!ウチのお兄ちゃんもダメなやつー!」

「どうダメなのか聞いてみたい気がするけど、なんか俺、我が身の危険を感じるんだよなあ」

俺は神妙な顔でわざとらしく咳払いをし、高らかに聞くべきか、聞かざるべきか、と唱えて見せる。

「エイトさんとレオさんは大丈夫!」

「なにその太鼓判!俺が1番ダメなやつかもしれないよ!」

「だってウチのお兄ちゃんはねぇ…」

俺は適当に要点だけ耳に入れて、会話が広がるような返しを適当に返し続けた。

意識の半分は斜め向かいの2人に飛んでいる。

言わずもがな、レオとリッちゃんだ。

さっきまで多分目の前の料理の話をしていたが、今は多分違う話をしている。

2人の話し声は、声を抑えている為マキちゃんたちの声で全く聞こえない。

リッちゃんの唇の動きでかなり喋っているのはわかる。俺とはあんなに風に喋ってくれてない。

レオの会話運びが上手いんだろうとは思うが釈然としない感覚が溜まっていく。

あ、なんか喜んでる。

スマホを見せ合って笑い、リッちゃんが何か驚いたような顔をしてまた笑う。

リッちゃんは喜んだそぶりでバッグから手帳を出して書き込み、破ってレオに渡した。

その後も2人は笑顔で話していた。

俺といる時はあんなに笑ってもいなかった。

腹に黒いものが溜まっていくような、なんとも言えない気分だった。

二次会はこんなご時世だし、最初からやめようという話で、180分コースで頼んでいた。ちょうど3人娘が気持ち良くホロ酔いになったところで解散、いい感じの終了となった。

結局タイミングが合わずリッちゃんとは話せず、でも目で訴えてくる感じでもなく。不完全燃焼だが仕方ない。

リッちゃんの話そうとしたことを聞くのもだが、俺の目的もまだ果たせてない。この滞在中になんとか次の機会を掴まないといけない。マキちゃんとLINEは交換したから明日考えよう、とため息つきつつレオと歩き出す。

「あ、エイトに渡すものがあるんだ」

「俺に?」

「そう、頼まれもの!」

はい、と渡してきたのはリッちゃんがさっき手帳から破った紙だ。俺は紙を見つめて呆然とする。

「俺に渡そうとしてたのか」

「すげー勘違いしてたよな!目で殺す気かと思ったわ」

もう我慢できない!とか言いながら腹を抱えて笑っている。

「お前っ、わざとやってたろ…!」

涙出して笑ってる…確信犯だ。

こっちは追及したいのを我慢してたのに。

まあいい。笑っとけ。リッちゃんのメモ用紙の方が重要だ。俺は突然心が広くなった。

紙を開くと携帯電話の番号とフルネーム、電話下さい、とある。俺は固まった。

まだひーひー言いながらレオが手をヒラヒラして俺の注意を引く。

「明日、エイトの都合のいい時間に電話して欲しいってさ。朝早くても夜中でもいいって。なんか相談したいことがあるって言ってたよ」

「俺に?大抵の相談はお前の方が役に立つだろ」

「俺も相談乗るよって言ってみたんだけど」

何を余計なことを。…思わず眉を顰めてしまった。

レオはそんな俺を見ながらニカッと笑った。

「エイトじゃないと相談できないし解決もできないんだってさ!良かったな!」

バシッと肩を叩かれたところまでは覚えている。

俺はその後、どうやってホテルに帰ったのか記憶に全くない。

プレッシャー負けで無駄にスタミナを使い続けた俺は、電池切れか体内時計が働かず、翌朝は8時に目が覚めた。昨夜の帰りから寝るまでの記憶があやふやだが、おそらく11時前には熟睡している。たっぷり寝たおかげで体が軽い。

