あの日のこと~ラスト・アナル

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マリとオレはお互いに予定のない限り、週末はどちらかの部屋で過ごしていたが、季節の節目などには近郊の温泉に投宿したり、遠出では和歌山まで車を向けたこともある。

都心を避けて出掛けるか、部屋に籠るかのどちらかを好み、休日くらいは人混みに身を置きたくない、ふたりともそう思っていた。

昨夜から、マリはオレの部屋に来ている。少し前なら金曜は六本木の店に出勤していたが、このところずっと週末の夜を共に過ごすようになっていた。

マリとの関係は2年目になるが、彼女に不満は微塵もない。むしろ彼女を知るほどに、魅力の範囲が広まっている。大抵の女が付き合いが長くなると見せてくる面、それもマリにはない。ずっと初々しい。それは慣れないぎこちなさではなく、馴染んでなおの新鮮さである。

マリの身体にも人間性にも、その新鮮さはあった。

金曜の夕食も、外へ食べに出よう、と言ったのにマリは頑なに自分が作ると言い張った。

食材はマリが買ってきていた。鰈の煮付け、青菜の浸し、味噌汁など素朴なモノが食卓に並んだ。なんでもない家庭料理だが、マリの腕はいい。何を作るにしても、ダシがきいた味を仕立ててくれる。さすがに毎度鰹節を削ることはせず、紙パックのモノを使っていたが、それでも満足する味だった。

特に春先の筍ごはんは、プロ顔負けの味を出していた。どこの料理屋の板前がこしらえたものより口に合う。

母親譲りのレシピだと言っていたが、筍の走りから名残りまで、オレは4~5回もリクエストしていた。

「ちょっと時間経ってるやつはね、下茹でに時間かかるのよ」楽しそうにマリは言っていた。

味覚の相性、身体の相性、思考の相性、どれにも違和感のない女にはマリ以外、出会ったことはない。

ふたりの休日の朝は、往々にしてセックスからはじまることもある。

先に目を覚ました方が、相手の身体を刺激して眠りから起こしつつ求めていく。

その日は、眠っているマリの乳房を露わにして乳首を口に含んだ。ゆったりとしたワンピースのような寝間着の鎖骨下の小さなボタンをひとつ、ふたつ外した。それで十分に乳房は顔を覗かせた。

うーん、とマリが甘ったるい声を上げる。覚醒しつつ身体に起きていることを知っている。

かぶりを振って、こちらを向いたマリの唇に舌を挿し込む。寝起きの半渇きの口腔。唾液を送り、潤いを与えるとマリは舌を絡めてきた。もう起きてる。オレはマリの下着に手を入れ、下腹の先の女唇に指をあてがう。小さくビクンとマリが反応する。クリトリスもまだ寝ているから、指の腹でやさしくさすり起こしてやる。それでマリは目を開けた。

「おしっこ…」マリは立ち上がり用をたしに行き、戻ってきた時は、一糸まとわぬ姿だった。

マリはオレの顔にプッシーをあてがい跨ってきた。

「舐めてキレーにして、拭かないできたから」

小水の塩味、汗を煮詰めたような。

発情したマリのマーキング、その雫を口にする。

「次、こっちね……」

ほんの少しマリの身体が動いて、肛門があてがわれる。渇いてるそこに舌で湿り気を与えてやる。マリがオレのモノを扱いてきた。ムクムクと反応しはじめると、マリは口に含んだ。

舐め残しが無いように、念入りに本体から精嚢、そして肛門までマリの舌は這っていく。マリに脚を抱えられ、お互いの肛門が舐め易い体勢になる。朝、起きぬけに互いの肛門を舐め合っている男女。

