いずみ、今も忘れられない貴女へ。③(長編)

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「ね、もう、名前で呼んでよ」

2度めのセックスの後、そう言われたことを思い出す。それまでは苗字にさん付けという、なんとも他人行儀な呼び方をしてしまっていた。

「いずみ、さん?」

「もう!さんなんかいらないから!」

当たり前のことなのに、妙に照れくさかったのを覚えている。初めての年上の彼女。自分に無いものをすべて彼女は持っている気がして、なんだか、心のどこかで、彼女は雲の上の存在のような気がして。

彼女は、誰とでもすぐに仲良く話すことができて

彼女は、とてもたくさんの友達がいて

彼女は、少し前までバンドを組んでいて

彼女は、私の知らない世界をたくさん知っていて

僕には、そんな彼女に誇れるものが、何もなくて

でも、そんな私を彼女は、好きだと言ってくれる。

あなたの、滅多に見せない笑顔が、たまらなく好きだと言ってくれる。

つい、彼女と自分を比較して、惨めな気持ちになるような、そんな僕でも好きだと言ってくれる。

「あなたには人にはない何かがある」

今は、そんな彼女の言葉を信じようと思う。

「いずみ」

「はい!」

いずみと付き合い始めて1ヶ月くらいたったころ、週に2度3度は2人で逢っていたから、たぶん、10回目くらいのデートだろうか。

いずみと会えば会うほど、彼女を知れば知るほど、自分には何もないことを痛感していた時期だったように思う。

飲みに行ったあと、私の部屋で飲み直すことにした2人。

あまり、前後の話は思い出せない。

いずみは、自分にとって、どんなに素晴らしい女性なのか。いずみは、自分にとって、どれだけ眩しい存在なのか。どれだけ、今、幸せなのか。

そんなことをアルコールが回った頭で語っていたように思う。

照れたような、嬉しいような、そんな表情を、いずみは見せてくれていたと思う。

言わなければ良かった。

どうして、口にしてしまったのだろう。

なぜ、気付かなかったのだろう。

その後悔は、今でも、少し、続いている。

「そういえばさ、付き合う前なんだけど、Aさんにいずみのこと相談したことあってさ」

まだ、引き返せた。

でも、Aさんの名前が出た瞬間に、ほんの一瞬だったけれど、強張った表情を見せた彼女に、その心に、気付くことができない、私は、そんな間抜けだった。

「俺がいずみが気になるって話をしたんだけど、あの女は駄目だ、とか言うんだよ?やめておけとか、さ。酷くない?全然そんなことないのにさ…」

思い出しながら苛立っていたせいだろう。一息に言いたいことを言ってしまう。

私がまだ言い終わらないその刹那、明らかに彼女の様子がおかしいことに気付く。

「は…はは。あ、そう。そっか。Aさんそんなこと言ってたの。アハハ。そっかーひどいなぁ。わたしそんなんだったかー」

「え、?」

ほんの少し前まで幸せな空気で満ちていた僕の世界に、音を立てて、深い、深い、ヒビが入った気がした。

「え、え、どういう…」

「Aさんとしたんだけど、そんな風に思われてたとはね。ハハ」

彼女は彼女で、この一瞬だけは、自暴自棄になったのだろう。一瞬だけ、私の存在を、私の気持ちを、考えることができなくなっていたのだろう。だから、言わなくてもいいことまで、声に出してしまったのだろうと、今なら考えることができる。

でも…

視界がぼやける。

すべてにピントが合わず、なんだか、すべての境界があやふやに見える。

彼女すらも。

(あ、あ、あ、ああ、あああ、あああああああああああああ)

頭の中で勝手に、勝手に、心はしたくないのに、勝手にパーツが嵌っていった。

Aの態度、発言、告白したときの彼女の反応、マネジャーに「も」

…一瞬ですべてが崩れ去った気がした直後、激しい感情に襲われる。

俺は…俺は、俺は!俺は!!!

彼女を軽く扱って!ただのヤルためだけの女として扱って!

そんな!そんなヤロウに!

…俺は彼女への純粋な思いを相談していたのだ。

その思いは、今では、自分の中で、かけがえのないないものになっていたのに、それすらも全部、奴に嘲笑われていたのだ。

「まるで道化じゃないか…」

眩暈と吐き気が続く中、絞り出せたのはその一言だけ。衝撃を受け止め切れなかったせいだろうか。涙は出なかった。

俺の様子がおかしいことに気付いた彼女。

「違うよ!あなたと付き合う前だよ!それからは全部、全部!断ったよ!本当…だから…」

それは大きな問題じゃない。私は自分の間抜けさに心底嫌気が差していた。きっと、俺がこのまま消えてしまうような、そんな空気を感じたのだろう。

「わたしはあなたが好き!あなただけ!あなただけなの!!ね!お願い、こっちを見て!ねえ!!ねえってば!」

(へぇ…こんなに力があったんだ)

揺さぶられながら考えていたのはそんなことだった。

ああ、だめだ。だめだ。このままじゃ、彼女を、いずみを、失ってしまう。このままじゃ、だめだ。

今なら分かる。女も、男と同じように性的快楽を得るために、その股を開くという、そんな当たり前のことは、今なら、分かる。

だけど、18歳の俺には思い至ることができず、自分の心を守るために、彼女を離さなくて済むように、ずいぶんとズレたことを口にしていた。

「Aのことが好きだったなら仕方ないよ」

彼女が、どんな男にも股を開く、そんな女であってほしくない。そんな願いがこもっていたように思う。ぎりぎりで自分を納得させる。仕方がなかった。そう自分に思い込ませるためのセリフだったように思う。

