それは教育実習中の吹奏楽部の部室でした。ねえ・・・口で抜いてあげようか

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「うん。僕の奥さんも君の彼女と同じこと言ったんだ・・・・。もうすぐ逢えるって。」

「そっ・・・・ソレって?」

シリーズ第33話目を迎えましたこの物語は、教育実習先で担当となっている土木科3年生の担任である佐藤先生から思いもしないことを告げられたところから始まります。

時代は平成2年の初夏。日本という国がまだバブル景気に浮かれていた頃、北東北の小さな臨港都市にある工業系大学の4年生だった私が、教育実習を受けていた時のストーリーです。

その教育実習は私の下宿である豊浜下宿の一人娘で元カノのふたばと、実習生担当教諭で私の姉の結婚により義姉になる舞衣さんこと小林先生二人と、ひとには言えないようなやらかしをしながらその二週間の期間の前半を折り返していました。

また一方、私の担当する土木3年の担任である佐藤先生からは「自由にやっていいよ・・・」と伝えられていたので、その授業は全くの手探り状態です。

そんな中、市内から郊外に抜ける大きな国道の拡幅計画を聞いた私は「コレは生徒たちが興味を持つ教材になる。」と考え、その拡幅計画の概要を聞くためその工事を管轄する役所へ向かっていました。

その時私は大手ゼネコンから数社、また実家のある地方の建設会社からも内定を貰っていて進路には困っていませんでした。(企業訪問に行って簡単な会社概要を聞きながらお昼ご飯を食べて帰ってくるだけで内定が出る・・・そんな時代です)

しかし、私の母さんから強く推されている公務員試験を断りきれなかった私は、教育実習が終わったすぐ後の公務員試験も受験する予定となっています。

また、私が実家を離れて大学に進む際に4年後に戻ると言って約束して置いてきた当時中学1年生だった亡きあおいとの約束を果たすため、最低でも就職は地元にしたいと考えていました。しかもそのあおい先日枕元に立って「もうすぐ逢える・・・」と言い残していたのも凄く気になっていたところですが・・・

そんな中、思いがけず佐藤先生から出た「亡き奥さんが枕元に立ってもうすぐ逢えると言った」・・・という話・・・・。それを聞いた私は凄く戸惑っていました。

今回のストーリーはそんなところから始まります。

それでは・・・

「ご結婚されていた娘さんが、それから妊娠してお孫さんが生まれた・・・ってことですよね。しかも生まれたお孫さんが奥さんに似てるって・・・」

この時私は、前に母さんが言っていた故人が三回忌に生まれ変わる・・・という話を思い出していました。そしてどことなくそのお孫さんが佐藤先生の奥さんの生まれ変わりだったら素敵だな・・・なんて思っていました。

「でもさ・・・孫がおばあちゃんに似てるなんてことはどこにでもある話で、僕がそうだったらいいな・・・なんて思い込んでる節があるから・・・。」

佐藤先生は私の話を聞いてなんとも言えないそんな言い方をしています。

「でも、そのお孫さんがこのドミンゴが好きだって・・・・奥さんが好きだったこのドミンゴ・・・。ソレで佐藤先生はこのドミンゴでいつでもキャンプ行けるようにって手入れしてるんですね。」

「うん・・・このクルマ時々スバルのディーラーに整備頼んでるんだけど、最近新車の売り込みが強くてね。マイナーチェンジしてエンジン大きくなっただの色々良くなってます・・・みたいなこと言われるんだけど、どうも買い換える気にならなくって・・・」

「ソレって、奥さんといつかキャンプに・・・・」

「笑っちゃうよね・・・・そんなこと絶対に無いのにね。あっ・・・ごめんね。朝からこんな話して。」

「いいえ。ソレって素敵だと思います。なんか・・・僕もその・・・死んじゃった昔の彼女に逢えるような気がして来ました。」

私が佐藤先生にそう言ったところでドミンゴを運転する佐藤先生がウィンカーを左に出しました。

「着いたよ。」

そう言いながら入った施設を見て私はビックリしました。ソレは数日前私が兵藤タイヤでタイヤ交換をした黄色いパトロール車を納めた役所だったからです。

「ここって、あの国道の・・・ですか?」

「うん・・・。でも、ここって国道を管理する出先みたいなところなんだけど・・・。」

「それであの黄色いパトロール車ってことなんですね。」

「うん。それで僕の教え子がこの春ここに異動になってね・・・。君に相談受けた時、なんか話聞ければと思って電話したんだよ。」

「なんか分かりそうですか?」

「部署が違うからなんとも言えないけど、広報用のパンフレットくらいはくれるんじゃないか?」

「それでも良いです。僕もちょっと見てもらいたいモノ持ってきてますんで・・・」

そしてクルマから降りた後、佐藤先生の後についてその建物の中に入ったところで資料室と書かれた鉄の扉から出てきた若い女性と出会しました。でも、その女性の横顔・・・・それは私がよく知る女性とそっくりでした。

「あ・・・あれ・・?」

佐藤先生がその女性に声を掛けたところその女性が振り返ってこちらを見ました。ソレはなんとあのマコトの同僚であるバスガイドの夏帆に瓜二つ・・・。

「あっ・・・監督。ご無沙汰してます。一戸先輩から監督(佐藤先生)が来るからって聞いてました。でも・・・・なんでコイツが一緒なんですか?」

そこで私の良く知る様相のその女性がそんな事を言っています。しかも、もの凄く怪訝そうな表情で・・・・。

そこで思い出しました。その夏帆の双子の妹の存在・・・。

「あれ?確か里帆って専門学校に通ってるはずじゃ・・・?それでなんでこんなところに?」

この時どう言う訳か、佐藤先生はまるでその里帆が身内みたいな言い方をしています。しかもそっくりな双子の姉妹の片方を一発で当てていました。

それより先に監督なんて呼ばれています。そしてその監督から声を掛けられた里帆がそれに答えます。

「はい。ちょっと学校の方から言われて、ここでちょっと資料探していました。でも監督・・・なんでこんなヤツと?」

「うん。ちょっとした調べ物というか・・・風谷先生の教材造りというか・・・」

そんな二人の会話からすごく親しそうな雰囲気を感じた私は疑問に思っていました。しかも監督という呼び方・・・

「佐藤先生。その監督って・・・?」

「あっ、僕ってソフトボール部の顧問なんだよね。言ってなかったっけ?」

そう言う佐藤先生からそのソフトボールというイメージが読み取れない私は困惑です。

「ソ・・ソフトボール部・・・?」

ソレは予想もしない答えでした。ということは、あの伝説的なサウスポーピッチャーである夏帆とも親しいということに・・・その時私の背筋に寒いものが走ります。そんな私を置き去りに二人の会話は進みます。

「ところで里帆って、風谷先生と知り合いかい?」

「いいえ。こんなヤツ、全然知り合いってことじゃないんですけど・・・先生、聞いてください。コイツって夏帆(双子の姉)のこと散々弄んだ挙句捨てたんです。本当に最低な男なんです〜。」

この時私の額からどっと汗が噴き出して体が硬直してしまっていました。そして、今の今まで穏やかな表情だった佐藤先生の表情が変わったのを感じています。

「えっ?風谷先生・・・どう言うことかな?」

この時の佐藤先生の目が怖いこと・・・先ほどまで孫の話をしていた穏やかな表情はそこにはありません。

「あっ、それでこの前の死球・・・・。やっぱり憎かったんだね。」

「佐藤先生・・・アレ、観てたんですか?」

「うん。その後豊浜くん(ふたばのこと)に腰を蹴られてたことも・・・」

「えっ?アレって僕の腰を手で叩いてくれてたんじゃないんですか?」

「まっ、ベンチから見る分には、みんなに寄ってたかって殴る蹴るされて・・・まるでリンチのようだったよ。」

「リ・・・リンチ?」

それは先週の教育実習初日の話となります。私が吹奏楽部担当になったという事を私の彼女であるマコトに伝えるためにバスガイド寮へ電話した際に偶然電話に出たのがその夏帆でした。

そしてそんな流れで夏帆が久しぶりに投球したいということになり、その調整のためにバッターボックスに立たせられた私の股間に豪速球が命中し、その結果私が悶絶・・・・という流れになります。

「その時、風谷くんってよほどワルサしてるか、女難の相でも出てるんじゃないかって思ったよ。」

「女難の相・・・って、そんな・・・。ソレって絶対褒め言葉じゃないですよね?」

「まっ、それはさておき、夏帆にどんなワルサしたのか教えてもらおうか?」

「い・・・いや・・・ソレは・・・・」

そんな目で問いただされた私は何をどう言い訳をして良いものか考えていました。その時です。資料室の脇にあった階段の上から現れた救世主・・・・

「あっ・・・佐藤先生、ご無沙汰です。先生から連絡もらいましてとても嬉しかったです。」

そう声を掛けられた佐藤先生の表情が穏やかになりその声の主に返しました。

「一戸くん元気そうじゃないか。この春こっちに戻ってきたって聞いてね・・・ちょっと話してみたかったんだよね。今日は教育実習の一環で伺った訳なんだけど・・・・。あっ、こちらは教育実習生で大学4年の風谷先生・・・」

そのように私を紹介した佐藤先生は私を隣に立たせその一戸という卒業生を迎えました。

すると階段の上から降りて来たその人はまさにバリバリの技術系役人という雰囲気で、歳は30前くらいでしょうか?

その人は技術系の制服とも言える上下カーキ色の作業服を着ており、その胸のプラスチック製の名札には部署名称に加え「一戸」と書いてあります。でも、この人どこか見覚えが・・・

そしてその人が改めて自己紹介を始めました。しかも思いがけないことも・・・

「初めまして・・・というより、君って工確か・・・工業大学のオリエンテーリングで1号車担当のリーダー学生の風谷君だったよね?。確か、バスガイドキラーの・・・」

「い・・・いや・・・そんな・・・・いつから僕ってバスガイドキラーってことに?」

私が額から汗を垂らしながらそこまで言ったところで、その一戸という人は佐藤先生に「こんなところでアレなんで・・・」などと言いつつ案内を始めました。そこでバスガイドキラーということにされた私は取り残されてたまま・・・

そんな私の背後から物凄い殺気が・・・

「おい。オマエ・・・。ハナシあるから今夜ツラ貸しな・・・良いよな?電話するからクビ洗って待ってろ!」

その時私の耳元でドスの効いたそんな囁きも・・

そして私は恐る恐る振り返ってその顔を見たところ、表情的には笑みを浮かべているのですがその眼が・・・・まる大リーグボールを投げる直前の星飛雄馬ようにメラメラ燃えています。

「ちょっと待った。今日から小林先生のところにお世話になることになってて・・・」

今日から1ヶ月程度病後の経過観察として小林先生のところに居候する予定となっていた私は正直にそれを里帆に伝えました。

「何!今度は小林先生か!オマエってヤツは・・・・やっぱり生かしちゃおけないヤツ・・・」

そう言いながら私の首を絞め始めた里帆の手はマジでした。このまま殺されてしまうかも・・・と思いながら私はそんな里帆を振り切るようにして佐藤先生の背中を追って打ち合わせ室に入りました。

でもこの時、なんで里帆がこの役所にいるのか?今晩どうなるのか確認しなかったので凄く嫌な予感が・・・

そして入った打ち合わせ室は自分の下宿と同じ4畳半くらいの広さです。その場所の真ん中に会議用テーブルが置いてあり、それを取り囲むように何やら物々しい制御盤がずらっと並んでいました。

その制御盤にはどこかの電光掲示板の制御装置だったり、トンネル防災用トンネル直通電話なんかが置いてある・・・そんな部屋です。

そんな雰囲気の中長テーブルの片方に私と佐藤先生が、そして向かい側にその一戸という人が座りいきなり世間話が始まっていました。

と、その時です。今ほど入ってきた扉からノックと共にお盆にお茶を乗せた里帆が入ってきました。

「失礼します・・・」と言いつつ入ってきた里帆に向かってその一戸という人が声を掛けます。

「あっ・・・ごめんね。そんな臨時事務職員みたいなことさせちゃって・・・・。来月には新しい人決まるって総務課長が言ってたから・・・」

「いいえ・・・写真探しばかりしてたんで、ちょっと息抜きです」

里帆は笑みを浮かべながらそう答えながら3人それぞれにお茶を置いていきましたが、最後に私の前に出されたお茶はなみなみと注がれていて、しかもドン・・・というような音とともに置かれ、しかもそれが溢れています。

「あ・・・失礼・・・」

そういう里帆の目はやはり険しいものがあり、まるで生ゴミでも見るような目で私を睨んでその部屋を出て行きました。

このお茶・・・絶対雑巾の絞り汁が入っています。しかもこんなになみなみと・・・。これを置いていった里帆から「飲めるもんだったら飲んでみろ・・・」的なメッセージが伝わってきました。

そして佐藤先生と一戸さんの雑談の中で、どうして里帆がここにいるのか?という話題に・・・。当然私の耳がダンボ状態となっています。

「あっ、里帆ちゃんですか?国道の工事誌造るのを手伝ってもらっています。入り口の脇にある資料室に歴史的な写真のネガがいっぱいあるんですが、今はそれを探してもらって年代別に仕分けてもらっています。それって現像しないとどこの写真かわからないものも多くって・・・」

「今は・・・・ってことは?」

「最終的には出来上がった工事誌から広報用のパンフレットを作ろうとしています。うちの所長が専門学校の先生と知り合いで写真に詳しい人材を派遣してもらったんですが、それが里帆ちゃんでして・・・。それに今、うちの臨時事務補助職員が不在だったんでそれも手伝ってもらっています。」

ということは、今里帆はあの資料室で写真の整理とやらをするためのアルバイトとして雇われているという事になります。私がそんな事を考えていた時急に名前を呼ばれました。

「風谷くん。君ってオリエンテーリングの時バスガイドに囲まれて何やら楽しそうだったけど?」

「えっ?どうしてソレを?」

何か物言いたげに尋ねた一戸さんの顔に笑みが溢れていました。しかし、それに反して私は声をひっくり返してそう答えています。

「いや・・・オレって大学OBとして3号車の乗っていたんでけど、実はOBじゃなかったんだよね。でも前の職場の時に、その職場に仕事の話を学生にしてやって欲しいって言う依頼があって・・・ちょうどオレの地元だったんでその工業大学に出張させられて・・・。」

そういえばそんな事がありました。毎年いろんな職種の人たちが来て話をして行くそんな時間が・・・。その時間は単位に関係のないものとなっており、出席率は芳しくなかったと記憶していました。

「毎年OBなんかが来て仕事の裏話みたいなこと話して行くんですが・・・一戸さんって何年か前に来てたんですね。それで構造研の長谷川教授と知り合いに・・・・そんな経緯であのバスに乗ったって事ですね。」

「うん。本当のOBに欠員が出ちゃって・・・今回たまたま近くに異動してきたオレにお呼びがかかったってコト。それで見ちゃたんだよね。オリエンテーリングの最初の休憩場所でバスガイドに抱きつかれてた君の姿・・・」

「あっ・・・アレ見られちゃったんですね・・・。」

「うん。バッチリと。里帆ちゃんからその日乗務するってことを教えてもらってたんで、その夏帆に挨拶しに行こうとしたら・・・そんなことになってた。」

「そ・・そういう事だったんですね。これも何かご縁・・・」

「でも、少なくとも君に抱きついたのは夏帆じゃなかった・・・」

それは1年以上逢うことのできなかった真琴との再会を果たした瞬間でした。その再会の場所や方法についてはその夏帆が決めたと聞いています。そんなことなど知らない一戸さんが話を続けます。

「ソレでさ・・・君ってあの1号車に添乗してた里帆ちゃんの双子のお姉ちゃんに手を出しちゃったんだよね?長谷川教授からオリエンテーリングのリーダー学生として同行する4年生は先生目指してる学生って聞いてたんで真面目なイメージだったんだけど・・・」

いきなりそんな話題から入られた私は困惑してしまっています。

「いや・・・その・・・」

当然そんな答えしか言う事ができません。そこで今度はその隣で話を聞いていた佐藤先生までも・・・

「うん・・・。否定できないってことはヤッパリそうなんだね。確かキミってコレから婚約するっていう立場じゃなかったっけ?」

「えっ?どう言う事なんですか?佐藤先生・・・」

今度はその言葉に驚いた一戸さんが困惑しています。

するとたった今尋ねられた佐藤先生が私の顔を見てゆっくり口を開きました。

「じゃ、風谷君。全部説明してもらおうか・・・・」

それはまるで取り調べのようでした。その雰囲気といい狭い部屋といい・・・もし窓に鉄格子が嵌められていて、脇にメモを取る人がいればパーフェクトです。コレは高校3年生の時に姉さんがレイプされてしまった時、その犯人を半殺し状態にしてしまった私が事情を聞かれた取調室そのものです。

その時どう言う訳か私は自分の左手を見ていました。高校3年生だったその時の私の左中指は、犯人を殴り続けたことによって骨折してしまっていました。そんな中指・・・。

そこで思い出しました。当時姉さんが勤めていた職場(警察署)の、しかも姉さんの机のすぐ脇にあったその「相談室」と表札のかかった取調室で言われたその言葉・・・

「全部説明してもらおうか・・・」

それは、姉さんが何をされたのかを姉さんの同僚に教えることと一緒でした。その当時、私はそのことをなかなか言い出せずその事情聴取は朝方まで続いていました。それは同じ質問を代わる代わる違う人か聞いてきて・・・言っていることと調書の内容が完全に合致するまでそれは終わりませんでした。

