【アナル】個人医院のお嬢さんと秘密のクリニック

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それは南関東地方にある田舎の町にあった外来だけの個人医院。

私が准看護婦を目指していた頃、住み込みでお世話になりながら午前は外来のお手伝いをして午後は看護学校に通わせていただいた、今から40年ほど前の事です。

その医院には一人娘さんである薫ちゃんという(仮名です)とても穏やかで素直な中◯1年生のお嬢さんがいました。

ご両親はその1人娘さんに大きな期待をされていて、家業の医院を取ってもらいたいという期待で、友達と遊ぶ事は許されず、家庭教師が毎日来て、それは熱心過ぎなほどの教育ぶりでした。

御家族は院長と奥様、薫ちゃんの3人家族でしたが、お屋敷は大きくお掃除とお手伝いさんを兼ねたおばさんが1人で朝からお掃除をしても1日かかるほどで、私達住み込みの看護学生用の部屋もしっかりと整備できるほどのお屋敷でした。

なので薫ちゃんのお部屋もお掃除のおばさんが午前中に来てお部屋とおトイレのお掃除に一度来るだけでご両親はほとんど来ることのない環境でした。

薫ちゃんはそんな教育熱心すぎるご両親に家族の愛情を感じることが出来なかったのか、まだお世話になって間もない看護学生の私に優しい笑顔を見せてくれたのでした。

小◯校の頃から勉強ばかりでお友達と外で自由に遊ぶ事もできない日々がほとんどで、中◯生になってからは薫ちゃんの体調不良も頻繁に起きているらしいと聞きました。

最近では毎月1,2回は原因不明の発熱がある、と実習を終えた私と入れ替わりの先輩の看護学生さんから申し送りのように聞かされていていたのです。

当時、私も素人同然な学生だったのでどのような原因でそうなってしまうのか不思議でしたが、現代の医療では強制的な勉強がストレスとなってそのような症状が出たと診断されたはずですが、当時の医療ではストレスによるという所見で判断する事はない時代でした。

当時、薫ちゃんがそんな体調不良で学校を休もうものなら、お父様でもある院長先生が

「勉強が遅れる!」

と、ひどく叱ったのです。

私は薫ちゃんが叱られてる姿がとても悲しく、時には2人の間に無言で込り込むこともあって院長先生の事をよく思えない時が何度もありました。

そんな事があったにもかかわらず、院長先生から薫ちゃんの学校の宿題の見直しを依頼され、アルバイト代も頂くことになり、毎晩夜8時から1時間、学校の宿題に確認する事になったのです。

そんな薫ちゃんは両親には表現できない親しみを少しずつ私に示してくれるようになり、自然に学校での出来事や悩みなどを打ち明けてくれるようになっていきました。

そんな些細な会話が自然と私の心も開いていくようになって、だんだんと年の離れた姉妹のような関係になっていった感じでした。

院長先生も奥様も、そんな娘の笑顔や自然な子供の表情に安心していた様に感じました。

当時の院長先生は、子供の患者さんに対しての医療をできるだけ注射や内服薬(飲み薬)を使わない主義でしたので、自分の娘さんに対しての解熱の医療処置も内服は使わず、解熱用の座薬で対応するという方針でした。

薫ちゃんに起きた体調不良は、院長先生からの指示を受け、ほとんど私が対応するようになっていきました。

座薬の挿入や、浣腸などは医療行為ではあるのものの、当時の薫ちゃんが思春期でしたのでいくら父親がドクターであっても診察や処置は受けたくないという本人からの強い拒否があったからです。

その為に、薫ちゃんが体調を崩すと院長先生に指示を受けて私がお部屋まで往診に行くことになりまた。

診察室の慌ただしさとは打って変わって、アルコールの香りも漂わない薫ちゃんのお部屋は私をもリラックスさせてくれる緊張感の無い不思議な空気が流れていて、薫ちゃんには処置の説明や効果を説明して理解してもらうのに、2人だけのお部屋は楽な空間でもありました。

