ある日の放課後。
「ねぇ、ちょっと待って」
学校から帰宅途中に、突然、(木吉)茉那さんから話しかけられた。
「ん?どうしたの?」
「あのさ…勉強教えてくれない?」
ちょんな言葉に驚いた。
「えっ?茉那さん成績良くない?」
事実、木吉茉那は学年でも常に50番以内にはいた。(400人中)
「ん〜、でも、タチケン(僕:橘健一)の方がいいやろ?」
「ん、まぁ教科によっては?」
「いや、だいたいタチケンの方が良いよ!」
「えっ、でも俺教えたことないよ?塾とかの方が良いんじゃない?」
すると、茉那さんは切なそうな表情を浮かべた。
そして、小声で…
「私のウチ農家でお金ないから…塾は行けないかな…」
学校ではいつも明るい茉那さんにそんな背景があるなんて…
僕は自分の無神経さを悔いた。
「ごめん。俺でいいなら全然良いよ!でも…教え方が下手でも怒らんでね?w」
「うん、ありがとうw」
そう言う茉那さんの顔には少し元気が戻ったようだった。
「えーと、じゃあ、いつにする?」
「んー、出来れば毎日、放課後とかが良いけど…タチケンのいい時でいいよ」
「毎日?まぁ、俺は暇だから良いけど…茉那さんいいの?」
「うん、今までも部活で遅くなってたから大丈夫w」
「あ、そうか、じゃあ明日から?」
「いい?」
「うん!w」
こうして、僕と茉那さんとの居残り勉強会が始まった。
・・・
「えっと、これはこう展開して…こうやって解いたら簡単だよ」
「ああ、なるほどね!」
「数学ってだいたいパターンだから、どのパターンか分かれば簡単だよ!」
「そのパターンが分からないから困ってるんですっ!w」
こんな感じで楽しく居残り勉強をしていた。
そんなある日、僕はなんとなく気になっていたことを聞いた。
「ずっと、一緒に勉強してるけど、たまには彼氏と一緒に帰ったりしないでいいの?」
言ったあと、いつも“余計なことを聞いたなぁ”と後悔する。
「んー、今は(彼氏)いないよw」
「えっ?」
僕は驚いた。というのも、茉那さんが付き合ってた彼氏は僕の友達で、夏休みにソイツに聞いた時には“順調”と言っていたからだ。
「えっ?拓海と別れたの?」
「うん。」
「えっ?なんで?」
「んー、まぁ色々と…」
「色々とって…話せないこと?」
「まぁ、色々とだよw」
そう笑顔で話を濁された。
その日はそれ以上の事は聞けず、数学をただ進めるだけだった。
・・・
僕、橘健一は大学受験を控えた高校3年生。学校の成績は良い方で、暫し成績上位10名に名を連ねている。運動神経もまずまずで、400m走では県大会に出場した。
高校1年生のときに、同じクラスで好きになった木吉茉那に告白してフラレたが、その後彼女が出来なかったわけでもない。そこそこモテてその内2人とは付き合ったが、木吉茉那を諦めきれずにいた。
木吉茉那も大学受験を控えた高校3年生。吹奏楽部に入っていて、最後の大会で念願の金賞を取った。芸能人の永野芽郁に似た顔立ちで、明るく誰にでも話しかけるため、人気も高く彼氏が絶えたことがない。
二人は2年、3年とクラスは違えど共通の友達が多く、何かとお互いの情報が伝わり合って今では何でも話せる異性の友達になっていた。
・・・
とある金曜日
「ねぇ、明日ウチで続き(の勉強)しない?」
今まで土日は勉強会をしていなかったので新たな提案だった。
「えっ?ウチって茉那さん家?」
「うん、嫌?」
「えー…嫌じゃないけど…大丈夫?」
「ん?大丈夫って?」
「いやー、そのー、彼氏でもないやつを家に上げても良いのかなって…」
「あーそっちw、大丈夫と思うよ!一応、お父さんにも説明しとくねw」
「えっ?お父さんもいるの!?…えっ?“そっち”って?」
「まぁ、農家だからね…ずっとじゃないけど…。あっ、土曜も勉強付き合わせて悪いかなと。」
「いや、勉強は良いよ。俺もきっかけないと勉強しないしさ。それより、何か緊張する〜w」
「もう何を緊張すると?w何か変なことでも考えてるんじゃない?w」
「なに?変なことって?」
「んーもう!なんでもないっ!じゃあ別の所にしよっ!」
「あぁーごめん、ごめん。茉那さん家でお願いします」
「最初からそう言えばいいのにっ」
教えてあげるのは僕の方なのに、茉那さんと話しているといつも僕が下手になる。まぁそれが心地よかったりするんだけどw
・・・
《翌日》
ピンポーン
玄関のチャイムを鳴らした。