ふたりの舌をつかう音だけが聞こえる、静かで、いやらしくも贅沢な時間。

オレの勃起は無視され、マリはケツばかり舌で攻めてくる。舌を捻じ込んでくれば、オレもそれに倣い、同じ仕打ちをマリの肛門にする。

愛しいマリのその中に頭から入って行きたいと思う。セックスは互いの体液の交換だ、と言ってた女がいたが、それは味気ない。

よく、「ひとつになる」と表現される男女の交わりだが、オレはホントに細胞が一体になれたなら、全ての生きる意味は達成される、と思い巡らしていた。

「もう…カチカチになって…」

嬉しそうにマリが言う。

オレの勃起は、特に亀の頭は、暗くてジメジメしたいやらしい匂いのするホラ穴の中が大好物で、イチバン至近にあるその環境がマリの肛門で、そここそ欲望を満たしてくれる。

マリもまた、肛門にこの勃起を受け入れたいと思っていた。

そこにペニスをはじめて受け入れたのは、ほんの2年前だが、それ以前のずっと前から、そこの快感を自分で得ていた。マリの尻の穴の陰部神経は鋭敏に発達している。

オレがはじめてマリの尻に挿れた時、マリは抵抗なく受け入れ、気をやってもいた。

尻も経験豊富な女だと思ったが、あとから、はじめて男のモノを挿れたと聞いた。

こんな女の尻が、それまで誰も手を付けず、ほって置かれてたのも、はじめてだというのにアンアン声を上げて尻を振っていたのも解せず、マリの言葉を鵜呑みに出来ずにいた。

するとマリは、尻の処女を捧げたオレへ、カミングアウトするかのような話を聞かせてくれた。

最初の火種、それは火種とも呼べない些細なことだが、マリはその幼い日のことを憶えていた。

マリには2歳上の姉がいる。その姉と風呂に入っていた時、姉がマリの肛門に指を入れてきた。姉はかわいい妹にほんの少しいたずらをしたかっただけであろう。

お尻の中で動く指の感触、姉はその抜いた指を嗅いで「クッチャイ」とマリにも嗅がせたそうだ。たしかにその指はクッチャイ以外なにものでもなかった。小学校に入る前くらいのことだと思う、とマリは言った。

ただその時、ジンとした感覚が下腹に響いたのを感じたという。その後、姉と入浴を毎日のようにしても、もう姉がマリの尻に指を入れてくることはなかった。

小学4年で初潮をむかえて、マリは基本的な性知識も得るようになる。アソコをこすると気持ちいい、学校の友達からきいて試すようにもなった。

夜、布団の中で下着の上からアソコを撫でる。ムズムズしてもっとしたくなる。そんな程度だったのが、ある日、自分の机で椅子に座りしてみた。

下着の上からではなく、直接触れてみた。性的な成長は、その性感も発展させるのであろう。マリはその時、はじめて気持ちの良さを感じたという。

ある時股間を擦る指が勢い余って、お尻の穴にまで伸びた。

好奇心でそこでも指を動かしてみた。特にどうということはない。しかし、そのお尻をいじった指を嗅いでしまった時、忘れていた、ジンとした感覚が下腹に蘇った。ウンチの匂いとも違う、お尻のエッチな匂い……。

そうしてマリは、オナニーの度、自分の尻の匂いを嗅ぐ癖がついた。

尻を嗅ぐための指は、いつしか肛門を深く潜るようにもなった。恥ずかしい、汚い、はしたないと思うほど、マリは興奮してやめることができなかった。肛門の性感が芽生えていた。

決定的な出来事はマリの5年生の夏休みに起きた。

夕方に帰る予定で友達と遊んでいたマリが、昼過ぎに帰宅をしてしまった時である。

居間や台所に母親の姿なく、両親の寝室まで行くと障子戸が閉まっており、中から母親の呻くような声が聞こえる。

なにかよからぬ気配を感じたが、覗いて見たくてたまらない。マリは障子をほんの少しズラして中を見た。そこには美しくやさしい母と穏やかな大好きな父親の裸の姿があった。

時折父親のオチンチンは風呂で見ていたが、その時はいつもと違い真っ赤に怒っていた。

その怒ったモノは、母親の白いお尻の谷間の穴に出入りして、その度に母は声を上げていた。

エッチな知識はあったつもりだが、オチンチンがあんなに怒ること、それをオマンチョに入れないでおしりの穴に入れること、がマリには衝撃だった。

不思議に両親の性行為を見ても嫌悪する気持ちは全く起きなかったという。

それは思春期にはまだ少し早いマリの年齢と、普段からの両親の愛、そして、その時の母親の悶える表情が、女として美しく見えてしまったからではないか、とマリは考えていた。