レオに声を掛けると朝食はまだだと言うので2人でホテルの近くの軽食喫茶に出かけた。駅近なのでこういうのは充実している。

俺はトーストのセット、レオはサンドイッチ。

レオが早速かぶりつきながら聞いてきた。

「リッちゃんとは直接会うんだろ?」

「まだ掛けてないけどそのつもり」

「俺は適当に知り合いに会うから、気にしなくていいからな」

「了解。お互い夜の食事とか戻りの予定が決まったらLINEな」

「おう」

部屋に戻ってリッちゃんの番号に掛ける。電話掛けるのに緊張するなんて入社の頃以来だ。

『はい』

「□□さんの携帯でお間違いないでしょうか?〇〇と申します」

ハイトーンで作り声を出し、苗字を名乗る。

『えっ、やだ!エイトさんですか?』

リッちゃんが笑い出した。

「そうだよ。ご伝言を承りましたが、いかがなされましたか?お嬢様。ご用件を伺いに参りました」

『やだ、別の人みたい!』

笑い声が耳に心地良い。

昨日の美術館の調子だと話が進まないし、俺だって笑わせたい。

『やだあ、似合いますね!カッコいい』

「ありがとう。さて、ふざけるのはこれくらいにしとくね。今日出て来れる?」

俺の都合は会わないと成り立たないので先手を打つ。

『あ、はい。大丈夫です。あの、電話ありがとうございます。レオさんから、聞かれていますか…?』

段々声が不安そうに小さくなっていく。

「うん、聞いてるから大丈夫だよ。会って聞いた方がいいと思うんだ」

『はい。私も電話では…。エイトさんの泊まってるホテルに行ったらいいですか?』

サラッと爆弾をぶち込んできた。

おい!君が俺の部屋に来ちゃダメでしょ!

「いや、部屋は…外にしようか。カラオケBOXの〇〇ならフリータイム中外出も出来るし。どうかな?」

内心焦りつつ、動揺を抑えて街中にあるカラオケの名前を挙げる。

ベッドのある密室に2人なんて無理無理無理。君は俺を殺す気か。絶対ホテルの部屋はダメ!

『そんなところがあるんですね。検索して行きます』

「□□の交差点のわかりやすいところにあるけど、入らず近くにいるからこの番号に掛けてくれればいいよ」

『わかりました!今から家を出るので、30分くらいだと思います』

「じゃあまた、後でね」

『はい。失礼します』

通話を切り、爆弾発言の衝撃でしばらく考える人のポーズになる。

彼女はあの時のことを一体どう思ってるんだ?

まさか覚えてないとか。いや起きてたし。…いや、今考えても無駄だ。ブルブル頭を振って気分を切り替えた。

交差点から見える角に立っていると、リッちゃんが手を振りながら小走りでやって来た。

俺も手を上げたら嬉しそうに笑った。はあ、可愛い。

簡単に挨拶して一緒に歩き出す。

今日の彼女はオフィスカジュアルっぽい服を着ている。

スカートはセミロングでヒラヒラしない形だ。カラオケの場所を知らないリッちゃんの背中に手を添えて、方向を誘導しながら歩く。距離が近くても気にならないようだ。

反応が見たくてやってみたものの、むしろ俺の方がまずいので、建物に入る前に間を取る。

彼女は全く抵抗がないようだ。

リッちゃんは珍しいのかキョロキョロしている。

部屋に入ってドリンクを頼んだ。

リッちゃんからあの時の恨みとか感じられないので、リサーチも兼ねて先にリッちゃんの話を聞こうと思う。時間はあるし、俺が先だと結果的にリッちゃんが相談ができなくなるかもしれない。