そんなことを思い出した途端、今度はどう言う訳か自分の身体の芯が震えてきました。ソレは自分でも理由が分からない得体の知れない震え・・・・

「風谷君・・・どうした?具合でも悪いのか?顔が・・・」

そういう心配そうな佐藤先生の問い掛けを最後まで聞かないまま息が苦しくなった私は倒れてしまったようです。

ソレからどうなったのかは分かりませんが、以前バイト先のスタンドで倒れてしまって救急搬送された病院で目を覚ました時とよく似た状況で目を覚ましました。

「エンちゃん・・・エンちゃん・・・大丈夫?喉乾いてない?」

その時私の目に写ったのは心配そうな表情の夏帆の顔でした。

でも、その時私の記憶が少しばかり混乱しています。いったいここがどこなのか?何かの拍子に以前病院に担ぎ込まれた時にタイムスリップしてしまったのか?・・・・でも、とにかくこのヤニ臭い場所は病院でないと言うことだけは分かります。

「あっ・・・夏帆ちゃん・・・。今回も心配かけちゃって・・・・もしかして、またどこかに担ぎ込まれちゃった?」

「ううん・・・ここは宿直室。軽い過呼吸だったから少し横になれば大丈夫かと思って・・・。ちなみに私は里帆・・・そういえば前に夏帆がエンちゃんの看病したって言ってたけど、こんな状況だったのね・・・。今、監督呼んでくる・・・」

里帆はそう言い残すと私を残してどこかへ行ってしまいました。

私の寝かせられているヤニ臭い布団は畳敷きの4畳半ほどの広さの和室に敷かれており、そばには水差しとコップの乗った小さなちゃぶ台とテレビが備え付けられていました。

そして、そのちゃぶ台に置かれた水差しの向こうの窓の奥に先ほど入ってきたエントランスが見えます。と言うことはこの場所は受付の後ろということになり、これぞ宿直室・・・という感じでした。

ちょうどその時佐藤先生が戻ってきました。

そして私が起きようとするのを制した佐藤先生が横になったままの私に話しかけます。

「もしかして・・・さっきのって、君の姉さんに関係あることかい?」

「はい・・。高校3年生の時、姉さんがオトコに乱暴されているところに出会したんです。その時訳が分からなくなってそのオトコに馬乗りになって顔を殴りつけていたようなんですがあまり覚えていないんです。でも、乗せられたパトカーの後部座席で返り血で真っ赤に染まったシャツを着た自分と、左手中指の骨折に気づきました。」

「ソレでか・・・。実習生調書の備考欄に・・・・」

「えっ?何が書いてあったんですか?」

「ん?・・・重要監督学生・・・・って。」

「・・・・・・・・・そうですよね。そう言うのって一生付き纏うんですよね。」

「でも、君の場合前科がついた訳じゃないし、理由が理由だから・・・」

「・・・・その取調室がさっきの打ち合わせ室とそっくりだったんです。」

「ソレでそうなっちゃったんだね・・・。君って辛い経験乗り越えてここまで来て・・・」

「いいえ。本当に辛い思いをしたのは姉さんですから、僕なんてちっとも・・・」

私がそこまで伝えた側では佐藤先生が顎に手をやって何か考えていたようでした。

「あっ、ソレでか・・・。里帆ってさ、恐らく君に好意を持ってるんじゃないか?どことなく君って女性が放っておけないっていうかどこか惹きつける何かを持ってると思ったんだよね。」

「えっ?放って置けない?惹きつける?僕ってそんなオトコじゃ無いです。里帆ちゃんにとっては単に姉さんを捨てた憎いオトコって事なんじゃ・・・」

「里帆ってさ、昔から気のあるオトコにそんな態度取ることがあるんだよね。そんなんだからいっつも振られてたんだけど・・・いつも玉砕っていうのが高校時代・・・」

「えっ?そうなんですか?てっきり殺されるものかと思っていましたけど・・・」

「まっ、里帆の方も気付いてないと思うんだよね。自分のことなのにね・・・・要するに里帆って人見知りが激しくってね。オトコに対して物凄い警戒心を持っているって言うか・・・距離を置くって言うか・・・オトコを好きになるって感覚が分かんないんだよね・・・」

「里帆が人見知り・・・?。」

そう言えば里帆と初めて会ったのは教育実習を控えた日、ふたばに半ば強引に行かせられた書店で本を探している時でした。その時里帆を夏帆と間違えた私に対して物凄い怪訝な態度を取っていたような・・・

「お姉ちゃんの夏帆ちゃんはそんなことなかったんですが・・・バスガイドやってますし・・・」

でも、そんな夏帆との出会いも全くの偶然そのものでした。それはふたばの成人式の後、目的もなく海岸線の県道を流していた時見つけたのはパンクした黄色いレックススーパーチャージャーと男モノを着込んだ夏帆の姿・・・

その時私は、そのクルマの脇にしゃがみ込んで途方に暮れていた小柄なオトコに声を掛けたら・・・実はそれが夏帆だったという流れです。そんなオトコみたいな姿からは到底バスガイドという職業は想像だに出来ませんでしたが・・・。

そんな華々しい職業の夏帆に対して妹の里帆は地味なカメラマンを目指している・・・そんなことを思ったであろう佐藤先生が囁きました。

「うん・・そうなんだよね。だから里帆はお姉ちゃんと180度違う道を目指している・・・カメラマンという道・・・」

この時私はハッと思いました。里帆の姉である夏帆が今付き合っている彼氏である滝沢の実家は写真館を経営していて、その滝沢本人も大学で写真部の部長をしています。

もし、里帆とその滝沢が付き合っていたとすればそれこそ里帆の人生も変わっていたのかもしれませんが、滝沢が付き合っているのは双子の姉の方です・・・なんとも皮肉なものでした。

でも双子の姉の夏帆もそうでしたが、可愛いというよりは凛々しい目をしている両者は双子ということもありそんなところも似ていました。・・・・どういう訳か今までオトコに縁が無かったということが・・・。

その時です。その宿直室のドアが空いて先ほどの一戸さんが入ってきました。その手には私のスケッチブックが・・・

「あっ、よかった・・・大したことなくて。里帆ちゃんがそう言う時の対処の仕方知ってて、この袋頭から被せて過呼吸止めたんだよね。」

「そうだったんですね。里帆ちゃんにお礼言わなきゃ・・・」

「それでさ・・・、その時散らばったスケッチブックに描いてあったパース(鳥瞰図)見せてもらったんだけど、あれって国道拡幅で掛かるモーテルだよね?」

「はい。道路で引っ掛かったあとどうすれば良いかって考えて描いたものなんですが・・・よく描けていたんで誰かに見せたくなっちゃって・・・」

「いや・・・凄い偶然・・・。オレってその交渉担当なんだよね。用地担当について行って技術的な話する担当として携わっているんだけど・・・」

「ちょっとそのモーテルの管理者の方と話をする機会がありまして、道路に引っ掛かると言うことで・・・・。そんな話聞いた後にその後にイメージが湧いたんで描いてみたんですが・・・・」

実はこの鳥瞰図・・・下宿でふたばと酒の肴がわりに議論しながら描いたヤツなんです・・・なんてことは言えません。

「うん・・・。守秘義務ってものがあって詳しいことは話せないけど、この前物件調査に伺ったとき地権者が言ってた要望ってのはこんな感じだったのか・・・。その調査は週末の日中だったんだったんだけど、結構客の出入りが多くって・・・営業補償なんかが大変だなっては思ったんだけど・・・・。」

この時一戸さんはそんなことを囁いていました。でも、その調査をしている最中に私は舞衣さんとそのラブホを利用していた・・・なんてことも口が裂けても言えません。

この時私は、そのスケッチブックを見つめている一戸さんが気になりました。

「何かありましたか?」

この時私は平然を装いそう尋ねると、一戸さんは一瞬何かを考える素振りを見せたかと思うと私の目を見て尋ねてきました。

「コレ・・・コピー撮らせて欲しいんだけど・・・いいよね。」

そう断りを入れた一戸さんはそのスケッチブックを小脇に抱えて部屋を出て行きました。

「へえ・・・君って、そんな才能あったんだね。鳥瞰図ってモノはその場所を3次元的に捉えられないと描けないものかと思うんだよね・・・」

その時佐藤先生にそんなことを言われた私はちょっと不思議な感覚になっていました。酒を飲んでいて閃いたイメージを絵にしただけなんですが・・・でも、その絵を描く際に食堂の壁に貼ってあった大きな市街地地図を何度も見直していたことをその時思い出しました。

「一応市街地図で等高線関係はおさえました。その場所って坂の途中にあって背後地が高台っていう地形条件だけは掴んでましたが後は・・・勘・・・です。」

私はそんなことを言って体裁を整えましたが・・・そのほとんどは勘によるものでした。

すると何かを考えた佐藤先生が私を見て口を開きました。

「君って、計画向きなんじゃないか?」

「えっ?その・・計画って?」

「計画にもいろいろあって、山岳道路だったり都市計画だったり、あと・・・河川改修だったり・・・」

「それを計画する・・・ってことですか?」

「うん。でも、それをやるにはいろいろな法律や基準なんかも知らなきゃならないし・・・要は経験を積まなきゃ・・」

この時佐藤先生は私の進むべき道をアドバイスしてくれているのだと思いました。でも、私は母さんの営んでいた建設業の範疇でしか土木というものは知りません。高校と大学でいろいろと学んでいたはずなんですが・・・。

「すいません・・。僕って土木というとモノを造るものばかりかと思っていましたので・・・でも、僕はどちらかというとその・・・造るって方が好きなんで・・・」

「でも、君が受けるっていう公務員の土木って職種は、そもそもゼロベースから道路を計画するところもあるけど、一戸くんの務めるこの役所のように道路を維持修繕する部門もある。」

この話で私は初めてこの役所が道路の維持修繕を担当する部門であることが分かりました。どおりでこの役所の道路パトロール車が常に道路を走っているはずです。

その時佐藤先生は、私に何かをレクチャーするかのように話を続けました。

「どちらにしてもその役所ってところは、決められた計画に基づいた図面で入札という形で民間の建設会社に工事を請け負わせるところなんだ。」

「請け負わせるってことは自分でモノは造らない・・・・?」

「うん。でもその現場を監督して目的のものを造るっていうデスクワークが主な仕事だと思うんだが・・・。計画部門ともなると航空写真から作った地形図に道路の線を入れたりするから、これもまた土木技術者の醍醐味だと思うんだけどね。」

「でも、この役所みたいに維持修繕という事ばかりをしてモノってものを造らない部署もありますよね?」

「確かにそういう部署もたくさんある。でも、この維持修繕をやっているここの部署も維持管理計画というものを持っていて、ある一定以上の管理水準を保つための工事を発注しているんだ。」

「母さんが前に言ってました。そう言う役人が自分たちの仕事を作っているくれているって・・・。そして出来上がったものがみんなを幸せにするって・・・・。」

「みんなの幸せ・・・・・それもそうかもな。土木の仕事って裾野が広いから、モノを作っている時から世の中にお金が流れて、さらに出来上がったモノは世の中を便利にしてくれる・・・なんか良いよな役人って。そう言うことの源を創り出せるんだから・・・」

「でも、どうして佐藤先生ってそんな役所のこと詳しいんですか?」

「うん・・一戸くんの担任だった時、一戸くんが急に黄色いパトロール車に乗る仕事に就きたいって言い出してね。」

「あれって結構目立ちますし・・・でも、その黄色いパトロール車の正体ってなんかわかんないですよね・・・」

「そこで担任としていろいろ調べてね。その時分かったのは、こういう維持修繕をする役所に黄色いパトロール車があって、主にその道路パトロール車を運転する運転手とそれに同乗する補修員。それと同じく同乗する技術系職員がいるということが分かったんだ。」

「それって各々採用試験が違うんですか?」

「うん。もちろん。」

「国とか・・・県とかでそのやり方は違うし、運転自体も民間委託しているところもある」

「委託・・・ですか・・・」

「それで一戸くんに聞いたんだよね。何がやりたいのか・・・って。」

「そうしたらやりたいことは分かんないから、なんでもできる職種が良いって答えてね。」

「それで進学を進めたんですね。」

「うん。そもそも一戸くんって野球やりたくって県内ベスト4常連のうちの高校入ってね。しかも野球に専念したくって、進学に向けた勉強の必要のない土木科へ・・・。まっ、その甲斐もあって2年間も正捕手やってたんだよね。」

「それでどうやって大学に行ったんですか?」

「風谷くん知ってるかい?キャッチャーって頭が良くないと務まらないって。しかもチームのまとめ役のキャプテン。」

「野球の試合でいろんな指示を出すのがキャッチャーだって聞いたことがあります。あとはピッチャーの配球とか・・・」

「そうだよね。その試合の組み立てをするのがキャッチャーの仕事といっても過言じゃない。それって試合全体を俯瞰できる能力がなきゃ出来ない仕事・・・」

「じゃ、一戸さんって・・・」

「うん。そもそも頭が良かった・・・・。でも、その使い方が分からなかった・・・・ってところかな?」

「凄いですね。それでそんなスクールウォーズみたいなクラスから進学だなんて・・・」

「うん・・・。でもやっぱり進学の勉強してないから自分のところの大学の共通テスト受けても基準に乗らなくって・・・」

「悔しいですね。せっかくの付属校なのに・・・」

「それでちょっとした小細工もして推薦してやったのさ・・・・ウチと進学提携している君の母校のところの大学に・・・」

「えっ?」

「でも、部活ばっかりやってたんで学業が出来たわけじゃない。でもクラスの周りが周りだったんで相対的な成績が抜群だった・・・・」

「ソレ・・・分かります。僕も同じようなものでした。」

「ソレで、当時建設業協会でやってた現場見学会なんかに参加させて感想文書いて賞を取らせたり、評定点に下駄履かせたりして校長口説き落として推薦を取ったってこと。」

「戦略的ですね。」

「うん。その大学の枠っものがあって、内規でその大学に推薦できるのは普通科の生徒だって決まってたんだよね。しかも、内々にその推薦する生徒の名簿なんてのも出来てたりして・・・。」

「そこに割り込ませた・・・ってことですね。」

「うん。後で推薦取れなかった普通科の生徒が怒鳴り込んで来たこともあったけど・・・なんで土木科の生徒が推薦取れて普通科のオレがダメだったのかって・・・」

「それって、枠を勝ち取ったってことですよね。」

「うん・・・。キミは事情があってコッチの大学に来たみたいだけど、土木科の生徒でしかも警察の厄介にもなった生徒を推薦するのも大変だったはずだよ。就職が決まったら一度挨拶に行くと良い・・・」

この時、初めてその一戸さんが私の母校と一緒の敷地にある大学に通っていたことを知りました。本来私もその大学に入学するはずでした。

佐藤先生の言う事情と言われるその姉さんにまつわるアノ事件の後推薦が取り消しになるまでは・・・

でも、この時私の頭の中のどこかにあったモヤモヤが急に晴れたような気分になっていました。恐らくその時、真面目に公務員試験を受けようと初めて思った瞬間だったと思います。それまでは、とりあえず受けるような感覚で臨む公務員試験でしたが・・・。

その時です。今までそんな話をしていた佐藤先生が急に話題を変えました。

「ところで・・・あの一戸くんって、里帆のこと好きみたいなんだよね。」

「えっ?・・・里帆ちゃんはそれに気づいてるんですか?」

「うん。どうやら何かケリ付けたら返事もらうって事になってるみたいなんだけど・・・何か心当たりはないかい?その・・・ケリってヤツ。君って双子の姉の夏帆と仲良かったんだろ?何か聞いてなかったかい?」

「い・・いや・・僕は何も・・・。第一僕って夏帆ちゃんを弄んで捨てた最低なオトコですから・・・」

「でも・・・さっき里帆が言ってたんだよね。捨てられたはずの夏帆が未だに君のことが忘れられないみたいだって・・・新しい彼氏が出来たって言うのに未だにそんなこと言ってるって。」

「そうなんですか・・・ただ、関係を拗らせたまま別れたとなるとオトコに対しての見方が変わっちゃうんじゃないかって思って、円満な形で終わらせたんです。」

かつて小学生だったふたばが下宿生から受けたイタズラによって男の見方が偏見に満ちたものとなっていました。それじゃいけないと思ったのは、私自身が過去に男女の仲を拗らせてしまった経験を持っていたからです。

その話を聞いた佐藤先生は少し考えた様子で私の眼を見ながら口を開きました。

「その拗らせたって言う話聞かせてもらえないか?」

私にとってその「拗らせた」と言う経験は過去に二度ありました。一度目は小学6年生の時童貞を捧げた当時高校3年生だった従姉妹の芽衣子姉さん。二度目は中学2年生の時の同級生だった理央・・・。その理央は一応彼女という関係でしたが、芽衣子姉さんとの関係は何と言って表現して良いのかさえ分かりませんが・・・。