その時からマリはお尻でオナニーすることの後ろめたさを抱かないようになった。

ママのようにお尻で気持ちよくなっていいんだと。

マリの尻はドンドン神経を巡らせて鋭敏になっていった。

中高一貫の女子校に通うと、マリはそのことを親しい友にも秘密にしていた。なぜなら目にした女性誌にアナルイコール変態という記事を見かけたからである。

私は変態なんだ、と思う一方で、肛門の敏感さは日を追うごとに増していった。

誰にも言えない自分だけの秘密、それを抱えてマリは大人になった。

短大時代も身体の関係を持つ男はいたが、自分から尻を愛してくれとはいえなかった。たまにそこを舐めてきたり触れたりする男がいたが、声を潜めじっと耐えてきた。そんな日は、後から自分でお尻を慰めていたというが、このいい女の尻に執着する男がいなかった。それは奇跡的でもある。

そんな話をマリから聞いたが、図らずもオレは小5の時、親戚のお姉さんから童貞を奪われたことを話した。マリが両親の交わりを見た同じ年である。へぇ、早かったんだ、とマリは感心していたが、その時、相手のお尻で奪われたと教えると、言葉を失っていた。

オレと出会い、やがて身体の関係を持つようになった最初の時、オレはマリの尻を狙いそこばかり責めた。

イヤがられたり、拒むようならやめようと思いながら求めていたが、マリは肛門への愛撫を望んでいたというように甘受してくれた。

だから経験豊富な女だとつい思ってしまった。その後の肛交もスムーズに進み、マリは気持ちよくなっていた。

それが後からそんな話を聞かされ、マリへの愛しさがこの上ないものになった。

やっと出会えた相手、この巡り合わせをふたりとも喜んでいた。

オレの尻好きは、マリの肛門の感覚を日毎に鍛えていったと思う。もとよりマリはそこでオナニーをしてきたが、他者からの念入りな愛撫は、精神的にも感覚的にも満足を得やすい。

アナルセックスのあと、動けぬほど気持ちよくなり、寝た跡には洪水ができている。

「お尻すると、内臓に響いてくるようになった」

何回か寝たころ、マリがそう言ってた。

女の感覚は理解できるはずもないが、行為後のマリの姿態を見れば、その快楽の具合を察することができた。

今、マリは四つん這いでオレのモノをまさに待ち受けていた。

女が尻の穴を拡げて、そこに勃起がくるのを待っている姿ほどエロスを感じるものはない。

期待に震えるようにヒクヒクと息をしているマリの肛門。

茶色の色素の色味、乱れのない放射状、全てが好みで見るたび疼かせてくれる。

何度そこに挿れてもこれでいいと満足することはない場所。

生命果てるまで尽きることのない欲求。

どうせならここで交わったまま、命尽きたいものだ。

勃起の先端を放射状の中心部にあてがい、ゆっくり押し進める。

オレの亀頭粘膜とマリの肛門の粘膜は密着したまま、どちらも譲り合い相手を受け入れた。

毎回、破爪するような突き破る感覚。そのほんの一瞬を過ぎると入り口の一番強い締め付けを根元に感じ、温かい腸壁に勃起は包まれる。

その強い締め付けのところを味わうため、亀頭のスレスレまで抜き差しすれば、マリもまた良い場所に触れるのか、声を上げる。

「ああ……いいッ……今日の…スゴク硬い……」

女の尻を掘るのは、なんと淫美なことかと毎回オレは思う。

生殖を伴わない、排泄器官の交尾。

ただ欲望だけを満たすためだけの、神をも畏れぬ人間だけがする性行為。

そこを求める男とおとなしく尻を差し出す女。

マリとオレは、マリの肛門を回転軸にして位置を変え、向きを変えて身体を動かした。

最後はマリが上になり主導を取った。相対しお互い顔を見ながら高まっていく。

マリはこのスタイルを好んでいる。自分のいい場所に自分のいい早さで擦り合わせることができるからであろう。

マリが顔を寄せてきてキスをしたあと、彼女にスイッチが入った。オレの腹の上でマリが踊ってる。短いストロークだが激しい動き。前後左右、回転させてオレの勃起を味わっている。