「エアコン効いてきたね。…レオから相談したいことがあるって聞いたんだけど」

「はい…そうなんです」

緊張した面持ちだ。

「俺じゃないとダメだって聞いたよ?」

「そうなんですけど、あの…。その、なんて言うか…」

よほど言いにくいことなのか、声が不安定になっている。

膝の上で握った手に力が入りすぎなのか体が揺れる。

指が白くなっていて、顔色も悪くなった。

「落ち着いて。焦らなくていいから。少しずつ話せばいいよ」

「ご、ごめんなさい!私から頼んだのに…」

「今日は時間はたくさんあるからさ。のんびりお茶するつもりでいようよ」

「はい…」

メニューを取って適当に甘いものを注文しておく。

リッちゃんがアイスティーを飲んで息をついてソファにもたれた。

これは何を聞いても動揺しないようにしないといけないな。

俺はそう思って心の準備をしたが、この時はこの決心がすぐ木端微塵になるとは思ってもみなかった。

すぐに一口ケーキやクッキーが運ばれてきたのでリッちゃんに勧めた。口にすると顔色が良くなってきた。

まずは世間話しよう。

「…ということで、私まだまだ秘書見習いなんです」

「ウチの会社も役員本人には訊かないでみんな秘書に聞いてるなあ」

「そうなりますよね」

リッちゃんの就職した仕事の話をしていた。

秘書の仕事だそうだ。

「リッちゃんは妹がいるんだっけ」

「そうです。あれ?言いました?」

「昔聞いた」

昔とは俺が悪さしたあの時のことである。

「ああ…エイトさんは男兄弟でしたね」

「そう。男3人の1番下。何でも負けっぱなしで悔しいのなんの」

「体格差はハンディですよね」

「女兄弟だったら優しいし、綺麗だし、いい匂いだしって憧れたねえ」

「いやそんないいものじゃないですよ!」

声を上げて笑っている。

昨日の絶望感が嘘のようだ。そうやって笑って欲しかったんだ。

ふと、真面目な顔になった。

「あの、私、エイトさんにしか頼めなくて。きっと、すごく変なこと言っちゃうんですけど」

俺にしかダメなんて頼られたらもうメロメロだ。

「いいよ、なんでも言って」

また、膝の上で手をぎゅっと握りしめた。

「あの、私、どうしたら安い女じゃなくなるのかなって。い、淫乱とか、どうしたら治りますか?」

尻上がりに高くなる声を聞いて俺は驚愕した。

「は?!」

なにソレ今の空耳?!

脳天殴られたような衝撃受けたわ!

「ちょっと待って、安い女って、淫乱って誰のこと?」

「私です…」

あ、縮こまってる。

いや身の置き場がない気持ちはわかるけども。

こういう反応するなら、そのワードは違うでしょ。

動揺を抑えきれないまま、俺はとりあえず整理にかかる。

「えっと、誰かに言われたんだよね?何があって言われたの?」

「あの、私からは何も…された側、と言うか」

俺の眉間に皺が入る。

「ごめん、詳しく状況教えてくれるかな?」

「大学2年の秋に、初めて恋人が出来たんです。その彼が忘れ物したからって、アパートに取りに行くのに付いていったんです。

外で待ってたら、学生アパートなので同じゼミの知ってる人が通りがかって。少し話してたら部屋から大声で名前呼ばれて行ったんです」

「そのゼミの人って男?」

「はい」

なんとなく展開が読めてきた。

俺は両手で頭を支えてひざに肘をついた。顔を隠す為だ。表情が険しくなる予感がする。

リッちゃんは集中しようとしていると解釈したようでそのまま続ける。

「玄関まで行ったら腕を引っ張られて、部屋の中に向かって転んだんです。そしたらいきなりキスしてきて、重いし、びっくりしてイヤって押したら怒鳴りだして、服を破られて触ってきて。

悲鳴あげたら、さっき話してたゼミの人がドア叩いて怒鳴ったんで彼が起き上がって怒鳴り返して。そしたら私、動けるようになったんで突き飛ばして逃げて、鍵開けたらゼミの人がいて、助けてくれたんです」

予想の斜め上だった。

リッちゃん、一旦切ってちょっと黙り…ため息を吐いてからアイスティーを飲み、深く息を吸う。

「俺の次はそいつか、そいつには触らせたんだな、すぐ男に媚を売る安い女はこっちから願い下げだ!って…。騒ぎでもう1人アパートの人が降りてきてくれて、自分の服を着せてくれたんです。

そしたらまた男か!誰でもいいのか、お前なんか痛い目に遭わせてやるって出てきたんで、ゼミの人がここにいない方がいいって送ってくれて帰ったんです」

「警察は?呼んでないの?届出も?」

「あの、あんなに急に怒るなんて私も何か悪かったんだと思ったんです。服が破れたのと、アザと擦り傷くらいだったし。警察に言ったら彼が大変なことになるかもって」

「そうか…それで、別れたんだよね?」

大人しく聞いていられなくてつい先を促す。

「えっと…すぐじゃないんですけど、別れました」

これはまだなんかあったな…。

「その…淫乱ってのは?」

「あっ、それは…助けてくれたゼミの人が、心配して話しかけてくれるようになったんです。彼とちゃんと話ができてなくて、まだ別れてないから心配かけてるんだと思って。その、疑ってたから、同じアパートだから迷惑かけそうだし。早くしないとって。

