どこかで会ったことがある人のように思った。
倉科?
ローマ字で書かれた彼女の胸のネームプレートを見ると、そう読み取れた。
記憶にない名前だ。
でも、綺麗なお姉さんだったので、出発を前に忙しく動き回る彼女を自然と目で追っていた。
胸は大きくない。
けれども、背がすらりと高くで、モデルさんのようだ。
しかもグリーンを基調にした制服がよく似合っている。
客を誘導しながらも、隈なく周りを見渡す彼女。
ボクの上司と同じで、仕事ができる人間の動きと目配りだ。
そのときだった。
いきなり振り返った彼女に気づかれそうになった。
慌ててそっと目を伏せるボク。
気づかれてはいないはずだ。
なんだか心臓がドキドキする。
ふいに彼女が近づいてくるのをボクは感じた。
気づかないふりをしていると、声をかけられた。
「藤川さま、本日はご利用いただきまして、誠にありがとうございます」
すごい!
名前をちゃんと覚えてくれているのか!
感激だった。
「雑誌か何かをお持ちしましょうか」
視線を上げずにボクは自分の胸の前で小さく手を左右に動かした。
すると、お姉さんは軽く会釈をしてボクの席から立ち去って言った。
彼女と出会ったのは、仕事でイタリアに行ったときの飛行機の中でのことだった。
総務部からチケットをもらったとき、長距離なのでビジネスクラスだと言われた。
チケットに輝かしい”ビジネス”という文字がアルファベットで刻んであった。
友達にそのことを話すと、いまどきビジネスクラスで出張させる会社なんてない、と言われた。
だからちょっとボクも半信半疑だった。
ところが、チェックインしてみると予想は嬉しい方に裏切られた。
な、な、なんと、生まれて初めてのビジネスクラスだった。
エコノミーですら、あまり乗ったことがないのに。
ボクは、イタリア製の製品を輸入販売している会社に勤めている。
最近は、ライセンス契約を結んだり、自社開発にも取り組んでいて、ラボも持っている。
ボクはそんな会社の新米だ。
入社した日のことが、まだ記憶に新しい。
仕事としては、購買の仕事をしている。
仕事といっても、一年目は研修みたいなものだ。
ボクに大きな野望というものがないけれど、自分にできそうなことは何でもやってきた。
最近は、ちょっとだけ、上司にもそれが認められてきた…、気がする。
上司は女性だ。
笹倉さんと言って、滅茶苦茶、仕事に厳しい。
綺麗な人だが、若くはない…、と思う。
年は聞いたことがない。
そんなことを訊けるはずもない。
たぶん、アラフォーだ。
仕事の経験値がそれを物語っていた。
そんな笹倉さんが最近すこぶる上機嫌で、出張させてくれたのだった。
「一度、製造元の現場を見ていらっしゃい」
誰だか知らないが、笹倉さんをハッピーにしてくれて感謝。
それにしても、ビジネスクラスとは気前がいい。
ちょっとした、ご褒美だった。
「キャビンアテンダント、ドアーズ・フォー・ディパーチャー」
機内アナウンスが流れ、飛行機は本格的に離陸モードに入っていった。
前方にボクたち乗客と向かい合うようにして、お姉さんが座席についた。
肩からかけるシートベルトを装着している。
小さな揺れとともに、機体はゆっくりと動き出していた。
窓の外で、整備のスタッフがボクたちに手を振っている。
誰も見ていないかもしれないのに、心遣いが嬉しい。
機内でボクも思わず小さく手を振り返してしまった。
機体が向きを変え、滑走路を走行し始めた。
窓の向こうには飛行機が列を成しているのが見える。
渋滞の中を走る車のように、少しずつ前に進む。
機体が再び方向を変えて、停止した。
ポン・ポン・ポン。
ゆっくりとしたリズムの電子音が鳴る。
エンジン音が大きくなって、次に身体にGがかかってきた。
ボクはこの瞬間が好きだ。
いつだったかテレビで見た離陸の光景を思い出していた。
ゆっくりと飛行機全体が上昇角度に入る。
機体が傾いているのは、旋回しているからだろうか。
ボクは、その傾きも楽しんでいた。
暫くすると、電子音とともにベルト着用のサインが消えた。
徐に立ち上がり、忙しくし始めるキャビンアテンダントたち。
お姉さんは他のアテンダントたちと共に、飲み物の配膳に取り掛かった。
よく見ると、日本人らしきクルーは彼女だけだった。
外国の航空会社だから仕方がない。
英語に自信のないボクは、日本の航空会社の方がよかったが、ビジネスクラスなので文句は言えない。
お蔭でお姉さんに目の保養をさせてもらっている。
早速、目の前の大きな画面の電源を入れてみる。
田舎者丸出しだ。
ゲッ!