オレも我慢の限界がすぐそこまできてる。

「ああ……いい……あたしの中に、アナタがいる……スゴイ……」

マリはそう言うと動きを止めた。オレも間髪入れずにマリの中に噴き上げた。

いつもより深く突き進んだような感覚。

その熱い飛沫を感じるかのようにマリはじっと目を閉じている。

マリがオレに覆いかぶさってきた。

「今日はね、…あなたがホントにあたしの中に入ってきた……」

マリは呟くように声を漏らした。

翌週の金曜の夜、オレはマリのマンションに向かった。

来週はあたしのとこ来てね。そう言われていた。水曜に電話でも話しをしていた。

部屋に入ると、明かりはついていなかった。

リビングのドアを開けると、すぐ違和感が襲ってきた。

マリの生活感が消えてる。家具やモノはある。だが明らかにおかしい。どこか近所に出かけたとは思えない。なぜか冷蔵庫を開けた。電気がつかない。中はなにもない空だった。

何が起きたのか、理解できない。寝室へ行く。マリのドレッサーに並んでいた化粧水などがない。引き出しの中身もほとんどない。クローゼットの服も残っていない。

ベッドはきれいにメイクされ、ここでミズキを混じえた淫靡なことが行われたとは思えないほど清潔にたたずまっている。その脇のベッドサイドテーブルに封筒をみとめた。

すぐ開けてみた。

「あなたを愛しています。でも、私はひとりでやってみたいことがあります。

よく考えた結果のことです。

突然ですが、お別れをします。私のわがまま許してください。

いつか、あなたのところに戻ってくるかも。最愛の人へマリ」

読んで文字は目に入るが、内容が理解できない。

水曜に電話で話したのに、週末ご飯作って待ってると言ってたのに。

そういえば、少し前にマリが言っていた。

「ね、もしだよ、もしあたしがいなくなったらどうする?」

なにかの拍子にそう聞かれた。オレは、それは困る、ヒジョーに困ってしまうな、とこたえた。へー困るだけなんだ、悲しんではくれないんだ、と言ってた。

あり得ないことを想像しても仕方ないと、その時は思っていた。

だが、今、突然に想像せぬ悲しい現実が襲ってきた。

次の日、オレはマリの部屋を契約した不動産屋へ向かった。ここの家賃はオレの口座から引き落とすようにしていた。

その契約の時の担当者、30なかばの女性が相手をしてくれた。

先週の水曜日、ちょうどマリと電話で話した日、来店したマリは賃借契約を解除したいと言ってきたという。

部屋に残ってる家具は、関連業者の引き取りサービスに任せるとのこと。

引越しの行き先などを問いてみたが、さあそこまでは関知できませんので、と女性から言われた。

いつから計画していたんだろう、いくら考えてもわからない。

次は笹塚のマリのヨガスタジオへ足を向けた。

何度か顔を合わせたことのあるスタッフがいた。

「しばらく留守するから、ここを任せると言われました…事務的なことも教えられてます」

彼女から得た情報はそれ以上なかった。

逆にオレがなにも知らされていないことを驚かれた。

スタジオのドアのところにスカイブルーのフレームのクロスバイクがあった。

マリが晴れた日にここに来るために使っていた。あなたのクルマに合わせてイタリア製にしたの、と言って大事にしていた。この自転車は処分しなかったということか。

いったいどうしたんだ、どこへ行ったんだ…マリ。

夜は六本木の店へ向かった。ミズキに会おう。

土曜なのでミズキもエリも出勤していた。ふたりが席に座る。

「そろそろ来るかな、って思ってた」ミズキが開口一番にそう言う。

「なんで?」もどかしい。

「先週の金曜日かな、店はじまる前にひょっこりマリが来たの。この店にはもうほとんど出勤してなかったのに、律儀に菓子折り持ってオーナーに挨拶しに来た。正式に店を辞めるって言いたかったみたいなんだけど……、あたしたちに挨拶しに来たのかも……」