外には誰もいなかったので内心、父親が出てこないかハラハラしながら応答を待つ。
「はーい」
家の中から聞き覚えのある明るい声が聞こえて、続いて軽快な足音が近づいて来ると、玄関が開いて茉那さんが出迎えてくれる。
「いらっしゃいw」
「あ、うん。」
素っ気ない返事には理由がある。
その日の茉那さんはデニムのミニスカートに文字がプリントされた白のTシャツといった格好で、学校の制服とは違いいつもは見えない太ももの露出に気を取られてしまったからだ。
「うん、じゃあ、あがってあがってw」
「うん…じゃあ…おじゃま…します…」
今まで女の子の家に行ったことが無いわけではない。ただ、3年も好きな子の家に上がるというのは凄く緊張して全身が硬直していた。
靴を脱ぐ足も覚束無くて転けそうになる。
「あっ、大丈夫?w」
「w…大丈夫w」
平然を装うのも一苦労だ。
廊下を進み階段を登って2階にある茉那さんの部屋に向かう。
我が家もそうなのだが、茉那さんの家も昔からある家のようで、階段の傾斜は現代と比べて急である。
当然、茉那さんが先に階段を上っていく。僕は後ろを付いて行くのだが、茉那さんの格好はミニスカートなので後ろにいる僕からはスカートの中が見えそうでドキドキする。
「この階段、急でごめんね」
「ああ、でも俺ん家も一緒だから平気w」
「えっ?そうなの?タチケン家も古いの?」
「そうだね、もうすぐ100年とか言ってたw」
「へぇ、うちボロいから人呼ぶの恥ずかしいんだけど、何か安心したw」
そんな会話の最中でも、今にも下着が見えそうなスカートに、僕の目は夢中だ。
どんどん階段を登っていく茉那さんに対して、少し遅めに登る僕。
茉那さんが最上段に到達する瞬間、ここしかないと顔を階段に近づけて覗き込むと、一瞬だがスカートの中がはっきりと見えた。
学校でも女子のパンチラを狙っていて、可愛い子のパンチラは殆ど見た僕だが、木吉茉那のは見れずにいた。学校ではそれほどガードが固かった。
念願の初パンチラはちょっと大人っぽい白いショーツだった。
茉那さんの部屋は女のコらしいというより、白を基調としたシンプルな部屋で、わずかにフレグランスの香りがした。
部屋に着いてさっそく勉強!かと思ったが、飲み物を聞かれ用意してくれるようだ。
来て早々に部屋で1人になった。
ベッド横のキャビネットが気になる。
(あの中には服や下着が入っているのだろか…)
全くスケベ心に余念がない年頃である。
キャビネットを開け、中を見たい欲望をグッと抑え待っていると、程無くして茉那さんが飲み物を持ってきてくれた。
今日は、来週にある全統模試の対策もしたいと事前にお願いされていたため、センター試験の過去問を持ってきた。
科目を絞って実施したところお互いまぁまぁな感じ。
ただ、本人も言っていたが暗記系の教科が苦手のようだ。数学はいい感じだ。
今まで数学を中心に問題集を解いきた成果はでた。
「ねぇ、タチケンはさ、どうやって世界史とか覚えてるの?」
「あー、世界史ねー。ゲームかな?ゲームとかする?w」
「ゲームはしたことあるけど…マリオとか?w」
「三国志は?」
「ない…」
「三国志とかは一応勉強になったかなwまぁ中学の時したのを覚えてるだけだけど…ヨーロッパ史とかもゲーム感覚で覚えたかな?何処が何処を攻めたとかね!」
「なるほどね、それは…私には無理かなぁ…」
「まぁ、地理とかは無理やり好きになるようにしたけどw」
「えー!そんなことできるの?」
「んー、出来るかどうか分かんないけど…俺は出来たかなw」
「どうやったの?」
僕は少し困った顔をした。話せば怪しまれると思ったからだ。
「ねぇ、いいじゃん、私にも教えてよw」
「えーでも、絶対に信じないと思うよ!」
「信じるからっw」
ちょこんと座り、興味あり気に僕の顔を覗き込む茉那さんの姿は可愛かった。
「じゃあ、馬鹿にせんでね?」
「うん!絶対にしない!」
「え…と、まぁ…自己暗示的なw」
「え?なにそれーw」
「ほらっ、馬鹿にしたじゃん!」
「だって…まぁでも成果出てるもんね。ごめんなさい。」
「だから、言ったじゃん。出来るかわからないって!」
「うん、そうだね。でも、私も出来るのかな?」
「んー、分かんないけどちょっと出来るかテストしてみようか?」
「うん、どんなテスト?」
「手が開かなくなるやつなんだけど、これができたら自己暗示も掛けやすいから!」
「えーw何だか催眠術みたいw」