その時私は、気が付けばどう言うわけか中学生の時のほろ苦い経験を佐藤先生に打ち明けていました。こんなこと他人に打ち明けるなんてことは初めてです。

佐藤先生は今年で定年を迎えるベテランです。そんな経験豊富な佐藤先生は人から話を引き出すのが上手でした。

「僕って中学生の時彼女が出来たんです。でもその彼女と心の準備もないまま男女の仲になってしまって・・・」

「中学生で・・・かい?チョット早いね・・・。」

「それから二人の仲をどう進展させて良いものか分からなくって、その後なんの進展もないまま高校進学したんです。」

「それ以上進むのが怖かった・・・ってところだね。君って案外慎重なんだね。」

「その時その彼女は別の高校行ったんですが・・・気づいた時には別の彼氏が出来ていました。」

「うん・・・・。何となくその気持ち分かるな・・・。ちょっと早すぎたんだね。本当に心も身体も準備ができてなかったんだね・・・。」

「今考えてもチョット早かったんだと思います。でも、本当に気持ちの準備がないままそうなってしまって・・・その後うやむやに・・・」

「それで君って、何となくうやむやにするのが嫌いなんだよ・・・どういう形であれ自分も相手も納得できる形にしたいって気持ち・・・・うん。それ分かるような気がする。」

「夏帆ちゃんと思いがけずそんな関係になってしまった時・・・その時も気持ちの準備がないまま夏帆ちゃんとそうなっちゃったモノですから、その後改めて、僕の気持としてそれをきちんとしたカタチに納めたつもりでした。」

「それは君がその責任を取ったという解釈でいいのかな?」

「はい・・・。自分の中ではそう整理しています。」

「でも、君ってその時・・・別に彼女がいたんだよね?その夏帆の後輩バスガイド・・・。」

「はい・・・。でも、事情があってそれまで1年以上逢えなかったんです。でもその間ずっと夏帆ちゃんにアタックされ続けていました。」

「夏帆って一度熱中すると、自分が納得するまでそれを貫こうとするところがあって・・・。でも、いくらアタックしても変わらない君の心を察して自分なりにケジメをつけたかったんじゃないのか?」

「ケジメ・・・?」

それは、春に行われた大学のオリエンテーリングの時でした。思い掛けずバスガイドになっていたマコトとの再会を果たした直後に行った現場見学のバスの車中・・・学生たちが現場見学に行った時、偶然二人きりになってしまったバスの車中で夏帆に迫られてそう言うコトになっていました。

そしてその話を黙って聞いていた佐藤先生から意外な言葉が・・・

「うん。人としてはどうかと思うけど・・・オトコとしては君が正しい。」

「えっ?・・・・すいません。てっきり怒られるかと思いましたけど・・・」

「でも、君って夏帆とのそう言う関係はそれで納めたんだよね?」

「はい・・・。」

「まだ何かあるのかい?」

「その後・・・一度だけありました。それは一晩だけ彼氏と彼女の関係になってお互いの気持ちをぶつけ合いました。」

「それで・・・夏帆は君のことが忘れられなくなったのか・・・。」

「いや・・・そんな・・・忘れられないって・・・」

「風谷君。男女の別れって多少喧嘩別れになった方がいいのは知ってるかい?」

「えっ?そうなんですか?」

「あまりにも綺麗な別れ方だと、次のオトコに影響が出る。」

「それってどう言うことなんですか?」

「女性のいい思い出って、その後ずっとそれを引きずってしまって次のオトコにそれ以上のものを求めてしまうものなんだ。」

「えっ?すると良かれと思ってやったことが逆効果・・・」

「うん・・・残酷・・・とも言える。でも、君らしいじゃないか?自分にやれることを自分の納得できるようにやったってことは・・・。」

「はい・・・。その時、夏帆ちゃんがその後オトコを見る目が変わっちゃうことだけは避けたくって・・・その時はその時で必死でした。」

「でも・・・関係はきちんと納めたんだよね?」

「はい。友人としての交友はありますが・・・・オトコトオンナの関係としてはキッチリと・・・」

「それが一番だと思うよ・・・。今はオトコとオンナの関係にすらなれなくても別れられないカップルって沢山いるからね。」

「と、言うと?」

「アレ・・・なんて言うんだっけ?アッシー君だっけ?今はやりの・・・」

「はい・・・。今、アッシーくんとかメッシー君とかっていますよね。あと、キープくんとか・・・都合の良いように使われるオトコ達って」

「あっ・・・それそれ・・。でも、そうやってオトコを手玉に取ってるようなオンナの娘もまた君みたいなヤリチンオトコの虜になってたりするんだよね・・・」

「ちょっと待ってください。いつから僕がヤリチンになったんですか?」

「えっ?君・・・さっき言われてたよね。バスガイドキラーって・・・」

「それ・・・・全部誤解です。第一僕って少しもモテませんし・・・」

「でも、君って女性と気兼ねなく話せる特技を持ってるじゃないか?みんなが話し掛けたくても声も掛けられない雰囲気の小林先生とも親しげに・・・」

「あっ、小林先生は僕の義姉になる事になってますんで・・・それに僕は単に女系一族で育ったからで・・・実の父親を亡くしてからは兄妹や従姉妹親戚中で僕が唯一の男子でしたんで・・・」

「それじゃ、キャッチボール遊びじゃなくって・・・ママごと遊びだったってことだ・・・」

「はい、その通りです。オマケに小学校あがるまでは女物の服着せられてましたんで・・・。そしてやっと買ってもらった帽子も広島カープの・・・・」

「それって、色が赤いからってこと?」

「はい・・・恐らく・・・」

その時でした。守衛室脇の玄関の自動ドアが開いて黒いスーツ姿のオトコたちが揃って建物に入って来たのが分かりました。それは偉そうな人とそれをエスコートするような社員らしき人物・・・。

玄関を入ったすぐそばにあるこの宿直室は一応受付という表示がされていましたが、「直接執務室までお進みください」の張り紙がされていたためそのまま進んでいくようです。

そして私が顔を上げたところにある窓の外に見たのは、そのエントランスに停車した白いカーテンの付いた黒いセンチュリーの後部ドアを白手袋で閉める運転手の姿でした。

すると今居る宿直室の扉を挟んだ外側で何やら話声が聞こえてきます。その時、薄い扉の外の会話が筒抜けとなっていました。

「あっ・・一戸さん。いつもお世話になっています。今日は東北支社長を連れてご挨拶に参りました・・・・」

その聞こえる声は結構年配の人のようです。こんな人が30前くらいの一職員に頭を下げているようです。

「こちらこそ・・・・。今、ちょうど所長がおりますのでこちらへ・・・」

そんな会話の後、その集団が階段を登って行く足音が遠ざかります。

そんな偉そうな人たちに「さん付け」で名前を呼ばれている一戸さんの立場って・・・

私がそんなことを考えていると、再び階段を駆け降りる足音が近づいた瞬間扉が開きました。

「あっ・・・ごめんごめん・・・。ラフスケッチって上手くコピー出来なくって・・・結局、里帆ちゃんに一眼レフで撮ってもらったよ・・・」

「すいません・・・。本当にラフだったもんで・・・。それで、今訪れた業者の方って?」

「あっ・・・〇〇建設ね。全国区の・・・」

今ほど挨拶に来たのは、この業界の人なら一度は聞いたことのある全国区の大手ゼネコンの東北支社長と言う事になります。

「あっ・・・さっきの会話聞こえてた?」

「はい。そんなお偉いさんが一戸さんに頭を下げて名刺を渡している雰囲気がハッキリと・・・」

それを聞いた一戸さんが一瞬考え事をした後私の顔をじっと見ました。

「そうか・・・。でも、勘違いしないで欲しいんだ。」

「何がですか?」

「お偉いさんが頭を下げていたのはオレじゃなくって、オレの立場・・・になんだ。」

「それは役人ってことだからですか?」

「うん。半分当たり・・・。」

「半分・・・ですか?」

「じゃ、君って市役所の受付の人に、いつもお世話になっています・・・なんて挨拶するかい?」

「い・・いや・・一応挨拶はしますけど、受付の人ってそれが仕事だから・・・」

「そうだろ?オレだって普通に仕事してるだけなんだけど・・・」

「それじゃなんで・・・?」

「お金の匂いがプンプンするらしい・・・この建物。ここは出先の出張所ってところなんだけど、こんなところでも年間結構なお金が動くんだ。でも、ゼネコンが欲しいのはこんな出張所のそんなハシタ金じゃない。」

「お金じゃないとすると・・・何なんですか?」

「情報・・・だよ。本省や局じゃ公表されない情報も、こんなちっぽけな出張所からは漏れることもある。」

「えっ?漏らしていいんですか?」

「もちろん漏らしちゃいけない。でも、漏れることは織り込み済み・・・。まっ、漏れないことには業界的にうまく回らないってこともあるんでね・・・。」

この業界ってそういうもんなんでしょうか?なんか裏の話を聞いてしまったような感覚となっていました。しかも、私はこのゼネコンからも内定をもらっていましたが・・・

そして、その研修日として招集されるその日と公務員試験日が丸かぶりであったため内定辞退を申し出たばかりです。

「すいません・・・僕って今のゼネコンから内定もらっていたのですが・・・・」

すると一戸さんが胸ポケットから先ほどもらったであろう名刺を取り出し私に見せました。それはやはり私に内定を出していた会社そのものです。

「はい・・・この会社です。」

「えっ?今、所長に挨拶してるところだから支社長連れてこようか?」

「いいえ・・・遠慮します。内定辞退したばかりなんで・・・」

「なんか勿体無いな・・・給料良いのに。どうして辞退した?ん?君って今、確か教育実習中だったよね・・・先生になるからって断っちゃった?」

「すいません・・・。実は先生になるつもりはないんです。一応、職業の可能性として教職課程は取っていましたが・・・。でも、この教育実習で得た経験はこれから一生の宝物になりそうな予感がします。」

「ん?ゼネコンでもなく、先生でもない。君ってもしかして・・・」

「はい。僕も一戸さんと同じ職業に就きたく、再来週の公務員採用試験を受ける予定でいます」

「え?そういえばそんな季節だった・・・それで何種を受けるつもりだい?」

「すいません・・・その何種って言うのが・・・。僕は上級っていうのだけは知っています。」

「あっ・・・すると国の方じゃなくって地方自治体のほう?」

「そうだと思います。試験会場は地元の大学が予定されていますし・・・」

この時私は、国の公務員に種類があることを初めて知りました。それは採用時から決まってしまう「キャリア組と現場組」・・・。この時私と話をしている一戸さんは現場組という事になります。

それはどんなに頑張っても決してキャリア組になれない運命・・・。

私はそんなことの関係ない地方の公務員を受験します。民間企業で言えば大学卒業程度・・・となります。でも、その試験の会場となる大学名を思い出して何か引っかかるものがある感覚になっていました。それはその会場がふたばの通う大学だったからです。

そんなことを思っていたところに一戸さんが話を続けます。

「う・・・ん・・・。それじゃ公務員の給料が安いのだけは覚悟・・・だな。ゼネコンの給料とは雲泥の差。言ってみりゃ、一人の給料で結婚生活なんてとても無理・・・。まともな給料になるのは40過ぎなんだよね。」

「そ・・・そんなに・・・ですか?最近別の人にも同じようなこと言われたんですが・・・」

「分かるひとには分かるんだけど・・・事情を知らない多くの人って、公務員の給料はすごく高いって思ってるからね。案外知られていないのが、人事院が100人規模の一般企業の給料を調べて平均的な給料にしてるってところなんだけどね。」

「100人って・・・ゼネコンの社員数より全然少ないじゃないですか?」

「うん。だから給料の差が出るってこと。我々がそのゼネコンの仕事を創ってるのに・・・・ね。」

「でも僕って、大学卒業したらすぐにでも結婚したいと思っているんですが・・・」

「結婚か・・・もしかして相手ばバスガイド?」

「御察しの通りです。」

「じゃ、バスガイドキラーを貫いた訳だ・・・」

「そ・・そんなにいじめないでください!」

「あっ、ごめんね。面白がっちゃって・・・。実は僕もね結婚したい女性がいて、やっとこの歳になってそれなりの給料になってきたし、その娘もそろそろそんな歳になって来たから告白しようと考えているんだけど・・・」

「その相手って・・・・」

「うん・・・案外近い人だったりする。」

その時私はこの一戸さんが前から里帆に好意を寄せていて、最近になって一歩踏み出した・・・・そんなふうに解釈しました。

「僕も一戸さんを応援します。でも・・・・その給料が安いっていうのが引っかかるんですが・・・」

「うん。今すごく景気が良いから、仕事が沢山ある民間企業はどんどん給料上げて、どんどん人と設備を増やして企業収益を増やそうとしている。一方我々公務員はその民間の給料上昇に程遠い上げ幅でしかない。その理由が表向きには先行き不透明・・・ってことなんだけど、公務員の給料上昇は政治的に批判の的になりやすくって・・・」

「えっ?公務員の給料って政治にも左右されるんですか?」

「うん・・・残念ながら・・・。それもあるんだけど、近いうちに今の好景気が終わるかもしれないってことかな?」

「そうなんですか?僕の母さんもそんなこと言っていましたが・・・」

「今、恐らく企業のトップたちはそれに向けての対策に動き出していると思う。さっき来たゼネコンの支社長だって滅多にこんな出先に足を運ぶ人じゃないんだ。それに、支社長にコバンザメみたいにくっついていた人は我々のOBで、ゼネコンとのパイプ役になって我々の情報を会社に伝える役割・・・」

「パイプ役・・・ですか?」

「別名天下りとも言う・・・」

「天下り・・・?」

「それなりのポストでそれなりの歳になると肩たたきされるそうだ。」

「それって早期退職を促すって事ですか?」

「うん。その代わり天下り先を世話してくれるっていう特典付き・・・」

「すると天下りした先で第2の人生が始まるんですね?」

「いや・・・第2どころか第3・・・第4もある」

「えっ?それじゃ民間企業を渡り歩くって事ですか?」

「そうなんだよね。渡り歩く会社毎に退職金もらって・・・でも民間企業もタダで雇う訳にはいかなっからパイプ役として使えるうち・・・ってこと。」

「それじゃ、現役の頃どれだけの役職に就けるかってことが重要って事ですか?」

「うん・・・その通り。現にウチの所長ってオレとたいして歳変わんないのに役職ついてて・・・次に霞ヶ関に戻ったら大臣の国会答弁書書くような官僚になるんだよね。」

「その所長って・・・どこの大学卒業してるんですか?」

「ん?・・・やっぱりどう足掻いても叶わないよな・・・東大卒って・・・」

「東大・・・・」

「うん。オレとなんて考え方が全く違くって・・・・答えは同じだとしてもそこに至る考え方のプロセスが全く違うんだ・・・。」

「プロセス・・・って?」

「土木工学って経験工学って言われてるんだけど・・・その所長は法的根拠からアプローチするんだよね。法律さえ知っていれば土木なんて職種は関係ない。」

「その所長さんって人は土木工学って経験ないんですか?」

「うん・・・全く。」

「それじゃ・・・」

「そうなんだよね。結局意見が食い違っても法律や基準がそうなっていればそっちが正しいってなる。これは誰がどう見てもその通りなんだけど・・・現実、その法律に照らし合わせてうまく進めるのが難しいものもあって・・・・」

今まで元気よく喋っていた一戸さんの声のトーンがその法律関係になった頃から低くなってきたのが分かります。こんなバリバリの役人でもそんな悩みを抱えていたとは・・・

その時です。今まで黙って話を聞いていた佐藤先生が話に割って入りました。

「一戸くん。その法律に抜け道はないかい?その法的解釈は一つかい?法律ってものは必ずグレーゾーンを孕んでいて、そこの部分の解釈はある程度柔軟に運用できる仕組みになってる。これって、君が大学に進むときに贈った言葉なんだが・・・」

「あっ・・・・・思い出しました。そうですね。そのとき佐藤先生が法学部卒だって聞いてびっくりしたんでした。」

「えっ?法学部って・・・佐藤先生って何ものですか?」

私はその佐藤先生という人がそういう肩書きの人だとは想像だにしていませんでした。私がそんな佐藤先生は私のそんな質問に対して語り始めました。

「法学部卒って就職に困るんだよね・・・。地元戻って民間企業に就職しようにもその法学部って言う肩書きが邪魔しちゃって・・・裁判所とかそう言うところはそもそも嫌いだったし・・・。ましてや弁護士なんて・・・」

「それでどうしたんですか?」

「ん?・・・とりあえず就職したのが郵政省・・・」

「良いじゃないですか・・・郵政省ですよね。」

「でも・・・事務方じゃなくって現場のほう・・・つまり郵便配達。」

「えっ?配達と言うとあの赤い郵政カブ?」

「うん・・・黄色ナンバーのヤツ・・・。でも、それが性に合わなくって3年で辞めちゃってね。」

「その後は?」

「その時たまたま建設会社で求人出してたんだよね。そこでも肩書きが引っかかちゃって・・・それでやらせてもらえたのが現場の実行予算管理・・・。でも、これがまたメチャクチャで・・・今まで一山ナンボでやってきた会社に僕のような輩が入ったもんだから重箱の隅っこ突かれた感じになって・・・」