「で?」

「なんか様子おかしいから、あたしもきいたの、どうしたのって……」

「マリはね、しばらくひとりになるって言ってた」

別れるの?と聞くとそうなるね…って悲しそうな顔してた。

なんかあったの?と聞いたら、なにもない、別れたくてそうするんじゃないの、としか言わなかった。

これからどうするのと聞くと、そのうち連絡する、って濁してた。

店はじまるからあんまり長く話せなかったとミズキは教えてくれた。

「あたしが悪かったのかなあ……」話しを聞いていたエリが口を挟んできた。

もうだいぶ前になるけど、ほら……あの時のこと……あたしマリに嘘つけなくて話しちゃったの、あの時買ってもらったバックを褒められて……つい。

あちゃー、軽く首筋を打たれたようだった。

エリとの密会したことがマリに知られていた。しかしマリはそのことをオレに訊いてくることはなかった。

「マリね、話してくれてありがとう…って、それだけ……で笑ってた」

それが原因だとは思えない。あれから相当時間も経っている。

きっとそれ以外のなにかがマリをそうさせた。

ミズキとエリは、なんかわかったら連絡するね、とオレを同情するように見送ってくれた。

あたりまえだと思っていたモノ全てが突然消え去った。

マリだけでない、オレの周りの全てが消えてしまったようだった。

ひと月経って、マリの実家に行くことを思いついた。ミズキに一緒に行ってくれるよう頼んだ。オレひとりでマリの家の門を叩く口実がない。

レヴァンテのナビに残ってる履歴を目的地にしてマリの実家を目指す。あれからもう1年半以上経ている。

あの時、マリがすぐ脇にいて、ミズキとエリが後ろに乗っていた。

夏の海に向かって、輝く波を目指して、胸躍るようなドライブだったが、今、それは幻のように遠い日のことになっていた。

「マリはね……常識とか、そういうのと関係ないとこで生きてる気がする…」ミズキが言う。

「……どういうこと?」

「あたしもうまく言えない…けど、マリのカッコいいとこ…あたしにはないとこ……」

マリを褒めるのはやめてくれ。辛くなるだけだ。

見覚えのある家の前に着いた。数寄屋造りの趣きは記憶通りだ。

ミズキが同級生として訪ねてみるという。それしか手はない。見守ることにする。

しばらくしてミズキが玄関から出てきた。それを見送る女性の姿。遠くからでもどことなくマリの面影を見るような気がした。美しい人、マリの母親だろう。

こちらを見ている母親に会釈して車を出した。見えぬかと思ったが、彼女も会釈を返した。

「マリは東京におりますが…って言われて、終わったよ…連絡先ご存知ですか?って言われて」

ミズキは、地元の子のフリをして、さも久しぶりに訪れたフリをしたことを言っている。

マリはここへも来ていなかった。

帰り際、名前を聞かれたミズキは、迷ったが本名と電話番号を母親に伝えると、

母親は下駄箱の上のメモパッドにそれを記していたという。

「素敵なお母さんだった。ああ、この人がマリのお母さんなんだ、って感動した……」

「ありがとな、ミズキ……こんな遠くまでつきあってくれて」

「そのうち帰って来るよ、マリは……」ミズキも寂しがってくれていた。マリを友人としても性的な対象としても好いていたから。

「ね、帰りはあたしに運転させてくれない?」

その方が助かる。オレはボーッと呆けていられる。

ドライブアシストを使わずミズキはハンドルを握った。アクセルを踏み込み、モードを変えて、加速を楽しんでいる。

途中のインターで車は高速を外れた。

どこ行く?ご飯しよ、とミズキが言う。土地勘でもあるのか、任せていると、地方に在りがちな大きなラブホテルへ車を入れた。

空いたスペースに車を止めたミズキは、黙って車を降りた。

オレも降りてミズキの後にしたがった。

食事メニューは意外にも充実していた。マリが消えてからオレは何を食っていただろう……。

ミズキは生姜焼き定食、オレはざる蕎麦を頼んだ。しばらくしてマトモなモノが届きふたりで食べた。近くの蕎麦屋の名入りの箸袋が添えてあった。

「ちゃんとご飯食べてんの?そんなお蕎麦じゃ、足りないよ…ダイのオトコがさ…」

ミズキが肉を食えとばかりにオレの蕎麦の脇に1枚置いた。口に入れると久しぶりに食べた生姜焼きは実に美味かった。