彼女としては、ぜんぜんそんなことはなかっただろう。少し外見の良い男がその生殖器を自分に突っ込んでくれる。欲しかったのは、その快楽と優越感と、満足感。それだけのことだったはずだ。なのに、耳に飛び込んできたのは、驚くほどに青臭いセリフだった。

「…ん」

彼女は否定も肯定もしなかった。今考えると、どう答えるのが正解なのか、彼女には分からなかったはずだ。どちらを答えても、良くない結果になるかもしれなかったから。

それでも、私は、それを肯定と受け取った。Aのことが一時でも好きだったなら、体の関係になっても、それは仕方がない。彼女は、ただの被害者だ。そんな彼女を俺が嫌いになる理由があってはならないと、そう思いたかった。

「じゃあ仕方ないよ。それなら仕方ない。うん」

壊れかけた心で気持ちの悪い笑顔を作っていたと思う。

「うん…」

なにか違うような、なにか言いたいような、不満と諦めと、苦悩と。そんな色の彼女に背を向け、残ったビールを飲み干した。

「帰りなよ」

「え、なんで?やだよ?」

「ほら、門限とか」

「大丈夫だよ。お母さんにあなたのこと言ってるもの。心配してないから」

「でも、」

「帰らない。わたし、帰らないからね!!!」

ああそうだ。彼女と初めての時もこんな感じだったっけ。

あの時の彼女と同じ、いや、それよりも、ずっと、もっと、必死な思いの叫びだったと思う。

ベッドに飛び込み、布団を頭から被って動かない彼女。

(しょうがないな)

思い起こしたあの時の感情が、ほんの少し、今の真っ黒に沈んだ気持ちを軽くしてくれた。彼女と一緒のベッドに潜り込み、力なくだけど、後ろから腕を回すことができた。

「今のわたしにはあなたしかいないの。あなただけなの。あなただけが好き。それじゃだめなの?」

「いいや。悪かった。ごめん」

いつの間にか世界は元の形を取り戻していた。まだ少しボヤケているけど、もう大丈夫。きっと、大丈夫。力の入らなかった腕も動くみたいだ。

私に向き直った彼女。仲直りのキスのつもりなのだろう。いつもよりも少しおどけて見せ、照れたように笑う。繰り返し、繰り返し。首に回された彼女の手に力がこもってくる。唇を合わせるだけだったキスが、互いの顔の向きを左右に変えながら、互いを確かめるものに変化していく。

「ねぇ、して…」

正直、そんな気分ではなかった。満身創痍になりながら、ようやく彼女を私の世界に取り戻せたの“かもしれない”。そんな精神状態だったのだから。

返事に困っている私を尻目に、彼女は盛り上がっていく。

(今の私でもここまでの温度差のあるセックスは経験がないのだから、当時の私にはよくやった、と、褒めてあげたいほどだ)

私の手を胸にあてがい、深くキスをしながら体をくねらせる。キスから漏れる息は荒く強くなっていき、それはすぐに喘ぎに変わっていく。

私はといえば、ようやく彼女の胸を揉むことができただけ。彼女の要求に応えたい。不安にさせたことを全身で謝りたい。でも、体が言うことを聞かない。

全裸になり、彼女は私に馬乗りになる。貪るように舌を捻じ込まれ、まともに息もできない。それなのに、私はせいぜい片手で彼女の胸を軽く揉むだけ。

やっとなんとか服を脱ぐことができた。一仕事が終わったかのように息を吐いた、私のそんな様子に業を煮やした彼女。芯の通っていない股間のモノをずっと握っていたが、私にとってはオーバーキルとなるセリフをぶつけた。

「Aさんはわたしの頭つかんで無理やり咥えさせるんだからね!」

それはないだろう。なあ…、そんなセリフは一体誰を救うんだ。

「ほんとに…もう…」

そう言いながら、私の股間に顔を埋めた彼女。

彼女にとっては、私に檄を飛ばしたつもりだったのかもしれない。もしかすると、いっそこんな自分を嫌ってくれと、そんな意味があったのかもしれない。でも、だからといって、あんな奴とのセックスを語らなくたっていいじゃないか。乱暴に扱われて奉仕させられた、そうして大きくさせたモノをブチ込まれた…そんなことをわざわざ想像させなくてもいいじゃないか。

シュールすぎる光景に涙が出そうになる。

そんな風に打ちひしがれていた私に彼女が言った。

「入れていい?」

口元を涎まみれにした彼女が微笑んでいた。いつの間にか、いつもよりも硬く膨張させていた私のモノを握り、先端に舌先を当てながら。

私の、寝取られ性癖のルーツは、この日、この瞬間の、彼女から植え付けられたものだと、今なら確信を持って言える。

(もう、どうにでもなれだ)

今までにないほど積極的に腰を振り、喘ぐ彼女。そんな彼女のくびれをつかみ、タイミングを合わせて突き上げる。その時抱えたむしゃくしゃを全部ぶつけるように。ありったけの力を込めて。

きっとそこには、こんな状況でもセックスを楽しむ彼女への憎しみも、込められていたのだと思う。

そんな私の激し過ぎる突き上げを、赦されたのだと、愛されているのだと、そう、全身で受け止めた彼女。

その身体を、これまで見たこともないほどに痙攣させ、何かに取り憑かれたかのように彼女は達していった。

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