家は怖かったので、大学で、もうお付き合いできませんって言ったんです。授業終わった講義室なら、誰もいなくて話ができると思って」

一旦黙った。

緊張感が高まったのが伝わってくる。

少し苦しげにまた話し始めた。

「…そしたら、急に優しい声で肩に手を回してくっついてきて、ごめん、謝るよって、そんなに怒るなよ、俺も悪かったよって言ってくれたんです。

今なら聞いてくれると思って、私はゼミの人とは知り合いなだけだし、何もないのにひどいって言ったんです。付き合ったの初めてなのに、色んな人といっぺんに付き合ってるみたいじゃないのって」

そこでアイスティーを飲んだ。再開しようとしては黙り、とためらっている。

「そう言ったら、俺が悪かった、好きだよってキスしてきて。あの、怒り出した時にされたのが、彼とした初めてのキスです。胸とか触られたのも。胸掴まれた時すごく痛くて、お風呂で見たらすごいアザになってて。怒ってたからかなって思ってたんですけど。

…講義室でも触ってきて、前ほどじゃないけど力入れて握るんです。痛いからやめてって言ったらこれくらい普通だってやめてくれなくて、違う、こんな痛いだけの気持ち良くない触り方普通じゃないって言っちゃったんです…」

俺、手で覆った下で目を見開く。

「そしたら、誰に気持ちよくしてもらったんだ、俺が初めて付き合ったってやっぱり嘘か、それとも付き合ってなくても触らせるのか、お前は尻が軽い安い女だ、気持ちいいなんて淫乱だ、淫乱女なんか別れてやるから、今ここで俺にもさせろって言って、抱きついてこようとしたんで、もうこれっきりです、さよならって言って走って逃げました」

「それで、その男は諦めた?無事別れられたのかな?」

「はい。元々学校でばったり会うこともなかったので」

俺はフーッと息を吐いて後ろにもたれた。

聞いてて俺がハラハラドキドキだ。

なんとなく、学校でわざわざ会いに行ったりもしてなかったんだろうな、と思った。

「あのさ、その男に言われただけだったら、それは…」

「あの!」

俺の声を遮ってリッちゃんが声を上げたんで譲る。

「その彼だけじゃないんです。サークルの飲み会でもあって…酔って触ってくる人がいて、胸ばっかり狙ってくるんです。逃げてたんですけど捕まっちゃって。あの、胸の…先の方をつねられて、声が出ちゃって。

やらしい声出して、淫乱だからもっと触って欲しいんだろって大声で言われて、他の男の人まで来ちゃって。そしたら、女の先輩たちが、体で男の気を惹いていやらしい、あんなこと私ならさせない、安い女ねって…」

安い女って流行ってんのかよ。

いや別れた男が広めた可能性が高いな。

「そこから逃げ出せたの?大丈夫だった?」

「泣き出したら、幹事の人が気付いて助けてくれて、私だけ帰してくれました」

いやそれ幹事も泣くまでは黙認してたんだろ…。

「はっきり安い女、淫乱って言われるわけじゃなくても、安く見られてるのよ、とか、他の人にもす、好き者だ、とか言われたり…」

声がか細くなったので慰めようと手を伸ばしかけたら、急に背筋が伸びた。

「それで私、調べたんです!」

急に声が大きくなり、俺は勢いに押されてちょっと引く。

「安い女って、自分を安売りするような軽々しい行動をして自分の価値を下げることをする女性のことを言う場合と、女性として魅力が低い、大事にする価値持たない、値段が低い女性のことを言う場合とあるんですが、結局はエッチができる以外に魅力がない女性のことなんです!」

はきはきと自信を感じる。

おい、誰だ。変なこと教えたの。

「…そ、それで?」

とりあえず聞こう。

もうね、相槌打つのも大変。

「淫乱、の方も調べたんです」

こっちは急に声が小さくなった。

「感じやすい性的に感度が高い女性の体のことを言う場合と、性的なことが大好きで、エッチなことしたり、語ったり、工夫したりってこと全てを楽しんでて隠さない女性のことを指したり、

もしくは、男性から見て扇情的で奔放に見え、実際に性交渉をしてみたいと思わせる肉体的外観を持っている女性のことを指す場合と、これらどれか一つのことに対しても使用されるが併せ持っていても使用することがある、と」

淡々とした調子。段々アカデミックになってきた。研究発表感がある。

「それで私、考えたんです。私きっと、本当に安い女で淫乱なんだわって」

えっ!?どうしてそうなる!

