美弥子と申します。
31歳の主婦です。
突然ですが、諸般の事情のため、仮名であることをお許しください。
これは、私の懺悔の気持ちです。
私は小さい頃から、謙虚で清純な人柄を持って生きてきたつもりです。
ですが私は貞淑な妻…いえ、ひとりの人間として、不貞の女に堕ちてしまいました。
こんな事をここに記しても、私が許される訳ではありませんが、せめて気持ちの整理にだけでもなればと思い、記します。
私は、18歳年上の某市議会議員を夫にもつ専業主婦です。
ちなみに私の母は元モデルです。高校時代にファッション誌のモデルをして、大学生になってからは七年ほど、主にレースクイーンの活動をしてました。
二輪や四輪のレースや、モータースポーツ関係のショーイベントで、華の存在として人気を博していたそうです。
一度だけですが写真集も出して、その男性カメラマンと恋に落ちて、私を妊娠したのを機に引退し結婚しました。
その母の写真集を見ると、細身なのに豊かなボリュームがある、まるでコークボトルのようなメリハリの女性的な体型です。
チャームポイントは、瞳と黒いロングヘアでした。
顔は全体的に、島崎和歌子さんや小島瑠璃子さんによく似た感じです。
一方で私の容姿はと言うと、当時の母と全てがソックリで、周りからも若い頃の母と瓜二つだとよく言われます。
そのためか、両親の人脈(いわゆるコネ)を通じて、高◯時代から大学時代にかけて、モデル業界から幾度かスカウトを頂いたことも有りましたが、政治や公務的な仕事に憧れていたので、その道には進みませんでした。
親元を離れて関東の私立大学に入って、ようやく恋愛の機会も生まれ、幾人かの男性と恋愛しましたが、上手くいかず破局続き。
私は、『鉄の女』と陰で揶揄されたほどガードが堅く、キス以上の発展を許さない、いわば恋愛下手な女だったせいもあるとは思いますが。
政治部の記者になろうとリクルート活動をしましたが、就職難を極めた時代だったせいもあり、就職に失敗。
大学を出てすぐの頃は、無職の就職浪人でした。
良い社会勉強にもなるし、気晴らしにもなるかと思い、とある野党政党のボランティアの募集をネットで見つけ、参加しました。
私が大学時代から住んでいる某県F市の市議会選挙での、野党候補者の選挙活動のボランティアでした。
その候補者は、当時現役だった県議会議員の一人息子。
前回の市議会選挙で初当選して、仕事でも定評を得て、満を持して二期目の当選を狙う気鋭の若手候補者でした。
政治の世界では若手とは言え40歳。私よりずっと年上です。
私は、恋愛も就職も失敗続きで意気消沈しかけていた矢先。
そのボランティア活動で、仕事に励む楽しさを知り、選挙活動中は毎日活発に働きました。
そんな姿を見惚れられてしまったのでしょうか。
まだ独身だったその候補者の方に口説かれてしまいました。
「当選したら、付き合ってくれませんか?」
そう言われてしまったのです。
私は過去にも、何度か異性から口説かれた事はありましたが、このときだけは胸の中でビビビッときました。
私よりかなり年上でしたが、その18歳の年齢差に、むしろ安心感を感じました。
生真面目で明るい、紳士的な人柄。
地元では名の知れていたベテラン県議会議員の一人息子で、まさに秘蔵っ子。
顔もイケメンと言いますか、私にとってはタイプでした。
年齢差なんて関係なく、その一言で恋に落ちた私は、就活も恋活も運がない私なんかで良いのかなぁと思いつつ、OKの返事をしました。
その甲斐あってかは分かりませんが、見事に当選を果たしました。
当然、その後は熱愛が始まります。
謙虚・清純をモットーにしてきた私は、その当時まだ性交渉は未経験でした。
ですが、今度は初めから結婚を視野に入れた熱愛でしたから、いくらガードが堅い私でも、すぐに肉体的に親密な関係へと、自然に流れていきました。
当選から僅か一週間後に婚約。その後、半年ほどの半同棲期間ののち、結婚いたしました。
大きな邸宅で、私と主人、そして当時県議会議員だった義父の三人暮らしの生活が始まりました。
その三人の他に、日中だけですが家政婦の方が一人いました。
杉原杏璃さんをショートヘアにした感じの美人で、とても人当たりが良く優しい性格です。
私は22歳で、未熟ながら専業主婦に。
結婚後に花嫁修業を始めたようなもので、この家政婦の方に色々学ばせてもらいながら、陰で主人の仕事を微力ながらサポートする。そんな日々が始まりました。
いずれ国会議員になる展望を持つ主人は、とにかく多忙でした。
泊まりがけの出張や会議が多く、将来的に衆議院議員になる道を模索していた事もあって、研修や勉強会といった理由で、よく数日家を空けます。
それ故に、主人と一緒に居られる夜の時間は貴重です。
夫婦の夜の営みは大事でした。
主人は、年齢的な事情もあって、早く子供を欲しがっていて、私も子供好きで母親になる事に強い憧れがあり、当然早く産みたくて。
特に義父が、早く初孫を見たがっていて、それはもう矢の催促でした。
実は、婚約してからの話ですが、早く子供が欲しかったため、結婚前からフライング気味に婚前交渉、つまり妊活を始めていました。
主人との初めての性交渉は、私にとって人生初の性交渉だったのですが、その時から受胎するつもりでセックスをしていました。
結婚してからも、夫婦の営みの度に何度も主人の子種を体に植え付けてもらいました。
でも結婚して二年経っても、全く妊娠出来ませんでした。
私は密かに、産婦人科に体の検査をしてもらいましたが、全く異常は見つかりませんでした。
生理は安定していて、ホルモンバランスは正常。
膣内・子宮内の状態も正常。
排卵も正常で、卵子も卵巣も正常。
もちろん、妊娠を阻害するような薬やサプリメント、食事は摂取していません。
排卵の二日前の性交渉なら、妊娠出来る確率は通常25%ですが、私の場合はまだ若く体の状態も完璧で、女性ホルモンが多い体質でもあるため、最低で35%以上の確率で妊娠出来る体だと言われました。
妊娠のし易さでは、稀にしか見られないほどの、異例の高確率だそうです。
二年半もの間、ひたすら膣内射精を受けて、妊娠しないのがおかしいとまで言われたほど、私の生殖機能は正常だったのです。
そんなある日。