全部英語だ…。
でもよく見ると、日本語に切り替えられる。
即行で画面を切り替えた。
ちょっと、一安心。
「お飲み物は、何になさいますか」
ふいにお姉さんが声をかけてきた。
ドキッとした。
この上品さが堪らない。
社会人になって一年のボクなんかでも、お客さま扱いしてくれる。
当たり前かもしれないけれど。
ボクはオレンジジュースを貰った。
が、すぐにシャンパンにすれば良かったと後悔した。
オレンジジュースでは、いかにも子供だ。
周りを見てみると、乗りなれた風のリーマンのおじさんたちが英字新聞を広げて読んでいる。
日本語の声が聞こえていたので、外国人ではないはずだ。
果たして、本当にわかって読んでいるのだろうか。
読んでるふりをしてるだけじゃないの。
ボクは、会ったこともないおじさんたちのことをちょっとだけ、そう思った。
でも、本当は羨ましかった。
あの領域に達する日が、果たしてボクには訪れるのだろうか。
暫くはチラチラと機内を盗み見るようにしていた。
人間ウォッチングは嫌いではない。
でも、すぐに飽きてしまった。
機内での時間は長い。
ボクの楽しみといえば、綺麗なお姉さんの姿を盗み見ることぐらいになっていた。
洗練されたプロの動きに関心ているのか、ただ、鼻の下を長くして綺麗なお姉さんを見ているのか。
後者であることは。ほぼ間違いなかった。
ところが、食事が終わってしまうと、その楽しみも終焉を迎えた。
急に機内の明かりが暗くなって、チラチラと盗み見ることすら叶わなくなった。
長旅なのでお休みください、ということなのだろう。
ところがどっこい、お昼過ぎに日本を飛び立っているので、当然に眠くない。
目はらんらん。
ボクは早くも時間を持て余していた。
お姉さんウォッチングを諦めたボクは、映画を見ることにした。
でも、日本の航空会社ではないので、英語の字幕しかついていない。
乗客は日本人が多いのに理不尽だ。
でも、文句は言えない。
何といっても、ビジネスクラスなのだ。
ボクは、数少ない邦画の中からひとつを選んで見始めた。
テレビで宣伝していたやつだ。
ところが、どういうことだろう。
目がらんらんは、一体どこへ。
十分も経たない内に突然の睡魔に襲われた。
いつの間にかボクは眠ってしまっていた。
目を覚ますと映画は終わっていた。
宝の持ち腐れとはこのことだ。
一服盛られた気分だった。
英字新聞を読んでいたおじさんを見てみると、しっかりシートをフラットにして眠っている。
眠るなら、シートをフラットにすべきだった。
座ったままの姿勢で眠ってしまったので、首が痛い。
映画の画面を切り替えて、今度はテレビゲームを始める。
しかし、これにもまた、すぐに飽きてしまった。
機内を歩き回るわけにも行かない。
そこで、頭上のコンパートメントからカバンを取り出して、ガイドブックを探し出した。
肩の上の辺りから、蛇の頭のようにニュッと伸びた自分専用のライトを点灯する。
パサッ、パサッっと微かな音を立てながらページを捲る。
取り立てて行ってみたいところがあるわけではなかった。
目的もなくページを捲っていると、不意に小声で声を掛けられた。
「明日は、観光ですか」
顔を上げると、それはお姉さん。
倉科さんだった。
神さま、ありがとう。
ボクは心の中で、神さまに手を合わせた。
「折角行くんだから、街並みもちゃんと見てくるのよ」
笹倉さんの計らいで、土曜日の夜には着くはずだ。
だから、翌日は自由に使える時間だった。
「ええ、でもどこに行ったらいいか、わからなくて」
それまでボクは、旅行らしい旅行などしたことがなかったのだ。
学生時代、ボクにはずっと付き合っていた女の子がいた。
大好きなカノジョだった。
一緒にいるだけで楽しくて、どこへ行くのも一緒だった。
ところが、大学生活の後半、カノジョは入院してしまった。
学校も休学した。
治療に専念するためだった。
だから、ボクは学校の講義が終わると、週に何度も病院に駆けつけた。
暫くは、病院がデート場所みたいなものだった。
カノジョが元気なだったころ、お互いに初めての人になった。
「藤川くんが初めての人だよ」
カノジョはボクに純潔を捧げてくれた。
世間一般のカップル同様、ボクたちは繋がり合うことで、愛を確かめ合っていた。
けれども、カノジョが入院してからは、あまりエッチができなかった。
病院というのは思った以上に人目が多い。
看護師さんが、しょっちゅう見に来るし、同室の患者さんも気になる。
話が脱線してしまった。
つまり、ボクは普通のカップルがしそうな旅行なんてしたことがなかったのだ。
だから、旅の楽しみというものにたいしてもあまり実感がなかった。
「ここなんか、いいと思いますよ」
ガイドブックの開いたページに偶々載っていた写真を指差しながら、倉科さんは教えてくれた。
チラッと見上げたときに見える顔が美しい。
「あの…、一緒に行きませんか」
ボクは思っていたことを、つい、口にしてしまった。
ボクの悪い癖だ。
倉科さんは一瞬押し黙ってしまった。
そして、次の瞬間、言われてしまった。
「私どもは、お客さまとプライベートではお会いできない規則なんです」
『そりゃ、そうだよな』
ボクは自分の愚かさを悔いた。
余計なことを言わなければ、綺麗なお姉さんとの妄想に耽ることができたのに。
あっさりと失恋してしまった。
そんな気分だった。
同時にチクリと胸が痛んだ。
学生時代のカノジョのことが、ふと脳裏を過ぎったからだった。
倉科さんがその後、ボクに話しかけてくることはなかった。
親切に声をかけてきてくれたのに、ボクが台無しにしてしまった。
話をしたがっていると思われるのが嫌で、その後は水とかが欲しくても頼めなくなった。
ボクは立ち上がって、自分で飲み物をギャレーに取りに行く羽目になった。