当時の私は、特に趣味も無く、授業を真面目に受けるという、昔でいうガリ勉タイプで男性とのお付き合いなどという世界からは程遠く、地味な学生でした。

そんな私を心から信頼してくれる薫ちゃんは、当時の私にとって、自分が頑張れる大事な存在でもあったので、薫ちゃんに起きてる問題はすべて解決してあげたい、という気持でした。

「早く体調を治して院長先生に叱られないようにしましょうね」

そんな思いが伝わっていたのか、私にはいつの時も明るい笑顔で応じてくれました。

薫ちゃんの体調不良を解決するために私からの提案で、毎晩の夜の勉強の時、腹部に刺激を与える為に運動をしてみたり下腹部へのマッサージ、水分補給などにも積極的に取り組むことを2ヶ月間行ってみたのです。

それでも一向に改善の兆しもなく、体調不良は改善されるどころか定期的に続きました。

私は医療従事者として、不思議な責任感と意地に駆られてしまい、看護学校での図書館まで足を運ぶと消化器官の事を調べたり、夜の宿題を見てあげてる時にも教科書を広げては調べるなど、できる限りの情報を得て、なんとか便秘による発熱を解消したいという事だけにのめり込んでいきました。

それでも努力の甲斐もなく、定期的な体調不良は起きたのです。

解熱のため院長先生から座薬の処置の指示が出ると、私は薫ちゃんのお部屋に往診です。

医療現場ではよくある処置なのに、私はただの座薬の挿入だけでも緊張する処置でした。

薫ちゃんのお部屋のベット上で座薬処置について細かく説明した後、横向きになって両膝を曲げて膝を抱えるように指示すると左側臥位(体の左側を下にした横向き)になるよう指示すると、薫ちゃんは体育座りのまま横になり、膝が胸につくほど膝を曲げたのです。

そこまで膝を抱えるほど曲げなくてもいいのに・・とは思いましたが、まぁいいかと思い、

「はい、パジャマとパンツを下ろしますね」

と、パジャマとパンツのゴムに手をかけました。

そのとき私はとても緊張していました。

不謹慎な表現ですが、当時の薫ちゃんは中◯1年生の薫ちゃんはクラスでも身長が大きい方で、小学校1年生からバレエ教室にも通っていたせいでしょうか、細くあるべき部位は細く、出るところは膨らみかけていてといった、とても中◯生には見えない大人びた体型をしていて、臀部は中◯生とは思えないほどの発達で、大人びたお尻という印象でした。