深夜の1時頃だったでしょうか。
主人は県外での党の勉強会で家に居ない日でした。一人で寝室にいた私は、喉が乾いて水を飲みにキッチンに向かおうと寝室を出ました。
義父の寝室の前を通りかかったとき、その部屋から、女性の声が聞こえました。
甘い吐息のような、リズミカルな甲高いその声は、その時間にこの家には居ないはずの、家政婦の声でした。
そして時折、義父の唸る声が混ざりました。
家政婦は住み込みではないので、日中しかいないはずなに、この深夜に声が聞こえるのはおかしい。
そう思った私は、気になって、いけないと思いつつ扉を少し空けて覗いてみました。
私は驚きました。
家政婦と義父が、裸で性交していたのです。
ちなみに、家政婦は当時33歳。
未婚ながら一児のシングルマザーでした。
義父はずっと前に離婚してから配偶者がおらず、お互い自由恋愛の範疇に入るとは思いますが…。
なにしろ義父は当時65歳。
寝室にはベッドがありましたが、ベッドではなくカーペットを敷いた床の上で、四つん這いになった家政婦を、後ろから息を弾ませる義父が盛んに腰を振っていました。
まさかレイプかと一瞬思いましたが、違うとすぐ気付きました。
いつも清楚な感じでいた、あの人の良い家政婦が…。
あろうことか恍惚な表情を浮かべていたからです。
その光景を、正面からではなく少し斜めから見ていたので、私が覗いている事に気付いていません。
家政婦は顔を上げていたので、その表情がよく見えました。
普段は綺麗に整っていたショートヘアを振り乱し、黒い髪が汗で肌に貼りついて、真っ赤に染まった顔は、快感からか、目がとろけるように泳いでいました。
今まさに絶頂を迎えんとする状況だわ…。
私も女ゆえ、家政婦の様子から、そう察しがつきました。
家政婦の子は女の子で、当時3歳になったばかり。母子二人きりで暮らしていると聞いてました。
まさか、幼子を一人自宅に置いて、快楽に夢中でいるのかしら…?と思いながら見ていると、義父が喋り出しました。
そのときの言葉に、私は耳を疑いました。
「また俺の子を産む気になってくれて嬉しいよ。」
その言葉を聞いて、えっ!?と思わずにはいられません。
つまり、この家政婦が産んだ子の父親は、義父だったのです。
義父は、結婚歴も無い家政婦と体の契りを交わして、子供まで産ませていたのです。
「お前が自ら望んだ種付けだ。今日はこのまま中で出してやる。」
義父がそう言うと、家政婦は
「中に…ください」
と、快感に浸りきった表情を浮かべて呟きました。もう瞳は半分白目を剥いていました。
「そうかそうか、また俺の子を産みたいか。よおし、良い娘だ。妾だろうが誰だろうが、女は子を産める奴に限る。そら、種付けだ!」
義父が、そう言いながら家政婦に深く繋がり、腰を止めました。明らかに、射精する体勢に入った様子でした。
「嬉しい…。あぁ旦那様、あたし逝くっ!逝くっ!」
家政婦はそう呟きながら、達してしまったのか、激しく悶えて崩れました。
私は見ていることに、もうそれ以上耐えられなくなり、その場を去りました。
翌日、家政婦は定休日のため家に居ませんでしたが、義父は案の定、何食わぬ顔でいました。
義父の言葉が、ずっと頭に残ってました。
『女は子を産める奴に限る。』
その言葉が、頭の中にずっと…。
私は結婚して二年、結婚前に妊活を始めてから数えると二年半。
初体験のときから、一度も避妊してのセックスは経験が有りませんでした。
愛情表現としてセックスは当然ですが、何より子供が欲しくて性交していた訳ですから。
一夜の営みでの主人の射精は最低三回。
主人が逝く時は、必ず膣内射精。
解き放つ主人の精液は、全て膣内で受け止めてきました。
避妊具の用意なんて、考えた事すらありませんでした。
可能な限り、多くの夜を子作りの機会にし、実際数え切れないほどの場数を踏みました。
にも関わらず、私は全く受胎出来ませんでした。
義父は、孫を産めない私をどう思っているのかしら…。
主人は、私をどう思っているのかしら…。
妻として、居る価値がある存在なのか。考えずにはいられませんでした。
それに、家政婦の乱れぶりも、脳裏に焼き付いてました。
家政婦は、結婚未経験者でありながら、初老の義父との間に既に子を授かっていて、その上さらに二人目を作る行為にまで…。
種付けされながら『嬉しい…。』だなんて…。
私も女ですから、産みたい女性が合意の上で膣内射精されたら、嬉しいのは分かりますが…。
言い知れない悔しさも感じました。
そして、快感に浸りきったあの艶めかしい家政婦の表情。
化粧もしていない、狂わんばかりに乱れきった表情なのに、不思議といつも以上に美しく見えました。
私の初体験は大卒後の22歳。
決して早くはないし、主人以外の男性との性交渉は経験ありませんでしたが、前述のとおり場数は人並み以上にあったと思うのです。
初めはぎこちなく、ただ抱かれて精液を膣内に移されるだけの未熟なセックスでしたが、経験を重ねるうちに、逝く事を知り、逝かせてあげる事も知り、セックスの気持ち良さ、女の体感的な悦びは身を持って知っていました。
でも、あそこまで我を忘れんばかりに乱れるなんて、ちょっと考えられませんでした。
やがて、家政婦が胎児をお腹に宿したことを知りました。
義父と家政婦の関係が、いつから、どれくらいの頻度で行われていたか知りませんが、私の勘では、多分普段は避妊していたのでしょう。
二人目の出産を望んだ家政婦は、避妊せず膣内射精を受け、卵子が精子との結合を果たし、膣のさらに奥の子宮に辿り着き、内壁への着床、全てに成功してみせたのです。
二年半も妊娠出来ない私を後目に、私の眼前で抱かれて…。
家政婦も義父も、お互いに自由な恋愛が許される身であるのは分かりますが、淫らと言うか、たとえ合意であっても綺麗とは言い難い関係を経ての受胎です。
私は当時24歳。
年齢的にも私より妊娠し難いと思われる三十路の家政婦が、いとも簡単に妊娠出来て、やがてお腹が日を追ってふくよかに丸くなり…。
妊活に悩む私をよそに、妊娠出来た家政婦。羨ましく思う反面、嫉妬を感じたのも事実です。
とは言え、家政婦を妬んでも仕方がありません。
私の体に不妊の原因が見当たらない。
ならば、不妊の原因は主人の体にあるのではないか?