俺は驚愕で思わず腰が浮く。

「リッちゃん、それは…」

俺は言いかけて口をつぐんだ。全部先に吐き出させた方が良さそうだ。

リッちゃんの目つきがどこも見てなくて、自分の内側に入り込んでる感じになってる。

少し病んでるかもしれない。

「だって私、よく知らない人に胸の先、つねられて声出ちゃったし、それに、エイトさんとのあの時、最初の方と最後の方以外あんまり記憶がなくて…でもすごく気持ち良くて、ずっと続くからおかしくなりそうとか、気持ち良すぎてつらかったとか断片的には覚えてるんです。あの、感電したみたいなのがイクっていうのだったんだ、って調べてたらわかって。

頑張って情報収集したんです。本屋さんで立ち読みしたり、同じゼミの子たちが話してる時に聞いて。そしたら、初めてのエッチで感じるわけない、イクなんて淫乱体質じゃないとならないよって。男がいくら凄くても無理、すごく痛くて泣くくらいなのが普通だからありえないって話してて…!!本にも痛いとか最初は良くないって書いてあって」

こういうの聞かされるのっていたたまれないもんなんだな。

いや初めてって言っても処女は喪失させてないぞ。ちょっと待ってくれ…!

「それに、なんで私だけ淫乱とか言われるんだろうってずっと思ってたんですけど、気がついたんです。そうだ、エイトさんはそうだったわって。

私が価値がないから、大事になくていいような安い女だから、私にだけ触ってたし、恋愛とか付き合う価値ないから、あれっきりで終わりだったんだ、エイトさんは正しかったんだわって。すごく気持ち良くされて優しくて貰っただけ感謝しないといけないくらいなんだって…」

心臓のあたりがズキズキ痛む。頼むから自分をそんな風に言わないでくれ。全然違うんだ。病ませたのは俺か、どうしたらいいんだ。

俺が脳内でアワアワしてる間にどんどん進んでいく。普段女性から滅多に聞かないワード満載で情報過多過ぎて処理が追いつかない。

「でも私、そうやって触ってこようとしてくるのもうイヤなんです。お付き合いしてた彼も、キスされてイヤって思っちゃったんです。口の中に、舌入れてこようとされて、気持ち悪い、やめてって…。彼氏なのに。

私もひどいから、だからきっと価値がない…。でももう触られるのイヤだからって付き合わなくても、安い女だから触ってやるって知らない人が来ちゃうんです。どうしたら淫乱とか安い女とかやめれるのかわからなくて」

それ、やめるとかやめないとかいう問題なのか?

「エイトさんなら、私の体が変なの知ってるし、私が安い女な理由も知ってる、原因がわかったら寄って来られるの避ける方法がわかるかもって。

優しいから頼んだらきっと相談に乗ってくれるって思ったんです。でも連絡先わからないし、マキちゃんに淫乱とか知られたくなくて頼めなくて。ずっとなんとか会えないかなって思ってたんです」

「そうだったのか…」

話し切った、って感じでリッちゃんが体を引いた。軽く息が乱れて涙ぐんでる。顔色はむしろ青い。アイスティーを引き寄せ、俯いてひたすらストローを吸っている。

飲み切って空になったので、俺は自分の分と追加オーダーを頼んだ。

所在なげに俯く顔に精彩がない。

疑問があった俺はまず訊いてみることにした。

「ちょっと聞いてもいいかな、スマホのインターネットで調べたりはしなかったの?」

今時検索したらこんな妙な方向に考えがいかないと思うんだが。

「私のスマホは親が契約した時、セーフティロック掛けてあるんです。父が心配症でそのままになってて。さすがに就職したんで言えば解除してくれると思うんですけど、今まで必要なかったから理由聞かれそうで言えなくて…その、説明ができなくて」

