私が7歳になって、すぐ弟が生まれた。私は、ほかのみんなより20日くらい早めに夏休みに入り、父の仕事の関係で、母の実家に預けられることになりました。そこには母の妹のY子おばさんと祖父母といとこになる5歳のあっちゃんという女の子が住んでいた。おじさんは東京に単身赴任していたので、たまに帰ってくるくらいでした。
祖父母とおばさんは私の障害をいちばん心配してくれました。
おばさんは、リハビリの先生の資格を持っていたので、毎週末に遊びに行くと、マッサージや歩行訓練などをやってくれました。
今回は約2ヶ月間いることになるので、母と「この2ヶ月のあいだにのりゆきが和式トイレを自分自身で使えるようにして、学校でもうんちできるようにするね。」という約束をしたからと私と祖父母に話してくれました。
祖父が大工ということもあり、トイレに手すりを付け、私がつかまって踏ん張りやすいようにしてくれました。
その日の夜からおばさんが母の代わりをしてくれました。「学校がある時と一緒の生活で行くよ。」と、夜は9時に寝て、朝は7時に起きることになりました。私は、いとこのあっちゃんの部屋で二人で寝ることになりました。
あっちゃんは幼稚園の年中で毎朝8時40分にバスが迎えに来るから、それまでに用意をしなければならないので、朝はたいへんです。
私は、祖母に着替えとごはんの面倒をみてもらいました。
それが終わると7時50分~55分です。すると、おばさんが「今日から3人でトイレタイムだよ。トイレに行くよ。」と3人でトイレに行きました。
まずは、幼稚園に行かなければならないので、あっちゃんが入りました。入ると、一段上がる和式トイレをきようにまたぎ、スカートをまくり上げて、パンツを下げて、しゃがみました。
すると「チョロチョロチョロチョロシャー」「プリプリプリプリ」「ぼとぼと」とおしっことうんちをしました。
「たくさん出たよ。自分でふくね。」といって、ちり紙で拭いていました。おばさんが「えらいね。最後はおかあさんがきれいにしてあげるよ」といって、仕上げをしてあげていました。
おばさんが「おかあさんは、これからのりくんのうんちをみてあげないといかんから、先におばあちゃんと幼稚園にいくよういしていてね。」といって、先にあっちゃんをトイレから出してくれました。
おばさんが「さあ、のりくんおまたせ、うんちしよっかね」「ゆっくりでいいからね」と言って、ズボンとパンツを脱がして、和式トイレをまたぐ様に立たせてくれた。そして「さあーじいちゃんがつくってくれた手すりを持ってしゃかんでごらん。」と、やさしく体を支えてくれました。
「こわいよ」といいながら、手すりをつかまってしゃがみ「う~ん」といって、いきみました。
すると「プリっぶす~」「ぼとぼとぼとぼと」といって、たくさんのうんちかでました。
おばさんが「やったね。1人でできたやん。」といって、泣いてくれました。
私が「足がいたいけど、もう少し出そう、おしっこも出そう。」というと、おばさんが「立ち直してあげるから、おしっこしなさい。」といってくれたので、おしっこをたくさんしました。
おばさんが、抱き上げてしゃがみ直してくれました。もう少しうんちをして、おばさんに「ぜんぶ出たよ。」といいました。
おばさんが「まだのりくんはお尻が拭けないから拭いてあげるよ。」といいながら、やさしく拭いてくれました。
「足がしびれて痛いやろう。頑張って1人でできて良かったね。」と言って、トイレから)おろして、パンツとズボンをはかしてくれました。
椅子に座らせて、「こんとは、おばさんがうんちするから待ってね。」といって、あわててパンティーを脱いで、トイレをまたいでスカートをまくり。しゃがみました。
30歳という若いおばさんが大きなお尻を出して、しゃかんでいる光景は、いまだに忘れることができません。
しゃがみおわると「チョロチョロチョロチョロシャージョジョジョジョシュイ~」という黄色いおしっこをしました。「ふーもう少してもれるところだった」といいながら「ウーン」とかるくいきみました。すると「プリプリプリプリ」というおならと「トロトロトロトロポタポタポタポタポタポタ」と軟便と下痢のちゅうかんみたいなうんちをたくさんしました。
私は、「おなかいたいの?。大丈夫?。」とおばさんに聞いてみた。
おばさんが「大丈夫だよ。ありがとう。」と言って、ちり紙できれいにしました。パンティーを履いて、スカートをなおし、「あっちゃんを一緒にバスまで送って行こうか」といってトイレか出て、あっちゃんを送って行きました。
私は、次の日からも毎朝8時の楽しみになりました。