「そこもすぐ辞めちゃったんですか?」

「うん・・・結果的にはそうなんだけど・・・。その会社に新卒で入ってくる新人の学力というか・・・基礎的な考え方がどうも低くって。もうちょっと学校で教えてくれれば・・・なんて考えている時声が掛かったんだよね・・・」

「付属(私が教育実習を受けている高校)・・・からですね。」

「うん。話聞いたらそこの建設会社の社長の息子が付属に通っているって事で・・・まっ、ボクはお払い箱って事だったんだけど・・・」

「そこで先生に・・・?」

「最初は非常勤講師として、結局君と変わらないような雑用なんかをやっていたんだけど・・・そのうち急に土木担当にされて・・・。」

「いきなりですか?」

「うん。どうせ授業になんかならないからって・・・規定時間数だけ授業したようにしてくれって・・・」

「そんなにひどかったんですか?ヤッパリ・・・スクールウォーズ・・・。」

「うん。結局は当時誰しもサジを投げ出してしまうような土木科担当教諭にしてもらったってこと。」

「それって・・・・誰もなりたがらない・・・・?」

「うん。現にボクの前の先生も急に辞めてしまっていて・・・。そうだよね・・・毎日身の危険を感じながら登校するんだもん・・・そんなのじゃ身が持たない。」

「でも他の先生たちが言っていました。佐藤先生しか土木科を治められない・・・って。」

「なんか今じゃそんな言われ方してるみたいなんだけど・・・・最初はそりゃ酷かった・・・。」

「でも・・・佐藤先生はずっと先生を続けて来たんですよね?」

「うん・・・ボクの奥さんが応援してくれたんで・・・。」

「そう言えば、佐藤先生の奥さんって・・・生徒さんだったんですよね?」

「うん・・・。その奥さんが最期までボクのこと先生って呼んでくれて・・・。先生辞めちゃったら離婚されちゃう・・・なんて思って頑張ったんだよね。」

その時でした。その会話をそばで聞いていた一戸さんが割り込みました。

「あっ・・・梢さん・・・残念でした。すいません、お葬式行けなくって・・・」

「一戸くん・・・奥さんの肉じゃが大好きだったもんね。いつも部活帰りにウチに寄ってメシ食って帰ったんだよね。あの時不思議に思ったんだけど家に帰ってから夕飯食べてなかったのかい?」

「いいえ。普通にメシ食ってました。でも、その頃っていくら食っても足りないじゃないですか・・・?」

「そうだよな・・・野球部頑張ってたもんな。特待以外で唯一のレギュラーで、しかもキャプテン・・・」

「一戸さんって野球部だったんですよね・・・」

「うん。今でも2年生の春に背番号2をもらった時のことは忘れられない・・・」

「えっ?背番号2っていうことは・・・キャッチャーですよね?」

「うん・・・そのとおり。」

「それじゃ・・・里帆ちゃんと一緒・・・」

「よく知ってるね。前に佐藤先生からキャッチャーの指導してほしいって言われて指導して以来里帆ちゃんとは面識があって・・・里帆ちゃんって今でも部活の面倒見てたりする?」

「はい・・・この前その部活でバッテリー組んでる夏帆ちゃんに豪速球当てられました。」

「あっ・・夏帆ちゃんのほうも部活に来てたのか・・・。懐かしいな・・・。」

この時私からそんな話を聞いた一戸さんはどこか懐かしそうな雰囲気でした。その時脇にいた佐藤先生が話に混ざります。

「僕・・・それ見てたよ。股間押さえながら倒れ込む姿・・。」

「じゃ・・・あの夏帆の豪速球股間に当てちゃったってこと?」

それを聞いた一戸さんはそう言って驚いています。どこか心当たりがあるようです。

「はい。その時オトコ辞めるところでした。」

「それは死活問題だ・・・バスガイドキラーにとっては・・・」

「一戸さん。ソコ・・・拘りますね。僕としては全然そんな感じじゃないんですけど・・・」

「でも・・・オリエンテーリングの時、少なくともオレのバスに乗ってた学生はそう呼んでいたけど・・・」

「えっ・・・僕ってそんなオトコに見えます?」

「うん。君は絶対こう思っているはずだ。」

「どう・・・ですか?」

「いつでもどこでも誰とでも・・・って。」

「いや・・・オトコたるものそれが信念というか・・・オトコとしてはそれが目標っていうが・・・。でも、人としては・・・」

「うん・・・。そういう色恋沙汰の時の夏帆の球は速いんだ・・・。しかも力のこもった重い球。」

「それってどういうことですか?」

「そういうことだよ・・・」

ソコまでどうでもいい話が進んだ時、一戸さんはいつの間にか持ってきていた封筒からB5位に折り畳まれた図面を取り出し、布団の脇の畳の上に広げ始めました。

それは横に長く2mにも及ぶ「青焼き」と呼ばれる図面で、私が計画を知りたかった国道の拡幅計画の全体平面図でした。

「えっ?コレって・・・?」

私はその時、その図面から発せられ鼻にツンと来るアンモニア臭を感じながらそう尋ねました。

「国道拡幅の平面図。事業説明会で使ったやつの写しなんだけど・・・全体延長が約3km。その第一期工事区間に中に君の描いたモーテルも含まれる。」

「ほう・・・こうなるんだね。肝心の用地はどんなもんだい?」

この時その図面を遠目に眺めていた佐藤先生がそう尋ねました。

「はい・・・。20年も前に都市計画が決まっていたところなんで、やっとか・・・という人もいれば今さら・・・なんて人もいてそれぞれです。それで先月やった事業説明会でちょっとモメまして・・・」

「何がモメたんだい?」

そう尋ねた佐藤先生に対して一戸さんが答えます。

「今、コレだけ路線価が上がり続けている中、今買収されると今後の値上がり分損することになるって・・・。それで買収は最後にしてくれって・・・。そういう人が結構いて・・・。」

ここでもバブルの影響が・・・でも、この時は分かりませんでした。

この後直ぐに土地の価格が大暴落するなんて・・・

「うん。それは困ったね。でも買収単価って設けてるんだよね?」

何か事情を知っていそうな佐藤先生は一戸さんにそう尋ねました。

「はい・・・鑑定評価を既に終えていますんで、第一期工事分は地目ごとの統一単価で・・・」

「うん・・・コレからは役人の交渉術でやっていくしかないね。」

「はい・・・そうなんですが・・・。でも、あのモーテルの事情は違いまして・・・」

「うん・・・事情聞きたいところだけど守秘義務があるんだろ?」

「はいもちろんです。でも、さっきの風谷くんのパースを見て妥協点思いついたんで・・・それで行けそうです。」

「うん・・・それは良かった。」

「4車線化に伴って中央分離帯ができるじゃないですか?それで市街地から直接入ることができなくなっちゃって・・・そこ・・・なんですよね。まとまらない原因って。」

「うん・・でも、そんなところはいくらでもあるんじゃ・・・」

「他のところは別の交差連を曲がって裏から行けるんですが・・・ソコだけは周りが農地になっていてダメなんです。しかも敷地の半分が潰れるっていう最悪のパターン・・・」

「他に移転・・・て方法もあるんじゃ?」

「ダメなんです。土地のかかる他の店舗さんはほとんど移転して近くの区画整理へ行く予定なんですが・・・そこは敷地の半分が残っちゃうんで・・・そこまで補償ができなくって・・・」

「うん・・・分かった。コレからはキミの腕の見せどころだね」

「はい・・・。見ててください。次の異動までにやってみせます。」

「うん。健闘を祈る。」

佐藤先生が一戸さんの目を見てそう伝えた時でした。今、3人が話をしている宿直室の引き戸が勢いよく開いて里帆が飛び込んできました。

「先輩・・・。今、〇〇陸橋の上で大型車の追突事故があって軽油が流出したって連絡があって・・・」

息を切らせながら里帆がそう言い終える瞬間に既に一戸さんは内線電話に手を掛けていました。そして受話器を耳に当てながらその相手に伝えます。

「〇〇陸橋で事故・・・。油処理材積んで・・・すぐにパト車出して・・・。」

一戸さんはその電話の先の誰かにそれだけ伝えると受話器を置きました。

「あっ・・・里帆ちゃん。通行止めするかもしれないから関係機関にFAXする様式の準備。その前に事故が発生したということを交通管制センターに一報入れといて・・・詳細は所長に無線入れるから・・・後は所長の指示に従って・・・」

一戸さんに矢継ぎ早にそう指示された里帆ちゃんは「うん。りょうか〜い。」と言いながら階段を駆け登って行きました。

「監督・・・今度、梢さんに逢いに行って良いですか?」

「うん。奥さんの肉じゃがは食べさせることは出来ないけど・・・いつでも・・・」

「あと、風谷くんにその図面あげるから授業で使って・・・キミならいい授業できそうだ。それじゃ現場に行くから・・・ゴメンね。」

そう言い残した一戸さんも階段を駆け登り、その直後反射チョッキを着た状態で玄関前で待機していた黄色いパトロール車に乗って出かけて行きました。そのクルマは例の如くマフラーから白い煙をモクモク吐きながら駐車場を出て行きます。

そんな煙幕を吐きながら国道を加速していった黄色いパトロール車を窓越しに見送りながら私は佐藤先生に聞いてみました。

「佐藤先生・・・。役所って言うと机に座って事務作業しているイメージがありますが・・・こんなところもあるんですね。」

「うん。一般的な人が抱いている役所のイメージって市役所の受付みたいなところだと思うんだ。でも、そんなところとは全く違うこんなところもたくさんある。キミが目指しているのはまさしくこんなところだと思うんだ。詳しくは分からないけど夕方5時に帰れるなんてできないような世界・・・」

「役所って5時に終わるイメージがあるんですけど・・?」

「うん。でもそんなイメージと違って毎日残業は当たり前・・・。さっき一戸くんが言ってたんだけど、公務員の給料って残業をたくさんやって・・・やっと人並み・・・。でも、借金だけはいつでも出来るって・・・。」

「借金ですか?」

「たとえば住宅ローン・・・。借りるのに掛かる審査の期間が一般企業勤めなら1週間。でも、公務員は2、3日。」

「それって身元がしっかりしていて、給料の貰い逸れもないってこと・・・ですか?」

「まっ・・・そうだろうな。しかも給料なんかも職種と年齢から直ぐに割り出せるって言うか・・・」

「それじゃ借金し放題ってことですか?」

「信用情報なんかは金融機関同士で共有されるからそうでもないとは思うけど・・・民間企業勤めよりはよっぽど・・・」

「なんか・・・公務員って良いのか悪いのか分からなくなってきました。」

その時です。先ほど一戸さんが出て行った宿直室の引き戸が空いて見慣れない人が入ってきました。その人は革靴にスラックス、上着は一戸さんと同じ作業着です。歳の頃は30過ぎ・・・くらいでしょうか?

その人は私と佐藤先生を交互に見て思いがけない挨拶を始めました。

「佐藤先生・・・ご無沙汰しております。この前の件・・・いい方向に転がっています。」

そんな挨拶から始まったその会話に当然私は入り込めません。

「所長・・・先生だなんて滅相もない。学校では先生やってるけど、そっちじゃまだ見習いだから・・・」

ん?そっち・・・?見習い・・・?私は佐藤先生の言葉が全く理解できません。でも・・・この人は東大卒・・・。

私がそんな状況を必死に解読している時、佐藤先生がその所長と呼ばれた人に私を紹介しました。

「あっ、こちら・・・教育実習生の風谷君。市内の大学に通っていて・・・・何故かこれから先生じゃない方の公務員試験を受けることになってる。」

「はい・・風谷です。一応・・・地元の土木を受けることになっています。」

「ん?・・・と言うことはキミって教壇に立って生徒に対して授業してるんだよね。」

「はい・・。一応土木計画を教えていますが・・・あとはいろんな教室で自習を担当したり、テストの監督やったり・・・」

「それじゃ、学校の雑用を色々やってる訳だ。」

「はい。出来ることが限られていますんで・・・」

「今、土木計画を教えてるってことだったんだけど・・・その授業で感じた事とか工夫したことなんてあるかい?」

「はい。普通に授業を進めると僕の声が子守唄に聞こえるらしくって生徒が直ぐに寝ちゃうんです。それで興味のありそうな事とか、身近にあった話題なんかを交えた内容にしています。今日伺ったのも市内で行われようとしている道路工事のことを題材にしたくて話を聞きにやってきた次第です。」

「それでか・・・。一戸君が事業説明に使った図面提供してもいいかって伺いを立ててきたのは・・・」

「伺い・・・って?」

「役所ってものはハンコ主義なんだ。何事も理由と目的を記した発議書ってもので発議して決裁を受けないとダメなんだ。それも本当は出せるモノじゃないんだけど使用目的が教材って事だったんでハンコ押したんだけど・・・」

「ん・・・?発議書?決裁?」

それを聞いた私が頭を傾げているとその所長が話を続けます。

「公務員のやることには全て理由が必要なんだ。それを発議書と言うものに書いて決裁権者である私がそれを妥当であるかどうか判断する。予算に関することも全て・・・」

「全て・・・ですか?」

「まっ、日常的に行われていることなんかは別なんだけど・・・。それをしないとその当人が独断で勝手にやったことになる。役所はその一職員が勝手にやれることなんて全くないから誰かの判断が必要となる。それが発議書。」

その時私は新採用職員が受けるようなレクチャーを受けていました。それは普段聞きたくてもなかなか聞けないようなことも・・・。

そして最後に言ったその言葉が印象的でした。

「その紙にハンコを押した瞬間に押した人が責任者になる。ましてやその長である所長はそれにかかる一切合切の責任を取ることになる・・・・」と。

その時、初めて役所におけるハンコというモノの重みを感じた瞬間でした。

ちょうどその時、その所長の脇にあった守衛室の内線電話が鳴りました。それにその所長が出て、「うん・・・うん・・・」と答えた直後その受話器を置きこちらを向いて口を開きます。

「佐藤先生・・・。後日挨拶に行きます。これから通行止めの決裁にハンコ押さなきゃならないんで・・これから手続きに入りますので今日のところはこれで・・・」

「うん。今日は教育実習生の教材になりそうな話だけでもと思ったけど貴重な図面いただいて・・・こちらこそ・・・」

「ありがとうございました・・・。またアドバイスお願いします。」

最後にそう挨拶をした私達は学校に向けてドミンゴを走らせていました。今ほどの所長との話から佐藤先生がどんな人なのかますますわからなくなっています。しかも、役所の長にアドバイスまでするって・・・・

その後の学校への帰り道は、先ほど通行止めになる旨の話を聞いていたのでフェリー埠頭を経由した遠回りになっていました。そんな車中で流れるラジオから先ほど聞いた通行止めの情報が流れています。

その時です。間も無くフェリー埠頭に差し掛かろうとした時、そのラジオの音に混じって何かが聞こえてきました。

「・・・・のクルマ、左に寄って止まってください。前のドミンゴの運転手さん・・・」

その時私が後ろを振り返るとどこかで見たような気がする紺色のクラウン・・・しかも屋根の真ん中で赤色灯が回転し、フロントバンパーの下でも赤橙が点滅しています。

「ん・・・?スピードも出てないし・・・なんだろう?」

そう囁きながら佐藤先生は左の路側帯にクルマを停車させました。すると後ろのクラウンから水色の制服を着た長身の男が降りてきて、白いヘルメットのツバを右手で抑えながら佐藤先生に話しかけてきました。

「佐藤先生・・・ご無沙汰しています。」

ゲッ・・このオトコ・・・舞衣さんの元カレ・・・。この時私はその顔を見た瞬間それが口に出てしまいそうなくらい驚いています。

「あっ・・・味戸くん。久しぶり・・元気そうじゃないか・・・あれ?確か交番勤務だったんじゃ・・・。今、覆面に乗ってるってことは・・・?。」

この時佐藤先生はこのようにその舞衣さんの元カレに問いかけました。

「はい・・・。念願の交通課配属果たしました。でもこの前まで地味な鑑識やってまして・・・。あっ・・・梢さん残念でした。もう一度梢さんの肉じゃが食べたかったです。」

この時この味戸という青制服もそんなことを言っています・・・・梢さんと肉じゃが。あの一戸さんと全く同じ・・・。

でも、助手席の私の存在など全く気にせず始まったそのちょっとした雑談でしたが、その内容のほとんどは私の耳に入りません。

その時私が思い出していたのは、舞衣さんがこのオトコに対して言っていた・・・「あの役勃たず・・・」という言葉です。そんなフレーズが頭の中でリフレインしている私に向かってその役勃たずが声を掛けました。

「ん?キミって、小林先生(舞衣さんのこと)と一緒にいた・・・」

「はい。義理の弟になります。こんなところで奇遇ですね。いいんですか?公務の最中に・・・・」

私はどういう訳かそのオトコに対して棘のある言い方で返していました。どうしてか分かりませんが私はこのオトコに対して腹を立てています。

「いや・・・これはちょっとした職務質問っていうか・・・」

「職務じゃないですよね。覆面パトの助手席の人待たせていいんですか?」

「いや〜まいった。キミって見かけによらず厳しいこと言うんだね。」

「厳しくなんてありません。公務員たるものその行動の一つ一つが一般市民の模範でなければならないと思っただけけです。こうしている間にでも一台でも違反車を検挙すべきなんじゃないんですか?」