それでも、倉科さんがどこにいるのか、気づけば目で探している自分がいた。
いずれにしても、恋とも呼べない短すぎるボクのトキメキは終わった。
ところが、最後の機内食が運ばれてきたときのことだった。
器の下に、二つに折りたたんだメモ用紙が挟んであった。
周りを気にしながら、こっそりと開いてみる。
『明日の朝、大聖堂の前』」
後は時間と携帯電話の番号、そして、イニシャルだけが、綺麗な文字でしたためてあった。
ボクは慌ててメモ用紙を閉じた。
ボクは、倉科さんの胸のネームプレートを思い出していた。
さっきまでのどんよりと曇った気持ちが、一気に快晴に転じていた。
ボクは、後生大事にそのメモ用紙をパスポートの間に挟みこんだ。
恋の敗者復活かと、ボクは期待に胸を膨らませていた。
飛行機から降りるとき、出口で乗客を見送る倉科さんとすれ違った。
目が合ったとき、微かに頷いて見せると、倉科さんもボクにだけ微笑み返してくれたように思えた。
気のせいかもしれなかったけれど。
ターンテーブルに出てきたスーツケースを拾い、入国審査と税関を通って空港を出ると夜だった。
どうしたらいいのかわからなかったが、兎に角、タクシーの列に並び、運転手さんにホテル名を告げた。
予想通り、直ぐには通じない。
何度も発音しなおして、漸くタクシーは動き始めた。
ホテルに着いたときには、もうヘトヘトだった。
だが、待ち合わせ場所の確認だけはしておかなければならない。
件(くだん)のガイドブックで大聖堂がどこにあるのか地図で確認する。
幸いにもそれは、ホテルのすぐ傍だった。
ホッとして、眠りについた。
ホッとしすぎて、目覚ましを掛けるのを忘れてしまった。
目が覚めるとお姉さんとの待ち合わせの時刻を過ぎていた。
慌ててメモ用紙を取り出して、倉科さんに電話をした。
電話の向こうのお姉さんは笑っていた。
「そんなに慌てないでよかったのに」
大聖堂の前まで走ってきたボクの姿を見て、倉科さんは言った。
「スミマセン!」
ボクが頭を下げると、倉科さんは笑いながら言った。
「藤川さん、すごい寝癖ですよ」
しょっぱなからやらかしてしまった。
せっかく美人なお姉さんと異国の街でデートっぽいことをしようというのに、失態から始まってしまった。
でも、災い転じて福となす。
ボクと倉科さんは、それで少し打ち解けて話ができるようになった。
「藤川さんは、こちらへは初めてですか?」
「あの、藤川くんでいいです」
「でも…」
「会社の上司や先輩にもそう呼ばれているんです」
昔のカノジョにも、と言いかけてやめた。
「そうなんですか?」
「ええ、だから、ボクはその方が…」
「ホントに?」
「はい」
「じゃぁ、私はハルミでいいわ」
「ハルミ…さん?」
「そう、演歌歌手みたいでしょう?」
「…」
そうだと思ったが、ここは頷くところではないと思った。
失態の上塗りをするわけにはいかない。
「でも、自分では気に入っているの」
「いい名前ですよね」
「私には妹がいてね…」
「はい」
「妹が”夏”に”海”と書いて、”夏海”と言うの…」
ボクは頷くと、倉科さんは続けた。
「…そして、私が”春”に”海”と書いて”春海”」
「そうなんですね。じゃぁ、ハルミさん」
倉科さんが微笑み返してくれたので、ボクはそう呼ばせてもらうことにした。
「すごい街並みですね…」
ハルミさんの案内で、まずは大聖堂の屋上にまでやってきた。
屋上からは、街並みが見える。
「でも、場所が偶然ホテルの近くで助かりました」
するとハルミさんはクスリと笑うといった。
「偶然だと思われてるのは、ちょっと心外だわ」
「えっ?」
「私が何も考えずに、ここを待ち合わせ場所にしたと思ってる?」
「いや、その…、はい…、そう思っていました…」
ボクは正直に答えた。
すると、ハルミさんはにっこり笑うと言った。
「うん、正直でよろしい!」
「でも、ボクの宿泊先…知っていたんですか?」
小さく頷くハルミさん。
「どうやって?」
「さぁて、どうやってでしょう?」
ハルミさんは悪戯っぽく笑った。
皆目見当も付かずにいたボクは、すぐに降参した。
すると、ハルミさんはちょっと得意げに言った。
「入国管理カードよ」
「?」
「藤川くんが機内で入国管理カードを書いているときに、見ていたの」
そうだったのか。
そう言えば、カードには滞在先を書く欄があった。
種明かしをしてもらったら、どうってことない話だったけど、キャビンアテンダントの観察力には感心した。
それからハルミさんに連れられて、旧所名跡からお買い物通りまで、ひと通り見て回った。
専属のガイドさんについてもらった気分だった。
歩き疲れて、バールと言うらしい立ち飲みの喫茶店に入った。
苦いコーヒーを飲みながら、ハルミさんと話すうちに、少しずつハルミさんのことがわかってきた。
それまでは、行った先々の説明を丁寧に教えてもらっていたから、ハルミさん自身のことは聞けずにいた。
ハルミさんは最初、日本の航空会社に勤めていたらしい。
でも、病気の妹さんがいて、会社を辞めたらしい。
「たいした看病はできなかったんだけどね」
お姉さんは少し、寂しげに言った。
「妹さんは、もう元気になられたんですか?」
言ってしまってから、『しまった』と思った。
ボクはいつもこういうところで、失敗する。
案の定、失言だった。
「亡くなったわ」
ハルミさんは、無理に笑顔を作るとサラッとそう言った。
「すみません…」
「どうして、藤川くんが謝るの?」
「いや、なんか、立ち入ったことを訊いてしまって…」
すると、ハルミさんは優しい目をしてボクに言った。
「私は、藤川くんのこと、もっと立ち入りたいけど…」
突然のありがたい申し出に、ボクの心は躍った。
「駄目かしら?」
