特にヤマなしオチなしですが、また日常とか思い出を書いてみました。コメント嬉しかったです。
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今週のある夜。帰宅するなり甲高い笑い声がバタバタとお出迎えしてくれた。
「おじさんお帰り!」
「おおー、ただいま。二葉来てたんや」
くるしー、と呻く我が息子をヘッドロックする二葉の頭をポンポンと撫でて靴を脱ぐ。
「うん。今日、泊まりまーす」
「そっか。…あれ?学校は?」
「明日、試験休みー」
「そっか」
ギブギブギブ!と叫びながらも楽しそうな息子を捨て置いてリビングに行き、テレビを見ていた嫁と一言二言交わして風呂場へ向かった。
そして脱衣所にて脱いだワイシャツやパンツを何気なく洗濯機に入れると、不意に、見慣れぬブラジャーの紐が洗濯物の隙間からはみ出していることに気が付いた。
まさかこれは…こないだ久しぶりにエッチした嫁が甲斐甲斐しくも新しい下着を買って来てくれたのか?
否応なくテンションが上がったオレが迷わずそれを洗濯機から引きずり出すと…。
バットマンのロゴがデザインされたそれが瞬時に嫁のではないことがわかって、即座に元の位置にしまい直した。
うわ、まじか、見てはいけないものを見てしまった。
そんな罪悪感にかられながら天を仰いだオレだったが。
未だに目の端で顔を覗かせる下着の紐に、テロテロと光を反射するタグが付いていることを発見してしまい。
誰も見てないのに自分の洗濯物を取るフリをして、そのタグに書かれている数字を見てしまった。
D65。
どうしてブラジャーのタグというのは、見てしまいたくなるのだろう。
深まった罪悪感を洗い落とすように丹念にシャワーを浴びると、湯船に浸かる頃には贖罪の気持ちも薄れてきた。
そして身体が温まるほどに、何気ない記憶が湯気の中に映し出された。
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二人の息子をもうける我が家には、昔からよく姪たち三姉妹が泊まりに来る。
それは義理の兄の娘たちなのだが、その義理の兄の嫁というのが奔放な人で、幼い娘たちを残して男を作って出て行ってしまい、義理の兄の仕事が長距離のトラック運転手だったものだから、半ば娘のような形で三姉妹を預かっていた。
今では義理の兄の仕事も運転手から配達事務職に変わって毎日家に居られるようになり、何より娘たちも年頃になって来たから泊まる頻度は減っているが、それでもたまにフラッと来ては息子たちと遊んで帰る。
それは確か、次女の二葉がまだ小学6年だった頃か。
当時、中学1年だった長女の一織、小学3年だった三女の三南と一緒に泊まりに来た時。
帰宅するといつも”おかえりなさい”をしてくれるはずの二葉がその日は子供部屋に閉じこもって出て来てくれなかった。
どうしたんだろうと思って晩酌をしながら嫁に聞いてみると、次男を妊娠したばかりで胸がパンパンに張っていた嫁が苦笑いをしながら話してくれた。
何やら。
三姉妹でお風呂に入っていた時、ぽっちゃり体型の三南が華奢な二葉の胸が真っ平らであることをいじると、双葉が「それは三南がデブなだけだろうが!」と言い返して、三南を泣かせてしまったかららしい。
なんだそれ、と笑ってビールを飲んでいたオレだったが、重たそうな胸と細い肘をテーブルに乗せた嫁は神妙な顔付きで口を開いた。
「でもね。三南。最近、本当に胸が出て来てるっぽいんだよね」
「え?」とビールを飲み下したオレを見ずに嫁は続けた。
「いや、単純に三南はぽっちゃりしてるだけ、と思ってたんだけど。さっき、お風呂上がりに裸で泣いてる時によく見てみたら、どうもそれだけじゃないみたいで」
「どういうことよ」
「あー、ほら。なんか、形とかが違って来るじゃん、そういう時って」
「いやオレ男だから知らんし」
「あ、そうだった。男だったね、パパ」
子供が生まれて以来オレを男として見てくれなくなったことに悲しくなって…というのはまた別の話で、オレは言った。
「だってまだ三南、小3だろ?」
「わたしもそうだと思って携帯で調べたんだけど。いるんだって、そういう子」
「まじか」
「うん」
驚く頭に三南ののんびりとした笑顔が映るとますます信じられなかった。
「それで…ほら、一織も成長早いじゃん?年の割に、だいぶ」
「ああ」
「だから姉妹の中で自分だけがぺったんこなのを実は気にしてたのかな、って思って。二葉」
毎日長男に引っ張られて伸びきっているTシャツの丸首から深い谷間を覗かせている嫁の口から出る”ぺったんこ”は嫌味にしか聞こえないが、オレは言った。