なるほど、納得した。

本屋じゃ手にとれる本も限られるだろう。

「ゼミの子たちに聞いた時にスマホで記事を見せてくれたんで、見れたら便利そうとは思ったんですけど」

交友関係も狭そうだし、カラオケも珍しがってた。この分じゃネットカフェなんか存在も知らないかもしれん。年齢からすると驚異的にありえないが、性格がちょっと変わってるので納得ができてしまう。

俺はリッちゃんから目を離さずいたが、彼女は話し始めてからずっと俺を見ない。

どれだけの長い間あてもなく悩んでたのか。

俺の責任による部分は大きい、と思った。

リッちゃんは大人しく待っている。

だが俺はどこから何を話したらいいのか考えあぐねていた。

時計を見るとすでに3時間近く経っていて、そろそろ昼になる。

夕方までここを使えるから、食事に出てその間に考えよう。

「あのさ、ごめん、俺が話す前に少し整理する時間くれるかな。気分転換にもなるし、ご飯食べに行こう?」

ぱっと顔を上げて俺の顔を見た。不安そうな表情だ。申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。

「心配しないでいいよ。リッちゃんの話してくれたことは理解したよ。色々誤解してるのもわかったし。俺は君を悪く思ったりしてないし、今もちゃんと君の味方だ。安心して、大丈夫だから」

「ホントですか…」

泣きそうな顔。いい方になんて考えられないよな。

「うん。君の相談については、俺が今簡単に言っても、多分納得できないから。エネルギー補給してからちゃんと話しよう。…信じて?」

「わかりました…ご飯、食べれそうです」

ちょっと笑ってくれたので、俺は先に立って手を差し出し、笑いかける。リッちゃんはきょとんとした顔をして俺の手を眺め、少し考えて俺の表情を伺いながら手を乗せた。引くのに従って立ち上がる。

俺はそのまま手を握って歩き出した。彼女は何も言わなかった。

食事は変わったところはどうか、と提案して歩いて行ける場所の本格タイ料理の店に連れて行った。

ランチでもちょっと値が張るし、家族向きではないので連休でもそんなに混んでいない。

思った通り好奇心旺盛なタイプのようで、内装に小物にと忙しく目を奪われて夢中になっている。

女性の評価が高い店なので、料理も口に合ったようだ。笑顔が出て俺も嬉しい。

帰りも道はやはり混雑している。手を出したらすんなり繋いでくれたので、そのままお互い何も話さずカラオケ店まで歩いた。

俺は元々会話上手な方ではない。何せ兄貴2人と親父、母親が紅一点という家に生まれ、下の兄貴だけは空手だが、俺含め3人は柔道、母親も弓道をやっていた筋金入りの脳筋一家だ。高校は男子校だし、何でも肉弾戦で片付けるところがある。営業職についたお陰で社交の面では如才ない口がきけるが、根がこんなのだから素ではそう得意な方ではない。

女性に対してとなると、付き合えば気遣いが足りないらしくすぐフラレる。俺の言動に問題があり相手の満足度が低いからというのはわかるがどうにもならない。言うなれば脳筋の陰キャ。それはレオみたいな対人関係では右に出る者がいないといった人間を見ると痛感する。

なので俺が小手先で上手くやることは無理だと思い、コトの初めから順番に説明していくことにした。女性にあんなことを言わせたんだ、この際自分のプライドや欲は捨てる。

カラオケ店のソファで、元の向かい合わせの位置に戻り、話し始めた。

「リッちゃんがそんなに悩んで苦しむことになったのは、俺に責任があると思う」

リッちゃんが驚いてぱっとこっちを見た。

「えっ、そんなことないです」

「いや、長い話になると思うけど、聞いてくれ。実は今回、君にX年前のことで謝りに来たんだ。あの時は君を無理矢理好き放題にして、そのまま放り出した。あの時の俺は最低だったと思ってる。

ただ、聞いて欲しい、君を安くみたから触ったわけじゃないんだ。初めて見た時から君に目がいってて、なんというか、欲求のままに手を出してしまったんだ」

首を傾げている。そうだよな、変な解釈してたもんな。今、解放してやるから。

「女なら誰でも触ったりしたいと思うわけじゃないんだよ。いやそういう奴もいるかもしれないけど、大抵の男は、好みの女性にそういう気を催すんだ。俺は、リッちゃんが好みで、触りたいと思った」