食欲というものを久しく忘れていた気がする。いや食欲だけではない、マリが消えて性欲も消え失せていた。

メシを食い終えるとミズキは、ね、しよ、と服を脱ぎベッドに向かった。

食欲の次の性欲、ミズキは相変わらず貪欲だ。そんなミズキがたまらなくセクシーで魅力的だったはずが、今はなにも湧いてくるものがない。

だが、ひと月以上、射精をしていない。

オレの中の別の何かが、ミズキの裸に勃起させた。

ベッドへ向かい服を脱ぐ。

ミズキが、かつてのようにオレを責めてきた。ミズキが下になり、オレはミズキのプッシーに勃起を入れて腰を動かした。射精したい欲求のみで動きを続けていた気がする。精嚢は満タンをとうに超えている。

「ちょっと!前でするならコンドーム……」

ミズキの言葉に一旦抜く。ミズキが枕元の避妊具を付けてくれた。またミズキに向かった。

ほどなく射精をした。ミズキは感じはじめた矢先だった。

「ずっと、してなかったんでしょ……マリいなくなって……お尻にしないで、いきなり前に入れてきて、びっくりした……」

その射精は、精子を排泄しただけだった。

あれだけセクシーだと思っていたミズキを相手にオレはどうしたのだろう。性欲さえマリが奪って去っていた。

「ね、たまってどうしようもない時は……あたしが抜いてあげるから……」

ミズキの言葉が慈愛に満ちていた。

あたしとつきあっちゃう?とミズキが冗談めかして言った。

付き合う?付き合うとはどういうことなのか……セックスの他に何をすればいいのか。オレは果たしてマリと付き合っていたといえるのだろうか……。

季節の移ろいが見えなくなり、彩りを欠いた毎日を過ごしていた。

ミズキにもあれ以来連絡はしていない。会いたいとも思わない。

しばらくすると夢精をした。タンクの限界を超えたのだろう。

マリがいる時は、生きるエネルギーが燃え滾っていた。

ミズキを抱きエリを抱き、クレアを抱きその上でマリを一番愛していた。

それは確かなことだった。

マリの喪失は、オレの生きる気力を同時に全て奪った。

惰性のように生きてみても、時は淡々と過ぎていく。

マリが消えて一年が経とうとしていた。相変わらずなんの音沙汰もない。

仕事を終え、ただ家に帰る毎日。

食欲もわいてこない。「鬱」なのでは、と思った。

パートナーとの別れは多大なストレスを生むという。

前の妻と離婚してもこんな風にならなかったが、マリが消えた跡は、言い尽くせぬものがあったのだろう。

ただ腹に入れる。そのためだけに近所の弁当屋で夕食をもとめ、部屋に帰った。

マンションのロビーに女が座っていた。

ガラス越しにいい女に見えた。そんな気が起きたのも久しぶりだ。

玄関を抜けると女がこちらを見た。見覚えのあるリモアがある。

サングラスをしていても、髪が短くなっていても、それは決して忘れることができない顔だった。

「マリ!……………」

駆け寄る。足が浮く。それでもたどり着いた。

マリも立ち上がりサングラスを外した。切れ長の目。少し日に焼けている。

オレは言葉が出てこない。ただマリを抱きしめた。ああ、マリ、マリ、ホントにマリか……。

マリを抱いた瞬間にオレの生命の炎が再び点火された。

「ね、部屋に行こう、ずっとここで待ってたの…明るいところであなたを見たかったから……部屋にいて驚かそうとも思ったけど…」

抱き合っているオレたちの脇を見知らぬ住人が素知らぬフリで通って行った。

そうだね、部屋に行こう。聞きたいことは山ほどあるが、もうどうでも良かった。

マリがここにいる。それだけで全てが満ち足りる。

今日、成田に着いたというマリはこれまでの来し方を話した。

オレはマリの口元と顔ばかり見ていた。たまらず近寄って唇を奪った。この時が永遠に続けばいい。ふたりとも長い時間離れようとせず口付けをしていた。

「ね、子供、作ろ!あたしとあなたの子供……」唇を離したマリが唐突に言う。

「それじゃ結婚しなきゃな」

「うん…」マリが素直に相槌をうつ。

立ち上がりマリは振り向いて言った。

「ここもしばらくはお預けだよ、子供作るんだから…」

マリは自分の尻をトントンと叩いた。

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