そして横向きになった臀部を両手を使ってそっと割るように覗きこむように肛門を見つけると、それはとても強く収縮していて、しっかり閉ざされてることが認識できました。

ましてや膝を曲げすぎた為に陰部の恥ずかしい部分までもが少しだけ露出してしまっていて、私の視線も思わずそこに目がいっていました。

そんな想定外な光景に私の心も動揺してしまっていましたが、平常心を保もたなきゃ、そして薫ちゃんにもリラックスしてもらおう、と教科書にあるマニュアル通りに

「お口で息をして力を抜いてね」

と声をかけてから座薬の先端をその部分にあてがいました。

ロケット型をした座薬は、私の熱くなっていた指先の体温でもう溶け始めていました。

偶然にもその滑りが滑走剤の役割をしたのか、座薬の先端と私の中指をゆっくりと受け入れてくれたのです。

挿入した座薬が直腸に届くように、そして戻ってこないように注意しながらゆっくりと挿入すると、座薬が溶けたぬるみも手伝って、指の第二関節までも挿入されていたのです。

すると、挿入の深さに気がついたのでしょうか、反射的に指を強く締めつけたのです。

あっ、すごい・・・私の指を締めつける凄い収縮力に驚いたのが、その時の正直な気持ちでした。

そして私も自然と自分の下腹部が、きゅーんとするような感覚を感じていました。

今思えば、指を肛門からゆっくり抜き取った後も、私の指を強く締めつけた感触が私の指先にその感触が強く残ってしまったんだと思います。

その処置の時、指先に何か硬くなった物が指先に触れた事で、これは便秘だと気が付いた私は、それを先生に伝えました。

「それなら浣腸をかけた後、また座薬を使ってくれ」

という指示が。

「えっ・・私がですか・・・」

確かに、腸内の物を取り除かなければ座薬の成分を腸が吸収できなくて解熱の効果が望めないからです。

当時、病院には経験のある先輩3名の看護師が居たのですが、外来が忙しいし、日頃薫ちゃんとのコミュニケーションが一番取れていた私が選ばれたのだと思います。

まだ駆け出しの学生の私にとって、グリセリン浣腸の処置はもちろん初めてでした。

しかも一度も実習することなく2人だけの部屋で薫ちゃんに浣腸の処置なんて・・・どう表現したらいいのかわからない不思議な緊張感もあり、いくら医療処置とはいえ当時の私には、それは恥ずかしい処置という認識が強くありました。

その思いは今現在でも変わることなく、処置する方もされる方にとっても恥ずかしい医療処置だと思っています。

その頃は今でいうディスポーザブルタイプ(使い捨て)のグリセリン浣腸がまだなかった時代で、ガラス製の浣腸機材は薄いブルー色をした50ccと100ccのガラス製の浣腸器が一般的な時代でした。

その時が私の初めての浣腸処置だったので、先輩看護師さんにその手順や注意事項など簡単にアドバイスを受けただけで

「処置後は効果があったかどうか排泄物を自分の目で確認すること」

とアドバイスを受けました。

診察室で銀のトレイにガーゼを敷いたその上に、人肌の温度でグリセリン液の濃度50%を浣腸器に満たし、銀のトレイの上にワセリンも用意して薫ちゃんのお部屋に向かったのです。

また、あの左側臥位で体の左側を下にして横になってもらうのです。

看護の教科書にも大腸の構造上からもこれが一番自然で、患者さんの羞恥も和らぐのですが、今回は薫ちゃんのお部屋のベッドでの処置だったので、出来るだけ羞恥心の少ないようにと配慮して伏臥位(うつ伏せ)なってもらい、浣腸の処置を行った後は薫ちゃんのお部屋にある和式のトイレで排泄させた後、座薬を挿入する。

という手順で行うことを説明すると、薫ちゃんは快く素直に笑顔で頷いてくれました。

「はい、お尻出しますね・・・」

私は緊張を隠しながら薫ちゃんをうつ伏せの体位でパジャマとパンツのゴムに手をかけると、ゆっくりと下ろしました。

もう大人の臀部が露わになると、緊張でなのか臀部の割れ目をぎゅと閉じていました。

でも、私の眼はどうしても少しだけ見えてしまっている恥ずかしい部分にも目がいきます。

「あら、これじゃ処置できませんよ。体の力を抜いてリラックス、お口で息をしましょうね」

と問いかけながら、私は左手を使ってしっかり閉じてしまっている臀部の割れ目を押し開いたのです。

そこにはピンク色の菊の花のように見えたかと思うと、きゅっとすぼまり、黒い菊の様になったり薫ちゃんの肛門は小刻みに恥ずかしい変化を繰り返しています。

すばやく人差し指にすくい取ったワセリンをそのヒクヒクと反応する肛門にぬるっと塗布しました。

そうして薫ちゃんが初めての浣腸器のノズルを受け入れる準備を整えました。

相変わらずノズルを受け入れようとしている肛門はとても収縮していて、黒い小さな点に見えるほどでした。

その締め付けは、まるでその進入を食い止めようと抵抗しようとしていたのがはっきりわかるほどでしたが、肛門にはワセリンが十分に塗布されていた為にどんなに締め付けて拒否しようとも浣腸器のノズルを素直に受け入れてしまうしかないのです。