強調してもう一度言ってみる。リッちゃんの唇がえっ、って動いて白い顔がうっすら赤くなった。

「普通なら、本気で嫌がって抵抗されたらやめたと思う。俺は最後までやらないと気が済まないってタイプじゃないし、一応それは止めれたから。

でも触るのはやめたくなかった。可愛くてずっと触っていたかったんだ。嫌がるのも抵抗するのも感じてるのも可愛く感じて、もっとやってしまったなんて、言い訳にもならないんだけど」

リッちゃんの顔がどんどん赤くなる。首も赤い。

「俺はあの時、衝動的に付き合いたい、いっそ結婚したい、とかも考えた。でも先にこんなことしてしまったし、君は未成年で、俺はずっと年上だ。それに転勤してこの街にいない人間だし。…

俺さ、よくフラレるんだよ。女心わからないんだ。転勤決まるとすぐ切られるし、それでなくてもフラレる。遠距離恋愛もしたことあるけどダメだった。だからあの時は始まりからありえないダメさだし、どっちにしろダメだって決めつけてしまった。でもあれから、君を触った時のことばかり思い出してた」

いや、いい話にまとめたいわけじゃないんだ。

「自慰って知ってるかな?女の人でもするけど、男は溜まるから確実にするんだ。自分で自分の性器を触って処理するんだけど、興奮しないとできないから、性行為を思い浮かべたりしてやるんだ。俺はあれから君を思い浮かべて、ずっとしてた」

目を見開いて固まってる。そう、俺はこんな奴なんだ。

「恋人はその時々でいたんだけどね。それとは別物で、君が1番興奮したし、君でしたかった。俺は、あの時の気持ちを全部性衝動だったと片付けてた。そうやって気付かないようにしてたけど、本当はあの晩触ってるうちに、とっくに好意を持ってた。

…本当は後から、何回か君を口説きにこの街に来ようかとも考えたことがあるんだ。でも、俺は君からしたら酷いことした猥褻犯だから。すべて気の迷いにして、それまで通り彼女が出来ては別れ、を繰り返してた」

はあ、言いたくない。

「君に触って酷いことを言った男たちも、君を可愛いと思ったんだと思う。可愛いくて好きだから触ったり色々したい。でもさせてくれないとか、自分を好きじゃないと思うとねじ曲がる。悔しくて酷いこと言ったり、欲求だけでも満足したいとか、思うやつもいるんだ。必ずそうじゃないし、人間性によるけど。

対象になる人も、安くみてって言うか、いじめみたいに下に見てするやつもいれば、好きな子の気を引きたい小学生みたいなのもいるし、勝手にプライドとかコンプレックスを刺激されて、相手を貶めたいって人間もいるんだ。あとは、性癖で嫌な顔されるのに興奮するとかね」

リッちゃんは笑うとあどけないけど、平時は少しツンとして見える猫系だ。勝手に被害妄想は大ありだろう。

「俺は、可愛いなと思った子に出来心で気軽に触って怖い思いさせて、触ってるうちに可愛くて自分の痕をつけたくて、めちゃくちゃしたくせに都合が悪いからと向き合わずに逃げた、最低の男だ。

それなのにずっと、君に執着して、忘れられなくて、でも嫌われているのを確かめるのが怖くて、なかなか謝りにも来れなかった、情けない男だ。俺が今回来れたのも、本当はレオのおかげなんだ」

目を瞑る。もう少しだ。

「君が、安い女とか淫乱とか言われたのは、ただの負け惜しみとか妬みとか、自分の妄想を当てはめて自分の都合のいい下に見れる相手に仕立てて、君に好き勝手やりたかったヤツが、何の根拠もなく言っているだけの意味のない言葉だ。

君の価値を俺や、そいつらみたいな最低の連中のしたことで下げて考えることはないんだ」

深呼吸する。空気が吸いづらい。

「前の彼氏が何か広めたんだろうけど、女の先輩にも言われたっていうのは、ただの嫉妬だよ。人気のある同性を毛嫌いする女性は時々いるから。それだけ君に興味や好意を持つ男が、実はたくさんいるんだと思う。彼氏はダメなやつだったけど、助けてくれた人とか、普段君に親切にしてくれる男は多いはずだ。