ボクは嬉しくて、堪らなかった。
「何でも訊いてください!」
満面の笑顔でそう答えていた。
「じゃあ、訊くね」
「どうぞ」
「藤川くんは、どちらにお勤め?」
ボクは、会社名を言った。
ボクの勤める会社の名前を聞いて、知っている人はあまりいない。
だから、人に会社名を言うのがあまり好きではなかった。
ところが、倉科さんは違った。
「私、そこで売ってる家具、結構好きよ」
流石、イタリアの街を案内してくれるだけのことはある。
ボクは、それだけで何だか嬉しかった。
「彼女はいないの?」
いきなり、直球の質問が来た。
さっきの妹さんの話が思い出され、どうしようか迷った。
話が暗くなりそうだったから。
でも、正直に答えた。
「学生時代に好きだった人がいましたが、亡くなりました」
ハルミさんの目が一瞬大きく見開いたが、直ぐに元の表情に戻ると言った。
「ご病気?」
「ええ…」
病名を答えると、ハルミさんは続けて聞いてきた。
「入院してた?」
ボクは、小さく頷いた。
「どこ?」
ボクが病院名を答えると、ハルミさんは、大きく息を吐きながら言った。
「こんなことって、あるのね」
「なにがですか?」
「妹が入院していたのも、そこなの」
聞いてみると、入院していた時期も重なっている。
「ナツミ…ちゃん?」
遠い記憶が蘇ってきた。
大学時代のカノジョが入院していた頃、ボクは週に何度も病院に通っていた。
彼女と同じ病室に、確か高◯生の女の子が同じ病気で入院していたはずだ。
きれいな女の子だったので、ぼぉっと見ていたら、カノジョに抓られたのを思い出した。
ナツミちゃんは少し引っ込み思案で、おとなしい感じの女の子だった。
それとは対照的に、お見舞いに来ていた女の子の方がが明るくて、元気な娘だった。
ワカちゃんって呼ばれていたかな。
あと、偶にケイと呼ばれてた子も来ていたっけ。
あの娘は、もっと綺麗だった。
どんどん記憶が蘇ってきた。
そんなことを思い出していると、不意にハルミさんが言った。
「私、藤川くんを機内で見かけたとき、どこかで会ったことがあるような気がしていたの」
「ボクもです」
「病院にはあまり行けなかったけど、病院で会ってた?」
「はっきりとは、覚えていないんですけど、だぶん…」
「ホント?」
「ええ、妹さん、ナツミちゃんって言ってましたよね?」
怪訝そうに頷くお姉さん。
「ナツミちゃんはボクのカノジョと同じ病室でした」
驚いたハルミさんは、暫く声も出せずにいた。
ボクはナツミちゃんの最期を思い出していた。
ナツミちゃんが亡くなる前、病室のベッドに座って何かを一生懸命に書いていたことがあった。
友達のワカちゃんが帰ったあとのことだったと思う。
具合が悪そうだったのに、何かにとりつかれたように筆を走らせていた。
それから数日して、ナツミちゃんは亡くなった。
ご家族が到着したとき、ナツミちゃんは息を引き取っていた。
友達のワカちゃんに何かを告げて、静かにひとりで旅立っていった。
「ナツミ!ナツミ!」
娘の名を呼ぶ母親の傍らで呆然と立ち尽くす、スラッと背の高いお姉さんがいたのを思い出してきた。
あれが、きっとハルミさんだ。
今より髪が長くて、きれいなお姉さんだった記憶が蘇ってきた。
ハルミさんの目から大粒の涙がポタリと落ちた。
ボクももらい泣きをしていたが、それが何の涙なのか、自分でもわからなかった。
「ナツミには、好きな男の子がいたみたいでね…」
でも、ボクの記憶ではワカちゃんとケイちゃん以外の友達がお見舞いに来ていた記憶はなかった。
「でも、片思いだったみたい」
ナツミちゃんが逝ってから暫くして、ボクのカノジョもボクを置いて旅立っていった。
「藤川くん、幸せになってね」
カノジョが息を引き取る前、ボクに言ってくれた言葉だった。
覚悟はしていたので、涙は出なかった。
その日を迎えるまでに、ボクは神さまを恨み、何度も涙で枕を濡らしていた。
ハルミさんとは、夕方まで一緒にいた。
けれども、昔のカノジョのことを思い出してしまって、ハルミさんへの淡い恋心は何かに掻き消されてしまっていたようだった。
もう何年も前のことなのに、まだ引きずっているのだと、思い知らされた。
ハルミさんもちょっとセンチメンタルになったのか、交わす言葉も少なめだった。
そんな風にして一日は終わり、ハルミさんはボクを宿泊先のホテルまで送ってくれた。
そこでハルミさんはボクに何かを言いかけたが、言葉を呑み込んだ。
運命的な何かを感じていたが、結局そのことは伝えられずに、ハルミさんとはそこで別れた。
次の約束をすることもなく、十分にお礼を言うのも忘れていた。
ハルミさんもそれ以上はボクに何も告げず、去っていった。
「きれいな人ですね」
ホテルのロビーでハルミさんを見送っていると、後ろから声をかけられた。
驚いて振り返ると、そこには、流暢な日本語を話す金髪の美人が立っていた。
夜は会社の人が食事に連れて行ってくれることになっていた。
話しかけてきたのは、現地支社のクラウディアさんだった。
「あ、いや…」
シドロモドロになっているボクだった。
クラウディアさんはクスリと笑った。
けれども、それ以上の詮索はせず、話題を変えてボクをホテルのレストランへと案内してくれた。
レストランでは、現地の購買担当が待ってくれていた。
「笹倉さんには、お世話になっているんですよ」
二人は、いろいろと話しかけてくれたが、あまり内容は覚えていない。
ハルミさんと昔のカノジョのことばかりが頭の中に浮かんできていた。
つくづく自分は女々しい男だと悟った。
だが、翌朝目を覚ましてからは、思い出に浸っている暇などなかった。
ぎっしり組まれたスケジュールの中で、ボクは海外出張の過酷さを思い知らされた。
息をつく暇もなく、数日が過ぎた。