私がそんな役勃たずに対して腹を立てていたのには理由がありました。それは先ほどの所長の話の中で、公務員は下僕だけど一般市民の模範にならなきゃならない。いつも鵜の目鷹の目で見られているのだから決して間違ったことは出来ない・・・

そして、その重い言葉の最後に付け加えた言葉・・・

「私生活もそうだけど、公務中は決して疑念を抱かれる行動を執ってはならない。」

というその言葉でした。しかし、このオトコは雑談をするためにこのクルマに停車命令を出して時間を潰しています。

その時です。もう少し行った先にあるフェリー埠頭の方からガンメタリック色のGTRが勢いよく加速して来て中央分離帯を挟んで停車している覆面パトを挑発するかのように通過間際に「パンッ・・」とバックファイヤーを吐いて通り過ぎて行きました。

「あんなクルマ取り締まらなくっていいんですか?警察なめられてますよ?」

その時私はますますそんな言葉でそのオトコを責めました。いや、責めたつもりでした。でもそのオトコが佐藤先生に別れ際に挨拶した後私に言ったその言葉で自分が少しつけ上がっていたことに気付かされます。

「それじゃ・・・これからあのGTRの切符切ってくるから・・・えっと・・・〇〇33と9315・・・で、いいんだっけ?さっきのGTR。」

もう、私の完敗です。猛スピードで走り去ったクルマをチラッと見ただけでそのナンバーを判読していたなんて・・・やはり本職です。もうその後私の口から言葉が出なくなってしまっていました。

その後、そんな覆面パトと分かれて佐藤先生が運転するドミンゴが少し進んだところでその佐藤先生が囁きました。

「今の味戸君ってさっきの一戸くんとバッテリー組んでたんだよね。ソレで部活帰りに僕の奥さんが作った肉じゃがたくさん食べて行ったんだ・・・二人で鍋ひとつ分くらい・・。」

「そう言うことがあったんですね。その・・・さっきの警察も先生が担任していた土木・・?」

「彼は野球特待組でね・・・普通科入学だったんだけど、身長がやたら高くってキレのある球投げるってことで当時の野球部監督が引っ張ってきたんだよね。でも・・・高校に来て思うような成績残せなくって悔しがってたよ・・・」

「そんなことがあったんですね・・・ひとの繋がりって分かんないですよね。」

「うん。僕はね、この歳まで生きてきて一つわかったことがあるんだ。世の中は広いけど、ひとの繋がりの世界は案外狭いって・・・。自分の知らない身近なひと同士が繋がっていたりするからね・・・」

「世の中ってそんなモノなんですね・・・・」

そんな会話をするドミンゴ車の中から対向車線にどこか見覚えのある白いアルトが見えて来ました。そしてすれ違い側にその運転席を見るとそれはまさしく私の母さんです。

そのアルトは私のハチロクの代車として舞衣さんの実家である小林車体から出されていたクルマで、そのクルマを私の義父さんが面白がっていろいろと手を加えたクルマでした。

そのクルマは白い車体に白いホイール、しかも車体のサイドには女性仕様車を表すステッカーまで貼ってあるごく普通の軽自動車です。

中身を除いては・・・。

それは舞衣さんの実家である小林車体で使っていた代車のアルトの車体に、ワークスのワンメークレース車両と全日本ラリーの車両の部品を取り付けたサンコイチ車両となっています。

しかも、足回りがラリーのグラベル仕様となっていて若干車高が高い仕様となっていました。

これがそんな車両だと気付く人はいないでしょう。アレを使わない限りは・・・。

その「アレ」とは、そのアルトに義父さんが面白がって真面目に取り組んだターボラグを無くすアンチラグシステムが装着されていることです。それは禁断のスイッチをONにしない限り作動しませんが・・・それが作動した瞬間、この世のものとは思えない破裂音に包まれます。

そもそも私の義父さんは静岡にある某自動車メーカーの研究所勤めでしたが、結婚まで考えていた彼女の社内不倫を機に退社して私の実家近くにある役所勤めをしていました。

クルマいじりが趣味だとは聞いていましたが、次第に私のハチロクのエンジンを研究所横流しのエンジンに載せ替えたり、同級生の理央にエンジンの構造を勉強させたりするという謎多き人でした。でも、勤めていた研究所で取り組んでいたのはターボチャージャーの効率向上とそのアンチラグシステムだったのです。

ソレを知るのは翌年になってからなのですが、ソレを知った時に私は腰を抜かすほどびっくりすることになります。それはコレから数年先に発売されるクルマにその義父さんのノウハウが組み込まれていたことに・・・

そんなごく普通のクルマに見えるを運転していた母さんは今朝、午前中にマコトの母さんをフェリー埠頭に迎えに行くと言っていました。すると助手席にはマコトの母さんが乗っていると言うことになります。

そしてこれから母さんの予定通りマコトの姉であるアキラが入院している病院に向かっているのでしょう。

その後佐藤先生の運転するドミンゴは細い路地など利用して学校へ向かい、あまり時間を要することなく学校へ到着しました。すると、その駐車場に見慣れないクルマが2台駐車しています。それは黒いタクシーと足立ナンバーの白いワンボックス車。

そのワンボックス車の屋根にはなんでも積めそうな大きなルーフキャリアが付いていて、そこに載っているたくさんのアルミのケースに貼ってあったカメラブランドのステッカーからこれはテレビ局の番組制作スタッフのものと思いました。

今日の昼休みにマコトの非常勤講師としての辞令交付式があるとは聞いていましたが、そんなところも撮影するとは意外です。

その時私が聞いていたのは吹奏楽部が長期取材を受けると言う事だけでしたが、そんな取材の前からその部活の外部講師となるマコトの取材が始まるとは・・・。

でも、そんな講師が現役のバスガイド・・・やっぱり話題性はありそうです。

その後私と佐藤先生が職員室まで行くと、予想に反してその職員室は平穏そのものでした。私の予想だど取材陣が入っててんやわんや・・・という感じかと思っていましたが・・・。その取材陣はどこに行ってしまったのでしょうか?

そんな疑問が晴れない中私は実習生控え室に戻り、先ほどもらった図面を広げて明日の授業でこれをどのように使おうか考えながら、授業の進め方などをノートにメモしていた時、突然午前中の授業終了を告げるチャイムが鳴りました。

その図面を結構な時間眺めていたことに初めて気付かされた時、窓の外から空気が震えるような大型車のV8エンジン独特の排気音とともに、時折エアーの抜けるキシー・キシー・・・と音が聞こえその音が近づいてきます。

しかもバスガイドがバックの誘導をする「ピピー・ピピー・・・」というホイッスル音と共に。

ちょうどその時、午前中の実習授業を終えた実習生が数人単位で控え室に戻って来て窓の外を眺めていました。その中にあのふたばの姿も・・・

「アンタ・・・あれ見て・・・。」

控え室に戻ってきたふたばはいきなり私にそう声をかけて窓の外を指差していました。私がそれに釣られるように3階の窓から見下ろした時私の目に映ったのは、見覚えのある大型観光バスを職員駐車場にバック誘導しているマコトの姿です。

そのバスは中二階の背の高いバスで、おそらくマコトの先輩バスガイドの夏帆が大好きだと言っていたふそうのエアロクイーン・・・。

そんな背の高いバスのせいかソレを誘導しているマコトの姿がやたら小さく見えました。

その姿は青いスカートに赤いチョッキに赤い帽子。それに相対する白いブラウスと白手袋がなんとも言えない姿です。

バスのカラーリングとお揃いになっているその色の制服を着たマコトがバスの左後ろに着きながら誘導している・・・

そんな姿に見惚れていた私の隣で、同じくそれを見ていたふたばが囁きました。

「アンタの彼女ってやっぱり小さいね。なんか、お人形さんみたい・・・。でも羨ましいわ・・あんな格好でみんなに見てもらえるような華々しい職業って・・・」

「うん。あんな職業はこの世界でもごく一部だと思うんだ。でも、あれはアレで大変だと思う・・・。」

「何が大変なのさ・・・」

「うん・・・。何せ目立つし、あれが会社の顔・・・だからね。お客さんの前で粗相出来ないでしょ?」

そんな会話をしながらそのバスを誘導しているマコトの姿に見入っていると、最後にそのホイッスルが「ピッ・ピッ・ピッ・ピ〜」に変わった直後バスが停車して「プシュー」という音と共にバスの車体の前側が低くなって行くのが分かりました。

そして停車したバス左前のドアが開いてもう一人のバスガイドが降りて来たかと思うと、中から降りてくる人たちに頭を下げて何やら挨拶をしているようです。

その人たちはカメラや大きな箱、そしてよく撮影で使う大きな板みたいなもの(後で聞いたらそれはレフ板というものでした)を持っていたのでそれが撮影クルーであることが分かりました。

でも、なんでそんな人たちがマコトと同じバスに乗っていたのか?う〜ん・・・謎です。

その時でした。窓の反対側の廊下に面した側の引き戸がガラッと開いて上下ジャージ姿の舞衣さんが顔を覗かせました。

「風谷先生・・・職員室まで・・・」

その時、周りの実習生がそんな舞衣さんの身なりを見て驚いています。普段は上下ビシッとスーツで固めている舞衣さんが体育教師みたいな格好で、しかもそのロングヘアーもポニーテール・・・。

そんな舞衣さんの元へ実習生が駆け寄りました。ちなみに私を除く自習生は全員女性で、ふたばを除く全員で舞衣さんを取り囲んでいます。

その実習生たちは、普段から舞衣さんのメークだったりその立ち居振る舞いを話題にしているくらいだったので、その驚きがすごいことに・・・。

「小林先生(舞衣さんのこと)・・・そんな姿も素敵です。いつもと真逆な格好なので・・・・なんとも言えないそのギャップが・・・」なんて言って詰め寄っていますが、要はそれってギャップ萌え・・・・ということなんでしょうか?

結局その後実習生全員で職員室に向かうことになってしまいましたが、その途中廊下を歩く舞衣さんの後ろの実習生2名が舞衣さんのうなじのあたりを覗き込みながらヒソヒソ話を始めました。

「ねえ・・・小林先生の耳の後ろのアザって、アレ・・・キスマークだよね。」

「あっ・・・やっぱりそうだよね。ちょっと気にはなってたんだけど・・・。でも、小林先生って週末ディスコでお立ち台に乗ってるイメージだけど・・・やっぱりカレシもいるよね・・・」

「そうだよね。そのカレシってどんな人なんだろうね?このボディーを受け止められるカレシって・・・・」

そんな会話が聞こえていますが・・・・ゴメンなさい。ソレ付けたの・・・・僕です。

この時私は誰に対してかは分かりませんが、その誰かに対して謝罪してしまいました。この中で私と舞衣さんがそんなことになっていたなんて分かる人は世の中広しと言えど当事者のみ・・・となります。

結局その後実習生全員で行った職員室では、教頭先生の机の前で撮影クルーが何やら照明などをセットしていました。そしてその傍らではちょっと年のいったもう一人のバスガイドを撮影してカメラチェックが行われていました。

そんな中、職員室まで我々実習生を連れてきた舞衣さんが「ここで見てて・・・」と言った職員室に入ったすぐ脇でそれを眺めていると、昼休みが始まったということで興味本位で覗きに来た生徒の顔がチラホラ見え始めています。

そんな中、その生徒たちが左右に分かれて誰かに道を開けた様になったのが分かりました、

「エンちゃん・・・」

そんな生徒の中からから急にそんな声が・・・。

それはこれからそのカメラの被写体となる真琴の声でした。真琴はそんな中から私に手招きして階段のホールまで誘導します。その姿は足元こそ来客用のスリッパを履いていますが、そこから頭のてっぺんまで本物のバスガイドそのものでした。

その制服は会社のイメージカラーを組んだバスの外装色と同じ色使いとなっている青・赤・白の鮮やかな色使いとなっています。でも、そんな鮮やかな制服を着て営業用のメークをビシッと決めているそんな真琴が困ったような表情をしていました。

というか、今にでも泣き出しそうです。

「エンちゃん・・・・どうしよう・・・。なんか大ごとになってる感じがする・・・。今日だって朝になって急にテレビ局の人乗せて市内観光することになって・・・しかもそんな様子も撮影されて・・・」

この時真琴は、自分の置かれた立場に戸惑いを隠せない様子でした。それは現役バスガイドが吹奏楽部の外部講師として指導して全国を目指すというドキュメンタリー番組の取材の始まりに過ぎません。

「マコちゃんは大好きだった吹奏楽を自分の理想に近づけるためにこれから踏み出す。それって、去年急に転校することになって果たすことができなかったマコちゃんがやり残したことじゃないか?会社もバックアップしてくれるってことだから自分がやりたいように思い切りやればいい・・・。それにコレって今でしかできない事でしょ?」

私はその時、まるで事前に準備していたかのような言葉を真琴に送りました。でも、このことは私とマコトの結婚が先延ばしになるということと同じでしたが・・・。やはり真琴もその辺が引っかかっていたようです。

「でも・・・エンちゃんが就職して地元に帰っちゃっても、これが終わらないとエンちゃんのところへ行けないし・・・」

その時マコトは申し訳なさそうにそう呟いていました。でもいいんです。マコトが納得できれば・・・。

そして、自分が取り組んできた吹奏楽というものに悔いが残らないようにしてもらえれば・・・

「早坂・・・早坂いるか?」

すると先ほどカメラテストでモデルになっていたもう一人のバスガイドが職員室から廊下に首を出してマコトを呼んでいます。

「あっ・・吉ティー・・・吉田ティーチャー。私たちガイドの先生。じゃ、エンちゃんあとで・・・」

マコトはそう言い残すと、こらから辞令交付の行われる職員室へ駆け込みました。

私も生徒をかき分け後を追うように職員室に入ると既に辞令交付式が始まっていました。

そして式の冒頭、マコトがこの高校に在籍していて吹奏楽部のレベルを飛躍的に上げたことや、その志半ばで転校してしまった経歴などが紹介されています。

そしていよいよ校長がマコトの前に立ちました。

「早坂真琴殿・・・貴殿を我が高校の吹奏楽部の外部講師に任命する。我が校吹奏楽部の全国大会出場に力を貸してください・・・」

校長がそう言いながら小さい紙を真琴に渡しました。すると校長の隣で式の司会をしていた教頭が真琴に声が掛けます。

「たった今、吹奏楽部の講師になられました早坂先生より一言・・・」

ん・・?先生・・・?考えてみれば講師といえど生徒に指導する立場・・・やはり先生です。

そこでたった今辞令を受け取った真琴が周りの職員を見回し挨拶を始めました。

「わたしは先生なんて柄ではありませんが、皆様のご期待に応えられるよう顧問の小林先生と一緒に全国を目指します・・・。というか、わたしが一番行きたいのかもしれません。そして付属サウンドを全国に轟かせたいと思います。」

その言葉を聞いた職員全員が再び拍手でそれに応えています。そして、そのみんなの視線の先にいる真琴自身はちょっと言い過ぎた?みたいな顔をしていました。

その後、吹奏楽部の顧問である小林先生が真琴の挨拶に付け加えます。

「今じゃ強豪・・・なんて言われている我が吹奏楽部も、工藤さんが在学中そのレベルを引き上げたといっても過言ではありません。しかも訳あって2年しか在籍できなかったんですが・・・その2年間でです。それでその後その工藤さんがやって来たことを誰もがマコトマジックって言うようになって・・・。」

舞衣さんがそこまで話すとマイクを持った若い女性が舞衣さんにマイクを向けました。

「吹奏楽部って体育会系文化部って言われますけど・・・やはり体育会系なんですか?」

そう質問される舞衣さんの出立ちはどこから見ても体育の先生です。

「い・・・いや・・・そんな事は無いですけど基礎体力は大事だと思っています。案外楽器演奏って体力使いますし、練習時間が長くなると音程を保つのも大変ですし・・・・それこそ体力が大事です。ですから体力作りも練習の一環でやっています。」

やはり現役の先生です。リハなしで急に振られたそんな話題に即答しています。そしてその言葉の最後に付け加えました。

「今日から講師として一緒に指導してくれる工藤さんって見かけによらずスパルタなんです。そんな工藤さんともう一度吹奏楽を一緒にやれるのかと思うととても嬉しいです。」

するとマイクを持った若い女性がもう一度小林先生マイクを向けました。

「工藤さん・・・って?」

「あっ・・・・すいません。親御さんの再婚で、今は早坂さんでした。」

その昔、たまたま近所の中学校の定期演奏会に行った舞衣さんがそのユーフォニアムの音色に惚れ込み、校長に直談判してその時制度がなかった吹奏楽部の特待制度を創設させ、やっとのことでそのユーフォニアムの奏者であった真琴を吹奏楽部に入部させていました。

それから自分の受け持つ吹奏楽部のレベルが急上昇してたった2年で吹奏楽の強豪校になっていました。しかし、真琴の転校によりその後の指導に悩んでいたいた時に降って沸いた真琴が外部講師になるという話・・・。