「ああ…確かに一織が二葉の年齢の頃って、一織、もう胸出てたもんな」
「そうそう。もうビックリしたよ!修学旅行前に下着屋さんに付いて行ったらさ、Dカップだよ?Dカップ!なんかわたし、店員さんにちょっと怒られたもん」
オレの中のDカップの記憶といえば、初めて嫁とエッチをした時のものしかない。
その記憶を、子供部屋で眠る一織の姿と、しかも去年ランドセルを背負っていた一織の姿と重ね合わせると、冷ややかな罪悪感が背中を撫でたので即座に打ち消してビールを注いだ。
「にしてもまだ小◯生だろ?そんなに気にするものかね、胸とか」
「はあ」と溜息をついた嫁は言った。
「姉妹がいるとそういうもんよ。もうほんと何もわかってないよねパパ」
「オレ、女じゃないし、女兄弟いないし」
「はあ。もうほんとわかってない人だよねパパ」
「いや、だから」
「はあ」
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風呂から上がったオレは、リビングで嫁と向かい合ってポトフを口に運んだ。
今思えば嫁も妊娠中はイライラしてたもんだなあ。
そんなことを思いながら遅い夕食に付き合ってくれる嫁のグラスにビールを注いで言った。
「そういえばさ」
「うん?」
「由佳、新しい下着買ったのかと思った」
「ふふん?なんで?」
「いや、さっき洗濯機に見慣れない下着があったから何かと思ったら…二葉のだったじゃん」
「うわーなにー?洗濯機漁ってたのー?引くわー」
「漁ってないわ」
「うわー」と続けながらオレのグラスにビールを注いでくれた由佳に言った。
「ああいうのさ、気にした方がいいんじゃないの?二葉も、ほら、もう中2なんだし。おっさんと同じ洗濯物に入れるのはイヤー、みたいな」
「本人が気にしてないならいいんじゃないの?」
「そういうもん?」
「そういうもんでしょ」
ポトフのスープにご飯を入れた。薄味だが温まる味だ。
「二葉もブラジャーとか着けるようになったんだなー」
「そりゃそうだよ、もう中2だもん。もう、わりとあの子、大きいんだよ?」
脳裏にタグの文字がチラついたが「そっか」と何でもない返事をしてスープをすすった。
「なら良かったな。昔、ほら、そういうの気にして二葉が三南を泣かせたことあっただろ」
「ああ。あったね」と懐かしさに顔をほころばせた由佳だったが、その顔は少し悩ましげに変わって言った。
「でも二葉の中では、まだ三南にコンプレックスがあるままって感じだよ」
「そうなん?大きくなったのに?」
「んー。やっぱり一回コンプレックス持っちゃったら、なかなか拭えないものなんじゃない?」
「そっか」と言ってオレの中でその話は終わったのだが、ビールのグラスに口をつける由佳の瞳はまだ何かを案じているようだった。
「どうしたの」
「いや」
「なんだよ」
「いや。そのせいなのかわからないけど、三南も三南で最近…」
不意に鳴った携帯に由佳が出てその話は終わった。
聞き覚えのある名前と喋っている由佳の声を聞きながら、オレは三南ののんびりとした笑顔を思い出して心がおぼつかなくなった。
けれど由佳は電話と長くなりそうな話をしていたので、オレは食器を片付けて眠る準備を始めた。
ーーー
後日、夕食のブリ大根を食べながら子供たちのクリスマスプレゼントの話になった時に、ふと思い出して聞いた。
「そういやさ」
「うん?」
「こないだ三南が最近変みたいなこと言ってたけど、あれなに?」
「変?…。ああ」
ブリ大根をあてにビールを一口飲んだ嫁は続けた。
「なんか最近、三南。幼児帰りしてるの」
「え?幼児帰り?」
「うん。最近やたらとお兄ちゃん(義兄)とかわたしにベタベタひっついてくるし」
「うん」
「全っ然ブラジャーつけたがらないの」
「え?」
オレの脳裏にふと、今年の夏、三南の運動会にみんなで行った時のことが思い出された。
小5になった三南はいわゆる、どこの小学校にもクラスに一人はいる、やたらと体格がよくて胸の大きな女子である。
それまでオレのイメージの中の三南は幼稚園だか小1くらいのままで止まっていたのだが、合同リレーで全力疾走している三南の体操服の胸がありえないくらい上下している姿を見て、それに周囲の保護者が若干引いている空気を感じ取って、そのイメージも思い直された。
「いや、ダメだろそれ」
「そうなんだけど」
ふと先月、三南が泊まりに来た時、晩酌終わりにソファでテレビを見ているオレの足の間に座りに来たのを思い出した。
撫でる頭の位置が高くなっていたから、大きくなったなーなどと思っていたのだが、そういうことだったのか?