一息ついたときには、もう帰りの飛行機の中だった。
ハルミさんが乗っていないか目で探したが、神さまはそこまでお人よしではなかった。
日本に戻ってからは、さらに忙殺された。
出張報告書の取り纏めから、不在の間にたまった仕事。
さっさと捌いていかなければ、火を噴いてしまう。
やることは山積みだった。
「現場を見てきたのだから、この仕事は任せるわよ」
笹倉さんの指導は以前にも増して厳しい。
瞬く間に一週間、二週間と日数だけが経っていった。
ホッと一息ついたとき、ハルミさんのことを思い出している自分がいた。
けれどもイタリアに行ってから、ボクは昔のカノジョの夢を頻繁に見るようになっていた。
弱々しくボクの手を握り締め、その微かな力すら感じなくなった瞬間、カノジョはひとりで逝ってしまった。
「藤川くん、幸せになってね」
夢の中でリプレイのように、カノジョの最期の言葉が繰り返し再生された。
亡くなった時は、涙も出なかったのに、夢から目が覚めたとき、ボクの枕は濡れていた。
そんなこともあって、ハルミさんには連絡できずにいた。
忙しいというのは、言い訳だった。
自分が思っている以上に、ボクは昔のカノジョを引きずっているのだと気づかされていた。
そんな時、総務部の島田さんがボクのところへやってきた。
「藤川くん、この間の出張のとき、会社の携帯電話、持っていったでしょう?」
「はい」
「一件だけ、私用電話っぽい番号があるんだけど…」
寝坊して、ハルミさんに電話したときだ。
総務部に返却する時に通話履歴は消しておいたのだか、通話料の請求書が回ってきたらしい。
「スミマセン…、慌てていたので、会社の携帯で掛けちゃいました。その分は自分で払います」
そう応えると、島田さんはにっこり笑って言った。
「ふぅん」
島田さんは、意味深な視線を送りながら、ボクに請求書の写しを手渡してきた。
「正直に言ってくれたから、教えてあげる」
「はい?」
「今朝、その番号から着信があったわよ」
「えっ?あ、いや…、これは…」
ボクが戸惑っていると、島田さんは言った。
「掛かってきたときは気づかなかったから出なかったけど、一応伝えたから」
それだけ言うと、島田さんは踵を返し、自分のデスクへと戻っていった。
それを聞いたボクの中で、ハルミさんへの思いが、蘇ってきた。
でも、勤務時間中だったので、すぐに電話をするのは差し控えた。
電話するのを我慢していると、ハルミさんのことばかり考えるようになっていた。
そして、やっと昼休みになった。
ボクは即行でオフィスを飛び出し、ひと気のないところを探した。
電話番号を押す指が少し震えていた。
胸もドキドキしている。
親切にしてもらったのに、不義理をしてしまってどう言い訳しようか考えていた。
だが、考える暇は殆どなく、電話はワンコールで繋がった。
「もしもし、藤川ですけど」
ところが、電話の向こうは無言だった。
「もしもし?」
すると、ハルミさんの声がした。
「どうして連絡くれないの!?」
いきなり、言われてしまった。
「いや…、電話していいのか、わからなくて…」
うだうだ言っていると、ハルミさんは畳み掛けてきた。
「ずっと、連絡を待ってたのに…」
「いや…、その…、スミマセン…」
「電話くれないから…、私、掛けちゃったじゃない…」
「…」
ボクが押し黙っていると、ハルミさんが言った。
「私、藤川くんに逢いたい!」
前のカノジョは、自分の気持ちをストレートに伝えてくれるような人ではなかった。
だから、不意を突かれた。
「ボクもです!」
反射的にそういってしまっていた。
少し沈黙があったけど、次に口を開いたとき、ハルミさんの声は落ち着いていた。
「今晩…、逢える?」
仕事のことが気になったが、金曜日だったので、ボクは夜に会う約束をした。
昼飯を一人で食べながら、今度は笹倉さんに何と言おうか、そればかりを考えていた。
いつものことだが、午後になっても仕事は忙しかった。
このままでは、残業に突入してしまう。
ボクは意を決すると、ストレートに言ってみることにした。
「笹倉さん…」
「なに?」
やっぱり、言い出しにくい。
ボクが口ごもっていると、笹倉さんはパソコンから目を離して、視線をボクに向けた。
勇気を出して言ってみるボク。
「あの、今日は定時に帰ってもいいでしょうか?」
清水の舞台から飛び降りる気持ちで言ってみた。
ところが、笹倉さんの反応は穏やかだった。
「へぇ…、珍しいね…」
何があるのか聞かれると思った。
ところが、笹倉さんは何も聞いてこなかった。
「うん、そろそろ、藤川くんには自立してほしいと思っていたから、どうぞ」
あっさり、笹倉さんをクリアしてしまった。
そこからは、猛烈にスピードを上げて仕事をこなした。
夕方には、イタリアでの営業時間が始まる。
だから、それまでにこちらでできることをやっておかなければならない。
自分でも信じられないほど、仕事の能率は上がった。
ミスやトラブルがあると、即、残業決定になってしまう。
スピードを上げながらも何度も見直しをして書類を送ったりしていた。
クラウディアさんに電話をし、どうしてもその日に話しておかなければならないことを打ち合わせた。
電話を切るともう定時になっていた。
「藤川くん、ワンアップしたね」
珍しく笹倉さんが、ボクを誉めてくれた。
「よっぽど、大事な用事なんだね」
そんな風に茶化されながら、ボクはデスクの下からカバンを引っ張り出していた。
「失礼しまーす」
ニンマリ笑っている笹倉さんを尻目に、ボクはオフィスをあとにした。
待ち合わせまでには、時間が少しあった。
でも、息を切らせて待ち合わせ場所に登場したくはなかったので、タクシーに乗り込んだ。
そのとき、カノジョが危篤だと聞かされて、タクシーで病院に向かったときのことが思い出された。