「あっ、そうそう!催眠術の一種だよ!」
「すごーい!やってみてw」
警戒心がないのか僕のことを信じ切ってるのか、あっさり催眠術を体験することを承諾してくれた。
「では今から催眠を掛けていきます。」
「好きな方の手を前に出しグッと握ってください」
「ギューッとギューッと強く握り締めていきます」
「どうですか?痺れてきたでしょう?」
「そうしたら、手を開くのではなく緩めてください」
「すると、だんだん手が温かく感じてきます」
「今度はその手を下に降ろしてください」
「手に血液が集まって来るのがわかると思います」
「血液が脈を打つたびに、あなたの手は固く固ーく固まっていきます」
「どうですか?もう、手、開かないでしょう?」
・・・
茉那さんの表情を見ると無表情で手を見つめていた。
僕は失敗したと思った。
すると少しして、茉那さんの眉間にシワがよった。
今まで無表情だったのは、何とか手を開こうとしていたのだ。
「んー!開かなーいw」
「俺が手で開こうとすると更に固くなるよ!」
そう言って、僕は茉那さんの手を取った。
初めて触れた茉那さんの手は思ったよりも小さく、白く可愛らしい。
僕は指を掛けて開こうと力を込めた。
「ほらっ、どんどん固くなるw」
「えー、どうしたらいいの?!」
「あっ簡単だよ!反対の手で揉みほぐしてみて、するとだんだん解れていくから!」
茉那さんは反対の手で固くなった手を揉みほぐした。すると、今まで固く固まっていた手は解れる。
「ホントだ!…すごいねw」
「いや、茉那さんが凄いよ!これって才能ある人しか掛からないんだから!」
「そうなの?w」
「うん、催眠術は術師より、それを受ける人に才能があるかどうかによるんだって!w」
「へぇwじゃあ、勉強好きになれる?w」
「じゃあ、やってみようか!」
「何かさ、好きな物とかお気に入りの物ってある?思い入れが強いほうが良いんだけど…」
「んん…これかなぁ」
茉那さんはそう言うと腕にはめている時計を示した。
「これ、高校に受かったときに両親に買って貰ったんだw」
「へぇ〜いいね!腕時計か!」
「可愛いでしょっw」
「うん。じゃあこれにしよう」
茉那さんが外した腕時計を取り、文字盤の方を茉那さんに向ける。
「じゃあ、この時計の真ん中を見て下さい。」
茉那さんは僕に言われた通りにじっと時計を見つめる。
「集中していくと時計から目が離せなくなります。」
僕はそう言いながらを時計を左右に動かした。茉那さんの目はじっと時計を見つめたまま行方を追いかける。
「どんどん集中していくと、もう時計から目が離せません。」
「ほら、もう目が離せません。」
「次に時計がだんだん貴方に近づいていきます。」
「時計が近づくに連れて、だんだん目が重たくなってきました。」
茉那さんの目から力が抜けていく。
「どんどん重くなっていきます。もう重くて目を開けていられません。」
「時計が顔に付くともう目は開きません。」
僕は腕時計を茉那さんの眉間に付け手で目を覆った。
茉那さんは僕に言われた通りに目を閉じる。
「今、あなたの目の前に、下へと降りる10段の白い階段があります。」
「私が数を数えるとともに、その階段を下りていきましょう。階段を下りれば降りるほど、気持ちの良い世界へ入っていきます」
「では、10段目から降りていきます。」
「9、8、7、6、5、もう半分まで降りてきました。」
「4、3、2、最後の一段を降りると、身体の力が抜けてしまいます。」
「1、最後の階段を下りました。今、あたまの中は真っ白でふわふわと、とても心地の良い状態です。」
「茉那さん、私の声が聞こえますか?」
「はい。聞こえます。」
「今、どんな気持ちですか?」
「なんだか気持ちがいいです」
どうやら催眠状態には入れたようだ。
「世界史は苦手ですか?」
「はい」
「世界史が好きになったら何か良いことはありませんか?」
「よく覚えれるようになります」
「よく覚えられるようになったら良いことはありませんか?」
「テストでいい点が取れます」
「良い点が取れると良いことありますか?」
「受験で受かりやすくなります」
「受験で受かった自分を想像してください」
茉那さんの表情が緩み微笑みを浮かべている。いいイメージが出来ているようだ。
「世界史を好きになることはいいことですか」
「はい」
「では、世界史のイメージに好きな音楽を掛けてみましょう」