その時一番胸を撫でおろしたのは舞衣さん本人かと思います。

そんな状況を感無量の思いで見つめていた私の背後からまたまた声が・・・。

「エンちゃん・・・。ねえ・・・あの小林先生って真琴の中学3年の定期演奏会の後ウチに来て真琴を付属に進学させて欲しいって土下座したんだよ。その時ウチは経済的に無理だから公立校に入れるって話したらその時、絶対特待生として迎えますから検討してくださいって言い残し帰ったんだけど・・・・。」

そう声をかけられた私が振り返ったところにいたのは真琴の母親と私の母さんでした。真琴の母親とは以前友人の織田が真琴の姉の晶(アキラ)との交際を申し込む際に、その母親に土下座をしていた時に偶然会っていた時から面識がありました。

「そんなことがあったんですね・・・・。知ってますか?その時はまだ、吹奏楽部に特待制度がなったんです。」

「えっ?そうだったの?」

「はいそうです。その後小林先生が校長に直談判して口説き落としたんです。」

「次に来た時学費免除の特待で迎えることができるってハナシしに来てね。それで真琴小林先生にを預けたんだよね。そこまでして真琴が欲しかったのね。でも、途中で転校させちゃったでしょ?真琴にもコッチに残りたいって泣かれたんだけど・・・。」

「マコちゃんもその時言ってました。お姉ちゃんは成人してるから良いけど自分はまだ未成年だから親のいうことは絶対だって。」

「そんなことまでして連れて行った先で本当に辛い思いもさせてしまって・・・。今思えばあのまま晶の元に残しておけば・・・」

「義母さん気に病まないで下さい。今のマコちゃん・・・・すごく輝いています。バスガイドとしても吹奏楽の先生としても・・・。北海道に渡らなかったらこうなっていたとは限りません。」

「うん・・・。自分の娘ながらすごく輝いていると思う。内地に戻る理由として選んだバスガイドって言う仕事しながら、大好きな吹奏楽にも携われるだから・・・」

その時ふと見た職員室の中では、いつの間にか真琴も女性がらマイクを向けられ何か聞かれているようでした。そんな真琴は手振り身振りでソレに応えていて、その表情からは先程泣きそうだった事なんて微塵も感じられません。

すると今度は真琴の母親の隣にいた私の母さんが私に尋ねます。

「アンタって残酷なオトコだね・・・。アンタが就職して真琴さんと一緒になったら、そのバスガイドっていう職業も大好きな吹奏楽二つとも真琴さんから奪うことになるんだよ・・・」

そうなんです。私はそんな真琴を地元へ連れ帰ろうとしていました。でも、真琴自身の幸せを考えると・・・・その答えを出すのは時期尚早かもしれません。今は、目の前にある事柄を一つ一つ進めていくしかないのかもしれません。

それはこの後予定されている我が風谷家と真琴の家である早坂家との結納・・・。

その結納が終われば、私と真琴の関係はカレシ・カノジョの関係から婚約者という次のステージに進むこととなります。それは簡単にくっついたり別れたりできない関係・・・。

でも、その時すでにその真琴と一緒になること心に決めていた私の中には何の不安もありませんでした。

真琴の母さんからソレを聞くまでは・・・。

たった今辞令交付式が終わり、撮影陣から解放された真琴が職員室から私たちに先程校長先生から受け取った辞令を見えるようにしながら出て来ました。

「すごく緊張した・・・。照明当てられてすごく暑くって・・・。」

そう言う真琴の手に掲げられているその紙を見るときちんとその内容が記されています。しかも、その手当の額も・・・。その額は私が勤めているバイト先のガソリンスタンドの倍以上の単価となっていました。

それだけこの真琴が期待られている分そのプレッシャーも大きいのだと思います。

「あれ?のどかちゃんとルカちゃんは?」

その時真琴は周りを見回すような素振りで、私が初めて聞く名前を口にしました。

「ん・・ルカ?・・・ルカ・・・ちゃん?」

「うん。わたしの妹の遥(ハルカ)・・・。今、多分つかまり立ちの頃だと思うんだけど・・・・」

私はこの時この真琴にもわたしと同じような歳の離れた妹がいることを知りました。するとそんな時母さんが話に割って入ります。

「うん・・・遥ちゃんってすごく可愛くって・・・。さっき、病院併設の一時お預かりに預けてくる時もみんなのアイドルみたいになっちゃって・・・。」

「のどかはどうだったの?」

「うん・・・そこにあったママごとキッチンに夢中で・・・・。それでさ・・・その託児所に向かう途中フェリー埠頭の前の大きな道路で覆面パトカーに止められて難癖つけられちゃって・・・」

「えっ?」

あの時別れた覆面パトのカレは、私と佐藤先生に走り去ったGTRを捕まえに行くと言っていましたが・・・実際には母さんが運転する普通のアルトを停車させていました。」

「それでなんて言われたの?」

「ん?・・・・前にここでゼロヨンやってただろう・・・って。そしてハンドルの前のブースト計見ながら覆面が追いつけなかったんだからすごい改造してるだろうって。」

あのヤロー・・・この時私に中にメラメラと怒りが湧いて来ました。

「母さんそれからどうしたの?」

「うん。コウちゃん(私の義父さんのこと)が趣味でコツコツいじってたこのクルマがすごく速いのは運転しててすぐに分かっていたの。フルブースト掛けたらあんなクラウンなんてちぎっちゃうくらい・・・でも見た目ノーマル主義だからどこ見られても大丈夫だろうってことでボンネット開けて見せてあげたの。」

「そうしたら?」

「このクルマこそ覆面だって・・・羊に皮を被った狼だって・・・。エンジンが違うけどエンジン形式が車検証と同じだから切符も切れないし、インタークーラーの位置が違うのと、タービンのあたりに分からない配管が付いている以外は改造の形跡がないってことで無罪放免。」

「あとなんか言ってた?」

「車検証見て、なんで小林車体のクルマでこんな所走ってるんだ・・・・なんて言われてね。」

「それでどうしたの?」

「義理の息子のところのクルマでどこ行こうが関係ないでしょって言ってやったの。そうしたらカラダをピンとして敬礼しながら失礼いたしました・・・・だって。意味わかんなかったわ・・・。」

「そりゃ・・・ね。あと、なんか・・・」

「あっ、そうそう・・・。前にゼロヨンやってたのがこのクルマと同じナンバーだったんだけど・・・なんて言ってたけど・・・アンタ・・・」

「えっ?」

「どうせ・・・前にあの覆面ぶっ千切ったんでしょ?」

「う・・・ん。実は・・・」

正確に言うと、舞衣さんのEP71(スターレットターボ)と一緒にその覆面を千切っていました。と言うより、その覆面がついてこれなかったと言うのが正確かと思います。今じゃ信じられませんが、この時代自然吸気の大排気量エンジン搭載車より、軽量小排気量のターボ車が速いなんてこと度々ありました。

それは軽自動車と言えど例外ではありません。それほど義父さんの大人のおもちゃ(外見女性仕様車のアルトワークス)が速かったと言う事です。

「全く・・・この子ってこんな顔してこんなところあるから、真琴さん・・・しっかり見張っておいてね。」

「大丈夫です。わたしが付いていますから・・・・。埠頭のゼロヨンも程々にしろって言っておきます。でも、やるだけやればそのうち落ち着くと思いますんで・・・」

そしてそんな真琴から、今ほど真琴をやっと解放してくれたその撮影陣が午後のロングホームルームの後に予定されている1時間だけの部活も撮影するということを聞きました。

要は、東京から遥々撮影に来ているので撮れるものはなんでも撮って帰りたいと言うことなんでしょう。

その撮影クルーは今ほど昼食のためどこかへ行ってしまい、真琴が乗ってきたバスもそんな真琴を置いて会社へ戻ってしまっています。ちなみに真琴の会社はこの高校の目と鼻の先です。

そして、予定では午後のロングホームルームの後工業科の空き教室で行う予定だった結納を時間前倒しして、昼休み時間からホームルームの時間にかけてそれをやることに変更していました。そして、先程母さんが真琴を引き連れて学校隣のコンビニに弁当を買いに行っています。

そして残された私と真琴の母さんは工業科の空き教室の机に座っていました。

先程舞衣さんに案内されたこの教室の入り口には工業化学科1年の表札が付いていましたがここ2年ほど使われていません。この高校は今年度をもって工業科が廃止されるため今の3年生が卒業するのと同時に工業科は無くなります。

この高校は工業大学の附属校として工業高校からスタートしたと聞いていました。その高校が来年度から普通科に完全移行し、しかも進学に重点を置いた特進クラスも増やされます。コレって時代に流れなんでしょうか?

工業高校の土木を卒業している私にとって、ソレはどこか寂しい限りでありますが・・・。

そんな空き教室の4個くっ付けられた机に相対して座る真琴の母さんがどこか落ち着かなように感じました。そして何かを言い出せない雰囲気も・・・。

「あの・・・義母さん・・・。何かあるんですか?さっきから・・・」

「ん?・・・・コレ、言うか言わないかすごく迷ったんだけど・・・。親として実の娘のことをきちんと伝えなきゃって思って・・・。」

「ソレって凄く言い難いことですか?」

「ねえ・・・。エンちゃん・・・北海道であの子の身に起きたことって聞いてるよね?」

「はい・・・聞きました。打ち明けるのをすごくためらっていたみたいなんですけど・・・。でも、大丈夫です。僕は全部ひっくるめて真琴さんのこと好きだと思ってますから・・・」

「なんか若いっていいね・・・・。そんなに想ってもらえる真琴も幸せだと思う。でも、そんな真琴本人も知らないことがあるの。」

「えっ?なんですか?ソレって僕になんて教えちゃっていいんですか?」

「うん。生涯伴侶となる人になら尚更・・・。それに、それって夫婦だけじゃなくって嫁いだ先の家のことでもあるから・・・」

「結構重い話・・・・ですね。」

「うん・・・。場合によっては、この結納・・・・なかったことなっても仕方がないとも思ってる・・・」

「それって・・・・」

「真琴が義理の弟に薬飲ませられて乱暴されちゃった話は真琴から聞いてた通りなの。でも、その後しばらく入院してた病院で色々検査する中で分かった事なんだけど・・・。そこで真琴を診察した婦人科の先生から母親であるわたしにだけに伝えられたことがあって・・・。それってそこまで検査しないと分かんないことらしくって・・・」

「義母さん。僕は自分が諦めが悪いオトコってだけは自覚してますし、それだけは自信があります。何を聞いてもマコちゃんを諦めることはしません。だから・・・」

「エンちゃんがそこまで言ってくれるんなら最後まで言うわ・・・。女の娘って、生まれ持って卵子の元を持っているものなの。」

「はい・・・それ知っています。生涯排卵する数をすでに持ち合わせているって聞いたことがあります。」

「うん。それじゃ話が早いわ・・・・。真琴ってソレの持ち合わせが少ないみたいなの。」

「えっ?それじゃ・・・・」

「うん・・・。真琴って子どもを授かれないカラダみたいなの。婦人科に入院してた時、お見舞いに来た部活の子たちに卵巣関係の病気ってことにして、当たり前だけど決してレイプだなんて言わなかったんだよね。でも、まさにその病気こそが本当のことだったの。」

「それって・・・・・」

「普通、この病気って結婚して何年も妊娠しなくって不妊治療で病院訪れてそこで検査して初めて分かるような病気なの。未婚で、しかも二十歳前で分かるなんて本当にまれ・・・」

「治療とか・・・・?」

「ううん。あの子のそれって先天的なものだって・・・。本当にゴメンなさい・・・。それってそんなふうに生んじゃったわたしの責任。」

「そんな・・・それは誰の責任でもありません。そんなに気に病まないでください。」

この時私は真琴の母さんにそう言葉を掛けました。その時真琴の母さんが思いがけないことを打ち明け始めました。

「死んじゃった真琴の本当の父親とわたしって・・・・・従兄妹同士だったの。法律上なんら問題のない結婚だったんだけど・・・・やっぱり周りの目がキツくって・・・・周りから血が近いと子どもに悪影響があるんじゃないかって言われ続けてね。」

その時・・・私は自分の妹であるのどかのことを思い出していました。私と母さんとの関係の後生まれたのどかは、その可能性が限りなくグレー・・・。その証拠として義父さんが無精子症・・・・。しかも、そののどか自身の発達が遅い・・・。

この時改めて自分がしてしまったことが物凄くとんでもなかったと後悔しています。

「従兄妹同士ってそんなに影響あるものなんですか?」

その時私はそんな不安を払拭したくなってそう尋ねました。

「わたしも晶を妊娠した時不安になって産科の先生に相談したこともあったの。」

「全く影響ないって言われたんですよね!」

私はこの時、ソノことを全否定して欲しい気持ちで語気を荒げるように再びそう尋ねました。

「うん・・・。ほとんど影響は無い・・・・って」

「えっ?・・・・ほとんど?」

「うん・・・。その・・・ほとんど・・・っていうのが曲者で・・・結構悩んだの。そんな時親族から心ない言葉かけられちゃって・・・それに激怒した父さんがわたしを引き連れてこの街へ引っ越して来たってことなの。」

「そんなことがあったんですね。でも・・・僕はへっちゃらです。真琴さんさえいてくれれば・・・」

その時私がよほど不安な表情をしていたのかと思いました。そんな顔を見ながら真琴の母さんが話を再開します。

「で・・でも安心して。生理もきちんと来るし私生活には全く影響ないから・・・・。無排卵・・・・なんだけどね・・・。」

そういう真琴の母さんの表情は曇っていました。私自身もちょっとは気になりますが、そう言うことをひっくるめて真琴と一緒になる覚悟はできているつもりです。でも・・・真琴自身がそれを知った時、気に病むことは明らかでした。

女性は、結婚すれば子供を産みたくなるのは当然の流れです。ましてや、友達だったりかつての同僚なんかから妊娠した・・・なんて話題を聞いた時、その真琴がどんな思いをするのか・・・・。

その時一瞬だけ、本当にその一瞬だけいっそ結婚しないほうが真琴にそんな辛い思いをさせなくて済むのか?・・・なんても思いました。

でも、そんなことがあったなら二人でその思いを分ければ少なくとも真琴の負担は2分の1になるのでは・・・と、逆に前向きに考えることにして、自分自身の選択肢の中に真琴と一緒にならないという選択肢はありえないと前向きに結論づけました。

ダメですね・・・。私はどうも言葉でまとめないと自分を納得させられないと言うか・・・納得しないと次を考えられないという癖があります。コレって今朝ほどふたばや舞衣さんに指摘されていたところなんですが・・・。

そしてたった今頭の中で自分を納得させたことについて伝えました。

「確かに夫婦に子供を授かると言うのが幸せなカタチというのは知っています。でも、幸せの形なんてそれぞれだと思うんで・・・。子供いなくたって仲良い夫婦っているじゃないですか?僕には真琴さんさえいればあとは何も要りません。」

その時私は真琴の母さんにそう言い切りました。そんな義母さんの顔から不安な表情が消え穏やかな表情が戻って来ています。

「もしかして・・・・弁当買うってことで、わざわざド派手なバスガイドを校外に連れ出した母さんって、僕と義母さんを二人きりにするっていう作戦ですか?」

「うん・・・そうなの。でも、香織さん(私の母さん)ってすごい人だね・・・。息子であるエンちゃんが何を考えてるのかなんでもお見通しなの。あの子はいろんなもの見て辛い経験してるから、真琴さんを手放すようなことはないから安心して・・・なんて言われていたんだよね・・・」

「そうなんですよね。僕って昔から母さんの手のひらで踊らされているって言うか・・・・」

「でも、そんな香織さんが言ってたよ・・・・もう、母親としての範疇を超える頃だって・・・それが息子の結婚だって。」

「でも僕は就職前・・・マコちゃんだって就職はしてるけどまだ18歳・・・世間からすればまだまだママごと・・・」

「いいじゃないママごとだって・・・・。考えてみて?コレまで全く違った環境で育った二人だよ?コレまで見て来たものも違うし、同じモノを見ても感じ方も違う・・・最初からうまくいくとは思えない。だから最初はママごとでいいの。」

「それでいいんですか?」

「うん。それでいいの。コレから一生かけてお互いの理解を深めて行ければ・・・」

「はい・・・わかりました。最初は意見が合わなくてケンカしてマコちゃんに辛い思いさせちゃうかもしれませんが、楽しい時は一緒に楽しんでそんな辛い思いが吹き飛ぶような家庭にしますから・・・」

それを聞いた真琴の母さんの瞳から涙が溢れていました。

「うん・・・母親としてすごく幸せ・・・。死んじゃった真琴の本当の父親からそんな言葉かけてもらいたかった・・・」

そう言うと今度は両手で顔を押さえて号泣してしまいました。そんな私は何も出来ずオロオロするばかりです。

そんな時母さんと真琴が教室に入って来て、真琴がそんな母親の姿に驚いています。

「真琴・・・アンタ・・・いいひと捕まえたね・・・こんな変態なかなかいないよ・・・」

この時真琴の母さんは私のことを変態と表現しました。ここ最近私はいろんな人からその変態と言われています。

でもその変態という言い方は、私の中で段々と人を凄く称える褒め言葉のような気がして来ました・・・それこそ本当の変態?