それは予想通りでした。

浣腸器の先を軽くあてがっただけで何の抵抗もなく、ぬるっと音がするほどすスムーズに浣腸器のノズルを根元まで受け入れてしまいました。

「ほら、もう入っちゃった・・・どう?痛くないでしょ・・・じゃお薬入れますからね・・」

私は優しく問いかけながらシリンダーをゆっくりと押すと、50%のグリセリン液50ccを腸内に送り込みました。

緊張で閉じられた臀部が、さらに強く浣腸器までをも挟み込んでいる状態のまま、かすかに見えてしまっていた恥ずかしい部分も見えなくなっていたほどです。

それでも容赦なくピストンがシリンダーのメモリをゆっくりと通り過ぎていきました。

「はい、お薬が入ってますよ、力抜いてくださいね」

と、問いかけながらゆっくりグリセリンを注入していきます。

かなりゆっくりです。

普通より長い時間かけて(1分弱くらいだったでしょうか)浣腸器のシリンダーがピチッと音を立てて止まると注入が終わりました。

薫ちゃんの初めてのグリセリン浣腸。

「んんっ・・・・」

それは予想以上に早く効果を表しました。

時間をかけて注入したせいか、1分もたたないうちにグリセリン液が薫ちゃんの腸内を刺激しはじめると、その辛さに身をよじって私にしがみついて来たのです。

「お腹痛いよね、でももう少し頑張らないと・・・だめよ」

と励ますように声はかけたのですが、薫ちゃんがひたいに汗をにじませながら頑張る様子を見ていた私は、これはもう限界と判断して急いで薫ちゃんを和式のトイレに支えるように誘導してしゃがませました。

すると、しゃがむとほとんど同時に、しゃっーと勢いよく透明なグリセリン液だけを排泄させたのです。

そして私は先輩ナースの注意を思い出し、無意識に薫ちゃんの臀部をそっと後から覗き込みました。

すると苦しさの余りか、薫ちゃんは私の存在や視線も気にすることなく、肛門がまるで何かを吐き出そうと頑張るように、何度も花を咲かせる様にくちゅ・・・くちゅ・・・と恥ずかしい音をさせていたのです。

初めて目にする、花を咲かせたような肛門の変化がとても衝撃的で、黒く点のように閉じていた物が、大きく花を咲かせるような変化をしたからでした。

同時に薫ちゃんが息むと、しょうがなく出てしまう腸内からのガスの音や肛門を大きく花を開かせるたびに聞こえる恥ずかしい小さな音に私は動揺を隠せませんでした。

「大丈夫、恥ずかしくないの、いっぱい出しなさい早く出せば楽になるからね・・」

そう言葉をかけながら、私の目は綺麗なピンク色に咲く花の動きと変化をじっと観察しながら、薫ちゃんに気がつかれないよう、さらに下から覗き込んでいました。

和式のトイレは一段上がって便器があるのでしたから、覗き込んで私の目に見えたその恥ずかしい部分は、自然と女性器をぱっくりと開陰させてしまっていて、普段目にする事もできないその内部までをも露わにさせていたのです。

そして花咲く肛門の動きと、ぱっくりと開陰してしまった部分が連動して微妙に動いているのです。

私はいつの間にか荒くなっていた自分の呼吸を整えながら、またいつものように自分股間を何度も収縮させてしまっていた事に気がつきました。

そして動揺を隠しながらも使用済みの機材を銀のトレーに置くと急いで診察室に戻りました。

私の股間は恥ずかしい体液で滲ませてしまった冷たい感触のまま診察室に戻り、処置の結果を先輩のナースに状況を報告しました。

「処置後はできるだけ排便を我慢をさせなさないと処置の意味がないのよ」

と注意されました。

教科書通りに行ったのですが、処置後はしばらく我慢するようにしっかり伝えなかった事が私のミスでもあり、結果としては失敗でした。

効果がない処置だったけれど、しばらく様子を見て変化がなければ再度処置をしたらどうか、とアドバイスを受けたのですがそれをいつ処置したらいいかの指示はありませんでした。

技術共に経験不足な気持で落ち込んでいながらも、恥ずかしくも自分の陰部を濡してしまっていた事で罪悪感も感じていました。

その夜、医療従事者としてあってはならない恥ずかしい反応をしてしまった自分を反省しながらも、初めての座薬の時に締め付けられた指の感触や、今日の浣腸処置で眼にしたトイレでの光景がどうしても頭の中から離れず、なかなか寝付けませんでした。