そう思いネットで調べると、主人が無精子症である可能性もあるとか分かってきて…。
主人にどう話を切り出せば良いのか、分からなくなってしまいました。
主人に相談する前に、多少なりとも何かアドバイスが得られるかも知れないという淡い期待を持って、妊娠に成功した家政婦に相談しました。
それとなく相談した程度でしたし、大したアドバイスは得られませんでしたが、今になって思えば、このとき家政婦に相談した事が、これから記す過ちの始まりだったのです。
私が不妊に真剣に悩んでいる。
それを家政婦は、義父に伝えたようで…それが義父の心に、変に火を点けてしまったみたいです。
その翌日の夜でした。
将来の国会進出を考えていた主人は、所属する党の大会や、勉強会などの予定が続き、東京や名古屋、秋田などに出張して、半月ほど家に居なくなったときでした。
その日は、その長期出張の初日でした。
義父の心に火が点いたタイミングと、主人が長く家を空ける時期が、皮肉にもピッタリ重なってしまったのです。
その夜、私は義父に、犯されてしまいました。
主人だけの物でなければいけないはずの、私の身も心も、徹底的に凌辱されたのです。
私に子供を早く産ませるために。
そして、おそらくは、義父自身の性欲を満たす目的もあったのでしょう。
その日、家政婦が仕事を終え、帰宅のため家を出たあと、義父と二人で夕食をしました。
いつもの日課なのですが、私はその後、夕食の後片付けを済ませたあと、5キロほどのナイトジョギングをして、帰宅後に入浴して汗を流しました。
入浴の際は、防水型のノートパソコンを持ってバスルームに入りました。
専業主婦とは言え、市議会議員の妻として、主人に対してそれなりのサポートをしていました。
時間の節約のためもあるのですが、入浴中は落ち着くので、そのときノートパソコンを使って、よく主人の仕事の軽いお手伝いをしていました。
その日も主人の講演用の原稿の校正や、定例の地域懇談会で参加者に配る資料の内容のチェックや添削をしていました。
そして、作業が終わると、早速妊活サイトのページに飛びました。
妻としてのもう一つの大事なお仕事、妊活管理です。
私が登録していたそのサイトには、私の年齢や生理の周期があらかじめ登録されています。
“授かり隊のベビ待ち管理室”の入り口をクリックして進みました。
現れたページに、私のIDとパスワードと、最後に来た生理の日を入力するだけで、むこう2ヶ月までのカレンダーや、私の生理の予想リズムがグラフ化されたものが出てきます。
カレンダーには、次の生理予定日や排卵予想日、妊娠に適した日や、妊娠が難しい日が一目で分かるよう一括表示されるのです。
『何よもぉ…今日に限って、妊娠出来る絶好のタイミングじゃないの…。超ショックゥ…。』
思わずため息が漏れました。その日は私の排卵予想日の二日前で、その日と翌日が一番妊娠し易いタイミングだったからです。
前日の夜も比較的妊娠し易いタイミングでしたが、生憎その夜は、主人の出張の準備や、翌日主人が出かける時間が早朝だった事もあり、セックスしていませんでした。
さらにその前日は、妊娠確率こそ落ちるものの、セックスをしていました。
しかし、ついさっき入浴する前に、妊娠検査薬で陰性が出たばかりで、そのセックスでの妊娠は失敗という状況でした。
主人が帰宅するのは半月後。
ちょうど生理が来るタイミングなので、その日のセックスではまず妊娠出来ません。
妊活に励んだ経験がお有りの方なら、私のショックと失意はお分かり頂けると思います。
『あーっもぉ最悪…。また来月まで、オメデタはお預けかしら…。』
そう思いながら、主人のパソコン宛に、頼まれていた校正や資料のチェックが終わった報告と、主人への激励のラブラブメッセージをメールで送り、パソコンを閉じました。
バスルームを出て、脱衣場でバスローブを羽織り、ドライヤーで髪を乾かしていたときでした。
義父が、いきなり脱衣場に入って来たのです。
「きゃっ!!お…お父様!?すみません。先に入浴をお済ませになっていたとばかり…。すぐ出ますので。」
最初の風呂は義父が入るという、家のしきたりがありました。私はてっきり、自分が入浴の順番を間違えたのかと思いました。
ですが、そうではありませんでした。
私の体への凌辱が、義父の目的だったのです。
義父は、無言で私に抱き付いてきて、バスローブを脱がしました。
バスローブの下は、当然何も身に着けていない裸です。
あっという間に、一糸纏わない裸にされました。
私の身長は167センチ。
女性としては高めですが、義父は180センチ近くもあり、肥えていて体重もあり、体格差は歴然でした。
男性の力は強いもので、いくら義父が初老とは言え、私の力では到底敵いません。
三畳ほどの広さの脱衣場では狭いと考えたのか、私を更に広いバスルームに押し戻しました。
「何をなさるんです…お父様…!」
義父は、何も言わず私の頬を、何度も平手打ちしてきました。
平手打ちされながら、バスルームの床に崩れ落ちました。
義父は、私を仰向けにすると、片手で私の両腕を力ずくで押さえつけ、もう片方の手で、ズボンのポケットからピンク色の何かを出しました。
義父は、ようやく言葉を発しました。
「美弥子さん、こういう物を使った事はあるかね?」
私はその類の道具には興味がなく、使った事がありませんでしたが、大人ですからそれが何かぐらいは知っていました。
繭のような形と大きさ。俗に言う、ローターというアダルトグッズで、コードが伸びていて、その先にはリモコンがありました。
「いけません、お義父様っ!」
私が叫ぶと、近くにあった手拭いを私の口に押し込んで塞ぎました。
義父は、私の性器を弄び始めました。
主人にしか裸体を見せた事が無かった私の…そんな私の体の秘部を、義父は容赦なく…。
仕方ないと思うのですが、こんな状況でも、私の体は素早く反応してしまいました。
クリトリスはすぐ勃起してしまい、クリトリスだけではなく膣全体がジンジンと疼きました。
触れられてすらいない乳首も、勃起して固く尖り、その周囲の乳輪までもが膨らんでパンパンになっているのが、体感で分かりました。
『駄目よ』と頭では分かっていても、体は素直過ぎるほど正直に反応してしまいます。
頭の皮を剥かれ愛撫されたクリトリスから、電撃のような快感が走りました。
当然、嫌でも濡れてしまいました。
濡れた頃合いを見てか、義父はローターを私の膣に押し込みました。
「この辺りが良いかな?」
義父はそう言いながら、それを少し奥まで(私の感覚的には入り口から10センチほど奥)入れました。
60歳を超えてなお性欲旺盛な義父は、さぞ経験豊富なのでしょう。女性の体をよく知り尽くしていたんだと思います。
ローターが留まったその箇所は、主人とのセックスのとき、私が一番快感を得ていた箇所だったのです。
私の細く非力な両腕を、義父に片手で易々と押さえ付けられながら、もう片方の手で握り締められたリモコンのスイッチを、無情にも入れられました。
膣内でローターが作動し、膣全体が振動しました。
アダルトグッズを使用した経験が全く無かった私にとって、その小刻みな振動による膣内の刺激は、未体験の快感でした。
私は膣に力を込めて、自力でローターを外に出そうとしましたが、いくら膣に力を込めたところで、上手くいくはずもありません。
義父は、ローターの振動のボリュームを巧みに操り、私を凌辱しました。
強くなったり弱くなったり、早くなったり遅くなったり…。
巧みに切り替わる振動による快感は、私の気の焦りもあってか、急速に絶頂の波をおびき寄せました。
ローターによる凌辱が始まってから、感覚的に3〜4分くらい(もっと短かったかも知れません)で、早くも膣全体が収縮運動を始めたのです。