「えっ・・・エンちゃんって、母さんを泣かすほどの変態だったの?」

「うん。すごいドヘンタイ。真琴のこと好きすぎちゃって・・・・母さんちょっと引いちゃった。」

「真琴さん・・・えらいオトコに捕まっちゃったね。このオトコ・・・・一回言い出すとテコでも動かない頑固モノだから、どこにも逃げられないよ。」

私の脇でそんなやり取りを見ていた母さんが真琴に向かって、半ば茶化すようにそう伝えました。

「え〜・・・そうなんですか?わたしも引いちゃうかも・・・・・。」

「えっ?マコちゃんまで?」

「でも安心して。私もそうだから・・・お互い様ってことで。」

そんなこんなで結納式とやらが始まりました。そのやりとりは緊張していてよく覚えていませんが、その最後に真琴言ったその言葉だけははっきり覚えています。

「謹んでお受けいたします。ふつつかものではありますがよろしくお願いします。」

その時真琴は、バスガイドの派手な制服のままそう言うと深々と頭を下げ私たち親子の申し出を受けてくれました。そして、今度はその真琴が顔を上げて私をじっと見て、更に私に手を取って言葉を続けます。

「エンちゃん・・・幸せにしてなんて言わない。一緒に幸せになろうね・・・そして私がおばさんになってもおばあさんになっても手を繋いで一緒に歩こうね。」

「うん・・・・。」

この時私は言葉を無くしました。そして自然と自分の瞳から涙が流れるのが分かります。

「真琴さん・・・これからよろしくね。この子、来年には就職して地元に戻っちゃうけど急がなくっていいから・・・その時が来たら嫁いでね。この子(私のこと)さえいれば良いでしょ?」

それを見ていた母さんがそんな真琴にそう伝えると真琴は立ち上がって大きく息を吸いました。

「はい・・・喜んで!」

その時の真琴の笑顔は営業スマイルではありません。それぞ真琴自身の本当の笑顔・・・

でも、今ほど母さんが「息子である私さえいれば・・・」なんて気になる事を言っていましたが・・・・この時はそれが何を意味しているのか全く分かりませんでした。

そして、前に真琴と一緒に買った指輪を真琴の指に嵌める段階になりました。

「真琴・・・右手?左手?どっちにつけてもらうの?結婚指輪じゃないんだからどっちでもいいんだよ。」

その時真琴の母さんがそう声を掛けました。すると声をかけられた真琴が即答します。

「左手に・・・って決めてたんだ。友達の中にはカレシに買ってもらったシルバーを右手に着けている娘もいるから・・・正式なものは左手にって決めてるの。それに、仕事中厄除けにもなるし・・・」

「ん?厄除け?」

「実はね・・・バス乗ってると言い寄ってくるオトコって結構いるの。カレシいるの?とか、付き合わないか・・・とか、遊ばないか・・・とか。」

「そ・・・そんなに・・・」

「真琴さんって可愛いからね。」

「それで・・・なんです。左手の薬指に指輪着けてると結構厄除けになるみたいで・・・」

「そう・・・だよね。それって婚約してます・・・とか、結婚してます・・・ってことだもんね。」

その後、母さんから真琴の母さんに結納金が渡りその式が終わりました。

「本当は嫁入り道具買ってそれを持たせるのがこのお金なんだけど・・・今、そんなの買っても邪魔なだけだよね。これは真琴が嫁ぐ時の持参させますので・・・」

そこでちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムの鳴る中、どこか申し訳なさそうにそう言いながら義母さんがその封筒をバッグに納めてその結納というものが終わりました。

本来であればこの後全員で会食・・・という流れになるところですが、この後部活を指導している姿を取材される予定となっていたので、先程母さんと真琴が買ってきた弁当をその場で頂くこととしていました。

そして自分で買ってきた弁当を私に差し出す真琴の左手薬指にはシルバーのリングが輝いていて、今更ながら私たちは婚約者同士であるという実感が湧いて来ます。そして渡された弁当を見るとそれは小学生の大好きそうな弁当でした。

「エンちゃんの好きなもの弁当だよ・・・」

そう言われて差し出された弁当はハンバーグカレー弁当で、そのおかずとしてスパゲッティーが添えられているものでした。

「アンタ・・・いつまで経ってもお子様だね・・・」

そういう母さんはカツ丼弁当です。そしてサンドイッチを食べながら真琴が訪ねました。

「母さんたち・・・これからどうするの?」

「うん・・・これから晶の病院に行って先生の話聞くことになってるの。お腹の子のこともあるし・・・・織田さんも来るっていうし・・・」

要領のいい織田はすでに卒業に必要な単位をほとんど取ってしまっていて、4年生になってからは卒論をまとめるだけになっていました。そんな織田は晶との結婚を見据えてバイトに明け暮れています。そんな織田が午後のバイトを休んで晶の病院に駆けつけるということになります。

「ねえ、部室・・・・行ってみない?」

昇降口で母さんたちを見送った真琴が急にそう言い出しました。

「うん。良いけど・・・・」

そう言いながら腕を引っ張られて吹奏楽部の部室前まで来ていました。前に一度だけ来たその場所は、楽器倉庫兼用となっていて厳重に施錠してあります。

「マコちゃん・・・。小林先生に言って鍵借りて・・・・」

そこまで言ったところで思い出しました。そんな舞衣さんは1年6組でホームルーム中です。

するとマコちゃんが部室入り口のすぐ右脇に壁を抉るようにして設置されている消化器を少し傾けてその下あたりをゴソゴソしていました。

「ん?マコちゃん・・・。どうかした?」

私がそう声を掛けるとその右手に何かの鍵がぶら下がっているのが見えます。

「あっ・・・それって・・・もしかして・・・」

「うん・・・ここの鍵・・・」

そう言いながらその鍵を使って部室の扉を開けました。

その部屋に入ると手前側両脇が楽器棚になっていて、まずその楽器の多さに驚きました。そしてその部屋の奥には別棟の工業科棟の見える奥の大きな窓があり、手前のテーブル周りにパイプ椅子が綺麗に並んでいました。その脇のいろんなことが書いてある黒板も・・・。

その部室に入ったすぐの所にある楽器棚の下側に大きな楽器ケースが置かれ、それが上になるに従って小さな楽器が整然と置いてあります。そんな楽器の中から真琴はユーフォニアムのケースを引き出してそれを開けてました。

「コレ・・・わたしが使ってたヤツ・・・。今は誰も使ってないって言ってたけど、こんなに綺麗にしてあって・・・あっ、ピストンもちゃんと油刺してある・・・」

そう言いながらそのシルバーの楽器を愛おしそうに抱きしめてピストンをカチャカチャ動かしていました・・・。すると、その動きが突然止まって私を見て囁きます。

「あっ・・・ここにこんなことをしに来たんじゃ無い・・・。」

そう言いながら真琴は楽器を元あった場所に戻すと急に抱きついて来ました。

「エンちゃん・・・凄くこうしたかったの。」

そう言いながら真琴は私のカラダをその小さな手で抱きしめてきます。私もそれに応えるように強く抱きしめました。そんな真琴の首筋からは香水なのか化粧品の香りなのかどこか良い匂いが私の鼻をつきます。

すると今度は真琴がキスをねだるような格好で私を見つめます。当然私はその営業用の赤い口紅の塗られた唇を奪いました。それは少し口紅の味はしましたが、1年以上交わしてなかったキスに真琴の味が蘇ります。

そして真琴の舌が私の舌を探すようにしていたのでコレも当然それに絡める様にして応えました。それを角度を変え何度も何度も・・・

「エンちゃん・・・わたしたち婚約しちゃったんだよね・・・・コレから一緒になるんだよね・・・・いつまでも一緒なんだよね・・・」

そんなキスから私を解放した真琴がまるで今さっき交わした結納の意味を確認するかの様に私に尋ねました。

「うん・・・。いつでも・・・どこでも・・・一緒だよ。今更離れたいって言ってももう遅いから・・・」

私がそう言葉を返した時、それを聞いた真琴が大笑いを始めました。

「えっ・・・僕、なんか変なこと言っちゃった?」

私が笑いを堪える真琴にそう返すと、腹に手を押さえた真琴がそれに応えます。

「ううん・・・違うの。エンちゃんの顔・・・ヒト食べちゃった様な顔なんだもん・・・」

そう言われた私は管楽器初心者練習用に掛けてある大きな鏡で自分の顔を確認しました。すると私の口の周りは真琴の唇に塗られていた赤い口紅で真っ赤になっていて、まさに「ヒトを食べた」状態に・・・。

その後、真琴は部室奥のテーブル脇に並んでいたパイプ椅子に腰掛け、自分のポーチから化粧品を出してコットンに何かの液体を付けて自分の化粧を整え口紅を引き直していました。この時私はバスガイドが化粧を直している風景なんて滅多に見られるものではないと思いながらその状況に釘付けに・・・・。

化粧直しが終わった真琴は呆然としていた私を眺めていた私パイプ椅子に座らせ、自分が使っていたコットンを使って私の口の周りについた真っ赤な口紅を落とし始めました。

そのコットンは化粧品のいい香りが漂い、真琴自身の香りと重なりどこか興奮するものを感じていました。

すると私の目に、真琴の後ろに見える黒板に今日の日付と練習メニューが記されているのが見えました。その内容は「本日、いきなり合奏の日」と大きく書かれたその下に「暴れん坊将軍」とも書かれています。

「マコちゃん・・・後ろ・・・」

私が私の顔を拭いているマコちゃんにそう声を掛けるとマコちゃんが振り返りそれに答えました。

「あ・・・あれって、その日の練習メニューなの。部長が朝一番にここに書いておいて、放課後部室に来た部員がそれぞれ練習に入れる様にって・・・。部長が揃わないと今日何するのか分かんないでしょ?」

「それって、マコちゃんがここにいたときにそうしたの?」

「うん。学年やクラスによって授業の終わる時間ってまちまちでしょ?練習できる人から練習始めてもらったほうが効率的かなって・・・思っただけなんだけどね。」

「それが伝統になってる・・・。やっぱりマコトマジックだね。」

そんな会話の後再び真琴が私の口を拭き始めましたが、その・・・真琴の首筋からほのかに香る体臭が凄く懐かしいと言うか・・・安らぐと言うか・・・性欲のスイッチを入れると言うか・・・

すると不覚にも・・・・と言うより、その体臭に正直に私のアレに血液が送り込まれて行くのが感じて取れます。

その時私は無意識に前屈みになって私の顔を拭いている真琴が着ている赤いベストの裾から手を伸ばしてブラウスの上から胸を触っていました。

「ん?・・・・マコちゃん・・・コレって?」

「うん・・・。エンちゃんに逢えない間にブラのサイズが上がっちゃって・・・」

「そう言えば・・・僕と付き合い始めた頃もそんなことが・・・」

「うん・・・。あの時は急にBカップがDカップになっちゃって・・・お姉ちゃんのブラ借りたりして・・・。あと、皮膚が割れちゃって痒くて痒くて・・・・」

「それじゃ今回は・・・?」

「うん・・・。DからEに変わってる・・・。」

「Eカップ・・・って・・・」

胸の大きさについてはあのふたばはそれより大きかったと記憶していますが、ふたばは身長も高くカラダも大きいので相対的に巨乳な感じではありません。でも、何せこの真琴は身長が150センチに届かない小柄なカラダです。そんな身体にEカップ・・・・。

そんな真琴が私の顔から手を胸元に移して、今着ているベストのボタンとブラウスの胸のボタンを外しました。

「ゴメンね・・・こんな味もそっけもないおばさんブラで・・・・」

そう言いながらブラウスの胸を開いて見せました。

そのブラジャーはベージュっぽい色で乳房全体を覆う様なものです。

「ヤッパリ肩・・・凝っちゃって。仕事の時はいつもコレなんだよね・・・」

「うん・・・。やっぱり重いよね・・・?」

それは大きなメロンでした。こんな重量物が常に胸に付いているとは・・・・。

「でも・・・小さいよりは良いでしょ?巨乳好きのエンちゃんとしては・・・。」

「うん。でも、ものには程度ってものが・・・。ちょっと大きすぎない?」

「だってしょうがないでしょ?こうなったものは。そもそも最初Bカップだったものを大きくしたのはエンちゃんなんだからね!」

「うん・・・それもひっくるめて責任取るから・・・。だから・・・・・」

「なに?吸いたくなっちゃった?」

「えっ?なんで?」

「エンちゃんの考えてることが分かる様になって来たんだ・・・特にえっちな情報は・・・。」

「それじゃ・・・・」

そう言いながらブラジャーをズリ下げようとしましたがフルカップのブラジャーは私のその欲求を阻止するかの如くなかなか乳首を拝ませてくれませんでした。それで今度は下からズリ上げようとしましたが・・・・

今度は大きい乳房に阻まれてそれも断念・・・・。

「ホック外して良いよ・・・」

そう言われた私は真琴の背中に手を回してその中央にあったそのホックを器用に外しました。

と、その瞬間・・・それは垂れているよいうより締め付けられていたものが弾ける様に・・・。

白いその胸に薄ピンクの乳輪・・・・そこの真ん中に小さな乳首・・・。ふたばや舞衣さんのソレとは違ったその子供のような乳首が大きな乳房に付いています。もうそれを見た瞬間何も考えることもできないままそれを吸っている自分がいました。

しかも、真琴の襟についている制服のリボンがわたしの額に触れていて、まさにやってはいけないことをやっている様な感覚が込み上げ・・・・それも興奮状態に拍車を掛けます。

胸の下から両手で揉み上げながら吸い続けることしばらくして真琴が尋ねました。

「ねえ・・・・口で抜いてあげようか?」

「えっ?」

「わたし・・・・本当はね・・・・したくなっちゃったの。だって久しぶり・・・でしょ?それにエンちゃんのコレだって・・・」

そう言いながら真琴は血液充填が完了したそのカチカチをそっと撫で回しました。

「マコちゃん・・・そういえば1年以上・・・・」

「そうだよね。あの頃、わたしってここの学校のセーラー服着た2年生だったね。」

「うん・・・」

「そのセーラー服に白いのかけちゃったこともあったね。」

「うん・・・。」

「今度はこの制服にかけてみる?」

「うん・・・。い、いや・・・それはいくらなんでも・・・。でも、マコちゃん・・・今日、すごく大胆・・・」

「だって・・・わたしってエンちゃんのフィアンセなんだよ。なんでもしていいんだよ。どんな変態的でエッチなことだって・・・今、ここでしちゃっても・・・」

「いくらなんでも・・・マコちゃんチョット飛ばし過ぎ!」

「えっ?コレから白いの飛ばすって・・・・?でも・・・・コレから部活あるし・・・取材も受けなきゃ・・・」

「違うって!コレから先いくらでもこんなことできるから、今ここでそんな急がなくっても・・・」

「うん・・・そうだよね。でもね・・・本当はね・・・すぐにでもエッチしたいの。エンちゃんをいっぱい感じたいの!」

「でも・・・ここは部室だし・・・」

「そうだよね・・・いくらなんでも血まみれにしちゃダメだよね・・・生理3日目だし・・・・」

その時真琴は最後にそう囁きました。でも・・・・そんなバスガイドの制服を着てそんなことをしたらどうなるのか・・・・と思う反面、ここは高校の吹奏楽部の部室です。そんな事をしていい場所ではありません。

でも・・・でもなんです。

そんな葛藤をしていると真琴は私をそこに立たせ、自ら膝間ついてスラックスのベルトを外しズボンのチャックを下ました。

「エンちゃん・・・久しぶり・・・」

その時真琴は私のソレをズボンの中から取り出し頬擦りしています。女性って婚約するとこうも大胆になるものなのでしょうか?でも、前にこんな事をしたのはその1年以上も前の話となります。ずっと逢えなかった事を考えると仕方がないのかもしれません。

そんな真琴は手を一切使わずわたしのモノの先端をペロッと舐めて私を見上げました。

「うん・・・酸っぱい液いっぱい出てる。エンちゃんも待っててくれたのね。」

そして真琴は私の息子にそう挨拶すると愛おしそうにソレを口に含みました。

今、この校舎中の生徒たちは来週から始まる定期テストに向けた説明を含むロングホームルームを受けています。もちろんこの部室の隣の音楽室を隔てた教室でも・・・・

その生徒たちがホームルームをしている最中その学校の教育実習生である私は、その校舎の一角にある吹奏楽部の部室でそんな事をされています。そんな非日常なことがその興奮度合いに拍車をかけていました。

「んっ・・・・んっ・・・・」

そういう真琴の発する声にならない湿っぽい声とともに「ジュボッ・・・ジュボッ・・・」といういやらしい音が重なります。

真琴のソレは決して上手ではありませんがその熱意というか一生懸命な姿・・・しかも赤いリボンが首に元に残った状態で、胸元がはだけたバスガイドという姿に今にでも昇天しそうな感覚でした。

その時まで時間的なものは一切気にしていませんでしたが、日の差し込むその部室の向こうに見える別棟をふと見ると、窓越しに見える土木3年の生徒たちが教室から次々出てきてホウキを片手に何やら戯れあっているのが見えました。