不謹慎な・・・と、自分に言い聞かせながらもどうしても我慢できず、下着の中に手を伸ばしてしまっていたのでした。

そしてすぐに襲ってきた興奮に目の前を真っ白に、体も陰部も同時に痙攣させてながらぐったりとベットに吸い込まれるように深い眠りについてしまいました。

翌日の夜の勉強の時、看護の教科書に記載されていた、『浣腸の処置後は5分我慢が理想』とある部分を薫ちゃんに目視させ、処置後の我慢が重要な事を理解、納得してもらいました。

その頃からでしょうか、薫ちゃんとの会話までもを性的に楽しんでしまっていた自分がいました。

今までこの問題を解決しようとしていた私が、初めて眼にした刺激的な光景を見てしまった為に正義の信念が揺らいで、淫らな方向に向かっていってしまいました。

そんな不謹慎な私は自分のやましい気持ちを隠す為に、薫ちゃんとのコミニュケーションを今まで以上に取るように心がけ、ピアノの発表会やバレエの発表会にも進んで出て行くようにしたのです。

それはあらゆる場面で、自分のやましい気持ちを悟られないように、私はいつでも薫ちゃんを応援しているよと、自分を表現してないと不安だったからでした。

あの衝撃以来、薫ちゃんが洋服を着ていても性的な視線で体の成長を確認するほどになってしまって、わざと少し小さめのレオタードやインナーショーツなどをプレゼントすると、それを夜の勉強の時に試着してもらい、自然と浮き出る恥ずかしい体の線を浮き彫りにさせると密かに楽しんでしまっていたのです。

もちろん私の淫らな心を何も知らない薫ちゃんはそんなプレゼントに喜んでくれて、バレエの練習にも着用してくれて今まで以上に私を信頼してくれていたんだと思います。

そして毎晩、これは正当な医療行為ですと言わんばかりに今までの医療処置、そしてこれからの医療処置や内容をしっかりと説明をして理解と同意を求める毎日でした。

思いやりのある優しい看護学生を演じながら、淫らな気持ちがだんだんとエスカレートして行く私は、薫ちゃんからの信頼をいい事に今まで以上の不順な看護計画を実行に移していきたいと考えていました。

そんな中、私が思いついたのは、体調が悪くなくても定期的な浣腸を行ってみたらどうか、(月に1度でも)そうすれば便秘は防げるかも・・・という提案でした。

そんな私の提案を薫ちゃんは快く納得してくれたのです。

ドクターの指示もないのに定期的な浣腸なんて、私の不謹慎な妄想からのありえない看護計画です。

薫ちゃんが何の疑いもなく素直に従ってくれて、頑張りながらも恥ずかしさに耐える表情や恥ずかしくうごめく陰部の様子が、可愛くもあり、とても刺激的でした。

自分の心にある罪悪感を打ち消す為に、当時は薫ちゃんを心から思う愛情を土台として、薫ちゃんへの浣腸処置事態も優しい愛情の表現と信念を持って、と自分を励ましていました。

時には生理前の影響も大きく影響したかもしれません。

またあの様子を再現するにはどうしたらいいか・・そんな事ばかりを考えていたのでした。

私は今まで感じた事のない刺激的な感覚に魅了されてしまってからは、淫らな行為を薫ちゃんに絶対に気がつかれぬようにと、とても慎重だった事は確かでした。

それは薫ちゃんが中◯2年生になる4月の事で、私が看護学生としてお世話になることが出来るのは残り1年という時でした。

■あとがき(2016.10.15)

お恥ずかしながら私の昔の体験談を書かせて頂いて半年が過ぎました。

投稿後、すぐに気がついた事は、当時の様子や気持をそのままに書いて投稿しまった私は

もしこれを当時の薫ちゃんが見てしまったらどうしよう。など、

とても反省し後悔した気持ちもあり、その後続いた出来事をお伝えする事を控えていました。

そんな気持ちがあった為に 先日自分の書いた投稿を読み返してみると

意外な事に、続きが見たいの数字に驚きました。そしてどなたかコメントまで頂いてあった事に、

今まで後ろめたさに後悔していた気持ちが晴れるような気がしました。

不謹慎にも嬉しい気持ちと後ろめたい気持ちとが交錯して複雑な思いですが、

続きが見たいと思って下さった方々と、コメントを書いてくださった方に救われた事を

感謝いたします。ありがとうございます。

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