『えっ!?もう?』
そう思わずにはいられませんでした。
この膣の収縮運動は、起きやすさに個人座があり、私の場合は主人とのセックスで、必ず起こる現象なのですが…。
それは、膣自体が、挿入されたペニスを揉んで刺激を与え、射精を促すという女性器のメカニズムです。
さらに腹筋と背筋は、膣の神経と連動していて、収縮を起こして腰を前後に振って動かし、ペニスをしごいて摩擦を与える事で、より早く確実にペニスを射精に導きます。
(家政婦が性交中に腰を振っていたのも、このせいかも知れません)
このとき女性も、膣内の刺激により、やがて強い快感を得ます。
いわゆるオーガズムです。
一説ですが、射精のときペニスは大きく脈打つのですが、膣はその脈打ちから射精が開始されたと察するや否や、精液を奥に吸い込む動作を行うらしいのです。
精液を出来るだけ子宮近くまで誘うと共に、その吸い込みがペニスの主に亀頭部全体に、まるで揉みほぐすような更なる快感を与えます。
これが、いわゆる名器と呼ばれる女性器の秘密なのだそうです。
それによって、より長い射精時間を促し、出来るだけ多くの精液を搾取するというのです。
そうして女性は妊娠し易くなるだけでなく、快感という報酬を男性に与えて、男性に次の精通欲を掻き立てさせるのです。
この”一連の動作”は、女性の体が射精を催促する自然現象で、これにより男性は快感を伴った射精を行うのですが、その動作で得た快感を得ながらの射精は、手淫による射精より精液の射出力が50%強くなり、膣のより奥深くに精液を運べるだけでなく、射出する精液の量が手淫による射精より平均2㏄増えるとか。
セックスの際にそれが起き易い女性は実は少なく、日本人女性の65%は起きにくい体質だそうで、ほぼ必ず起きるという女性は僅か0.3%です。
私は経験上、0.3%の体質だと自覚してます。
起きやすい女性は、逝き易い女性だと言えます。
逝きやすい女性の膣内は、皮膚が薄いためにオーガズムが得られ易いのですが、皮膚が薄いが故に細かい血管の隆起が多いため、その凹凸によりペニスに対して快感を与え易く、それも名器の特徴だとか。
ちなみにクリトリスで得られるオーガズムと、膣で得られるオーガズムは別物です。クリトリスが勃起したときに、挿入時のペニスに当たり易いタイプの女性の中でも、特にクリトリスの亀頭が仮性包茎の場合は、クリトリスの亀頭の皮が薄く敏感で、両方のオーガズムを同時に得られ易く、逝きやすいのです。
説明が長くなってしまいましたが、私の場合、上記の全てが当てはまります。
しかし、いくら逝きやすい体質の私でも、主人とのセックスでは、挿入開始から10分くらい経たないと、膣の収縮運動は起きなかったのです。
それが、ペニスより小さく無機質な玩具で、遥かに短時間で、私は収縮運動を起こし、早くも達しようとしていたのです。
収縮運動が起きると、膣内は細く狭くなり、挿入物をより強く締め付けるため、余計に膣内のローターの刺激をより強く得てしまうのです。
しかもローターによる快感は、私にとって新鮮でした。
やがてすぐに、私の腰が、勝手に前後にくねる動きを始めました。
あの、射精を催促する一連の動作に、私の体は完全に入ってしまったのです。
その腰の振りは、主人とのセックスの時より明らかに大きく、自分でも分かるほどに、はしたなく大胆なものでした。
私達夫婦のセックスが、小さな玩具に凌駕されたのです。
足の先から頭のてっぺんまで、電撃のような快感が一気に押し寄せて来ました。
『もう駄目っ!逝くっ!私、逝っちゃう!』
そう思ったその瞬間、ローターが膣から引き抜かれました。
にもかかわらず、電撃のような快感は収まりません。
腰のくねり、いえ全身がくねりをしばらく続けたまま、やがて私はその場で、勢いよく漏らしてしまいました。
尿を排出している感覚はありますが、勝手に始まった失禁を止める力が入りません。
尿を全て出し切るまで、失禁は止まりませんでした。
性行為の末に失禁してしまうなんて、初めての経験でした。
「まさかこんな物で漏らすほど敏感だとはね。まぁ、さっき美弥子さんが、ジョギングの後にキッチンで飲んだスポーツドリンクに、予め媚薬を混ぜておいたせいかな?」
「ウォーミングアップはお終いだ。まだこれからだよ。」
義父はそう言いながら、私の上半身を起こし、私の口から手拭いを抜いて、それを使って私の両腕を後ろ手に縛りました。
まさか、知らないうちに媚薬を飲まされていたなんて…。
それに『ウォーミングアップ』という言葉を聞いて、奈落の底に落とされた気分でした。
つまり、この場で起きた凌辱は序章に過ぎず、凌辱の続きがこれから起こる事を宣告されたのですから。
快感の余韻で足に力が入らず、無理やり抱えられて立たされました。
当然、私はもう涙目で怯えていました。
そして全裸のまま、義父の寝室に連れて行かれ、ベッドの上に転がされました。
仰向けにされて、バンザイの形で両腕をベッドに縛られました。
「お願いだからやめて下さい、お父様!」
義父は、私の必死の懇願をよそに、服を脱いで全裸になりました。
「(家政婦から)聞いたぞ。妊娠し易い体質だと病院でお墨付きを得ていながら、妊娠出来なくて悩んでるそうじゃないか。」
「私だって、早く美弥子さんが産む初孫を見たいんだ。いつも言ってるから、分かってるよね?」
「いつまでも孫を孕まない美弥子さんが悪いんだよ。孫を産まない嫁は要らない。いや、妊娠出来るはずの美弥子さんを、孕ませられない息子が悪いのかな?」
「我が家系は優秀だからね。息子の代で家系を絶やす訳にはいかない。だから、最終手段に出ることに決めたんだよ。」
「要は、我が家系の遺伝子を受け継ぐ子を、美弥子さんに産ませれば良いだけの話。だから私が、美弥子さんを孕ませる。簡単な道理だろう?」
私が思いつく限り、そんな事を義父が言ってました。
「美弥子さんも、我が家系の血を受け継いだ子を産みたいだろう?嫁の責務だからな。一人息子の嫁である美弥子さんに産ませるしかないんだよ。」
「息子は将来国会に出てもらうつもりだ。だから、我が家でのこういうデリケートな内情は、一切多言無用だ。美弥子さんも、私の息子に恥をかかせたくないだろう?分かったね?」
義父は、そう言いながら、ベッドに乗り、暴れる私の両足の足首を掴み、無理やり広げてきました。
「やめて下さい、やめて下さい、お父様、お許しを…。」
私のそんな懇願を黙らせるように、頬を平手打ちされました。
「一度も孕めない嫁の分際で、この期に及んで、優秀な私の血を受け継ぐ子を孕む機会を拒むのかっ!」
そう大声で言われました。
「今日から二週間、この家の夜は、美弥子さんと私しか居ない。この部屋は防音設計も行き届いている。誰も邪魔に入る事はない。遠慮なく大声で悶えたまえ。まぁ、嫌でも悶え狂わせるがね。」
「さぁ、ウォーミングアップは済んでるんだ。媚薬も体に染み渡った頃だろう。前戯は省かせてもらうよ。」
そう言って、私の両足を広げ、挿入し始めました。
私は身を捩って挿入を拒みましたが、熱いペニスの亀頭に陰唇を捉えられたのを感じた瞬間、主人より遙かに重い義父の体重が、私の体にのし掛かりました。
その体重と勢いで、ペニスを膣奥まで、一気に貫かれました。
その日は、私が最も妊娠し易い日でしたから、避妊もせず挿入させる訳にはいかないのに…。
その挿入感は、体の中心まで達しているかのように感じるほど、深いものでした。
義父は、挿入したままペニスを動かさず、しばらく私は顔を舐め回され、キスをされ、乳房を口や手で弄ばれました。
もし義父の子を妊娠して産んでしまったら…その子は、主人にとって何なのか?
私にとって何なのか?