ってことはホームルームの時間が終わり掃除の時間に入ったということになります。

「マコちゃんチョットマズイ・・」

「ん?もう出ちゃう?」

「ちっ、違う・・・。授業時間が終わった見たいだ・・・間も無く誰かが部室に・・・・」

「で・・・でも・・・エンちゃん・・・・まだ出てない・・・」

「で・・でも・・・・」

私はこのままではマズいと思う反面、このまま続けてもらいたいという葛藤に苛まれています。

すると真琴は先っぽを舐めながら竿の部分を扱き始めました。どこでこんなこと覚えたのか?なんて思った時です。

部室の入り口あたりに人の気配がしたかと思うと何かガタガタやり始めています。しかも次第にその気配が多くなってきていました。

「どうしたの?」

「鍵がなくって・・・どこ行っちゃったんだろう?」

「誰か持って帰ったのかな?」

部室のドアの外から女子生徒のそんな会話が聞こえて来てしかもそのドアをガチャガチャし始めています。

このまま生徒が入ってきたら大変なことに・・・

私はこの時、気持ちが焦ってしまってどうして良いのか分からず自分の中でパニックに陥っていました。でも・・・そんな時に限って、物凄く身体が敏感になって今まで感じたことがないような快感に襲われています。

「ん?・・・ああ・・・うっ・・・・」

それは突然でした。真琴が吸い上げた私のモノの先端に雷が落ちたような感覚となって、身体の震えと共にそれがまるで宇宙戦艦ヤマトの波動砲発射のトリガーを引いた様になりました。

と、その瞬間、堰を切ったように真琴の喉の奥に何連発も・・・

それを一滴とも漏らさず受け止めようとしながら喉を鳴らして飲み続ける真琴の姿がとても苦しそうです。

この時、婚約直後の初めての共同作業がこんなところでこんなことになってしまっている自分自身に罪悪感を感じながらも出るものは出続けました。

そして、すべてを吸い出した真琴が口をハンカチで押さえながら私を見上げて囁きました。

「エンちゃんもう・・・出し過ぎ・・・飲み込むの大変だった・・・。わたしのお腹・・・エンちゃんでいっぱいになっちゃった・・・」

その後真琴は神業的速さで身なりを整えてそのドアに向かいました。

「ゴメンね・・・。お昼食べたら眠くなっちゃって部室借りてお昼寝しちゃった・・・」

そう言いながら中から鍵を開けた真琴は部員を向かい入れます。どうやら真琴は、先程部室に入った時に中から鍵をかけていた様でした。

「あっ・・・マコト先輩・・・その制服・・・・」

「うん・・・今日は事情があってこんな格好で・・・」

「え〜凄い・・・かわいい・・・バス会社の前を歩いてる時見かけることあるけどこんな近くで見たの初めて・・・」

真琴は部室の入り口あたりで女子生徒に取り囲まれている様です。

「あっ・・・マコト先輩・・いや、マコト先生・・・今日からお世話になります。」

その時そんな挨拶が聞こえてきました。どうやら部長が現れた様です。

「はい・・はい・・今日から1週間部活は1時間だけだよ・・・時間ないから早く準備して・・・」

そしてその部長の号令に一同「ハイッ」と返事をして一斉に部員たちが動き出しました。

その部員たちは部室に入って来るなり黒板を見ているようです。するとその中の部員のひとりがドキッとする様な事を言い始めました。

「ん?この匂い・・・」

「うんうん・・・この匂いって・・・アレだよね。」

この時私は部員の一部がそんな会話をしているのを聞きながら、先程真琴に押し入れられたコントラバスを格納する大きなロッカーの中でしかもその大きなコントラバスの後ろで冷や汗をかいていました。

恐らく先程の行為によって放たれた生臭い匂い・・・そのは言わずと知れた栗の花の香り・・・。

「マコト先生・・・ソレ、すごくいい匂いがします。ソレってやっぱり大人の香りですよね。」

私が冷や汗をかきながらその会話を聞いていると、問いかけられた真琴がそれに答えました。

「うん・・・。今は分からなくっても、そのうち嫌でもこの匂い嗅ぐ様になるから・・・。まだ1年生だよね。チョット早いかな?」

「そうですよね。今はしちゃいけないけど、高校卒業したら・・・」

そんなことを言っています。要するに高校卒業したら処女を捨てると言う事です。その時私は「女の娘同士だとこんな際どい会話をするんだ」・・・なんって思っていました。しかし・・・その次の会話を聞いた瞬間、自分でも赤面するくらい勘違いしていたことに気付かされます。

「やっぱり化粧品の香りって大人の女性って感じがします。今しているお化粧ってバスガイドの営業用ですか?」

私はなんという勘違いをしていたのでしょうか?言ってみりゃコレってエロオヤジ的な妄想です。そう思った瞬間、今までかいていた冷や汗が別な汗に変わるのが分かりました。

その後集まっていた部員を練習会場である多目的ホールへ送り出した真琴が私が隠れているコントラバスのところに来て後ろ向きになって囁きました。

「エンちゃん・・・ブラのホック戻して欲しいんだけど・・・」

そう頼まれた私は真琴のブラウスがラウスの中に手を伸ばし、多探りでブラのホック付け直そうと試みました。でも、外すときは片手で外せたそのホックが上手く噛み合いません。何度やっても・・・

すると真琴が自らブラウスの裾から手を入れ何かゴソゴソしたかと思うと今の今まで着けていたブラジャーを手に取って私の頭にスポッと被せました。

「チョット預かっておいて・・・」

それはチョット小さめの帽子・・・女性用の帽子ほどの大きさでしょうか?。この大きさって・・・どれだけ・・・・?

「マ・・・マコちゃん・・・今・・・ノーブラ?」

服を着たままブラジャーだけを脱ぐ・・・というのは、その昔女子大生の宴会芸の一つだったような・・・。それを間近に見た私は興奮というよりも呆気にとらわれていました。

「うん・・・当たり前でしょ?コレ・・・・」

真琴はそう言いながら自分の身体を上下に揺すりました。するとそのEカップがその小さな身体に遅れてユッサユッサと上下に・・・・。ソレは、制服の赤いベストの上からもハッキリ分かります。

「だ・・・大丈夫?」

この時私はそのメロンが入りそうな大きなカップのブラジャーを見ながらそう尋ねました。

「うん。チョットスースーするけど、ベスト脱がない限りわかんないでしょ?」

その後・・・私はわざと真琴と時間をずらして練習場所である多目的ホールに入りました。

その中では舞衣さんが指揮台脇で部員に何か説明している最中で、その傍らカメラマンが大きな三脚にカメラをセットしています。

「みなさん。今日から正式に吹奏楽部の講師として指導してくれることになった早坂先生です。基本的に週2回程度・・・大会前はもう少しお願いしようかと思うけど、その時指摘されたことを次の指導日までに解決できるようにして下さい。」

舞衣さんが楽器を持って座っている部員一同にそう伝えました。その部員は一斉に「ハイッ」と返事してそれに答えます。

そしてそれに続いて既に指揮台に登壇している真琴がそれに続きます。

「今日から正式に皆さんを指導することになりました早坂です。今日は初めての密着取材ですが大いに気にしながら演奏してください。大会本番ではこれと比較にならないくらい緊張しますので、その緊張に慣れておきましょう。」

そしてその真琴が改めて部員を見回し話を続けます。

「わたしはみなさんのチカラを引き出すことしかできません。みなさんはまだまだ伸び代があります。まだまだ上手く成ります。わたしは上手くなろうと努力するそんなあなた方の味方です。一緒にてっぺん目指しましょう・・・。」

そんな真琴が興奮気味に外部講師としての第一声をそう伝えると部員一同「ハイッ」と答えます。

続いて「ではオーボエ・・・」と指示を出すとチューニングが始まりました。すると突然そのチューニングを一旦止め、トロンボーンパートに指示を出します。

「ではトロンボーンだけで・・・」

そしてトロンボーンだけで出されて音が何か変です。耳の中で何か音がうねっている様な・・・

「ハイ・・・トロンボーンの五番・・・・音がズレてます。自分の耳を鍛えると言うことで、オーボエの音をよく聞いて管調整してください。」

真琴にそう指示されたその部員は大きな声で「ハイッ」と答え再度オーボエの音に合わせてチューニングが再開されました。

因みに管楽器というのはその日の気温や体調によって音がズレた時に管の長さを調整して音を合わせるように出来ています。因みにトロンボーンの場合楽器の一番後ろの大きく曲がった菅で調整します。

その後通しで課題曲と自由曲を演奏し、それが終わると壇上の真琴がいろんな指示を指示を出しました。指示を出されたパートは自分の譜面にそれを書き込む一方、脇でそれを聞いている補欠組も一緒になってそれをノートにメモしています。

吹奏楽コンクールというのは出場人数に上限があってそれを超えたその他の部員は当然補欠となります。その部員の役割として合奏中に出された指示を後でパートに知らせるという役割もありました。これは真琴が在学中考案したやり方という事でしたが・・・

「その時に比べて今は補欠が多すぎる」と真琴がぼやいていたようにここ数年部員の数が急増していました。

でもそんな真琴は言います。「合奏にまざれなくても、その音を傍で聴いて耳は鍛えることが出来る・・・」と。

そんな合奏練習も終盤になり、例の如く同じ小節を何度も合奏させたり単一パートだけで演奏させたりというのが続いた時、撮影用の照明に照らされ続けた真琴が暑い・・・と言って着ていたベストを脱ぎました。

そして何事もなかったようにその練習がスタートしましたが今の今まで演奏する部員の後ろから真琴を中心に撮影していたカメラマンと、それを仕切るデレクターの間で何か議論をしている様子が分かります。

そして壇上で真琴が指揮棒を振り上げた瞬間その理由が分かりました。それは真琴のブラウスが所々汗で肌に張り付いていて、しかもそれはノーブラである事がわかるほど・・・

しかもそれが指揮棒を振るのに合わせてプルンプルン揺れています。しかもその先端の乳首が立っているのさえ分かります。

今クラリネットに指示を出したその口で私のモノを・・・。今指揮棒を振っているあの手で私のモノを・・・。そして今体全体を使って指揮をしているその身体のお腹の中には私が放出した白い液体が大量に・・・

そんなことを考えていたら自分の股間が反応しそうになっています。でも・・・そんな真琴の指示の元一生懸命に演奏している生徒たちを観ていたらそんな自分が恥ずかしくなってなって来ました。

今の真琴をそんな目で見てはいけない・・・と自分に言い聞かせた瞬間大事なことを思い出しました。そんな真琴の姿が撮影されていることに・・・

そう思った私は無意識のうちにそのデレクターの元へ走っていました。そして、その撮影位置を部員の正面から(ようは真琴の後ろ側から)とする様に伝えたところそのでレクターから逆に質問を受けてしまいました。

「さっきカメラチェックしてた時気づいたんだけど、早坂さんが辞令交付の時はしていなかった指輪をしているんだよね・・・何か知らないか?」と・・・

「フィアンセでも居るんですかね・・・・あんな可愛いし・・・いてもおかしくないですよね。」

この時私はヘラヘラしながらそんな答えをしていました。といより、そうとしか答えられませんでした。

まさか今吹奏楽部の講師に就任したばかりのバスガイドが、実は婚約していてその相手がその学校の教育実習生だったなんて・・・

本当であれば「僕のフィアンセです。」と、堂々と言い切りたいところでしたが・・・取材の方向が変わってしまうのが怖くてそんなことは言えません。

そしてそんな中、真琴の「コレから10分休憩・・・」との号令とともに合奏練習が終了し休憩となっていました。

すると私とデレクターが話をしていたところにそんな真琴が駆け寄って来て私の手を取ります。

「エンちゃん・・・今の指導ってわたしが旭川でやってたやり方なんだけど・・・」

「それじゃ旭川の高校の演奏も?」

「うん・・・。なんか音が澄んできたっていうか・・・とにかく練習すると上手くなるって分かった瞬間からメキメキ上手くなるっていうか・・・。そこでこのやり方でいいんだ・・・って思ったの。」

「旭川でも部活頑張ってたんだね・・・」

「うん。ここにいた時はこのやり方でいいのかな?って半信半疑でやってたけど・・・それに私その時2年生だったでしょ?だから3年生たちに遠慮があったって言うか・・・。」

そう言いながら真琴は身体全体を弾ませるようにして掴んでいた私の手をブンブン振っていました。

そんな会話を傍らで聞いていたデレクターの目が明らかに泳いでいるのが分かります。その揺れる真琴の胸を見ないようにしてるけど見てしまう・・・その気持ちよく分かります。

でも、そんな目の泳いだデレクターが真琴に尋ねました。

「早坂さんのカレシって、もしかして・・・この・・・?」

「うん!このエンちゃんってわたしのフィアンセなの。きちんと結納まで済ませたホンモノなの。」

この時真琴は左手薬指に光るリングを見せながら、なんの疑問も持たず私が心配したソノことをバラしてしまいました。当然真琴を中心に進められていたその取材対象に私の存在が浮上するはずです。

ところがそのデレクターがあまり取材対象が多くなると後で編集が大変になると言うことであまり触れないと言うことにしてくれて胸を撫で下ろしていましたが・・・翌年放映されることとなるその番組を観て驚くことになろうとはこの時知る由もありませんでした。

その時、トイレなどから戻ってきた部員たちが今まで座っていた場所の移動と、パーカッション(打楽器)パートが何やら楽器の出し入れをしています。そして今までホールの壁際で合奏を聞いていた補欠組も楽器を持って椅子に座り始めて音出しを始めていました。

何か始まるのでしょうか?

そんなことが気になったところで真琴が私の耳元で囁きます。

「エンちゃん。さっきのブラ・・・どこ?」

その時私は自分の手荷物に紛れ込ませたその場所を真琴に伝えました。その場所はこの多目的ホール脇の準備室・・・。

その真琴は私の手を引っ張って多目的ホールから一度外に出てその準備室に入り電気を点けました。そこは会議用のパイプ椅子やテーブルがたくさん積み重なっているそうこのような場所です。

すると真琴がいきなりブラウスを脱ぎ出しました。

「マコちゃん・・・そんないきなり・・・」

「ほら・・・エンちゃんの好きな共同作業だよ。ブラ着けてみて?」

「え?」

今までソレを外すことはした事はあっても着けた事なんてありません。その時私は自分の手荷物から取り出した真琴のブラジャーを片手に固まっていました。

「いいから・・・まず、ブラを胸の両側から回して後ろでホックを留める。3個あるホックの真ん中・・・。」

私はこの時人生初体験となるブラジャーを着けてあげる・・・と言う作業に取り掛かります。

「うん・・・。こう?」

「うん。今度はちゃんとできた?」

「うん。落ち着いてやるとすぐ出来るもんだね。さっきは何度やってもダメだったのに・・・」

「次にカップにおっぱいを納めて・・・」

「こう?」

「うん。次にカップの場所を微調整・・・」

「こう?」

「うん・・・よろしい・・。じゃ、最後にヒモを腕に通して出来上がり・・・。」

そして最後に言われた通り腕を紐に通して完了です。

「コレって女の娘が毎日する作業なんだよ・・・分かった?」

「うん・・・なんか大変だね。」

私はそんな風に感心しながらブラジャーの周りの歪みを整えているそんな真琴に質問しました。

「一人の時はどうするの?」

「ん?まず最初にホックの部分を前にして、胸元で留めてからソレを後ろに回して、カップに納めてからヒモに腕を通すんだよ。今はフロントホックなんてものもあるけど・・・」

その後ブラウスを着る真琴を呆然と眺めていました。

「僕の彼女はバスガイドで、その制服の下に隠されたその裸体を拝めるのは僕だけの特権・・・。」

そんなことを考えてたら・・・何かまた股間が・・・

ダメです。私が好きになったのがバスガイドではなくその中身の真琴本人なのだから・・・。

私がそんな自問自答していた時胸元のリボンをつけ終えた真琴が、私がとうの昔に忘れ去っていたそのことを口にしました。

「次はエンちゃんの番だよ。」

「えっ?」

「エンちゃん・・・課題出されてたヤツだよ。」

「えっ?」

「暴れん坊将軍・・・・」

「えっ?ソレって・・・」

ソレはちょうど1週間前、教育実習初日に小林先生から出された課題でした。暴れん坊将軍を一曲分指揮すると言う課題・・・。

その後多目的ホールに戻った私は、総勢80人もの生徒たちが注目する中指揮台に登壇していました。しかも撮影用の照明が焚かれカメラのレンズが向けられる中・・・・人生初めての私の指揮による暴れん坊将軍が始まろうとしていました。

今回のストーリーはここまでとなります。いろいろありましたが私は教育実習中、その学校で結納をしていました。

女性って結婚すると変わると聞かされていましたが、ここに登場している真琴もこの後どこか頼もしい存在になって行きます。

私自身の人生の分岐点となっているこの教育実習も残すところあと数日・・・。しかも、その後すぐに公務員試験も控えていますが、コレからこの後私がどうなるのかを伝えていきたいと思います。

今回、原稿用紙150枚相当にも及ぶ他愛もない長編物語を読んでいただきましてありがとうございました。また、コレからもよろしくお願いいたします。

まことまどか

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