「え、いつから?」
「んー。秋の…林間学校から帰って来たくらい…かな」
テレビのチャンネルを変えるために伸ばした手の甲に、ポンと当たった丸みが三南の胸のふくらみだったので、”うわヤバっ、おっさん嫌われる”と戦慄したのに、むしろ甘えるように左腕に抱きついてきてテレビを眺めていたのはそういうことだったのか?
「でさ、わたし思ったんだけど」
汁の染みた大根を箸で切りながら嫁は神妙な声色で続けた。
「多分、林間学校のお風呂とかでクラスメイトの子たちに胸のことをイジられたりしたのかな、って」
「…」
「日頃から二葉がしょっちゅう三南の身体についてイヤなこと言ってるのは知ってるからさ」
「そうなん」
「うん。だからもしかしたら、二葉と仲良くしたいのにできないのは自分の身体の成長のせいで、それを林間学校でクラスメイトにまで言われたから、それキッカケで無意識に幼児帰りを始めちゃったのかなって」
染みた大根をビールで流した嫁の推理に惚れ惚れしながらオレは「そっか」と呟いた。
「ね。パパ。どうにかしてよ」
「え。いや、そんな…」
「三南、お兄ちゃんとかわたしに言われるよりパパに言われた方が言うこと聞くんだからさ」
「イヤだよ。オレ、三南に嫌われたくないし」
「ねーそういう気持ちで放置して、もし三南が変な事件に巻き込まれたらどうすんの?今は厚手の冬着着てるからまだいいけどさー」
「でも三南、来年は小6だろ?学年が変わればちゃんとブラジャーもつけようって思い直すんじゃないの?」
「そうやって希望で推測するのやめた方がいいよ」
ぐうの音も出ないオレは嫁の谷間をチラリと見て、グラスにビールを注いで言った。
「…わかったよ。…それとなく言っとくよ」
「絶対よ。言った日はちゃんと報告してよ」
「わかったよ」
「よし」と言った嫁はいつの間にか空いた大皿におかわりのブリ大根を盛って戻って来た。
オレは夕食のおかずに、嫁はビールのあてに食べるからすぐになくなる。
「なあ」
「うん?」
「由佳が最初にブラジャーつけたのっていつだったの?」
「わたし?」
「うん。あー…三南への参考のために」
「わたしは…」と中空を見上げる由佳の、テーブルに置かれた胸を見た。
不思議なことに、二人目を妊娠していた時よりも、張りこそ減ったがボリュームは増しているように見える。
「…あー、わたしは中学に上がる頃だったかな。ちゃんとつけ始めたのは」
「その時何カップだったん」
「その時は確か…Bとかだった気がする。三南とか二葉より全然ちっちゃかったよ。わたし」
「へー」と言いながら正面の嫁のたっぷりとしたふくらみから目を上げて言った。
「じゃあ二葉のコンプレックスもいずれは解消されるな」
「なんで?」
「だって中学の頃の由佳は今の二葉より胸が小さかったんだろ?」
「うん」
「なのに由佳はこんなにデカくなったんだから、二葉もデカくなるだろ。山川家の血筋的に」
「はあー。あのさ。二葉のコンプレックスは三南より胸が大きくならないと解消されないんじゃないの?」
「…。あ、そっか」
「もー。しっかりしてよー」
由佳がわざとらしく肩を落とすと、テーブルに押された大きなふくらみがやんわりと谷間の陰を深めた。
「なあ」
「なんですか」
「なんか興奮してきた」
「はい?」
「いや。由佳にも胸が小さい頃があったんだよな、って思ったら」
「なにそれ。変態なの?」
「まあ」
オレの視線に気付いた由佳は、何でもないところに目を逸らして、やんわりと服の胸元を上げた。
「…」
「…」
「…なあ」
「今日はダメだよ」
「なんで」
「明日、朝からパートの日だから」
「あっそ」
「うん」
すでに股間は熱くなっていたが、そこで強引にする方向に向かわないのはオレが歳を取った証拠だろうか。
「…ていうかさ」
「うん?」
「今日の大根めっちゃ染みてない?」
「あ!わかる!そうやろ?わたしもそう思ってたんよ!」
ふふん、と笑った由佳はオレと目を合わせて言った。
「あ。ていうか健ちゃん、聞いて?昨日さ、和也がさ」
夫婦の会話は、今夜も続く。