義父にとっては息子・娘なのか、孫なのか、表向きどうなるかはもちろん、真の家系の系譜は血縁がメチャクチャになります。
まして義父は、私の両親よりも歳上なのです。
そんな不釣り合いで汚い性交渉は、いくら何でも非道いです。
恥、悔しさ、失望、怒り、それらがいっぺんに押し寄せて、私の頭の中はパニック状態でした。
「しかし、さすがに元有名モデルを母に持つだけあって、美弥子さんは美人だ。母親譲りと言うか、母親の生き写しだな。」
「なんて若々しい美肌だ。細い体なのに、胸も尻も大きく立派で、体の全てが美しい。悶える顔もさぞ美しいだろう。」
「私も昔は気晴らしに、よく君のお母さんの写真集でセンズリしたもんだよ。君もモデルの道を選んでいれば、私に犯されずに済んだものを。」
「桜色の乳首か。可愛くて綺麗だが、もうすぐ見納めだな。妊娠したら、すぐにドス黒く変わるからね。」
「筋肉質で完璧な脚線美だ。足が発達した女はヴァギナの感度が良いからな。」
「抱き締めたら、へし折れそうなウエストだね。まるで砂時計だ。」
「しかし大きい。サイズはいくつなんだこのバストは。ん?」
「私は女を抱いて半世紀だからね、目が肥えてるんだよ。Eって事はあるまい。Fか?Gか?80台ではなさそうだな。90か?95か?98か?」
義父から、もう言いたい放題の言葉責めを浴びせられました。
性のメカニズムは不思議なもので、言葉責めを受ける度に、乳首やクリトリスが、ピクッと疼き、パンパンに勃起してきました。
言葉責めが済むと、ピストン運動です。
あのローターでも責められた、膣内の感じる箇所を狙うように、ペニスの亀頭の角で、集中して削られたり。
挿入を浅くしたり、奥まで深めたり。巧みに緩急をつけたり。
その度に、クリトリスの亀頭は一緒に擦られ、瞬く間に快感が全身を駆け巡りました。
年齢を感じさせないような、そのダイナミックで弾むような動きは、優しさや愛情が溢れる主人の動きとは全く違いました。
主人に抱かれているときより、義父との方がより快感を強く感じられました。
義父のペニスが大きいのか、膣内での圧迫感が全く違い、いつもより相当早いペースで、私は上り詰めていきました。
私は、許しの願いを連呼していたはずなのに、いつしか悶えの吐息を発し続けるだけになっていました。
私の膣が、ペニスを勝手に揉み始めました。あの”一連の動作”の始まりです。
義父は、ベッドに縛られていた私の両腕を解き、正常位で私とひとつに繋がったまま、全身を私に乗せてきました。
「なんだ美弥子さん、もう逝きたいのか?さぁ、どこかに掴まって耐えたいだろう?一番掴まりやすいのはどこか、女だったら分かるよね?」
「私の背中だよ。もっとも世間では、女が背中に腕を絡めた時点で、和姦が成立するらしいがね。」
と義父に言われました。
義父の体に腕を絡ませまいと、必死にシーツを掴んで耐えました。
しかし、私の両足は既に、無意識のうちに義父の胴に蟹ばさみのように絡みついていました。
そして、私の腰が前後にくねる運動が、既に始まっていました。
私は、逝く寸前で、必死に耐えていました。
私自身の腰の動きで、自然に膣内でペニスが激しく動きます。さらに膣内の収縮運動により、膣内の摩擦の刺激が高まり、それが私に、無上の快感を与えました。
それだけではありませんでした。
クリトリスのペニスへの当たり具合と言うか、擦られ具合が、主人のそれより強烈なのです。
そして、膣とペニスの相性なのか、義父のテクニックなのか分かりませんが、膣内で得られる快感もまた、主人のそれを遥かに上回っていました。
私は、遂に耐えられなくなり、シーツから手を放して、義父の大きく肥えた広い背中に、その両腕を廻してしまいました。
汗ばんだ背中の肌に、全ての指先を立てて、義父にしがみ付いていました。
無意識のうちに、悲しいくらいに自然に、そうなってしまったのです。
そして、切れ目なく押し寄せる快感の荒波に耐えきれなくなった私は、犯されて望まないセックスをされているにもかかわらず、遂に堪えていた禁断の言葉を発してしまったのです。
「い…、いっ…!、逝くっ!!」
その言葉を一度発すると、それからは、もう快感をせき止めていた堤防が決壊したように、我を忘れて、義父の体とベッドの狭間で、悶え狂いました。
「あぁ逝くっ!!あぁ逝くっ!!逝くっ、逝くっ、逝くうぅぅーっ…!!」
義父もまた、上り詰めていきました。
「あぁ締まる!美弥子さんのヴァギナは、まるで処女だな。昔抱いた15歳の援交娘より締まってるじゃないか。さぁ、お待ちかねの種付けだ。」
義父は、そう言いながら、私を強く抱き締めて来ました。
「中では…出しちゃダメ!」
私はそう言いましたが、膣は深々と挿入を受け止めて、口をディープキスで塞がれ、舌まで絡まされ、私の声はかき消されました。
私は既に、両手両足で義父にしがみ付いてましたから、お互いの体は、上も下も結合して肌は隙間なく密着して、完全にひとつに一体化しました。
ピストン運動が止められ、奥まで迎え入れたままの膣内で、射精時特有のリズムで脈打つペニスが蠢いてました。
主人の体との交わりしか知らなかった私は、義父によって、まさに苗床に種を植え付けるが如く、射精されてしまいました。
主人の子を孕むべき私の体の聖域に、数億匹もの義父の精子が解き放たれてしまいました。
おそらく、私の膣は、精液を吸い込みつつ、さらなる射精を催促するように、ペニスの亀頭を揉みしだいていた事と思います。
その射精は、精液の量が大量であることを物語るかのように、長く感じられました。
ようやく、義父は私から離れました。
私は、快感が収まらず、背筋を快感が走り続けていました。
バスルームで失禁し、尿を出し尽くしていたからか、その場では漏らしませんでしたが、そのときと同じ逝きっ放しの状態でした。
義父は、私の髪を掴み、フェラチオをさせました。
私の愛液か、義父の精液か、或いはその両方による粘液にまみれた、浅黒いペニスを口に含まされ…。
私の頭を掴み、荒々しく揺り動かしながら…。
射精を果たし終えて柔らかくうなだれていたペニスは、まるで何かのスイッチが入ったかのように、私の口の中で再び勃起し始めました。
ここまで来ると、私はもはや義父に隷属する存在と化していました。