そんなことでもなければ、ボクたち庶民はタクシーを使わない。
そのとき思った。
ハルミさんとの待ち合わせは、ボクの中でそれほど大事なものになっていたのだと。
タクシーを降りると、ハルミさんの姿を直ぐに見つけた。
ハルミさんは、そんなボクより前に待ち合わせ場所に来てくれていた。
人ごみの中から目ざとくボクを見つけたハルミさんが、胸の前で小さくボクに手を振っている。
「待ちました?」
「ううん、私も今着いたところ」
取り敢えず、人ごみを出ようと歩き出すと、ハルミさんはボクの腕に自分の腕を絡めてきた。
ハルミさんのおっぱいがボクの肘に当たっている。
そう思っていることを悟られたくなくて、ボクはハルミさんに聞いた。
「何を食べます?」
するとボクの腕に絡めたハルミさんの腕に少し力が入り、ハルミさんはボクの耳の後ろで囁いた。
「セックスしよ」
「えっ!?」
驚いて歩みを止めると、勢い余ったハルミさんのおっぱいが、ボクの二の腕に強く押しつけられた。
ハルミさんの方に顔を向けると、ハルミさんは視線を前に向けたまま言った。
「もう!女にこんなこと、二度も言わせないで…」
語尾の方は声が少し小さくなっていた。
それにしても、お姉さんからの唐突な申し出に戸惑うボクだった。
ボクが突っ立ったままだったので、ハルミさんに促されてボクたちは歩き出した。
向かったのは、シティホテルだった。
「ご予約はいただいていますか?」
フロントで聞かれて、首を横に振ろうとすると、ハルミさんが言った。
「倉科です」
レセプションのホテルマンはパソコンのキーを打ち込むと、営業用のスマイルをボクたちに向けた。
カード型の電子キーを渡されて、エレベーターで部屋に向かう。
ピッ電子音が響いてロックがカチャっと小さな音と立てた。
広くはないが、狭くもない部屋だ。
すると、部屋に入るなり、ハルミさんはボクに抱きついてきた。
怒涛のような展開だった。
思わずボクも、ハルミさんの細い身体を抱きしめた。
高いヒールを履いたハルミさんは、ボクと同じくらいの背の高さになっていて、ボクの肩に顎を乗せながら言った。
「逢いたかった…」
胸の奥が少しだけ、チクリとした。
でも、言ってしまった。
「ボクもです」
そう言うと、ハルミさんはボクの唇に薄い唇を重ねてきた。
ボクたちはお互いに着ている物を脱がしあいながら、絡み合うようにベッドに倒れこんだ。
外国の映画の登場人物になった気分だった。
ハルミさんはボクに覆いかぶさってきて、大人のキスをしてくれた。
舌と舌が絡み合った。
それから少し身体を起こし、自分でブラジャーの肩紐から腕を抜きながら、ハルミさんは言った。
「藤川くんが欲しい…」
ボクが小さく頷くのを確認し、ハルミさんはボクの下着を剥ぎ取った。
「もう、こんなになってる。嬉しい…」
そう言いながら、ボクの股間に顔を埋めてきた。
「うっ!」
次の瞬間、ボクの怒張したペニスは、ハルミさんのお口に吸い込まれていた。
『あぁ、温かくて、気持ちいい…』
ゆっくり感じる暇もなく、瞬殺だった。
お口の中でレロレロされて、ハルミさんが首を上下させ始めた。
そんなことをされたのは、カノジョを失って以来だった。
だから、ボクには強すぎる刺激だった。
痛いほどに怒張したボクは、あっという間にハルミさんのお口の中で弾けてしまった。
「あぁ…」
歓喜の声を漏らすしかなかった。
ボクが弾けてからも、ハルミさんはお口の中で丹念にボクを舌で舐めまわし、粘り気を取ってくれた。
じゅるり。
そんな感じで力を失ったボクが、ハルミさんのお口から出てきた。
次の瞬間だった。
ゴクリ。
ちいさく喉を鳴らして、ハルミさんはボクのエキスを飲み込んでいた。
「スミマセン…」
ボクが情けない声を出すと、ハルミさんは身体の位置をずらして、ボクの頬に手をやった。
「可愛い…」
そう言って、母親のようにボクの身体を抱き寄せると、ギュッと抱きしめてくれた。
そうやって抱き合っていたが、暫くするとハルミさんが話し始めた。
「あれからなんだけど…」
ハルミさんはイタリアで会ったときのことを言っている。
「はい」
「ナツミのことを考えていたら、突然思い出したの」
「何をですか?」
「藤川くんのこと」
「えっ?」
「正確には、藤川くんの彼女のこと」
「そうなんですか?」
「うん、ナツミの斜め向かいのベッドにいた子よね」
「はい」
どうやら、本当にハルミさんはボクの元カノを思い出していたようだった。
「綺麗な子だったわよね…」
ボクは思わず頷いてしまった。
頷いてしまってから、お姉さんの顔を盗み見たが、特に表情は変わっていなかった。
「…でも、ちょっと線が細かったかしら…」
ハルミさんは間違いなく、当時のことを思い出している。
ボクはどう反応していいのかわからずに、ただ黙っていた。
「ナツミが言っていたのを思い出したの」
ボクは目でハルミさんに先を促した。
「斜め向かいのベッドのお姉さんには優しい彼氏がいるって」
照れ臭かったけど、頷くわけにもいかなくて、ボクは唇を真一文字に結んでいた。
「そのことを思い出してから、藤川くんのことばかり考えるようになってたの」
心の中で、ナツミちゃんに感謝した。
そのうちハルミさんがごそごそと動きだした。
顔を上げるとハルミさんはボクに微笑み返して言った。
「お化粧が崩れちゃった…」
そう言われても、ボクにはどうしてあげることもできない。
曖昧に、何となく頷くと、ハルミさんはブラウスを肩に羽織るようにしてバスルームへと消えていった。
扉の向こうでシャワーの栓を捻る音がして、続けて水が流れる音がし始めた。
ボクはひとりでベッドに寝そべったままでいるのもどうかと思って、脱ぎ散らかした二人分の衣服を拾い集めて畳んだ。