「どうですか?世界史は楽しそうですか?」
「はい、楽しそうです。」
「世界史は好きになれそうですか?」
「はい」
「では、目が覚めると世界史はあなたにとって楽しくて好きなものになっています。」
「私が3.2.1と数えると、目が覚めます。3.2.1(パシッ)」
茉那さんは、ゆっくりと目を開けた。
「どう?」
「んー、なんかスッキリした感じw」
「世界史は好き?」
「んー、好きかもw」
こんなに上手くいくとは思っていなかったが、一応成功したようだ。
ただ、催眠は一時的なものであるため、そのイメージを定着させるためにはそれを何度も繰り返さなくてはならない。
・・・
夏の残暑も過ぎた晩秋。
あれからというもの土曜日は茉那さん家で勉強するのが日課になっていた。
そして、勉強以外にも日課になったもの…そう催眠だ。
僕は茉那さんに頼まれて世界史だけでなく、他の教科も好きになるように暗示を掛けていった。
その成果は如実に出ているようで、最近の進研模試では20番以内に入ってきた。
結局のところ自己暗示というより、僕が掛けているので催眠によるところが大きい。
まぁ、先に述べたようにこれは催眠術に掛かりやすい茉那さんの才能でもあるのだが。
ただ、このように多くの時間を共に過ごしているのだが…つい先日
「ねぇ、俺たちって付き合ったりしないの?」
と聞いたところ(もちろん直ぐに後悔した)
「んー、どうだろう?でも、今は彼氏とかいらないかな」
と直接なのか間接なのか分からないけどフラレた気がした。
一向に交際に発展しないことに、僕は苛立ちにも似た感情を持つようになった。
そして、この頃の僕はというと彼女に出来ないなら催眠中に別の暗示を掛けて、茉那さんを操れないかばかり考えるようになっていた。
・・・
別日。
邪な思いを抱きつつ茉那さん家に向かう。
「あら、橘くん!」
そう声を掛けてくれたのは茉那さんの母親の麻子さん。
茉那さんは母親似だ。
もう40歳を超えてるはずなのに、麻子さんは若くて可愛い。
茉那さんは“たまに姉妹って間違われるのが嫌”と言っていたが、それほど綺麗で大学生と言われたら信じてしまうかもしれない。
「あっ、おはようございます」
僕は頭を下げた。
「橘くんのお陰で最近あの子成績上がったんでしょw」
「いえいえ…そんな事ないです」
「いつも来てくれてありがとね、あの子をよろしく」
僕と話す麻子さんの手には洗濯物が握られていて、今から干すところのようだった。
「ちょっと!お母さん!」
僕と母親の話し声が聞こえたのか、家の中から茉那さんが飛び出してきた。
そして小声で母親に
「下着は見えないところに干してよね」
どうも、僕に下着を見られるのではと心配して慌てて飛び出して来たようだ。
「おはよう」
「おはよう」
今日の茉那さんの服装は、チェックのスカートに赤茶色のセーター。
ぐっと大人っぽくなってて、彼女がデートに着て来たら嬉しい格好だった。
「行こっ」
「うん」
僕は茉那さんに手を取られ家の中へ。
母親は茉那さんに連れられていく僕を見て微笑んでいた。
「ねぇ、ココア好き?」
「うん」
「じゃあ、入れていくから先に部屋に行っててっ」
「あっ、ありがとう。わかった。」
先に部屋に入る。
見慣れた景色といつもと変わらぬ茉那さんの匂い。
母親に会ったことで邪な気持ちは薄れ、僕は部屋の中で立ったまま今の幸せに陶酔していた。
「何してるのw」
ココアを持った茉那さんが部屋に入ってきた。
「いや、何だかこの部屋にも来慣れたなぁと思ってw」
「飽きたってこと?」
「いやいや、そうじゃないって!」
「わかってるっw」
「あのさ…」
「なに?」
(・・・)
僕は意を決した。
「もしさ、俺がK大学受かったら付き合ってくれないかな?」
「ん〜、じゃあ受かったらねw」
「えっ!マジ?」
「うん、でも私が別の大学でもいいの?」
「うん、俺は気にしないよ!」
「う〜ん、でも私は同じ大学がいいかなぁ」
「えっ?」
「私をK大に受からせてよっw…無理かな?」
「ううん!行けると思う!…うぉぉなんかやる気出てきた!w」
「はっ?今までやる気なかったわけ!?信じらんなーいw」
「いやいや、そんなんじゃないけど…w」
こうして今までよりも身が入った勉強会が行われるようになった。
そして、3月某日。
K大学の合格発表日、僕と茉那さんは無事に二人で入学を決めた。
それと同時に二人の交際も始まった。