「あと2ラウンドで今日は許してやる。息子が戻ってくるまで、二週間、毎晩3ラウンド種付けしてやる。孕むまで延々と犯してやる。」
「私が今まで何人の愛人を孕ませてきたと思うかね?我が家系のため美弥子さんに子を産ませるためには、仕方がない事なんだよ。」
義父は、私をベッドから降ろし、床に四つん這いにさせました。
そして私の後ろに廻ると、私の腰のくびれに両手を添えて来ました。
そして、また一気に挿入です。
「はうあっ!」
私は思わず、そんな声をあげてしまいました。
1ラウンド目で、既に私の膣は”出来上がっている状態”でしたから、その後は挿入してすぐに快感が来ました。
逆に、義父は一度射精を果たしているため、二度目の射精までは更に長引くはずで…そのせいか、2ラウンド目は初回のラウンドを遥かに凌駕する快感地獄でした。
激しく突かれる度に、バストが大きく揺れました。
ちなみに私の母のバストは、欧米の白人モデルのように、陶器のような肌で真っ白く、張りをもって大きく綺麗に整った乳房は、白人女性のヌードでよく見かけるような典型的な”美巨乳”です。
それを、まるでクローンのようにそっくり受け継いだ私のバストは、階段を降りるとき足元が全く見えないほど邪魔で、真剣に悩まされているくらいです。
私からすればコンプレックス以外の何物でもなく、昔の母のような仕事をしていれば別ですが、特別に得をする事など一切ありません。
四つん這いの格好になると、そんなバストですから、更に邪魔になるほど垂れるので、好きではないため、あまりしない体位です。
その揺れる乳房を後ろから両手で弄ばれながら、さらに突かれ続けました。
慣れてない体位のためか、体勢や挿入感が新鮮でした。
この時はまだ、私の理性までは壊れてないのですが、体は私の理性に関係なく、悦ぶように義父の凌辱に呼応して、またあの膣の収縮運動と共に、腰を振ってしまいました。
多くのレイプ被害者の女性がそうであるように、私もまた、その強制的に味わわされた快感により、理性より先に体の方から壊されていったのです。
後ろから、髪を掴まれ顔を上げさせられました。
顔を上げた私の目の前には、大きな姿見の鏡がありました。
幽霊みたいにボサボサに乱れた長い髪が顔にかかって、快感で打ちのめされた、今まで見た事が無い私の表情が、鏡に映し出されでいました。
私自身の悶える姿や顔を、わざと見せつけられたのです。
膣が脈を打って、ペニスを刺激しているのが分かりました。
脈を打つ度に、膣内の締まりが増し、必然的に膣内の内壁で感じる刺激も高まります。
快感に溺れた私の表情は淫らで、おぞましくもあり、何故か自分でも惚れ惚れするくらい美しくも見えました。
今度こそは『逝く』なんて絶対に言うまい。
そう思って快感に耐えました。
力強く噛み締めた下唇が前歯で切れて、切れた唇から血が滲んで、唾液に血の味が混ざりました。
ここまでされてもなお、貞操観念は壊れず生きていました。理性の必死の抵抗でした。
しかし、私は身をもって知ることになりました。
快感は堪えれば堪えるほど、反動として、より強烈な快感の波が跳ね返って来る事を。
主人のペニスでは届いた事がないほど奥まで、義父のペニスは擦ってきました。その場所は、女性の膣内における、Gスポット以上の快感エリアでした。
かなり挿入を深めないと届かない所で、男性が”膣の行き止まり”と勘違いしやすいと言われる部分です。
そこは狭くて締まりがあり、内壁の皮が薄い上に神経が集中し(神経密度はクリトリス以上で男性器の亀頭の40倍・皮膚の厚さは同じく2分の1)、狭い故にペニスも亀頭に強い快感を感じます。
そこからすぐ先は、精液を一局集中させるように更に狭くなります。
一気に通り道が狭く絞られているため、そこで射精されると、射精直後の精液が一箇所に溜まります。
女性の愛液が溜まる場所でもあるため、そこで精液の粘度が一気に下がり、より一層流れやすくなりまし、精子もより活発に泳げます。
子宮口に近い事もあるため、妊娠するためにはに最も有利な絶好の射精ポイントとも言われます。
それは私にとって、この夜に初めてペニスに踏み入れられた、まさに未開の処女地エリアでした。
そのエリアと、私がよく感じやすい膣の入り口から10センチのエリアを、交互に擦られました。
主人には無いテクニックでした。
その間、クリトリスはペニスの茎で擦られっ放しです。
そして、乳房も乳首も弄ばれながら。
鏡に映る、今すぐにも逝きそうな自分の顔や、義父に激しく突かれ犯されゆく自分の姿を、髪を掴まれて顔を上げられて、無理やり見せられながら。
鏡に映った私の顔の瞳は、快感に溺れて完全に泳いでました。
その表情は、凌辱の限りを尽くされている真っ最中だというのに、乱れきっているのに…何故か艶めかしく、美しく見えました。
背筋を走る電撃のような快感は、増す一方でした。
『もう逝くっ!』
そう感じた瞬間、義父はピストン運動を止めました。固く勃起した熱いペニスは、膣内に収まったままです。
いわゆる、寸止めです。
「ハヒィ…、ハァ…ハァ…、ヒィ…、ハァ…、」
逝く寸前で止められ、私は言葉にすらなっていない声をあげる事しか出来ません。
言わば、体がおあずけを食らった状態です。
膣、クリトリス、乳首、背筋、足全体までほぼ全身が、おあずけされた反応を示すように、ピクッピクッと痙攣し始めました。
また、執拗なピストン運動が始まると、膣が悦ぶように、再び勝手に収縮運動を繰り返します。
そしてまた、逝きそうになると寸止め。
それを何度も繰り返される度に、逝く間際までの間隔が短くなっていきます。
「美弥子さん、逝きたいか?早く逝きたいんだろう?逝かせて欲しいならそう言え。逝きながら、狂い咲く自分のだらしない顔を見るがいい。」
鏡に映った私の顔は、真っ赤に紅潮していて、振り乱した髪が汗で貼り付き、大量の涙が頬を伝い、涎や鼻水まで垂れ流しになっていました。
それでも、何故か美しく見えてしまうのです。
私は、自分でも信じ難い言葉を、半ば無意識に、本能的に発してしまいました。
「お父様…お願い…、お願いします…もう…………逝かせて…………。」
(何で私、こんな事を言ってるの?逝くなんて嫌よ!)