ハルミさんのブラジャーとショーツがお揃いのものであるのを見て、何となくだけど、ボクは嬉しかった。
ふと気がつくと、バスタオルを身体に巻いたハルミさんが、バスルームから出てきていた。
その姿を見て、ボクはちょっと驚いた。
すっかり化粧を落とし、スッピンになったハルミさんは、ボクと同い年くらいに見えた。
『か、可愛い…』
身体つきは大人の女性のままだけど、スッピンのハルミさんは実は少し童顔で、病院で見かけたハルミさんはこの顔だったことを思い出した。
もともと目はパッチリと大きくて、アーモンドアイをしている。
化粧をしていないハルミさんの顔のほうがボクは好きだ。
掛け布団を少し持ち上げてベッドに滑り込み、甘えるように抱きついてくるハルミさん。
ボクたちは再び熱い抱擁を交わした。
それからボクは、改めてハルミさんの裸体に目をやった。
ハルミさんはお肌が真っ白だった。
色白は七難隠す。
諺ではそういうけれど、ハルミさんには七難どころか一難もない。
だから、ただ、ただ、眩しかった。
大きくはないけれど、形のいいおっぱい。
ピンクの乳輪の真ん中で乳首が少し硬くなってピンと勃っていた。
はっきりとした腰のくびれの下に、少し張り出した腰骨が妙にエロかった。
草むらに覆われた部分は少し丘のようになっていて、足を閉じると太腿の間に少しだけ隙間ができている。
信じられないことに、理想を遥かに超えた女性のボディが、目の前に横たわっていた。
嬉しくて、また、抱きついてしまった。
そんなボクの耳元で、ハルミさんが囁いた。
「それからはね、藤川くんのこと、ずっと思い返していたの」
ハルミさんは、子猫のように身体をボクにすり寄せながらさっきの話を続けた。
「飛行機が離陸する前に、グランドスタッフに手を振り返していたでしょう?」
何気なくだったけど、確かにそうしていた。
「あぁ、いい人だなって…、そのとき思った」
「ありがとう」
「それでね…」
「はい」
「病院でも会ってたんだって、わかって…」
そこで、ハルミさんは一旦言葉を溜めると上目遣いになって言った。
「あぁ、運命の人って本当にいるんだなぁ、と思った」
化粧を落とすと、言うことまでが何だか夢見る少女のようだった。
でも、嬉しかった。
ハルミさんもボクと同じように感じてくれていたのだとはっきりと感じていた。
「ボクもです」
ボクはそう言いながら、ハルミさんのおっぱいに吸い付いた。
「あふっ!」
ちいさな喘ぎ声をあげるハルミさん。
その声に反応するかのように、ボクはベッドの上で体勢を入れ替えて、ハルミさんに覆い被さった。
ハルミさんの唇に自分の唇を重ねる。
直ぐに舌をぬるりと差し込んで、ハルミさんの手を取って、自分の股間に引き寄せた。
少し躊躇いながらもボクを握るハルミさん。
優しく包むように握られて、ボクのジュニアは再び目覚めた。
このままではいけない。
愛する人には、気持ち良くなってもらいたい。
本能的にそう思ったボクは、唇をハルミさんの身体に沿って這わせた。
耳の後ろから首筋を通って、鎖骨から胸へ。
脇に沿って唇を押し付けながら、徐々に身体の位置を下のほうへとずらしていく。
やがてボクの唇は、M字に開かれたハルミさんの股間へと到達した。
ハルミさんの股間はそれだけで少し濡れていた。
「藤川くん…、見ないで…」
ハルミさんが、恥ずかしそうに言う。
でもボクは、既にパックリと目の前に開いた貝の合わせ目を舌先でなぞる。
すると、ハルミさんは白い喉を見せて仰け反った。
「あぅぅ…」
ハルミさんには言えないけれど、入院してからのカノジョとは殆どセックスができなかった。
特に、挿入は人目があるので我慢していた。
そんなわけで、ボクはカノジョを指や舌で慰めていた。
声が漏れないように手で口を覆い、オルガに達するカノジョ。
ボクの目の前で、カノジョは絶頂に達しては、恥ずかしがるのだった。
ハルミさんの蕾は既に大きく膨らんで、中身が顔を覗かせようとしていた。
ボクはそんなハルミさんの包皮を舌先で捲りあげ、舌先で円を描くように転がした。
「あ、そんな…、剥いちゃ、いや…」
思わず腰を引きそうになるハルミさんの太ももをがっちりと捉え、ボクはハルミさんを思いっきり愛した。
「そんなことしないで…」
「あぁ、恥ずかしいわ…」
「あぁん、それ、ダメ…」
身体をくねらせてボクの愛撫を受けるハルミさん。
ボクはそうやって、昔のカノジョを何度もイカせては、溜まった欲望を吐き出させていたのだった。
「んっ、んっ、んっ…」
必死に声を押し殺して、ハルミさんは喘いでいた。
絶頂の淵にまで何度も追いやって、寸前のところでクンニをやめる。
繰り返し、繰り返しそうすることで、ハルミさんの感度が高まっていくのがわかった。
ついに、ハルミさんは自分から懇願した。
「挿れて…」
言ってしまってから、はしたないと思ったのか、ハルミさんは両手で自分の顔を覆った。
普段は清楚で上品なハルミさんが欲望に屈した瞬間だった。
その姿を見て、ボクの股間はすっかり硬さを取り戻していた。
ずぷっ!
ボクは一気に挿入を果たした。
「あっ…」
お姉さんは固く眼を瞑り、両手を握り締めている。
「あぁぁ…」
お姉さんの膣内はヌルヌルで、すんなりと奥まで入った。
久しぶりの温もりだった。
次の瞬間、お姉さんが喘ぎながら言った。
「えっ!?」
「何なの、これ?」
グリグリと子宮口に擦り付けるように深く進入した。
「あ、当たってる!奥に当たってる!ダメ!」
そう叫んだハルミさんは、ベッドのシーツを掴み、胸を反らして仰け反った。
「うぐぅ!」
喉から絞り出すような声を発したハルミさんは、次の瞬間、ボクにしがみついて来た。
そしてそのまま、全身を激しく痙攣させた。
ビクビクビクビクビクぅ!!!