まあダメなやつも好意持ってるんだけどさ。いいやつの方が行動起こして来ないから、ダメな方ばかり目立ってるだけだ。君が望んで、周りをよく見たら、まともに君を好きなちゃんとした恋人ができるよ」

正念場だ。どうか届いてくれ。

「君が、自分のことを安い女で淫乱なんだと思ってしまったのは、俺に責任がある。俺が何も知らない君に触って、快感を教えてしまったのに、本来なら恋人と交際から始めて、ずっと側にいて体の反応のことも、男の身勝手な欲望のことも、性の知識もみんな教えて守って貰えるはずだったのに、俺は君を自分の欲望で一方的に押し付け、何も与えず放置した。

だから君が苦しんだのは俺のせいだ。勘違いしてるかもしれないから言うけど、君はまだ純潔だよ。イったのは確かだけど、胸だけでイったり、最後までせずにイかせたから。俺が勝手に触りまくっちゃったけど、君の同意があったわけじゃないから君は何も汚れてない。だから、君を大切にする、君が本当に好きな人に望んで身を任せる時が、本当の初めてだ」

最後までもう少し、頑張れ俺。

「本当にごめん。申し訳なかった。俺が全部悪い。心配しなくていいんだ。俺が忘れられなかったくらい、君は魅力的だ。そして俺なんかの手が届かないくらい、君は高嶺の花で、みんなが欲しがる価値があるんだ。だから変なやつにも狙われるだけなんだ。

何もおかしくなんかない。体が敏感なのは元々の体質を俺が掘り起こしてしまったんだと思うけど、最初から敏感な人もいるから変なことじゃない。男は自分が彼女に感じさせると嬉しいから、これから好きになる君の本当の恋人は喜ぶんじゃないかなと思うよ」

終わった。俺が泣きそうだ。自分が卑怯な変態だって好きな子に告白するのキツい。

リッちゃんは目を見開いたままじっと俺を凝視してる。

ちょっと笑いかけて、視線を外し、俺は言った。

「狙われるのだけは勝手に来るから防げないけど、普段からそういうことを言ったりされたりして怖いって相談できる人と一緒に行動するといいよ。あと、男の多い飲み会は行かない。いいかい、おかしなことをしてくるやつは自業自得だから、遠慮せずすぐ警察だ」

おかしなことした俺が言うのもどうかと思うけど。

返事がないまま、リッちゃんの強い視線に晒されて、俺は困った。

時計をみるとまだ時間はあるが…こんなところにいつまでも2人きりでいるのは毒だ。

「解決になったかはわからないけど、帰ろうか」

多分情けない笑顔になってしまったけど、俺は笑いかけた。

それから、魂が抜けたようなリッちゃんを、勝手にタクシー止めて料金先払いで乗せ、俺はホテルに戻ることにした。

夕方だと言うのにまだまだ明るい。

そういえばハメ撮り浮気したアイツは連絡して来ないな、と思い出す。

吐きそうなほどショック受けたのがずいぶん前のことのようだ。俺って薄情。

俺はアイツのことを本当に好きだったんだろうか。始まりは相手からだったが、情はあった。話は弾んだし、気も合っていた。週末デートも楽しみにしていた。結婚は…まだまだ当分先な感じで、考えてなかったけど。

結婚相手としてまともに考えたのも、これが初めてかもしれない。

浮気がなかったら結婚しただろうか?

…前の彼女だったら?

結婚そのものがピンとこなくて、いつも目の前半年くらいしか考えてなかったような気がする。

いい年になったのに、まだまだ先にしか思えなかった。

今までで結婚を切実に考えたのは、リッちゃんに悪さしてる最中の衝動的な出来心だけだ。あれは単純に自分のものにして囲い込みたいだけだったが。

俺のこういうところがダメなんだろう。

ホテルの部屋に戻ってスマホを見ると、レオも帰ってくるらしい。

自分はもう戻ってきたことを伝えて、俺はベッドに横になった。

長いので一旦ここまで。

エロくないんでどうしようかと思ったが、レオがこれはこれでリッちゃんの発言萌える!とか言ったので、このまま投稿する。

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