今思えば、そこから更に寸止めを繰り返されても、寸止めをやめて逝かされても、どのみち結果は快感地獄。私が助かる道など、もはや有りませんでした。
そんな私の声に答えてか、それからのピストン運動は、逝く手前まで達しても止まらなくなりました。
『逝っちゃダメ、もう逝っちゃダメよ、逝っちゃ…。』
『もうダメ、そんなに止めずに続けられたら、今度こそ本当に逝くっ!止めてっ!私また逝っちゃう!』
頭のなかでそう叫んだ途端、遂に快感を無理に堪え続けた反動に襲われました。
背筋を走っていた電撃のような快感が、瞬時に数倍と思える強さになりました。
まさに一瞬でした。
ボルテージのメーターの針が、一瞬で跳ね上がって振り切れたみたいに、一気に背筋から脳天まで、最高潮の快感が貫きました。
「ひぎっ……あ……く……かっ……かはぁっ!!」
もう私の喘ぎは、息も絶え絶えでした。
その快感は収まる事がなく、ずっと体中を駆け巡り、絶え間なく持続するのです。
「嫌っ、逝くっ、ダメッ、逝くっ!逝く逝く逝く逝くっ!!ああぁーーっ、あぁっ!!ああぁーーっ!!逝くっ!!いやぁぁぁぁっ!!逝くっ!!ああぁーーっ!!」
「嫌あああぁーーーっ!!もぉ嫌あああぁーーーっ!!やめてぇお義父様やめてぇっ、やぁめぇてぇーーーっ!!お義父様ぁっ!!」
「もう嫌ぁっ、貴方、貴方ぁ助けて貴方ぁーっ!!誰かぁっ!!逝くっ、逝くっ、逝ッくぅーっ!!」
そんな風に叫び狂いながら、私は腕の力が抜けて床に崩れて、頬を床に押し付け、痙攣しながら果てました。
それまで経験した、主人とのセックスによるオーガズムなど、本当にオーガズムだったの?と疑うほどの、強烈な絶頂でした。
義父が何か言っているように聞こえましたが、まともに言葉として耳に入りません。
ですが、膣内に深々と潜り込んだままのペニスが、一定間隔で激しく脈打っているのは、膣全体でハッキリ感じました。
明らかにその脈打ちは、膣内で最奥部に向けて、連射する機関銃のように精液を撒き散らされている証。
一番妊娠し易い日の夜。
妊娠に最も有利な射精ポイントである、あの膣奥の処女地エリアで許してしまった射精。
これ以上ないほどの強烈なオーガズムの最中に、決して許してはならない二度目の膣内射精を、私は許してしまったのです。
尿なのか、潮なのか分かりませんが、ペニスを引き抜かれた途端、膣から溢れ出る精液とは別に、尿道付近から無色透明の液体が、尿意も無いのにピュッピュッピュッと漏れました。
通常の排尿とは明らかに違いました。
義父の体との結合から解放されたにもかかわらず、快感は無限の荒波のように押し寄せ続けて、快感が収まらないまま、急速に睡魔に似た感覚に襲われ、意識が遠のいていく気がしました。
おそらく失神しかけたのだと思います。
義父に髪を掴まれて、フラフラのまま無理やり立たされました。
再びベッドの上に転がされて、仰向けにされました。
「何をグッタリしているんだ、美弥子さん。ピチピチに若い世代の君が、とっくに還暦を過ぎた私より先にバテてどうする。」
「私もこの歳だからね、美弥子さんと同い年の孫がいてもおかしくないんだよ。君らの世代は、なかなか産んでくれないからね。孫世代の女を抱いて孕ませるのも、少子化対策としての私なりの政策みたいなもんだ。」
そう言いながら、私の両足を揃えて上げました。
「今の時代こそ、美弥子さんの世代の女に産ませなきゃならない。特に美弥子さんは、犯されてでも我が家系の赤子を産む事が急務なんだ。」
「私はホルモン剤を愛用していてね。こんな歳でも、精液の量も、男根の回復力も、そこら辺の思春期の若者を大きく上回ってるんだよ。」
仰向けで両足を揃えて持ち上げられた”くの字”の姿勢の私は、挿入を受け、3ラウンド目が始まりました。
義父は、揃えた私の足を抱きながら、絶妙なピストン運動で責めてきました。
やかて私の両足を左右に押し広げ、義父の腰を抱え込むような形で私の両足を組ませると、挿入したまま私を抱き起こしました。
対面座位と言う体位です。
「美弥子さん、今度は自分で腰を振って、私を射精させたまえ。」
そう言われ、私はブヨブヨに肥えた義父の体にしがみ付きました。
義父と肌が密着しました。
お互いに汗まみれで、義父の体からは、若い男性の匂いと同じ香りが漂っていました。
思春期の男子が目の前を通り過ぎた時などによく漂ってくる、酸っぱいようなあの匂いです。
決して良い匂いとは言えないかも知れませんが、私は(おそらく女性なら100%)この匂いが好きで、雄フェロモンの香りというのが有力説です。
対面座位は、私自身の体重で必然的に挿入が深まる体位ですが、女の立場から言える事がもう一つあります。
それは、この体位は、勃起したクリトリスの亀頭が、ペニスに最も強く擦られる体位だという事です。
性感帯がクリ派の女性に、特に人気がある体位なのはそのためで、その快感は、後背位でクリトリスから得られる快感の比ではありません。
私はクリと膣の両派なので、当然好きですし、私にとっては、最も腰を使い易い体位です。
この体位なら、私も自信を持って積極的に腰使いで責めていけるので、私が自分で主人を逝かせてあげる時は、必ずこの体位ですると決めているくらいでした。
更に言うなら、一番妊娠に適している体位だという説もあります。
お互いしっかり結合出来る上に挿入が深く、女性が最も腹筋を使う体位のため、断続的な腹筋の圧迫で、膣が膨張と収縮を繰り返してポンプのように働き、膣の”飲精”を助けるらしいです。
義父もまた、そうした事情を知った上で対面座位を選んだのかも知れません。
3ラウンド目は、男性は逝くのが更に遅く、女性は逝くのが早い、セックスのゴールデンタイムです。
とにかく、既に2ラウンドを許した私には、もう抗う気力など無く、義父の言いなりになるしかありません。
義父に両手両足でしがみ付いたまま、私は腰を前後に揺すり始めました。
膣内のかなり深い箇所を、ペニスの亀頭の角で擦られます。
クリトリスは、もう狂おしいほど強い快感です。
義父の右肩に顎を乗せるように頭を委ねて、義父の雄フェロモンの香りを胸一杯に吸い込み続けました。
「なかなか上手いじゃないか。四捨五入すれば、美弥子さんの年齢はまだハタチだろう。若いんだから、もっと活発に動かしたまえ。ほら、頑張れ頑張れ。」
「美弥子さんは、女の匂いが濃いねえ。まるで女子◯生のようだ。」
義父はそう言いました。私はどんな匂いか知らない(女性は感じる事が出来ない?)のですが、思春期になると女子が分泌する、牝フェロモンの香りだと思います。
私も義父も、お互いにフェロモン臭を出し合って、交わりをより高め合おうとしているかのようでした。
義父は、私を両手で抱き締めました。
お互いの上半身は、更に密着しました。二人とも汗だくで、その汗が天然のローションのように感じられました。
一部の巨乳タレントさんみたいな、バスト三桁とか言うほど極端なボリュームではありませんが、義父の体に潰されたバストには深い谷間が出来ていて、そこから滝のように汗が流れました。
私の乳輪は、丸いドーム型で、乳房の先端で膨れているタイプです。
乳首が勃起すると、その土台の乳輪の膨らみも少し増して、ある程度の固さを保ちます。
なので、乳房自体も大きいせいで、どうしても相手の体に乳首が触れ易く、擦られてしまうのです。
乳首は、嫌でも義父の胸板の肌に固く突き立ち、義父の肌で擦られました。
胸毛は乳首に絡み、乳房全体まで刺激しました。
それがまた、主人とのセックスとは異なる、強い快感を私に与えました。