ボクの肉棒に何かが絡み付いてくるような気がした。
ハルミさんの身体は一気に脱力すると、ボクに組み敷かれたまま、電池が切れたように動かなくなった。
繋がったままでいると、ハルミさんのお尻の下のシーツが濡れて、大きなシミが広がっているのに気づいた。
膣圧がすごくって、気持ちよくなったボクは、そのままピストン運動を再開した。
ハッと息を呑んで、我に返るハルミさん。
「あっ、待って!」
「今、敏感になってるから…」
「あぁ、いや、いや、いや…」
「藤川くんだからだよ」
「うん…」
「藤川くんだから、全部を曝け出せてるんだからね」
オルガが深ければ深いほど、ハルミさんはボクにそうやって言い訳をする。
ボクが初めての人ではないと、ハルミさんは正直に打ち明けてくれた。
それは、言われなくてもわかっていた。
自分にも嘗てはカノジョがいたので、お互いさまだと思った。
でも、ちょっとだけジェラシーを感じてしまって、その時はハルミさんを焦らしに焦らしてしまった。
「イキたくなったら言ってね」
そう耳元で囁いて、全身に舌を這わせて性感帯をマックスまで高めた後、Gスポットを指で攻め立てた。
「あ、あ、あ、それ…」
「それ、すごい…」
高まりを隠せずに、ハルミさんの身体がしなるように仰け反っていく。
「あっ、イッちゃう…」
ボクは敏感な蕾への刺激も忘れない。
「あー、それ、ダメ…」
「イッちゃう…」
「あ゛ー、イク…」
ストンと仰け反った身体から力が抜けた。
ボクが指の動きを止めたからだ。
「イジワル…」
恨めしそうな目を向けられたところで、ボクは告げる。
「イキたくなったら、言ってね」
「そんな恥ずかしいこと…」
呟くようにハルミさんは言うが、ボクはそこで愛撫を再開した。
「あぁん…」
再び高まっていくハルミさん。
そうやって、寸止めを何度も何度も繰り返す。
やがて、ハルミさんは快楽に屈した。
欲求が羞恥心組み伏せた瞬間だった。
「もう無理…」
「あぁ、我慢できない!」
「ダメぇ…、あっ!」
「あぅ…、もうお願い…」
そしてハルミさんはとうとうボクに掠れた声で告げた。
「イカせて…」
ボクの指が止まりそうになると、続けて言った。
「やめないで!」
「お願いだから、やめないで!」
「あぁ、このまま、イキたいの!」
「イカせて欲しいの!」
「あー、あー、あー…」
「イキたい…、イキたい、イキたい…」
「あーっ、イカせてぇぇぇ!!!」
ビクン!
ハルミさんの身体が震えて軽くイッたようだった。
でもボクは愛撫をやめない。
「あ、あ、あ」
「また、来る!」
「ああ、イキたい…」
「イキたい…、あぁ」
「イカせて!!!」
「あ゛ーっ、イク、イク、イク、イク、イクぅ!!!」
ハルミさんは白い喉を見せ、口を開いて仰け反ったまま、昇天した。
「こんな私を見たことがあるのは、藤川くんだけだからね」
そんな風に言う彼女が可愛くて、ボクはハルミさんに逢うたびに、求めてしまう。
でも、戦闘モードの時には、こんなことを聞かれたこともある。
「藤川くん…」
「はい」
「私は、藤川くんにとって、何人目?」
えーっ!?
女の人がそれを聞いてくるの!?
唐突だったし、戸惑いもしたが、ボクは正直に答えた。
「二人目です…」
ハルミさんが押し黙ったので、ボクは言った。
「初めてじゃなくて、スミマセン…」
すると、ハルミさんは首を大きく横に振りながら言った。
「ううん、そうじゃないの…」
ボクが怪訝そうな目を向けるとハルミさんは少し恥ずかしそうに続けた。
「藤川くん、上手だから…、もっと遊んでるのかと思ってた」
それからのハルミさんは何だか上機嫌で、ボクも何度も気持ちよくさせてくれた。
フライトから戻ると、ハルミさんからメールが届く。
そんなとき、仕事が終わるとボクは自分の家には帰らずに、ハルミさんのマンションへと向かうのだった。
金曜日の夜だと、そのまま泊まってしまう。
玄関のドアを開いた瞬間、ハルミさんのその日の気分がわかる。
ばっちりメイクをしていたら、その日はハルミさんのリードに任せる。
反対に、メイクを落としてゆったりしているときは、ボクがハルミさんをリードして攻めまくる。
そういう日の夕食は、ハルミさんがステーキを焼いてくれて、ボクは絶倫にさせられてしまうのだった。
ハルミさんは、仕事だけではなく、家事も上手だ。
いつお邪魔しても、ハルミさんの部屋はピカピカだった。
「使ったものはすぐに片付けないと、時間がないから」
ハルミさんは、そんな風に言っていた。
そんな関係が一年ほど続いた。
そこへ、ボクに転勤の話が持ち上がった。
イタリアへの赴任の内示が出たのだった。
早すぎると思ったが、赴任中の人が帰ってくる。
クラウディアさんは実は日本人と結婚していた。
その夫となった人がクラウディアさん共々、帰国することになったのだった。
ボクはその交代要員だった。
いつものようにハルミさんからメールが届く。
ボクは、その日は残業をせずに、まっすぐハルミさんのもとへと駆けつけた。
玄関の扉を開いたその日のハルミさんは、ノーメイクだった。
肉厚のステーキを食べさせてもらって、二人でベッドで抱き合ったところでボクは切り出した。
「イタリアに赴任することになったんです」
「えっ?」
ボクの胸に押し付けていたおでこを離し、ハルミさんは横になったまま上目遣いでボクの顔を見た。
最初は驚いた顔をしていたが、ハルミさんはすぐにいつもの表情に戻ると再びおでこをボクの胸に押し当てて言った。
「それなら、これからはお休みの日を向こうで取るわ」
「うん…」
「ホントにいいのね?」
返事をする代わりに熱い抱擁と、口付けを交わす。
唇を離すとハルミさんが言った。
「私、藤川くんのこと、幸せにするから」
「それは、ボクの台詞です」
そう言うと、ハルミさんは笑った。
「ホントはね…」
ハルミさんは続けた。
「…すごく嬉しかったの…」
「…でも、直ぐに”お願いします”って言えなくって…」
乙女心は複雑だ。
ボクのような若輩者には到底理解できない。
ボクたちは更に強く抱き合って、そのまま二人で夢の中に落ちた。
夢か現か、わからなかった。
そのとき、ボクにはカノジョの声が聞こえた気がした。
「藤川くん、幸せになってね…」
何度となく夢に出てきたカノジョの最期の言葉だった。
でもそのときは、続きがあった。
「…バイバイ」
カノジョはボクに『バイバイ』と言った。
現実には、その言葉はなかった筈だ。
でも、そのときのカノジョはそう言った。
そしてそれ以来、ボクはカノジョの夢を見なくなった。
ボクはハルミと結婚した。
彼女は今も仕事を続けているので、会えるペースは以前とそれほど変わらない。
でも、その分いつまでも新鮮で、今は異国の地で二人の生活を楽しんでいる。