自然に私の腰使いは、より深く強い快感を求めるように、早くなっていきました。
ゴプッ、ゴプッと、濡れて潤った下半身の結合部が音を立てました。
私の右の乳房は義父の心臓の鼓動が伝わり、左の乳房は私の心臓の鼓動で震えました。
私は、義父の雄フェロモンを幾度となく多量に吸い込み続けていると、性欲の高揚と共に、体の感覚に変化が訪れました。
両足の太ももの、内股の肌全体が、まるで性感帯になったように快感を感じ始めたのです。
まさか足から快感を得るなんて。初めての経験でした。
義父の胴に両足を絡み付けて、義父の肌との摩擦による刺激を求めて、内股を擦り付けました。
天然ローションと化した、お互いの混ざり合った汗の影響で、滑らかで刺激的な摩擦を内股の肌で得られました。
「もっと逝きたいんだろう?美弥子さんはもう、そういう女になったんだ。可哀想に。もう一生涯、元には戻れないぞ?よしよし、淫乱な良い嫁だ。私も動いてやる。」
義父は、そう言うと、私を揺さぶらんばかりに腰を動かしました。
「くっ…くはっ…くはぁっ…!」
膣内を最奥まで貫いたペニスが、私の中で暴れ、クリトリスは盛んに擦られ、私は思わず喘ぎ始めてしまいました。
主人と対面座位でセックスをする時は、これは私達夫婦の暗黙の了解なのですが、私の責めオンリーで、旦那は私に逝かされるのを動かずに待つのみです。
取り返しがつかない状況になってしまった事に、言葉もありませんでした。
義父の予告通り、その後は二日目、三日目、四日目と、私は義父に、朽ち果てるまで肉欲の限り体を貪り尽くされました。
壊れたように逝かされ、膣内で幾度となく射精を受け止めさせられました。
私は、主人という存在がありながら、堕ちた性奴隷と化して、義父と交わり合い、幾度となく逝き狂い、逝き尽くし、逝き果てました。
たとえそれがレイプとは言え、主人を裏切った不貞なのは確かです。
不安になり、四日目に犯された夜の翌日、産婦人科に行って検査をしたら、恐れていた結果を宣告されました。
基礎体温やph値に初めて変化が見られ、その値から、まだエコーでは捕らえきれないけど、紛れもなく確実に、受精卵が子宮内で着床している事が判明しました。
タイミングとしては、おそらくレイプされた最初の夜だと思います。
私は、もう妊娠してしまっていたのです。
二年半もの間、主人との間に赤ちゃんを作れなかった私は、義父による四日間の集中レイプの末に、義父の赤ちゃんを容易く妊娠してしまったのです。
何もかもが、義父の思惑通りでした。
表向きは、主人の長期出張の二日前のセックスで赤ちゃんを授かった事にして、義父の子を産む事になりました。
妊娠をもって、種付け自体は一旦は終わりましたが、終わったのは、あくまで種付けだけです。
「美弥子さん、ご懐妊おめでとう。君は、類い希な名器持ちだね。尚且つ感度が良過ぎる体質で逝き易い。」
「私も男として、実は名器持ちなんだよ。」
「男の場合は名器持ちでも、経験値やテクニックが伴わないと、意味がないがね。」
「良い事を教えてやる。名器持ちで性感帯が鋭敏な女は、名器持ちの男のセックスの味を覚えると、あまりの気持ち良さに狂い咲くんだよ。まさに美弥子さん、あんたの事だよ。」
「狂い咲き過ぎて、頭がおかしくなって廃人になる哀れな女も、たまにいるみたいだからね。美弥子さんも気をつけたまえ。」
「美弥子さんへの種付けは、これからしばらくの間はやめておこう。出産に備えて、生の挿入で体内環境を荒らすのは、母体にも胎児にも良くないからね。」
膣内射精による凌辱は終わったものの、それはあくまで生殖行為として生で射精をされるか否かの違いだけ。
義父の性欲を満たすだけのために、コンドームを使用した凌辱が、妊娠した後も繰り返されました。
やがて臨月になり、出産に備えて入院する日の前夜まで、私は犯され続けました。
主人は、私が主人の子を宿したものと信じていました。
まさか実の父親の子だなんて、思いもしないでしょう。
そんな主人を騙したまま、私は元気な長男を…義父の息子を産んだのです。
そして、出産を終えて退院すると、すぐにコンドームを使用しながらの凌辱生活が再開されました。
義父の言うとおりで、私は主人とのセックスて逝く事は、一切無くなりました。
私が逝く演技をして誤魔化すという、偽りの夫婦の営みです。
それでいて、義父に犯された夜は、必ず強烈な、まさに狂い咲くようなオーガズムの荒波に溺れました。
その二年後、突然義父に『そろそろ二人目を産め』と言われ、再び義父に避妊せず犯され、今度はたった一夜の無理やりな膣内射精で長女を妊娠させられ、また出産してしまいました。
さらにその翌年、私は同じように犯されて次女をお腹に宿し、出産しました。
私は三児の母ですが、私が産んだ三人の全ての子供の父親は、主人ではなく義父です。
凌辱の末に産まされた子供達です。
自分が腹を痛めて産んだ子は、レイプという望まない経緯を経て誕生したにもかかわらず、不思議なもので、ちゃんと母親として愛せてしまうのです。
私の母性本能の成せる技なのでしょうか?
あるいは、私の母性本能は義父により洗脳されたような状態なのか、知る術はありませんし、知りたくはありません。
表向きは、義父の孫として育ててますが…。
私はこの秘密を、主人にも子供達にも明かす事など出来ません。私の心に永久に封印して生きるしかないと思います。
当然周囲も、私が産んだ子供は主人の血が通った子供だと思っています。
子供達もまた、主人を実の父親だと思っています。
不思議ですが、こんな状況でも、私は主人も子供達も愛せています。
なのに、こんな目に遭いながらも、未だに義父との肉体関係が続いています。
最低の妻であり、最低の母親です。
何で私は、こんないけない女になってしまったのでしょう。
不本意に犯された結果とは言え、私がした事は、許される事だとは思えません。
いえ、今となっては、不本意で犯されているなんて、言えないかも知れません。
本当は犯される事も、主人以外の男性とのセックスも、経験したくありません。
でも、矛盾してしまうのですが、義父に犯されていると、絶頂の極みを期待して求めてしまいます。
もう、和姦と何ら変わらないように思えてなりません。
あの狂い咲く快感は麻薬のようなもので、私は義父により定期的にあの絶頂に導かれないと、生きていけない体になってしまいました。
悔しい思いと、情けない思い、そして主人と子供達に申し訳ない気持ちで、今も悩み続けています。
せめてもの懺悔の思いで、恥をしのんで書き記しました。
義父は現在72歳ですが、性欲も精力も衰えが見えず、私への凌辱が続いてます。
義父の気分次第では、四人目の子供を宿すかも知れません。
もう一生、一人で悩み続けていくしかないですね…。
取り返しのつかない話ですし、誰かに相談してどうにかなる事でもありません。
ただ、私のような哀れな女がいる事。
そして、私の屈辱感と懺悔の気持ちを、どこかの知らない方でも良いので…たとえ一人だけでも良いので、理解してもらえたら。
そして、レイプの酷さを、その結果の重さを、それだけでも伝えられたら、女性を貶めようとする男性やレイプ被害を少しでも抑える力になれるかも知れないので。
出来るだけリアルに伝えるため、恥を承知で記しました。私の体験全てを記すと長くなるので、内容は初めの頃の体験に絞りました。
私の気持ちだけでも上手く伝われば本意です。
気分を悪くされた方がいましたらお詫びします。
拙文である事、併せてご容赦下さい。
男性の皆様は、女性を大事にしてあげて下さい。
私からの最後のお願いです。